二人だけが知る   作:不思議ちゃん

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六話

 雪ノ下陽乃と関わる機会が増えてから時の進みが早くなったような気がする。

 もう夏休みというものを目前に控え、気の早いセミの鳴いている声が耳に届く。

 それだけ時が進んだが、大きな変化はなく。微々たる差だけれど同級生と話す機会というものが増えたように思える。

 

 今までは殻にこもりきっていたが、それを少しずつ破って外へ目を向ければ。

 多少の戸惑いみたいなものは見受けられたが、徐々に受け入れられている気がする。

 今では多少の挨拶くらい交わしている。

 

 自分が変われば世界が変わる、なんて言うけれど。

 確かに、自身をとりまく小さな世界は変わったように感じる。

 結局、自分をつまらなくしていたのは自分自身だったというわけだ。

 

 人と関わるのを避けていた時も楽しみだったものや自身なりの楽しみ方があったわけだが、その選択肢が増えたことで視界がひらけた。

 今回はたまたま人との関係であったが、別に他の趣味を見つけるでもいいわけだ。

 

「神宮くんは考え事が好きだねぇ」

「半分は癖みたいなものさ」

 

 殻に引きこもっていた時、雪ノ下陽乃みたいに心揺さぶられることはなかったが、一人だけ声をかけてくる女子生徒がいた。

 

 肩のあたりまで伸ばした少し明るい髪。メガネをかけており、可愛いような綺麗なような顔。

 パッとはしないけれど、整っているように見える。

 

 彼女との接点はいつだったか、どんなキッカケだったか覚えてはいないけれど、気づいた時には側にいたと思う。

 といっても、お昼の時間だけだが。

 名前は……これからゆっくり覚えていこう。

 

 殻にこもっていたら身近に何かあっても気づかない、気にも止めない。意識すらしない。

 今では少し悪いことをしたと思う。

 ……こういった他人に感情を抱くのもいい変化かな?

 

「……何かいいことでもあったか?」

 

 そんな彼女がニコニコしながらこっちを見ているので、問いかけてみる。

 今までは気にも留めないでスルーしていたが、こういった会話は大事なのだと認識させられる。

 

 昼はすでに食べ終えており、いつもなら本を読んで過ごしているところだが。

 まだ、カバンにしまわれたままでいる。

 

「神宮くんとこうして話ができると思っていなかったから、嬉しいんだよ」

「それは良かった」

「んふふ」

 

 話をしている姿が珍しいのか、時折クラスメイトの視線が飛んでくる。

 彼女も気づいているだろうけれど、ずっとニコニコとしたままだ。

 

 それは昼休みが終わるまで変わることはなかった。

 

☆☆☆

 

「先輩、どういうことですか?」

「どういう事って……何が?」

 

 放課後のいつもの場所。

 少し怒っている様子の雪ノ下陽乃は俺の本を取って手元に寄せ、話を聞けとばかりに問い詰めてくる。

 

「今日のお昼、たまたま用事があってたまたま先輩の教室前を通ったんですよ」

「うん」

「その時にたまたま教室にいる先輩を見たわけなんですが、クラスメイトと話していましたよね?」

「話していたね」

「先輩と話すとき、私からしか話を振った記憶がないんですけど」

「その通りだからね」

「でも、あの時は先輩から話振ってましたよね?」

「話振ったね」

「どういう事ですか?」

「…………どういうこと?」

 

 あの雪ノ下陽乃でも多少は行動が読めたりする。……当たる確率はそれほど高くないが。

 それを踏まえても、現状起こっているこれは理解ができない。

 果たして彼女は何が言いたいのだろうか。

 

 現実を逃避するため、コーヒーを一口飲んで落ち着こう。

 

「…………っ」

 

 視界の端で雪ノ下陽乃が少し顔を赤らめ、顔を背けながらもチラチラとこちらを伺っている姿が見える。

 

 ……本当にどういったことなのか。

 いや、今のは久しぶりに魅せる動きが発動したのだろうか?

 

 この行動はたとえ雪ノ下陽乃以外が相手だったとしても理解できない自信がどこかある。

 きっと、長らく人と接してこなかったことが原因だろう。

 前世で培った貯蓄は底をついたという事か。

 

 今のうちにと雪ノ下陽乃の手元にある本を取り、栞の挟んであるページを開く。

 しばらくしたら彼女も落ち着きを取り戻してまとめた説明をしてくれる事だろう。

 

「むむむ……」

 

 だからそのしばらくの間だけ、本を読むフリをして雪ノ下陽乃を見ていることにしよう。

 皮を被った状態ではなく、年頃の少女らしい反応をしているいまの彼女のことを。

 

 これは今後、何かあった時にからかうネタとなるだろうから。

 ……人をからかおうなんて思ったのは忘れて久しいな。

 言葉の一つ一つを大きく受け止められるから、できなかった事だ。

 

 読んでもいない本のページをペラリとめくる。

 ガラス越しにうっすらと聞こえてくるセミの鳴き声がとても心地よく響く。


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