カントーのポケモントレーナーレッドはチャンピオンとなり強さを求めてシロガネ山の最奥に山籠もりをした。そこに幼馴染が訪れて――
アニポケ世界にレッドがいたらという世界です。


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レッドinアニポケ(仮)

巨大なスタジアムは凄まじい熱気に包まれていた。

そこには2体のポケモンがバトルをしていた。

オレンジの体に大きな翼、炎の灯った尻尾を持つ竜のような見た目のリザードン、黄色の体と背中の翼と大きな尻尾、愛らしい顔つきに似合わず力強い肉体の竜のカイリューだ。

リザードンとカイリューの激闘は最高潮に達していた。

そして決着の時がきた。

 

リザードンの渾身の一撃が、カイリューの巨体を打ち抜く。

 

「カイリュー戦闘不能、リザードンの勝ち。よって勝者、マサラタウンのレッド選手!」

 

審判の宣言と共に実況が燃え上がる。

 

『四天王ワタル敗れる! ポケモンリーグ優勝者による四天王への挑戦。マサラタウンのレッド選手激戦の末、四天王全員を打ち倒す。ここにカントー地方チャンピオンが誕生だあああ!』

 

赤い帽子の少年――レッド――は激しい攻防を繰り広げたリザードンに抱き着き喜び合う。もちろんモンスターボールの中で休んでいるほかのポケモンたちにも感謝を伝えている。

バトルを終えた2人は互いの健闘を称えて握手を交わす。

 

ここに歴代最年少チャンピオンが誕生した。

 

 

 

***

 

 

 

シロガネ山、カントー地方とジョウト地方の間に存在する

 

最奥に存在する雪山であるシロガネ山。

麓は豊富な森林が緑の広場を作り出し、登っていくと気温は大幅に下がり雪が積もってくる。

雪によって白く染まった景観はまさに「白銀」。

しかし、そこは危険地帯として許可を得た者でなければ立ち入ることは許されない。

 

シロガネ山の山頂にある小屋、その前で佇んでいる人物がいる。

マサラタウンのレッド、カントーのポケモンリーグの制覇し、四天王を打倒したチャンピオン。

 

トレーナーとして一つの高みへと到達したレッドはさらに強くなるために危険地帯であるシロガネ山で修行をしていた。

見慣れた銀世界で気合を一つ入れるとレッドは歩き出した。

積もりきった雪の上を歩くと脚は沈み、一歩を行くだけでも一苦労、だがそうやって歩くだけで体力作りには十分だ。

 

最初のころは一面に広がる雪に興奮して喜んで、積もった雪に飛び込んだりコロコロと転がって遊んでいたが暮らして数日で慣れたようで今は特に大騒ぎすることなく雪の上を軽快な足取りで歩いている。

 

レッドの日課はポケモンたちのトレーニング、過酷な雪山でポケモンたちを互いにぶつけ合うことで実力の向上をさせることが狙いだ。

 

レッドのポケモンたちは何も自主トレだけをしているわけではない。

 

いるのだ、この山には。時には凍てつく吹雪を容赦なく浴びせるこの世界を生き抜いているポケモンたちが。

シロガネ山の最奥が危険地帯とされるのは吹雪の吹き荒れる場所であるからだけではない。

そこに生息する野生のポケモンたちがあまりにも強すぎるからだ。自然の猛威を振るうこの山で生きるポケモンたちの力は一般のトレーナーではとても太刀打ちできるものではない。だから、実力の認められたトレーナーでなければ足を踏み入れることは許されない。

 

威圧的な気配を感じレッドはゆっくり振り返る。

 

唸り声とともに現れたのはバンギラスだ。

バンギラスは鋭い眼光をレッドに向けていた。

 

レッドはこのバンギラスを知っている。何度もバトルした相手だからだ。

このシロガネ山の洞窟と頂上に入ることを許可され、しばらくしてレッドはこのバンギラスに出会った。

 

バトルで負かして以来、このバンギラスはレッドを執拗に狙っている。

 

――勝つまで諦めないぞ

 

と言っているのが聞こえた気がした。

 

このバンギラスはシロガネ山の生態系において、トップに君臨する実力を持ったポケモンだ。

最強であるという自負を打ち砕いたレッドとポケモンたち、バンギラスは負けたままであることが許せないのだ。

だから立ち塞がる。レッドを倒して己の最強を取り戻すために。

 

レッドはモンスターボールを構える。

 

「行けピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

現れたのは黄色く小さな体に尖った耳にギザギザの尻尾、愛らしいクリクリとした眼を持つ電気ネズミのピカチュウだ。

 

ピカチュウは素早い動きで駆けまわり敵を翻弄し、強力な電気技で圧倒する、レッドの手持ちにおける切り込み隊長だ。

 

ピカチュウは四足で構え頬袋をパチパチと帯電させバンギラスを鋭い目で見上げている。

 

バンギラスが動く。小柄な電気ネズミに向かって堅牢で強靭な肉体を持って突進する。

そして口元に鋭い牙が覗く。

 

「『かみくだく』が来るぞ!」

 

鍛え上げられた鋭い牙はバンギラスの固い鎧に匹敵する強度だ。その一撃は固い岩盤を砕き、大地に大きな亀裂を生じさせるだろう。

 

ピカチュウはバンギラスが『かみくだく』を決める瞬間に身をひるがえす。持前の素早さでバンギラスの激烈な牙を回避することができた。

 

外れた牙は積もった雪に直撃する。破裂音とともに瞬間的なブリザードが地面から吹き上がる。

雪を交えた突風が襲い掛かるとピカチュウとレッドは反射的に腕で風から身を守る。

 

瞬間、漆黒の光線がブリザードを引き裂いてピカチュウを強襲する、『あくのはどう』だ。

バンギラスにとっては初撃が外れることは想定の範囲内、すなわちジャブだ。狙いはピカチュウの回避後の行動を見極めること、そして『かみくだく』の勢いで雪の突風を発生させることによる目眩まし。

遠く離れて回避したのなら、合わせて遠距離の攻撃をすればいい。そのための『あくのはどう』だ。

 

「ピカチュウ『かみなり』!」

 

莫大な電気の奔流が黒い波動を飲み込み、バンギラスに襲い掛かる。レッドのピカチュウの激しい電撃は堅牢な鎧に守られているバンギラスにすら大きなダメージを与えていた。タイプ相性の関係ない純粋なピカチュウの持つ強大なパワー、それだけでバンギラスは全身を焦がして疲弊している。

ピカチュウはレッドにとって付き合いの長いポケモンの1体だ。故により長く鍛え上げ、共に冒険をして共に強くなってきた。その力はレッドのポケモンの中でもトップクラスだ。

 

それでもバンギラスは息を荒げながらも倒れない。

咆哮を上げ、両腕を振り上げる。その腕には冷気が纏っていた。

『れいとうパンチ』、極寒の地で鍛え上げた氷の拳は冷気と共に敵を凍らせる、バンギラス自慢の一撃だ。

 

「『アイアンテール』!」

 

ピカチュウは真正面からバンギラスを迎え撃つ。走りながらそのギザギザの尻尾は鋼鉄と化していた。

両雄が激突する。

バンギラスは冷気纏う両腕をピカチュウ目掛けて振るい、ピカチュウは尻尾を縦横無尽、変幻自在にぶつけていた。

拳を尻尾で流しながらバンギラスの肉体を切り裂こうとするとバンギラスは両腕で薙いでいく。

両者の拳と尻尾の鍔迫り合い、

 

大振りのバンギラスの『れいとうパンチ』、ピカチュウはその大きな一撃に対して回避せずに突っ込んだ。

互角の打ち合いでは引いた方が負けだ。だからピカチュウは勝負を決めに行き、バンギラスの渾身の一撃に迎え撃った。ただ迎え撃つのではなく、拳を見極めながら懐に入り込む。

バンギラスの驚く表情、ピカチュウの『アイアンテール』が振るわれる。

 

バンギラスの胴体に鋼の一撃が直撃する。

大きなダメージを受けたバンギラスは痛みと共に後退する。

その隙をレッドは逃さない。

 

「ピカチュウ『ボルテッカー』!」

 

倒れ伏すバンギラス、厚く積もった雪がクッションとなったおかげで倒れたことによる大きな怪我は負わなかったようだ。

 

固く鋭く細い鋼の胴体、切れ味の良い刃のような翼の鎧鳥ポケモンのエアームド。大きな体躯に鋭い眼光、肩から伸びる体毛、お腹の輪っかのような模様の冬眠ポケモンのリングマ。

どちらもバンギラスに引けを取らないシロガネ山のトップクラスの実力を持つ野生のポケモンだ。

しかし、レッドは構えない、ポケモンを出そうともしない。

 

なぜならエアームドもリングマもレッドを見ていないからだ。

それぞれが既に別の敵と相対しているからだ。

 

そこには2つの人影がいた。

片方は大きな体に厳つい顔つき、甲羅には2本の砲台が備わっているポケモン、カメックスと共に野生のエアームドとバトルをし、もう片方は四足の大きな体の背中に巨大な花を咲かせたポケモン、フシギバナと共に野生のリングマとバトルをしていた。

そして勝負はついていた。

 

エアームドもリングマもそれぞれの相手に敗北し、雪の中に体を沈めた。

 

バトルを終えた2つの人影にレッドは近づいて行った。

そこに立っていた2人はレッドにとって見知った顔だった。

 

「グリーン、ブルー。2人とも久しぶり」

 

「“久しぶり”じゃないよ、会いに行くのにここまで苦労させられる友人は君ぐらいさ」

 

「ったくもう、寒い中来てあげたんだから、なんかあったかい飲み物用意しなさいよね!」

 

フシギバナのトレーナーであるグリーン、カメックスのトレーナーであるブルー。2人の少女(・・・・・)はそれぞれが寒く過酷なシロガネ山を根城にしているレッドに苦情を物申した。

 

「俺のために大変な思いさせてごめんな。けど会いに来てくれて嬉しい」

 

対するレッドはいつも通りの2人の様子に嬉しそうに笑いかけた。

 

「ふふっ、まあレッドの無事な顔を見られたから許すとしよう……相変わらず、君はずるいよ……」

 

「レッドのめちゃくちゃは今に始まったことじゃないから折れてあげるわよ……あんただからここまで来ててるんだからね……」

 

シロガネ山に設けた山小屋にレッドはグリーンとブルーを迎え入れる。2人は防寒用の上着を脱いでハンガーを通して吊るした。

レッドは2人のために暖かいコーヒーを用意するためにコーヒーメーカーを操作した。

あとは出来上がるのを待つだけだ。

 

レッドは改めて2人の姿を見る。

 

グリーンは明るい茶髪をショートにしている。服装は白のシャツの上に黒のジャケットを羽織り、茶色のジーンズ。

鋭くも凛々しい目、艶やかで綺麗な形の唇、端正な顔立ちは中性的で美少年にも見える。

高身長でレッドより少し低いくらいだ。身体は確かに女性のもので、ジャケットの下にあるシャツの胸元は大きく自己主張していて、ジーンズに包まれた脚はスラリと長い。

立ち居振る舞いは気品にあふれて爽やかであるため、女性の人気は非常に高い。通っていた小学校でも王子様と呼ばれ、トレーナーとして有名になると全国に女性ファンが増えたほどだ。

 

ブルーはロングヘアの黒髪に頭頂部には3本のアホ毛、服装はノースリーブの丈の短い黒のワンピースにショートパンツを履いていて、両手には白い手袋を着用している。

パッチリした大きな目に長い睫毛、小さく淡い桃色の唇を兼ね備えた整った顔立ちは10人中10人が振り返る美少女だ。

彼女はグリーンと比較すると女の子らしさの溢れる美少女だ。細い肢体ながらも大きく膨らんだ胸には目が引き寄せられ、ショートパンツから伸びる肉付きの良い脚はとても眩しい。

故郷のマサラタウンを飛び出し、カントーだけでなく全国でも凄腕美人トレーナーとして有名だ。

 

レッドの視線に気づいたグリーンとブルーが可笑しそうに笑う。

 

「ふふっ、そんなに見つめられると照れるよ」

 

「そんなに私たちの身体が気になるのかしら、まあレッドには特別に見つめることを許してあげてもいいわ」

 

熱っぽい視線を注ぎ、艶やかに笑う2人にレッドは顔が熱くなるのを感じて目を逸らした。

 

「とりあえず、小屋に入る?」

 

グリーンとブルーはもちろんだと頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

テーブルに座ると出来上がったコーヒーを2人に振る舞う。

香ばしい匂いが鼻の中を満たすと自然と落ち着いた気分になる。

 

「しかし、過酷な環境で野生のポケモンも強いとは聞いていたけど、想像以上だった。なかなか苦労したよ」

 

「お昼前にはここまで来るつもりだったのに時間かかったわよ」

 

僅かな危機感を抱いているグリーンともうクタクタとばかりに疲労を露わにするブルーに対し、レッドは思ったことを口にした。

 

「グリーンとブルーにそこまで言わせるなんてみんな強くなってたんだな」

 

「「ん?」」

 

レッドの言葉に何やら不穏な予感を抱いた様子のブルーとグリーンは聞き返す。

 

「さっきのバンギラスも、エアームドとリングマも、前にバトルしたことあったんだ。あいつらそれぞれの群れのリーダーみたいでここに来てすぐに襲ってきたんだ。最初は倒せたけど物凄く強くて苦労したな。その時以来、何度も何度も俺たちに挑んできてたんだ。2人と良いバトルするとは驚いた」

 

しみじみと思い出を想起するようなレッドに対し、グリーンとブルーは合点がいったような、呆れたような顔でレッドを見ていた。

 

「……ようやくわかった」

 

「ん?」

 

「あんたここに住んでて気づかなかったの?」

 

「なにが?」

 

つまりこういうことだ。

レッドがこの山に来てしばらく、レッドは山に生息する屈強なポケモンたちを相手にバトルをし、勝利してきた。しかし、この山で育ったポケモンたちは山に来たばかりの新参者にことごとく打倒され敗北したままというのはプライドが許さなかった。

敗北した日から自身の力を高めて新参者を打倒しようとした、だが、レッドもまた強くなっていた。計り知れないレッドのポケモンたちの力はさらに増していた。結果シロガネ山のポケモンたちは敗北した。それでも何度もレッドに挑んだ。そのたびに敗北し、また力をつけバトルをする。

それを何度も繰り返し、レッドはより強くなり、シロガネ山のポケモンたちもまた今まで以上に強くなったのだ。

 

「やれやれ、君は自分のポケモンたちだけじゃなく、この山のポケモンたちも育てていたんだな」

 

「野生のポケモン強くするなんて、あんたらしいというか」

 

グリーンは額に指を当てて溜息をつき、ブルーはジトリとした眼でレッドを見ていた。

 

「レッド、一先ず山を降りるべきだ。これ以上この山を危険地帯にするわけにはいかない」

 

「そうよ、危険地帯どころか災害区域になりかねないわ」

 

「そんなに言わなくても……」

 

幼馴染2人から、自分が生態系を破壊していると言われているようでレッドは若干気が沈んだ。

 

「まあそれを抜きにしてもレッドは山を降りるといいよ」

 

「引きこもりは体に良くないわよ」

 

言われてそれは正しいことだと思った。最近は必要最低限でしか山を降りることはなく、世間一般に着いていけてないことは自覚していた。シロガネ山でのバトル修行が楽しくて「もうこれでいいや」と思っていた。これは一種の堕落に他ならない。

レッドは背筋に冷たいものが走り、2人の言うように降りようと決めた。

そんな時「そうそう」とグリーンが口を開く。

 

「シゲルがジムバッジ8つを揃えたんだ。ポケモンリーグ出場を決めて喜んでいたよ」

 

自分のことのように嬉しそうに笑うグリーンはいつもの凛々しさよりも愛らしさが増したようだ。

シゲルとはグリーンの弟で最近ポケモントレーナーとしてデビューしたのだ。

 

「ふふふ、8つ揃えただけでは満足できなかったみたいで10個集めたと言ってたよ」

 

困った子だ、と言いながら嬉しそうに笑うグリーン、なんだかんだでブラコンな彼女はシゲルの成長が嬉しいようだ。

 

「それからもう1人、バッジを8つ集めたマサラタウンの子がいるのよ」

 

「サトシ君だ。覚えているかい?」

 

言われてレッドは記憶を辿ると、シゲルと張り合ってるキャップを被った男の子を思い出した。

シゲルと同い年なら今年トレーナーデビューをしたということだ。

レッドはサトシのことを思い出したものの一つ疑問があった。

 

「……8つ揃えたことがそんなに驚くことか?」

 

そう言うとブルーとグリーンは困ったようにレッドを見た。

 

「バッジ8つ揃えるのはホントは難しいってわかってる?」

 

「実際マサラタウンを旅立ったあと2人のトレーナーは現時点ではバッジは8つまではいってないらしい、ブルーの言ったようにバッジを8つ以上集めてポケモンリーグに出場するのは至難の業だ。その中で達成したシゲルとサトシ君はかなりの実力なのは間違いないよ」

 

自分の感覚はズレてしまったのだろうかとレッドは軽くショックを受けてしまった。

これが山に引きこもった人間が起こすカルチャーショックなのだろうか?

レッドは改めて一旦山を降りようを決心した。

 

 

 

 

 

ブルーはカップを手にして暖炉の前にあるソファの端っこに座った、それに続いてグリーンもソファまで向かうとブルーはレッドに振り向いた。

 

「レッドも来なさい」

 

言われるがままレッドはソファに向かいグリーンが座るのを待っていると、グリーンは笑みを浮かべて無言で片手をソファに向けて「お先にどうぞ」とレッドに勧めた。

お言葉に甘えてソファに座ると間髪入れずにグリーンが座った。左端にブルー、右端にグリーンと来てレッドは真ん中に挟まれてしまった。

 

「しばらく会えなかったんだから、これくらい許してよね」

 

「ああ、本当にこうしてると落ち着くよ」

 

幼馴染の思わぬ行動に驚くレッド。

左右から香る女の子らしい匂いが鼻孔をくすぐり顔が熱くなる。

 

「えと……」

 

「はい反論しない。散々心配させたんだから、私たちに安心を与えなさい。拒否権なしよ」

 

「君は自分が必要とされていることを自覚するべきだ。少なくとも私たちにはね」

 

有無を言わせぬといったブルーとグリーンの行動に上手く言葉が出ないレッドはされるがままになるほかなかった。

 

「ふふ、こうしてると落ち着くよ」

 

「子供みたいなのに、体はすっかり男の子ね」

 

「なんにしても久しぶりに山を下りるといい、君のお母様も私のお爺様も会いたがっているよ」

 

「それからしばらく私たちもほったらかしにされたんだから、一緒に町で買い物付き合ってもらうわよ」

 

思い出すのは旅に出る前、マサラタウンで過ごしていた幼い日々のこと。

あの頃は毎日のようにグリーンとブルーと過ごしていた。一緒に学校に行き勉強をし、テストで張り合ったり体育の授業でスポーツで対戦したり、家や外で一緒に遊んだり、それが当たり前のことでいつものことで2人はレッドにとって親友だ。

 

旅に出て数年経ったがレッドはあのころのような感覚でグリーンとブルーと接していた。接しているうちに気づいた。

自分たちは男女という違いがあるのだと、2人はもう子供ではないのだと。

魅力的な女性になった。

 

2人の気持ちは知っている。では自分はどうか? グリーンとブルーに対して好感はあるのは自覚している。それが親友としてなのかそれとも――

確かなことは、2人が自分にとっていつまでも大事な女性だ。大切にしたい、一緒にいたい、だからレッドは2人を抱き寄せた。

 

「「!?」」

 

「ありがとう。そうやって2人に気にかけてもらえて、想ってもらえて、俺は幸せ者だ」

 

両腕に彼女たちの体温を感じる。彼女たちの甘い女の子の香りが鼻孔をくすぐる。いやらしい感情も湧き上がりそうになるが、それ以上に彼女たちへの愛おしさが胸を満たす。

 

「ああ、本当に……君はずるいよ」

 

「いつもはこんなことしてくれないのに……こんな時だけ、ほんとバカ……ホント、バカ……」

 

グリーンとブルーが嬉しさと恥じらいの混ざった表情でレッドの顔を覗き込みながら呟く。2人の頬はほんのりと赤くなっていて喜びの感情に満ちてとても眩しく、レッドは自分の顔の温度が上がるのを感じて見惚れていた。

 

 

 

***

 

 

 

着替えを終え準備を完了させると、レッドは小屋の外に出ていた。

今は中で着替えているグリーンとブルーを待っている。女の子の着替えというのは男以上に長い。

 

ガチャリという音と共に扉が開き、小屋からブルーとグリーンが現れる。

どこか照れたような2人の顔が綺麗でレッドも思わず熱くなり目線を山の向こうに移した。

 

「さて、また雪山を下るのはなかなか骨が折れる」

 

「だったら空から行くわよ」

 

グリーンはピジョットを、ブルーはプテラを出した。

 

レッドが出したのは彼にとって最初のポケモン、リザードンだ。

 

「それじゃあマサラタウンに向けて、レッツゴー!」

 

ブルーの号令と共に3人はそれぞれのポケモンに乗って飛行を開始する。

風も少ないため、ポケモンたちは難なく飛行することが可能だ。

 

レッドが下を見るとそこには多くのポケモンがいた。このシロガネ山にいる屈強なポケモンたちだ。

山を降りようとするレッドが許せないのかと思ったが、そこに怒りの感情は伺えなかった。

 

(見送ってくれているのだろうか?)

 

――またいつでもバトルしてやるからな

 

そう言っているような気がして思わず口角が上がった。

空を飛ぶ浮遊感と顔を撫でる風を感じながら、ポケモンと2人の幼馴染と共にマサラタウンを目指した。

 

 

 

 

 

懐かしき故郷マサラタウン、遠くからその町並みと自然を見ると胸にこみあげてくる感情はノスタルジーというのだろうか、頭に思い浮かぶ思い出とともに故郷へと足を踏み入れた。

 

最後に見た景色のままだ。トレーナーになってマサラタウンを旅立って、ジムを巡ってポケモンリーグに出場するために一旦帰ってきた時、ポケモンリーグで敗北して帰って来た時、改めて出場したポケモンリーグで優勝した時、四天王に勝利しチャンピオンになった時――

 

マサラタウンの景色は変わらずそこにいる人間たちを包み込んでいる。

 

その感覚がレッドの内側から言いようのない感情を湧き出させる。

 

「旅立ちの日に通った道、もっと広い気がしたけどな」

 

「それだけ私たちが大きくなったということだろう」

 

「まあ女の私たちは背だけじゃなくて、ここもおっきくなったけどね」

 

「ふふふ、ほら、もっと見ても構わないんだよ?」

 

ブルーとグリーンは不適に笑うと自身の豊満な双丘を強調するようなポーズを取る。

 

目の前にあるのはレッドの実家だ。旅立ちの日までの9年と少しはずっと住んでいた我が家、漂う雰囲気やほんのり香る匂いは昔のままだ。それが刺激となったのか、脳内では幼いころの思い出が次々と蘇ってくる。

 

「2人は実家に顔出さなくてもいいの?」

 

「あのねぇ、私たちはあんたと違ってちょくちょく親に会ってるの」

 

「私たちの中でマサラタウンに足を運ぶ回数が極端に少ないのは君だけだよ。それにレッドのお母様とはよく会ってるよ」

 

本日何度目か、ブルーとグリーンからのプチお説教、これ以上は勘弁願いたいとレッドは心の中で泣いた。

 

気を取り直して、懐かしき我が家、最後に訪れたのはいつぶりだろうか。

緊張とともにインターホンを鳴らす。返事と共に扉が開く。

開いたドアから現れたのは髪を後ろで結びエプロンを付けた妙齢の女性、レッドの母親だ。

 

「ただいま母さん」

 

言われてレッドの母親が目を見開いたと思うと、すぐにパァと笑顔を向けてくれた。

 

「まあレッドお帰り、帰ってくるなら連絡してくれればいいのに」

 

久しぶりに会う母親はあまり変わっていなかった。

マサラタウンが誇る美人と周りからは評判だが、息子のレッドにはいまいちピンとこない。

少なくとも、変わっていないということは今でも美人なのだろう。

 

「「こんにちわお母様」」

 

レッドの後ろにいたグリーンとブルーが一歩前に出て挨拶をした。

 

「グリーンちゃんもブルーちゃんもこのバカ息子を山から降ろしてくれてありがとうね。レッドのためにいつもごめんなさいね。レッド、ちゃあんと2人を大事にするのよ」

 

「ああ、2人は俺の大事なヒトだから」

 

レッドがそう言うと一瞬母親は芽を見開くと、パアと花開くように笑顔になった。

 

「まあまあ! うふふ、孫の顔が楽しみだわぁ!」

 

「気がはや……そうでもないかもですねお母様」

 

「その気になればいつでもですねお母様」

 

「まあまあ、レッドったらいつの間にそんなジゴロ君になったのかしらね」

 

ニコニコと嬉しそうに笑う母親と期待を込めたまなざしのグリーンとブルーにレッドは気まずい感情で目をそらした。自分の責任はかなり重大で、彼女たちの責任を取ることが男としてやるべきことではと思考がグルグル回る。

それはそれとして、久しぶりに母親との会話はレッドの心を安定させ安心させるものだった。

 

 

 

 

 

母親への顔見せを終えたレッドたちが次に向かっているのはオーキド研究所だ。ポケモンの権威としてカントー地方だけっでなく他の地方にも名を馳せているオーキド博士はグリーンの祖父だ。

マサラタウンを旅立つトレーナーにポケモンとポケモン図鑑を渡す役割も担っていて、レッドたちもトレーナーデビューの時はオーキド博士にポケモンを貰った。彼らにとっては尊敬すべき指導者だ。

 

丘にあるオーキド研究所はマサラタウンのどこからでもすぐに見える場所だ。

こうして大きな研究所の扉の前に立つと旅立ちの日のことを思い出す。

 

先ほどのようにインターホンを鳴らしてしばらくすると扉が開いた。

白髪に白衣の老人が顔を出した。

この男性こそがポケモン研究の権威であるオーキド博士だ。

 

「こんにちわお爺様」

 

「お久しぶりですオーキド博士」

 

「おおグリーン、よく帰って来たのう。ブルーも何日ぶりかの」

 

自慢の可愛い孫娘と会えたことでオーキド博士はご満悦のようで好々爺といった顔でグリーンを見ていた。数日ぶりのブルーにも笑いかけた。

そしてレッドにも笑みを送った。

 

「レッド君も元気そうでなによりじゃ」

 

「ご無沙汰してますオーキド博士」

 

レッドは丁寧に恩師たるオーキド博士に挨拶をする。

 

「うむ、お主はますます精悍な顔つきになっとる、鍛錬は怠っておらぬようじゃな」

 

感心とばかりにオーキド博士は頷くとグリーンが切り出す。

 

「お爺様、シゲルはいますか?」

 

「うむ、実はポケモンリーグまで自主練をするために今はマサラタウンの外に出ておるのだ」

 

どうやらタイミングが悪かったようだ。

続いてレッドが口を開く。

 

「じゃあサトシはいますか?」

 

「おお、サトシ君ならこの間から実家に戻って、時折ワシの研究所に来ておるぞ」

 

実はレッドはサトシとまともに会話をしたことがなかった。

新たに旅立ったマサラタウンのトレーナーがどういう人間なのか知りたかった。

ここにいるなら好都合だ。

 

「ワシとしては先輩トレーナーのお主たちに何かアドバイスをと思っておるのじゃが、どうじゃ?」

 

「いいですよ、サトシたちはどこにいるんですか?」

 

「うむ、ワシの庭でポケモンたちを見ておる。お主たちのポケモンたちもおるから案内しよう」

 

オーキド博士に連れられて3人はオーキド研究所の庭まで歩いていった。

 

 

 

***

 

 

 

広大なオーキド研究所の庭、芝生や林、岩の目立つ砂地に美しい水の流れる川や湖。そこにはあらゆる種類のポケモンたちが住みやすい環境が存在している。そこにはレッド、グリーン、ブルーの手持ち以外のポケモンたちも預けられている。

 

オーキド博士の広大な庭でたくさんのポケモンたちが走り、立ち止まり、遊び、眠り、はしゃぎ、それぞれが思い思いに過ごしている。

ポケモンたちの自由な姿を微笑ましく思いながら見ていると先客がいることに気づいた。

少年と少女と自分たちと同じ年ほどの青年が1人立っていて草原を駆けまわるポケモンたちを柵越しに見ていた。

オーキド博士が一番最初に彼らに話しかけた。

 

「やあみんなおはよう」

 

「あ、オーキド博士! おはようございます」

 

振り返った少年はやはりサトシで、彼は元気に挨拶をし、少女と青年もお辞儀をして挨拶をした。

 

するとレッドたちに気づいたのかサトシたちは不思議そうな顔で見ていた。

 

「その人たちは?」

 

「むむ? お主たちこの3人を見て気づかぬのか?」

 

オーキド博士の言葉に再びレッド、グリーン、ブルーの顔を穴が開くほど見つめた。

一瞬の間と共に最初に驚愕の表情と共に口を開いたのは糸目の青年だった。

 

「君、もしかしてレッドか!」

 

「ええ! チャンピオンのレッド!?」

 

青年に続き少女も驚きの顔をした。

まだ疑問の顔をするサトシは少しして納得したような顔になった。

 

「ああ思い出した、旅立ちの日に俺も見送ったぜ!」

 

「それにリーグ優勝経験もあって四天王候補とも言われてるグリーンとブルーか!」

 

タケシがグリーンとブルーに気づいて驚くとカスミもまた驚いた顔をでグリーンとブルーを見た。

 

「ふふっ、やはりレッドの方が人気があるようだね」

 

「にくいわねぇこのこの~」

 

「2人も有名だろ」

 

グリーンとブルーのからかいにレッドは言い返す。

流石に言われっぱなしはレッドとしても嫌だった

 

見知らぬ糸目の青年とオレンジ髪の少女が名乗った。

 

「自分はニビジムのタケシだ。ポケモンブリーダーを目指している」

 

「私はカスミ、ハナダジムのトレーナーよ」

 

タケシとカスミがジムのトレーナーと聞いて驚いた、数年前、レッド、グリーン、ブルーがニビジムとハナダジムに挑戦した時は違う人間がジムを守っていたからだ。

しかし、よく見るとタケシとカスミの顔は当時のジムリーダーに似ていた。

おそらく親族なのだろうと合点がいった。

 

「グリーン久しぶりだな」

 

サトシがグリーンに話しかける。シゲルの姉であるグリーンはサトシには見知った顔だった。

サトシにとっては嫌味なシゲルと違って優しいグリーンには好感を抱いていた。

 

「ああ、久しぶりだサトシ、ジムバッジを8つ揃えられたんだね」

 

「そうなんだ見てくれ俺のジムバッジだぜ!」

 

サトシは上着の内側に付けているジムバッジを見せた。そこには8つのジムバッジが確かに輝きを放っていた。

馴染みの少年の成長にグリーンは優しく微笑んだ。

 

「ふふっすごいよ、これでポケモンリーグに出場できるな」

 

「ああ、必ずポケモンリーグで優勝してやるぜ!」

 

サトシは気合いっぱいにやる気に満ちていた。最近の練習のポケモンバトルでも連戦連勝、最高潮で絶好調。今なら誰にも負けないという絶対の自信があった。

だからこそ、強いトレーナーとバトルしたいという気持ちは必然なのだろう。

サトシは迷うことなくレッドに期待するような眼差しを向けた。

 

「なあレッド、今からバトルしてくれよ! 俺ここまですっごい絶好調で誰にも負けない、今ならチャンピオンにだって負けないぜ!」

 

思わぬ申し出にレッド、グリーン、ブルーだけでなくオーキド博士もタケシもカスミを目を見開いていた。

傍から見ればそれはあまりにも無謀な挑戦で、サトシの行動があまりにも思慮に欠けていると思ったからだ。

 

「ポケモンリーグで優勝すれば四天王とチャンピオンのレッドへの挑戦権が手に入るのよ。気が早いんじゃないの?」

 

カスミが指摘するがサトシはそんなこと無いとばかりに自身に満ちた表情でレッドに訴えた。どうしてもチャンピオンとバトルができるというチャンスをものにしたいのだという強い気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

「せっかくチャンピオンが目の前にいるのにバトルしないなんてもったいないぜ。なあ頼むよレッド」

 

レッドにしてみればトレーナーから申し込まれたバトルを断るなどできるはずがない、ましてや自分はカントーの頂点に立つチャンピオンだ。逃げも隠れもせずに受けた挑戦に応えることはある種の義務だ。

 

それに、

 

「いいよ、君がどれだけ強くなっているのか俺も知りたい」

 

レッドは強い意志と自信を持ったサトシの実力を知りたかったのだ。

 

「そうこなくっちゃ! へへっ、今日レッドに勝ったら俺はチャンピオンを越えたってことだな」

 

サトシは自信満々にレッドに言い放つ。微塵も自分の勝利を疑っていないようで無邪気に笑っている。

レッドはそんなサトシを微笑ましい気持ちで見ていた。

そして、チャンピオンとして、マサラタウンの先輩トレーナーとして、本気の自分を見せなくてはという気持ちがレッドの意志を強固なものにした。

 

 

 

***

 

 

 

オーキド研究所内にあるポケモンバトル用のフィールドは賑やかになっている。

持ち主のオーキド博士の他に孫娘のグリーンに彼女の幼馴染のブルー、お客であるタケシとカスミ。

そして、これからバトルを行うレッドとサトシが相対してバトルフィールドに立っていた。

 

サトシは足元にいるピカチュウと共にやる気満々で自信満々といった表情で立っている。

じっと観察するように見るレッドからはどんな感情なのか伺えない。

 

フィールドのセンターラインにはグリーンが立っている。

 

「審判は私が務めよう。バトルは6対6のフルバトル、すべてのポケモンが戦闘不能になった方の負けだ」

 

「ああいいぜ」

 

「問題ない」

 

グリーンの宣言にサトシもレッドも頷く。

 

「それではバトル開始!」

 

「ゼニガメ、君に決めた!」

 

「行け、カメックス!」

 

「ゼニィ!」

 

「ガメェ!」

 

丸い甲羅に水色の頭に手足、丸い尻尾の生えた亀ポケモンのゼニガメ。

レッドが繰り出したのはカメックスだ。

このカメックスはレッドが縁あって出会ったゼニガメから進化させたポケモンだ。

 

「へぇゼニガメか、やっぱり可愛いわね」

 

ブルーが懐かしむようにしみじみとゼニガメを見た。

 

「ゼニガメの相手は進化形ポケモンのカメックスよ」

 

「サトシ油断するな、相手はチャンピオンだ!」

 

カスミとタケシのアドバイスを聞いているのか聞いていないのか、サトシは自信満々な様子だ。

 

「言われなくてもわかってるよ。先手必勝だゼニガメ、『みずでっぽう』!」

 

「ゼェニュウウウウウ!!

 

ゼニガメは大きく息を吸って、激流を口から発射する。

猛烈な勢いの水流がカメックスに直撃した。

 

「へへ、どうだ!」

 

水流が止む。空中に広がった水がだんだん晴れると、カメックスは何ともないように力強く構えていた。

 

「ガメ!」

 

「な、なに!」

 

「効果はいまひとつとは言え、ここまで無傷とは」

 

タケシはカメックスの防御力に舌を巻く。

効果が今一つというのはまったく効果が無いということはない、しかし、ゼニガメの全力の『みずでっぽう』はカメックスに対して大きな脅威とはならなかったのだ。

 

「だったら接近戦だ! ゼニガメ『ロケットずつき』」

 

サトシは僅かに焦るが切り替えて次の指示を送る。ゼニガメが渾身の力で猛スピードの頭突きを放つ。

 

「『りゅうのはどう』」

 

「ガァメエエエエエ!!」

 

カメックスは両肩の砲身を構える。瞬時にエネルギーを充填し、発射する。

二つの砲台から放たれた波動は瞬時に一つに収束する。そのエネルギーの塊はまるで竜の頭だ。牙を剥くように竜の形の波動が突進するゼニガメを迎え撃ち、全身を包み込む。

 

爆発音の後、ゼニガメは後方に吹き飛び地面を転がる。

その勢いが止む頃、ゼニガメは動かなくなった。

 

「ああゼニガメ!」

 

「ゼニガメ戦闘不能、カメックスの勝ち!」

 

「一撃で勝負が決まるなんて……」

 

「これがチャンピオン……」

 

カスミとタケシが恐れ慄くようにレッドを見ていた。

しかし、サトシはまだまだやる気に満ちた顔でレッドを見ていた。

 

「戻れゼニガメ、休んでてくれ」

 

「よかったよカメックス、戻ってくれ」

 

「まだまだこれからだ、フシギダネ君に決めた!」

 

「行けフシギバナ!」

 

「ダネダネ!」

 

「バァナ!」

 

サトシはフシギダネを繰り出し、レッドはフシギバナを繰り出した。

 

レッドのフシギバナも特殊な事情で育てることになったポケモンだ。

 

「ほう、可愛らしいフシギダネだ」

 

審判のグリーンは初めてポケモンを受け取った日を思い出しながらフシギダネを見た。

 

背中に発展途上の小さな蕾を背負うフシギダネと、背中に満開で大輪の花を咲かせるフシギバナが相対するが、その成長具合も体格も誰が見ても圧倒的に差がある。しかし、サトシもフシギダネもその表情は自信に満ちている。

 

「フシギダネ『はっぱカッター』!」

 

「フシギバナ『パワーウィップ』、すべて撃ち落とせ!」

 

「ダネ!」

 

「バナバナ!」

 

フシギダネから発射される大量の鋭い葉、対してフシギバナは大きな蔓を振り回してそれらの葉を次々と打ち落としていく

 

「なに!」

 

「そのまま叩きつけろ!」

 

フシギバナの大きな蔓は瞬時にフシギダネに巻き付くと、大きく振り上げられフシギダネの小さな体は簡単に投げ飛ばされてしまった。

地面にたたきつけられたフシギダネはなんとか立ち上がる。対するフシギバナは大きなダメージもなくその大きな体でフシギダネを見下ろしていた。

 

「まだだ、『やどりぎのタネ』!」

 

サトシは勝負を有利に持っていくために草タイプ特有の特殊技を使う戦法に出た。

フシギダネは蕾からタネを発射する。それは当たって敵に巻きつきその体力を奪い続ける魔のタネ。

凄まじい勢いでフシギバナへ発射され避けられることのなく直撃し、タネは霧散した。

フシギバナは何事もないように健在だ。

 

「そ、そんな効いてない?」

 

「草タイプには『やどりぎのタネ』と粉技は効かないんだぞ!」

 

「な、そうなのか!?」

 

トレーナーの知識とはポケモンバトルで重要な意味を持つ。ポケモンの特徴やタイプ特有の能力など、トレーナーが覚えるべきことはたくさんある。「知らなかった」では済まされない。それを知らないというのは情報戦ですでに敗北していることと同義だ。

しかし、レッドはそんな未熟なトレーナーにも手加減しない。

 

「フシギバナ『ヘドロばくだん』!」

 

毒エネルギーを放出する。タイプの相性以上にその破壊力がフシギダネに襲い掛かる。

フシギダネは苦悶の表情を浮かべてわずかに後退する。

 

「負けるなフシギダネ、『ソーラービーム』だ!」

 

ここで大幅なエネルギーチャージの時間を必要とする技を使うなど自殺行為に等しい。だがレッドは一瞬の隙も見逃すことなく指示を出す。

 

「『ヘドロばくだん』!」

 

フシギバナから強力な毒攻撃が発射される。

 

「フシギダネ、ジャンプだ!」

 

サトシは待っていたとばかりにフシギダネに指示を出し、フシギダネはそれに応えるように跳びはねた。

 

「なに!」

 

「いけぇ発射!」

 

「フッシャ!」

 

猛烈な輝きとともに蕾から特大の光線が発射された。極太の光線は地面を抉らんばかりの猛スピードで直進し、フシギバナの大きな体を包み込んだ。

 

「よっしゃ決まった!」

 

サトシは最大の一撃を決められて気分が高揚していた。大切なポケモンの渾身の一撃、これに耐えられるポケモンがいるはずがないのだと、思い込んでいた。

 

フシギバナは先ほどと寸分も変わらず君臨していた。

 

「な、なに!?」

 

その様子にサトシとフシギダネは驚きを隠せないのだ。

 

「フシギバナ『パワーウィップ』!」

 

「バッナア!」

 

レッドの指示にフシギバナは大きく蔓を振るい、呆然とするフシギダネに断頭台の一撃のごとく振り下ろした。

強烈な一撃に轟音が当たり一面を飲み込み、爆風と砂煙が舞い上がりその破壊力を物語っていた。

風によって舞い上がった砂埃がトレーナーと観戦する人たちの視界を塞ぐ。

 

しばらくして煙が晴れた。

そこには未だ立っているフシギバナと地面に転がるフシギダネがいた。

 

「フシギダネ、戦闘不能。フシギバナの勝ち!」

 

「戻れフシギダネ、ゆっくり休んでくれ」

 

「フシギバナご苦労様、戻って休んで」

 

これでサトシの2連敗、若干の焦りが見えた。しかし、サトシはそれを隠すように次のボールを投げた。

 

「ケンタロス君に決めた!」

 

「行けカビゴン!」

 

「ブモォ!」

 

「カビィ!」

 

サトシのポケモンは鋭い目つきと雄々しい角を持ったケンタロス、レッドのポケモンは大きな体を持つカビゴンだ。

誰もがこのバトルを重量級の激しいバトルになると予想し見守っているなか、動いたのは同時だった。

 

「ケンタロス『アイアンヘッド』だ!」

 

「カビゴン『しねんのずつき』!」

 

ケンタロスは頭を鋼のように硬質化して猛進し、カビゴンは頭にエスパーの思念を集め、突進した。

激突する両者、一瞬の拮抗があると同時に反動で勢いよく後退した。

 

ケンタロスは痛みを振り払うように頭を何度も揺らす、対してカビゴンは平気そうに力強く立っていた。

 

「石頭比べならカビゴンは負けてないぜ」

 

「くっ、ケンタロス『ギガインパクト』!」

 

ケンタロスは力強く雄叫びを上げると猛烈な速度で駆ける。超重量の肉体で猛進は大地が震えんばかりに勢いだ。全身の力を使いノーマルタイプ最強クラスの一撃を放つ。ケンタロスの高い攻撃力と合わさり、どんなポケモンもその一撃の元に粉砕されるのは確実だろう。

 

「ブモオオオ!」

 

「受け止めろ!」

 

「カビ!」

 

衝突。

破裂したような轟音と衝撃が辺り一面に広がる。

カビゴンはケンタロスの『ギガインパクト』を両腕とお腹で真正面から受け止める。とてつもない破壊力のケンタロスの一撃はカビゴンを打ち倒す――

 

――ことなく、カビゴンはケンタロスを受け止めそこから一歩も進ませることはなかった。

 

「そんな!」

 

サトシが悲痛な声を上げる、自慢の一撃がこうも容易く受け止められるなど思いもよらなかったのだ。

 

「残念だけどそれじゃあレッドのポケモンは倒れないわ」

 

ブルーはフィールドを見ながら事実を述べる。

 

「カビゴン、こっちも『ギガインパクト』!」

 

カビゴンが拳を振り上げる。

ググッと力を込め、反動で動けなくなり攻撃を封じられたケンタロスに向かって全身全霊の破壊を打ち込んだ。

 

「カッビィ!」

 

轟音、爆音、激震。

壮絶な破壊力は衝撃波となってフィールド内だけでなく外にも広がり、観戦している人間たちも思わず防御の姿勢となった。

カンビゴンの拳はケンタロスの腹部に直撃しそのたくましい体を地面に晒すことになったのだ。

 

「ケンタロス戦闘不能、カビゴンの勝ち!」

 

「ぐ、戻れケンタロス。よくやってくれた」

 

「戻れカビゴン、お疲れ様」

 

「とんでもないパワー、いや防御力というべきか、あの『ギガインパクト』受けきるなんて、並みのポケモンにできることじゃない」

 

「サトシ、もっとしっかりしなさい!」

 

「わかってるさ!」

 

タケシの分析とカスミの激励にサトシはまだまだ諦めないといった顔で次のボールを投げ、レッドもサトシの気持ちに応えるように次のボールを投げた。

 

「ベトベトン君に決めた!」

 

「行けラプラス!」

 

「ベトベトォ」

 

「クァアアア!」

 

ヘドロの塊のような不定形のベトベトン、相対するは青い体に甲羅があり、長い首の先には愛らしい顔、人を乗せて泳ぐことができるだけに大きな体のラプラスだ。

 

「うわあラプラスだ! 見てあの綺麗な顔にたくましい体、私もラプラスゲットしたいわ!」

 

水ポケモンを愛するカスミは珍しい水ポケモンであるラプラスに興味を示すが、バトルをしているレッドとサトシは気にしないとばかりに相対していた。

 

「ベトベトン『ヘドロばくだん』!」

 

「ラプラス『れいとうビーム』!」

 

「ベットォ!」

 

「クアアアアア!!!」

 

高濃度の毒エネルギーが発射され、それを冷凍光線が迎え撃った。衝突し両者の間に爆発が起こり煙と突風が起こり、視界がわずかに遮られる。

その隙にサトシが動いた。

 

「今だベトベトン、ラプラスに『のしかかり』攻撃!」

 

ベトベトンはラプラスへと接近し、紫色のヘドロの肉体を大きく広げて絡みついた。

液体に近い肉体がラプラスの全身に広がって行く。

 

「そのまま動きを封じろ!」

 

「ベトォ……」

 

「ク、クウウウ……!」

 

全身にまとわりつくベトベトンが拘束の力を強めるとラプラスは動くことができずに苦悶の表情を浮かべる。ベトベトン自体の重量も相まってじわじわとダメージとなっていく。

 

だがレッドに焦りはない。

 

「ラプラス『10まんボルト』!」

 

「クワアアア!!」

 

ラプラスは苦しんだ表情から一変、目を見開くと激しい電流を巻きつくベトベトンの全身に浴びせる。

たまらずベトベトンはラプラスの拘束を解き、離れる。

 

「しっかりしろベトベトン、『きあいパンチ』だ!」

 

ベトベトンは気を引き締めて大きく手を振り上げる。しかし、レッドは瞬時に対応して見せた。

 

「ラプラス『ふぶき』!」

 

強烈なパンチをお見舞いしてやろうとしたベトベトンを極寒の冷気が凄まじい勢いで襲い掛かる。

激しい冷風は氷の塊と共にベトベトンの体を打ち上げる。『ふぶき』の勢いに空へ押し上げられたベトベトンは冷気が止むと、そのまま落下した。

地面に激突したベトベトンは目を回して動かなくなった。

 

「ベトベトン戦闘不能、ラプラスの勝ち!」

 

「戻れベトベトン、休んでてくれ」

 

「ありがとうラプラス、戻ってくれ」

 

「サトシはこれであと2体、レッドはまだ戦闘不能になっていない」

 

「しかもレッドのポケモンは大してダメージを受けてないわ」

 

「勝負はこっからだ、リザードン君に決めた!」

 

「グオオオオオ!」

 

サトシのポケモンはリザードン、降り立つと大きな雄叫びを上げた。

 

「リザードン頼んだぜ!」

 

声をかけた瞬間、リザードンはサトシに火炎を吐いた。

サトシは驚いて避けるが避けた先も攻撃された。

 

「おいリザードン、やめてくれ暴れるな!」

 

まったく聞く耳を持たないリザードンはサトシを攻撃し続ける。

 

「元気なリザードンだね。けど、どうやら信頼関係は築けていないみたいだね」

 

「そんなことない!」

 

サトシは悔しそうに歯ぎしりしながら反論する。

 

「だったらこっちも――」

 

レッドはボールを取り出す。

 

「行けリザードン!」

 

レッドのボールから現れたのは、リザードンだ。

大きな翼を羽ばたかせ、力強い両腕を構えて大きく吠える。

 

「で、でかい……」

 

レッドのリザードンはサトシのリザードンに比べて体が大きかった。

自分のリザードンしか知らないサトシは僅かに怯んだ。

 

するとサトシのリザードンはレッドのリザードンに気づき、敵意むき出しの眼で睨みつけた。

空気の温度が2体の熱によって上昇したような錯覚さえした。

レッドのリザードンはをサトシのリザードンにやる気を出させることに成功した。

 

 

「やる気は出たみたいだな」

 

レッドは満足そうに2体のリザードンを見て、サトシも今なら行けそうだと気合を入れる。

 

「「リザードン『かえんほうしゃ』!」」

 

両竜の口から凄まじい火炎が一直線に相手に向かって発射された。

一瞬の激突、そして爆発。

爆風が2体のリザードンを襲うがなんともないというように立っている。

 

「へえ、サトシのリザードン結構やるのね」

 

ブルーはサトシのリザードンのポテンシャルに感心していた。

審判を務めるグリーンも興味深そうにサトシのリザードンを見ていた。

 

サトシは調子が出てきたとばかりに次の指示を出す。

 

「よぉし、そのまま『ドラゴンテール』!」

 

するとサトシのリザードンは『かえんほうしゃ』を連射しながら飛翔し始めた。吐かれた炎はレッドのリザードンを狙い燃え盛る。

 

「お、おいリザードン『かえんほうしゃ』じゃなくて『ドラゴンテール』だって!」

 

「飛べリザードン」

 

レッドのリザードンもまた翼を大きく羽ばたかせて飛翔する。

滑空する敵にサトシのリザードンは追撃するように『かえんほうしゃ』を連射する。

何本も走る火炎の線をレッドのリザードンは縦横無尽に機敏な動きで空を走り回避していく。

 

地面に降り立つ2体のリザードン、先に動いたのはサトシのリザードンだ。

 

竜の力を込めた丸太のような尻尾が振り回される。

 

「『ドラゴンクロー』」

 

「グオオオオオ!」

 

レッドのリザードンは両腕の磨き抜かれた爪に竜のエネルギーを纏わせる。

叩きつけられる『ドラゴンテール』を両腕をクロスさせることで受け止める。そのまま押し切ろうとサトシのリザードン、しかし、レッドのリザードンは受け止めた体勢のまま微動だにしない。

サトシのリザードンは何度も何度も尻尾をレッドのリザードンに打ち付けるが、両腕の竜の爪ですべて打ち払っていく。

大きく吠えると上段から打ち下ろす。だが、再びクロスさせた両腕が直撃を阻む。

レッドのリザードンは力を込めると両腕を振り払いサトシのリザードンの体ごと吹き飛ばした。

体勢を崩したサトシのリザードンにレッドのリザードンは『ドラゴンクロー』を叩きつける。

 

しかし、サトシのリザードンは一瞬で反転すると、『かえんほうしゃ』を撃ちだす。レッドのリザードンは飛び上がり上昇することで回避する。サトシのリザードンもまた追い駆けるように飛翔する。

 

サトシのリザードンは腕を振り上げて強烈な爪の一撃をお見舞いする。『きりさく』攻撃だ。

猛烈な斬撃の直撃を受けたレッドのリザードンは一瞬怯む、その隙をサトシのリザードンは見逃さない。

 

サトシのリザードンは敵の体を捕縛すると飛行速度を上げた。そして円を描くように何度も何度も空を回転する。

急降下。

『ちきゅうなげ』。重力による落下速度と飛行速度を加算した猛スピードで地面を目指す。

 

サトシのリザードンがレッドのリザードンを大地に叩きつける――

 

――直前にレッドは動いた。

 

「『フレアドライブ』」

 

「グアアアアア!!」

 

発火。

レッドのリザードンの全身が燃え上がりサトシのリザードンごと包み込む。落下速度のまま2体のリザードンは地面に直撃した。すさましい砂煙が舞い上がるため、フィールドの様子は見えない。

 

しばらくすると煙が晴れた。

2体のリザードンは立っていた。しかし、両者の様子は対照的だった。

サトシのリザードンは、満身創痍といった様子で息が上がり、レッドのリザードンはまったくダメージを負っていないという様子で悠然とその巨体を見せつけていた。

 

「グ、グウ……」

 

「グオオ!!」

 

「『ちきゅうなげ』の落下のスピードも利用して破壊力を増幅させたんだ」

 

サトシのリザードンは「まだ戦える」というように強く咆哮を上げ、渾身の『かえんほうしゃ』を撃ち放った。

 

「グアアアアア!!」

 

「『ドラゴンクロー』」

 

「グオオオ!」

 

レッドのリザードンの両爪にドラゴンのエネルギーが集束する。強襲してくる爆炎を前にその龍爪が突き立てられる。

『かえんほうしゃ』はレッドのリザードンに衝突する寸前で切り裂かれ左右に霧散していく。

特攻。

レッドのリザードンは左の龍爪を突き出しながらサトシのリザードンに突進する。サトシのリザードンは負けじと『かえんほうしゃ』の威力を増幅させていく。しかし、膨大な炎はレッドのリザードンの『ドラゴンクロー』が切り裂いていく。そして、左腕を振り下ろして火炎を完全に消し飛ばす。

2体の距離が0となる。レッドのリザードンが右腕をアッパーカットのように振り上げ、龍爪でサトシのリザードンの顎を打ち抜いた。

 

サトシのリザードンは顔を突き上げられた体勢のまま仰向けに倒れる。ズシンッと巨体が倒れたことにより重い音が響く。そのまま蓄積してきたダメージのため動けなくなった。

 

「サトシのリザードン戦闘不能、レッドのリザードンの勝ち!」

 

レッドのリザードンが吠える。勝利の喜びを体現しているかのように空へ響かんばかりの竜の咆哮を上げ続ける。

そんなリザードンの様子にレッドは口角を上げる。

チラリと視線を送り、サトシが自分のリザードンをボールに戻す寸前にボソリと呟いた。

 

「トレーナーと力を合わせずに自分本位で勝てるほどポケモンバトルは甘くないよ」

 

 

 

***

 

 

 

サトシはリザードンをボールに戻すと力なく腕をダラリと下げた。

その顔は驚愕で満ちて今の自分の状況が信じられないという様子だ。

 

後ろで応援のタケシとカスミは心配そうにサトシを見ている。

 

「これほど力に差があるとは……」

 

「サトシのポケモンはもう……」

 

このままサトシは戦意喪失で終わるのかと誰もが思ったその時だ。

サトシの足元に小さなポケモンが声を上げた。

 

「ピカ! ピッピカチュウ!」

 

ピカチュウの声にサトシはハッとなり、ピカチュウを見る。

その目は『まだ諦めるな』と訴えているようだった。

自分にとって最初の友達の励ましにサトシの闘志が甦る。

 

「ピカチュウ……そうだな、まだ俺は、俺たちは負けてない! 頼んだぜ」

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

サトシの足元にいたピカチュウが素早くフィールドに走ってきた。

 

「ピッピカチュウ!」

 

レッドは口角を上げて見ていた。ピカチュウがサトシの最初のポケモンであることは聞いていた。

 

「へえ、ピカチュウで来るのか、それなら……」

 

レッドはリザードンを戻し、ボールを取り出した。次のポケモンは決まっていた。

 

「行けピカチュウ!」

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

「ピカチュウ『かみなり』!」

 

「「ピィカチュウウウウウウ!!」」

 

両者から同時に電撃が放出され激突する。黄金の稲光が両者の間で煌めき瞬く。

 

――だが、威力が、破壊力が違う。

 

レッドのピカチュウが放った『かみなり』はサトシのピカチュウの『10まんボルト』よりも威力が上、それに加えてレッドのピカチュウの方が地力がはるかに上だ。

故に押し切られる。

 

徐々に相手の電撃が迫りサトシのピカチュウは苦しそうに顔を歪める。

 

サトシが叫ぶ。

 

「ピカチュウ!!」

 

その声に反応したようにサトシのピカチュウは放った電撃を解き、襲い掛かる電撃を回避しながらレッドのピカチュウに向かって走り出す。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!」

 

「ピカピカ!」

 

フィールドを駆けるサトシのピカチュウはそのままトップスピードに乗り高速で突撃する。

 

「ピカチュウ『かわらわり』!」

 

「ピィッカァ!!」

 

迎え撃つレッドのピカチュウは走りながら小さな右手を手刀の形で振り上げる。

一直線に突き進む両者が激突する。

 

「ピカチュウもう一度『かわらわり』」

 

「『でんこうせっか』でよけろピカチュウ!」

 

「ピッカピカ!」

 

「逃がすな!」

 

「ピッカチュウウ!」

 

サトシのピカチュウは軌跡を描くように高速の回避行動をとる。しかし、レッドのピカチュウはその動きに合わせるようにピタリと張り付きサトシのピカチュウを逃がさない。

その動きに観戦していたタケシが呟く。

 

「『でんこうせっか』を使ってるわけじゃないのに、このスピード、さすがによく育てられている」

 

レッドは追撃を開始する。

 

「ピカチュウ、『かみなり』」

 

「ピカチュウウウ!!」

 

『10まんボルト』と『かみなり』の違いは、その威力の他に発射口の多さがある。『かみなり』は自身の頭上に展開しそこから多くの箇所に攻撃することが可能だ。

レッドのピカチュウは相対するサトシのピカチュウの逃げ場を封じるように広範囲に膨大な『かみなり』を撃った。

 

「ピカチュウ走りながら避けるんだ!」

 

しかし、サトシのピカチュウは一撃一撃を見極め『かみなり』の猛襲を回避していく。電気タイプ特有の電気に対するレーダーのような感覚も働き、トップスピードを維持しながら疾走しレッドのピカチュウに接近した。

その動きにレッドも舌を巻きながら嬉しそうに口角を上げる。

 

「『アイアンテール』だ!」

 

レッドのピカチュウのギザギザの尻尾が鋼となる。

 

「こっちも『アイアンテール』!」

 

サトシのピカチュウのギザギザの尻尾も硬質化した。

 

「「チュウウウ、ピッカア!!」」

 

ギィンッ! と音が響く。

両のピカチュウは体を回転させながら鋼鉄となった尾を振るい続ける。刃となった尻尾同士が衝突するたびに甲高い金属音が鳴り、火花が舞い散る。

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピカチュウ引きつけろ!」

 

レッドのピカチュウは『でんこうせっか』が直撃する寸前で飛び上がる。

 

「なに!?」

 

「ピカチュウ『かみなり』!」

 

サトシのピカチュウはレッドのピカチュウの真下に位置していた。空中に跳び上がったレッドのピカチュウが『かみなり』を落とすことで文字通りの落雷としてサトシのピカチュウに襲いかかった。

 

サトシのピカチュウにとって電気技は効果が今一つだが、レッドのピカチュウの並外れたパワーは大きなダメージとなっていた。

 

「ピカチュウはまだまだやれる! 『でんこうせっか』!」

 

「ピカチュウ『かわらわり』で迎え撃て!」

 

「ピッカァ!!」

 

「ピカチュ!!」

 

サトシのピカチュウが全身で高速の突撃をし、レッドのピカチュウが強烈な勢いで左腕を振り下ろす。

両者が激突し、2体が全力であることを示すかのように全身と衝突地点から電撃がほとばしる。

 

両者が後方に跳んで大地を踏みしめる。

 

サトシのピカチュウがダメージの大きさからか顔を歪めて呻いた。

その隙を逃さずにレッドは指示を出した。

 

「ピカチュウ『ボルテッカー』!」

 

「ピッカ! ピカピカピカピカピカピカ!」

 

眩い黄色の閃光と共にピカチュウは大地を疾走した。それは一条の稲光となって周りのすべてを置き去りにするように加速を重ねていった。

駆け抜けた空間を切り裂くような高速の迅雷となったレッドのピカチュウは、呆然とする同族にも回避の隙さえ与えずに激突した。

 

「ピカア!!」

 

音の消失の直後、霹靂が一帯を包み込んだ。

 

激しい光が止むと、勝敗は決していた。

 

レッドのピカチュウは反動のダメージで息を切らし、サトシのピカチュウは地面に倒れ伏していた。

 

「サトシのピカチュウ戦闘不能、レッドのピカチュウの勝ち。よって勝者レッド!」

 

グリーンの宣言で勝負を決まった。

 

 

 

結果はレッドの圧勝、サトシの完敗だった。

 

サトシはフィールド内に走ると倒れているピカチュウを抱き上げる。

 

「ピカチュウ大丈夫か?」

 

「……ピ、カ」

 

ピカチュウはボロボロだったがサトシの呼びかけに答えて笑顔を作った。

それを見てサトシは安心すると同時に申し訳ない気持ちになった。それはピカチュウだけでなく、今のバトルで戦ってくれた自分のポケモンたち全員に対してだ。

 

するとレッドがサトシに向かって歩いて来た。

見上げるとレッドはピカチュウを肩に乗せてサトシのことを見ていた。その表情はどんな感情があるのかわからない。

 

サトシはピカチュウを抱きながら立ち上がる。そして、レッドの眼を見つめる。

 

「レッド、俺全然まだまだだった。勝ってばっかりだったから自分が一番強い気になってたけどそんなことなかった。今のバトルでよく分かったよ」

 

一度言葉を区切る。

 

「俺もっと強くなる! もっと強くなってポケモンリーグで優勝して、もう一度レッドとバトルしたい!」

 

「ああ、その時は受けて立つよ」

 

レッドは力強く頷き手を出した。その手をサトシは掴んだ。

健闘したトレーナー2人が互いに約束を交わした。

 

 

 

***

 

 

 

バトルを終え、サトシたちは家に戻り、オーキド博士は研究所に戻った。

 

レッドたちは今後どうするかを話し合っていた。

 

「レッド、せっかくシロガネ山を下りたんだ。久しぶりに地方を旅してみたらどうだい?」

 

「引きこもってる間に世界がどう変わったか見てきなさい」

 

グリーンとブルーの言うようにレッドは自分自身でも他の地方に行って世界がどうなっているのかを直接感じようと思っている。

旅をする決心はとっくについている。その前にレッドはどうしても2人に伝えたいことがあった。

 

「あのさ、山を下りたばっかりで今の世の中のことよくわからないから、グリーンとブルーに案内してほしい、だから……一緒に旅しないか?」

 

2人はポカンとした顔でレッドを見た。

 

「こんなこと頼めるの2人だけだし、俺……前から思ってたんだ『グリーンとブルーと一緒ならどんな旅になるだろう』って、だから、2人さえ良ければ、どうかな?」

 

レッドは照れくさそうに顔を赤くしてなんとか伝えることができた。自分の本当の気持ちを。

 

するとグリーンとブルーが可笑しそうに笑いだした。

 

「困ったねブルー、『そういうこと』は私たちの方から言いたかったんだけどね」

 

「違うわグリーン、男の側から言うから良いのよ。合格合格」

 

花が咲いたように笑ったグリーンとブルーは同時に言った。

 

「「こちらこそよろしくお願いします」」

 

ふとレッドは気づく。

 

「自分で言っておいてなんだけど、俺はチャンピオンで2人は四天王候補だからよその地方で長いこと旅するのはまずいんじゃ?」

 

そう言うとグリーンがクスクスと笑い、ブルーが口角を上げる。

 

「長期間リーグを留守にしていても問題なかったんだから気にしなくていいんじゃないか? そもそもチャンピオンや四天王は大きな行事の時期以外は好きに過ごしていいんだからね」

 

「それに私たちはまだ若いし経験を積むってことで遠くの地方を旅することも大事でしょ、むしろ推奨されるわよ」

 

2人の意見には合点がいった。思い返せば勝手に山に籠ってもリーグから行事の要請を受けてそれに出ていれば特に言われなかったし、リーグの人たちにも「もっと経験を積むといい」と言われていた。

だったらこれから旅をしても何も問題がないんだ。

 

 

これから先に存在するのは自分の知らない未知の世界。

それを見て聞いて体験する、それが自分の一番大好きな冒険なんだ。

胸に湧き上がる興奮は何度も経験した。初めてマサラタウンを旅立ったあの日が自分の中で一番の興奮だったと思う。今はそれと同じくらいに鼓動が高まっている。

まだ知らないポケモンが世界にはたくさん存在する。すべてのポケモンに出会うまでレッドの冒険はまだまだ終わらない。




物語のコンセプトはすでに最強なレッドが後輩トレーナーのサトシたちと交流しながら冒険していくという話です。強者の視点からサトシたちのバトルを見たり、自分は自分でとんでもない強敵とバトルするような話を描きたいです。
私の趣味でハーレム系ではありますが。
続きはいつになるかわかりませんが。

活動報告に簡単な説明もありますので宜しければそちらもどうぞ。

読んでいただきありがとうございました。


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