二人だけが知る   作:不思議ちゃん

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八話

 雪ノ下陽乃に問い詰められたが、結局何を言いたかったのか分からなかった昨日が終わり。今日の放課後を迎えたわけだが。

 

 ……目の前に座る雪ノ下陽乃の機嫌がとても良さそうに見える。

 ニコニコと笑みを浮かべているし、テンションが高いのか鼻歌も聞こえてくる。

 

 これでますます昨日の事について分からなくなった。

 いや、この場合は女心を分かっていない事になるのか?

 ……もしかしたら普通は分かるけれど、俺がポンコツなだけとか。そうだとしたら少しショックだ。

 

 《特攻》《特防》に頼りすぎて対人スキルが低くなっている可能性も無いわけじゃないと思うが、ものさしが無いので数値にする事はできない。

 

「そう言えば先輩。もうすぐある期末試験が終わったら夏休みですけれど、何か予定あったりするんですか?」

「去年と同じなら、宿題を終わらせて本を読んでいたり、映画、水族館とかに行くかな」

「それ、他の人たちとの空気悪くなりません?」

 

 何を言っているんだろうか。

 他の人との空気が悪くなるもなにも。

 

「全部一人だけど」

「えっ!?」

「え?」

 

 何かビックリするようなことを言っただろうか。

 驚く声を上げた雪ノ下陽乃につられて俺も声を出してしまった。

 

「……夏休み、誰とも出かけてないんですか?」

「誰かと出かけた……ああ、母親と買い物に行ったぐらいかな」

「…………」

 

 目を見開き、何か言おうと口を開いては閉じるを繰り返している。

 だけどやっぱり、何がおかしいのか俺には分からない。

 

 確かに一般的には友達と出かけたりするのだろうが、中にはそうではない人もいるだろう。

 それに今でこそコミュニケーションを取るようにしているが、去年はそんなの微塵も考えていなかったし。

 

 それで誘われて行こうものならさっき言っていたとおりに空気は最悪なものになっている事だろう。

 

「こ、今年は最近ですけど話したりしてるじゃないですか。…………誘われたりとか」

 

 ものすごく気を使われている。

 こういった場面の雪ノ下陽乃はイジってイジってイジメぬくといったイメージだったのだが……それが出来ないほどに俺は情けないことを言っているのだろうか。

 

「……遊びに行かないかと、声をかけられたな」

「む…………どこに行くんですか?」

「ん? あー、断ったよ」

「へっ?」

 

 素直に誘われたと言ったら急に機嫌が悪くなった。

 それを口にする事なく雪ノ下陽乃は話を続けるようだが、断ったと言ったら今度は抜けた声を出し、呆けた表情……の中にどことなく嬉しさが垣間見える。

 

 この数回の会話で機嫌が何回も変わるような事、あっただろうか?

 

「それは……どうして?」

「いくらコミュニケーションを取り始めたとはいえだ。まだそんなに親しくないのだから行っても微妙なだけだろう」

「……………………はぁ」

「その、『これだから人の気持ちを理解できない鈍感は』みたいな目で見てくるのをやめないか」

「これが分かるのにどうして分からないんですか……」

 

 分かるも何も……俺はキチンと相手の気持ちを考えたつもりだ。

 誘ってくれた彼らは最近会話するようになった俺も一応誘っておかないと、体裁が悪いから声をかけただけだろう。

 

 その意を汲んで断ったというのに、何故目の前で呆れたようなため息をつかれなければならないのか。

 

「……誘った人はどんな気持ちで声をかけたと思います?」

「最近話すようになったし、乗り気じゃないけど一応声をかけておくか」

「…………雪乃ちゃん。お姉ちゃんに先輩の相手は早かったみたいだよ」

 

 小さな声で呟いたようだが、しっかりと耳にまで届いている。

 雪ノ下陽乃が妹の名を口にするほど弱っているとは、何が原因なのだろう。

 きっと俺が関係しているのであろうが、分かるのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 こうして長い時間を過ごしていくほど、想像していたイメージとかけ離れていく。

 何をどうしたらこのような拗れかたをするのだろうか。

 

 もしかしたら先輩の言うようなこともある可能性はある。

 だが、それよりもあり得るとしたら。もっと親しくなりたいから誘っているのだろう。

 ……こちらの考えに微塵も至っていないのだろうか。

 

 だけどそれを素直に教えてあげる道理はない。

 断定はできないけれど、あり得るかもしれない可能性を自分の手で大きくするなんて以ての外だ。

 

「それじゃ先輩、私と出かけませんか?」

「別に無理する必要はないが」

「む、その考えはいけないですよ」

「ん?」

「まだ数ヶ月とはいえそこそこ一緒に過ごしたんですから、先輩の事も多少は分かります。ぶっつけ本番よりは事前に練習が必要ですよね?」

「なるほど」

 

 我ながらよくもまあ、こうペラペラと出てくるものである。

 

 ……………………。

 別にこれはデートじゃないし、まだ先輩の特別でいられるとも思ってない。

 多少はないこともないが、どこかでそれを否定している自分がいる。

 

「それなら連絡先くらい知っていた方がいいか」

 

 少し混乱している間にスマホとメモ帳を取り出した先輩は何かを書き込んでいき、私に紙を渡してくる。

 

「俺のメアドと電話番号。空で送ってくれたら登録しとくから」

「あ、……はい」

 

 大人しい私が不思議なのか首を傾げているけれど、今は胸の内にある動揺を抑えるので精一杯だった。

 

 私から振らなければ話題にすらならないと思っていたのに、こうもあっさりとくれるとは。

 気を紛らわせる為にアイスコーヒーへと手を伸ばすが、グラスの中には氷と溶けた水が入っているだけだった。


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