二人だけが知る   作:不思議ちゃん

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九話

 テスト返却は前日に終わっており、夏休み前日の今日は午前授業で簡単な注意事項とかがあるのみだったのだが。

 俺は平塚先生に呼ばれて職員室へと向かっていた。

 雪ノ下陽乃には緑色をしたアイコンのSNSで『遅れていく』と連絡済みである。

 

 連絡先を教えた日の夜。空で来ると思っていたメールに文があり、このアプリをオススメされたのだ。

 確かにメールを打つよりは楽であるが、今のところ登録してある人数は両親に妹、雪ノ下陽乃の四人だけである。

 

 わざわざ連絡を入れているのはつい先日、用事があっていつもの喫茶店へと行かなかった。そしたら次の日、雪ノ下陽乃に怒られたのである。

 今までは連絡先を交換していなかったこともあるが、行かなくても特に何か言われることはなかったというのにだ。

 

 なのでその反省を生かし、喫茶店に関することのみ行く行かない、遅れるなどの連絡はするようになった。

 

 返事が来たようだが職員室に着いてしまったので開くことはなく、スマホをしまう。

 

「失礼します」

「お、来たか。こっちだ」

 

 ほとんどのクラスが終わっている為、職員室には先生が多く、視線を多く感じる。

 だが呼び出されたのが俺で、呼び出したのが平塚先生だと分かるとそれも霧散していく。

 

 去年はそこそこの回数を呼び出されていたし、今年もまあまあ呼び出されていたのでこの場所も慣れたものだろう。

 はなから慣れるも何も無かったのだが。

 

「それで本日はどういった」

「まあまあ、そう先を急ぐな。コーヒーでも飲むか?」

 

 そばまで寄って何用で呼び出したのが聞こうとしたが、手のひらを向けられて遮られ、何も言っていないのに二人分のコーヒーを用意し始めた。

 

 その動きはなんだか様になっていて、最近豊かになってきた感情がカッコいいと伝えてくる。

 

 湯気が立ち上るコーヒーを渡しながらイスまで勧めてきた。

 ……これは長くなるのだろうか。

 

「安心しろ。すぐに終わるよ」

「まだ何も言っていませんが」

「ああ、そうだったな。なに、話は最近の神宮をちょっと聞くだけだ」

 

 顔に出ていたのか、心を読んだかのようなタイミングだった。

 愉快そうにひとしきり笑った後、優しい目を俺に向けてくる。

 

「今の君を見ていると去年とは別人のように見えるよ」

「それは自分でも思うところがありますね」

「いい変化さ。私も教師として君をなんとかしたいと思っていたのだがね、お手上げ状態だった」

 

 そう口にする平塚先生は俺ではなく、過去の俺を見ているようだった。

 平塚先生は俺の言葉が効いていないわけではない。

 ただ、その効果が少し薄いのは確かであった。

 だからといって俺の心に響いたかと聞かれたらそういったわけでも無いのだが。

 

「それが今年に入りしばらく経ってから君を見かけた時は驚いたものさ。今では自ら同級生とコミュニケーションを取ろうとしている」

「まあ、そうですね」

「話は変わるが、今年入ってきた一年生に一人問題児な子がいたんだ」

 

 唐突な話題の変化だが、その問題児が誰を指しているのかは理解できた。

 

「だけどその問題児もしばらくしたら大人しくなった。大人しくなっただけでやることが変わったわけではないがな」

 

 疲れたように笑う平塚先生だが、どこか嬉しさと楽しさを感じ取れた。

 その笑みを引っ込め、少し真面目な表情を作る。

 

「……君と彼女は互いが互いに良い影響を与えている。けれど、今の二人は私から見たら薄氷の上に立っているような危うい状態に見える」

 

 その言葉に嘘はなく、本気でそう思っているようだった。

 だが、どこにそのような心配を感じているのかだけ分からない。

 

「この先どう転がるか分からないから私も教えたいのは山々なんだがな。失敗も経験の一つさ」

 

 平塚先生はそういう人だから教えてくれないとは思っていた。

 話の流れ的にはこれでおしまいなんだろうが、結局話したかったことは俺と雪ノ下陽乃の心配をしてくれているということだろうか。

 

「話をしたいというのもそうだが、ずっと呼び出し続けていたから半分癖みたいになっているんだ。今後も定期的に呼び出すと思うが、許してくれ」

「いいですよ」

 

 すでに冷めてしまったコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

 

「それじゃまた、夏休み明けに」

「神宮なら大丈夫だろうが、気をつけて帰れよ」

「はい」

 

 職員室を後にし、靴を履き替えたところで雪ノ下陽乃から返事が来ているのを思い出したのでスマホを開いて確認すれば、通知が三つほど来ていた。

 

 『了解』『用事ですか?』『どれくらい遅くなりそうですか?』と連続で来ており、まとめて送ればいいのにと思ってしまう。

 

 取り敢えず『今終わった。これから向かう』と送っておく。

 すでに帰ったかもしれないが、連絡が来てないからまだいるのだろう。

 

 

 

「お待たせ……かな?」

 

 喫茶店について雪ノ下陽乃のもとに向かえば。

 店員がすれ違いで皿を片付けていた。

 昼食だと思われる皿にデザート、飲み物のお代わり。

 

 それほど時間がかかっていないはずだが、少し悪いような気がしないでもない。

 今は宿題を進めているらしく、すでに数ページ終わっているようだった。

 

「オムライスとカフェオレ、あとはパフェで」

 

 雪ノ下陽乃の向かいに座り、水を持ってきてくれた店員に注文を済ませる。

 けれど未だにこちらを向くことなく、彼女は問題を解き進めていく。

 

「何の用事だったんですか?」

 

 何を考えているのか分からないが、なんとなく機嫌が悪いような気がして声をかけずらかったが。

 向こうから話題を振ってくれたのでそれに乗っかる。

 

「呼び出されてさ」

「…………女の人?」

「ん? ああ、そうだね」

「告白でもされたんですか?」

「されてないよ。俺を呼び出したのは平塚先生だもの」

「…………へ?」

 

 イライラしている感じが伝わってきたが、間の抜けた声とともにそれはなくなった。

 質問から考えると雪ノ下陽乃は俺が女の子に呼び出されて告白をされたと思っていたらしいのか。

 

 最近まで話もしなかったやつに告白する酔狂な女の子なんていないはずなのに。

 知識としてあった雪ノ下陽乃はまさに完璧といった言葉が似合うのだが、こうして接してみると案外抜けているところがあるものだな。

 

「さて、待たせた俺が言うのもなんだが。夏休みの予定とやらを立てようじゃないか」


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