(訳)
台詞だけは長串望先生のものと同じになっております
――お腹が減った。
イヤに眠気の残らない目覚めは空腹のせいか、緊張のせいか分からなかった。夢なのに夢じゃなかったのか、夢じゃなかったのに夢なのか。
体を起こすという考えものぼらないまま、ぼんやりと夢を追っている。と、眠った時間はどれほどなのか、森が逃した太陽光が目に入って、侵入して、意識を奪う。考え事は綺麗に洗われ、反射で目を瞑る頃には夢のことなど欠片もなかった。ほんとだ。
キョロ、キョロ。木だ。木だ。森だ。さっき森って自分で言ったくせに。
て、いうか。
どーしてこんな
寝起き特有の大きな水車みたいな頭を動かして、うんうんうんうん、唸る唸る。
今朝食べた不思議な果実、奇妙だ。
……。
――――
ガバッと――それはもうすごい勢いで起き上がる。
でも……。
そうだ、私は痛くない。
体を見下ろしてみても、触ってみても、果ては叩いて確認してみても骨折どころか痛みすらない。健康なことこの上ない様子。なんなら今から畑を作ったっていい。自慢の飛龍革の鎧には吐き出したのかどこかから零れたのか――傷口のある箇所は無いし、吐き出したのだと思うけど――赤黒い液体がべっとりこびり付いていて、試しに舐めてみると私の血って感じはするけど、口元にも肌にも傷口、血跡は見られない。
分からなくなってきた。
口の中には血の味がまだ残っている。鎧にも血の跡が。じゃあ、
――ん、と。まあ、でも、私自身なんとも無い。私の頭で深く考えても無駄だろう。
そう考えて起き上がる。やはり、バランスが悪いとかそんなのはない。ひょっとして私は腕を失っててショックで幻覚を、っていうのはなさそうだ。
と、強烈な吐き気が。うぷっ。
ゲホゲホ。ウェーっホゲホエホエホゲーッホゲホゲホえっさっさー。
なんということ、吐き出したものを見たらどろりとしている。赤黒い塊!
えー、えー……ちょっと。
これ、血なのかも。しかも、何度も血を吐いた私から見てこれはかなり前の血。体の中にたまってたものが吐き出された、そんな感じだ。
鼻がカサつくので手鼻を切ってみるとやはりこちらも血。乾燥している。うむむ。
良く分からないし、痛くも痒くもないので実感がわかんが、やはり私は何らかの相当な怪我をしたのでは。
もしくは、一時は骨がボロボロになるまでになったけど眠ってる間に持ち前の再生力で蘇生した、みたいな。や、私はそんなに強い子ではないと思う。少なくともちょびっと、一日にも半日にも満たない時間で全身の骨がくっついて傷口が完全に塞がるような怪物じゃあ断じてない。もしかしたら長い年月掛かっていたとして、その間食っても出しても無いし、起き上がっても弦一本の抵抗も感じなかった。うむむむむ。
ぴんぽんぱんぽーん、ここで少し離れた木立にご注目。私は
思わず身構えるも、変だ。糸の切れたあやつり人形のように、または戦争後の兵士の死体のように――見たことないけど――無造作にゴロンと転がされている。神様が遊びに飽きて捨てたのかな、命が宿っているとは思えない。なんというか、生気がない。
濃密な魔力が奪い取っていた音は既に返されていたが、どれだけ耳を澄ませても寝息も、身じろぎの音もない。
死んでる。
見上げて、時刻を確認した。木が邪魔でよく分からんけど、それほど時間はたってない。ちょっと意識を飛ばしたら全てが終わっていた、そんな感じだし、実際私はその世界にいる。
あー、もう。なんなんだ。全ては夢だとでもいうの。
でも、本当なんだ、多分。
そう言えば、夢の中で見た
――?
ばばばっと見回す。あの夢は本当だ。私は彼女を助けようとして、それでその後どうなったのだろう――。
幸い、彼女はそこに居た。そこっていうのはつまり、ええと、少し離れた木陰。
腰をゆったりと落として、本などに浸っている。革張りで高級そうな感じのやつだ。
頭巾を下ろしてフワッと長い――なんというか、妖艶な感じの黒髪を肩口ほどに流している。本にのめり込んでいるのか、時々髪が顔にかかる。綺麗な指がそれを煩わしげにかきあげる。光の当たり具合の妙なのか、とても美しい光景に思えた。有名な画家がパラパラと絵を捲っているような。調和、というのかもしれない。子が親に抱きつくような、鹿が草を食むような。そういうモノを私は見させられていた。
ハグ、だろうか。うむ、突進と言った方が良い、かもしれないでもない気がしなくもなくなくないが、とにかく私は突進した。
どしん、木肌に顔面を全力を押し付け、生命を直接に感じる。生きる、とはこういうことかもしれない。
「なんで避けるんですか!?」
「そりゃ避けるよ」
頭突き、というか顔突きだ。とにかく、木肌が付いて仕方ない。ぷるぷるぷるぷる。喜劇のような台詞を吐くと、なんと、意外にも答えがある。
喋れたんだ。
見ると――上目遣いの形になるけれども――、
そう考えると、なんだか、うふふふふふ、って感じだ。体から力が抜ける。目の力もなくなるので、自然と涙が零れる。今しがた、命が危なかったことを言い訳としてここに付け加えておく。
「……悪かったよ」
「ち、違うんです」
「何が」
「よ、よか、よかったなあって」
「はあ?」
「あ、安心したら、気が、抜けちゃって」
もしも気を失った後、彼女までもやられてしまっていたら――。
仲良くお腹の中という現実は置いといて、たとえ今元気でも、きっとすごく後悔した。彼女がそこにいたことにほっとした。良かったぁ、良かったぁ。
それを聞いた
手巾を涙で濡らしに濡らし、ついでに鼻もかむ。いや、奥の方にカサついていた血がとれて、そのせいではないけども、ようやく落ち着いてきた。手巾は「いらない。あげる」らしい。とても嫌そうな顔で断固とした態度で、だ。肌触りもいいし、目も細かいし、良い品な事は見れば誰でもわかるくらいには良い品なのに。
まあ、そこまで言うなら貰えるものは貰っておく事にしようかな。
さて。
さてさて。
どしーん。これは私がまたもや生を感じた音。喜ばしいことに、顔には防具をつけてないので、私は愛しの大木と熱いキスを交わした。
「なんで避けるんですか!?」
「今しがた自然破壊した威力でタックルなんぞされてたまるか」
「納得の理由!」
そりゃあ、まあ、そうかぁ。台詞通り納得の理由だ。
私は、単純な力という面では結構自信がある。恩恵が強く、故郷でも自慢だった。そりゃ、身内の勢いで突っ込んでいくのはダメだったかもしれない。力も強いし。オマケに品もないし。おほほ。
それならせめて、距離を取られた分くらいは許してくれるはずだとゆっくりと歩み寄ってみる。こちらは見上げて、あちら――そちら――は見下ろして。じっと見つめあった。
「あの、助けて、貰ったんですよね。良くは覚えていないんですけれど」
「…………まあ、そうなるかな」
彼女、何故か目をそらした。他にどうにかなりようがあったのだろうか。私でも分かるぞ。確証無いけど。今言った通り余り覚えてないけど。
ともあれ、私が起きてから見たことだけを信じたとしても
そう考えると、何だか不思議な気持ちになるので聞いてみた。
「どうしてって?」
「あなたにとって私は、森の中でたまたま出会った見ず知らずの旅人です。それなのに、どうしてような危険な魔獣に立ち向かったり、きっと貴重な霊薬などで癒してくれたのですか?」
すると
「じゃあ君は、どうして私を助けてくれたの?」
「え?」
「危ない、って。君は私を押しのけて助けてくれた。そうしなければ、避けれたんじゃないの」
それは、まあ。
今となっては自信過剰かもしれないけど、そうだ。私一人なら
でも、アレは咄嗟の不意打ちの事だ。それに、私が何をしなかったからといって
そのように伝えたとこと、彼女は静かに首を振って、まるで赤子に何かを諭す口調で私に言う。
「私にとっては確かに大した相手じゃなかった。でも君にとってはそうじゃあなかった。君こそ、見ず知らずの私の為に、それもずっと後を付け回す怪しい相手の為に、命を懸けた。しようとしたことは同じかもしれないけど、かけた
さあ、どうして。
見下ろす
咄嗟、と私は言ったが。正しくその通りで、咄嗟の行動だ。
私がもう少し頭が良くて、あるいはもう少し口が上手いのならそこんところをもう少し上手く説明できるんだけど。御生憎様、私は頭も悪いし口下手でもあるのでもう少し足りない、たどたどしい説明を披露する他なかった。
「ええと、なんていうか、嫌だったんです」
「嫌?」
「あなたがあんなに身軽だとは知らなかったですし、それに、知っていたとしても、きっと同じことをしたと思います。あなたはどう思っていたかわかりませんけれど、私は、あなたのこと、少しの間だけですけれど、旅の仲間だと思っていました」
「旅の、仲間? 私が? 君の?」
「ええ、ええ、そうです。最初は妙な影がずっとついてくるものですから、なんだか不気味だなあ、不思議なあって思ってました。でも、私も寂しかったですし、一緒にいてくれるんだって思ったら、少し心強くなって、
それで、それで。
――と、そんな風に喋ってるうち何を言っているか分からなくなってきた。口の開閉に頭が追いつかなくてもどかしい。ぐしゃぐしゃに丸くなった紙が喉につっかえて言葉が出ない。
それでも、私は伝えなければならないことがあると思う。
なんとか紙の塊を飲下し、一度頭に空気を入れて、ようやっと言葉を続けることが出来た。
「それで、嫌だったんです。
――だから。その先も何もない、だから、なのだ。
感情のみに言い切ってみると、
「君が馬鹿なのはわかった」
「ひどい!?」
「私が君を助けたのは、庇われておきながら何も返さないのでは筋が通らないから。君がこのまま死んでしまっては森を出る道がわからないから。君がいると食べられるものがわかるから。勝手がわからない状態で水先案内人がいるのは助かるから」
私が必死に追いかける途中で
「それからふざけるなって思ったからさ」
「え?」
「嫌だっていうのに理由なんかいらないんだろう?」
一言だけを足して、その口は顔ごと頭巾に隠れてしまう。
『ふざけるな』。理由のないその言葉は私の心に深く刺さる。
それと。
私は先程彼女を旅の仲間と言った。けれど、何も知らないままでそう言っていた。訂正する気なんてないけれど、この瞬間、より仲間として深い絆ができた気がする。それは、彼女が照れ屋さんだと分かったからだった。
なんとも分かりにくい御方だこと、おほほほほほ。と、気取っておどけてみても頬が緩むのを抑えきれない。ニマニマと笑いつつ、愛らしさを感じる私。なんというか、心が落ち着いてゆく感じだ。
実際はそんな暇もないが。その証拠に、
「ほら、早く進め。森を出る前に日が暮れてしまう」
そりゃそうだ。思い出した私は慌てて荷物をしっかりと背負い直す。もう
疲れも痛みも不思議なことに全くない。繰り返し言うけれど、ついさっきまで死の寸前だったのに今は国一番も狙える勢いで健康体だ。問題は、そう、
もう森を出てしまう。そんな喜ばしいことも途端億劫になってしまう理由は彼女以外に有り得ない。というのも、先程の会話から彼女の目的が森を出ることだと分かったからだ。
嫌だ。
私は、続きが欲しかったのだ。今までも何度か森を出たら居なくなってしまうことは考えたけれども、それでもなお希望を抱いていた。そして結果はダメだった。以前から頭の隅にあったこととはいえ、本人――本
人より特別情が移りやすいというのが私の長所でも短所でもあるが、流石にこの時この瞬間は短すぎた。指輪にすらならないほどの短所を発揮して、それは私の足をずるずると引きずって、引き止める。
そりゃ、仲間だなんて勝手に思い込んでいたのは私だ。ハッキリと水先案内人、と言われたのは聞いている。でも、だ。一緒に旅して、一緒にご飯を食べて、――私は意識がなかったとはいえ――危険だって一緒に乗り越えたんだ。もう少し、何かないのだろうか。
例えば、寂しいね、とかまた会おう、とか?あるいは、一生ついて行きます、でもいい。まあ、流石にそれは私でもやらないと思うが、悪くは無いんじゃない?
とか言っちゃって。キャー、私ったら今日はどうしたんだろ。
拗ねた気持ちと願望を片目ずつに宿してちらりと背後を振り向くと、良かった、まだ消えてない。
当の
「私はね。人間が嫌いなんだ」
そうなんだ――。
え、私?
この場には私と
「人間が嫌いで、人間と話すのも嫌いで、人間と関わるのが嫌いで、嫌いで、大嫌いで、大大嫌いで、大大大嫌いだ」
メッタ刺しだった。これは私の心に突き刺さったナイフを抜くだけで
「だから、私は自分自身も嫌いだ。嫌いで嫌いでたまらない。自分が人間であることを思い出させるからなおさら人間が嫌いでたまらない」
私も、そうだ。時たま自分が嫌になる。誰だってあることなんだ。
そういった気持ちで、私は安易に頷きそうになるけれど、でも、と続きの言葉が降ってくる。
「人間が紡ぐ物語が、時にひどく美しいことも知っている。悍ましいばかりの悲劇の中に、それでもなお輝くものがあることを、残念なことに私は知ってしまっている」
不本意だ、と全力で表現する大会があればすぐに彼女は優勝できるはずだ。ため息一つで。
それから、誰かと話をする大会でも優勝を、いや、殿堂入りでもするかもしれない。私の頭にそっと手を置く
「君が
あ――。
……言葉が出なかった。
きっと、彼女は意図などしていないだろうが。
私は、
君が。
私は真っ直ぐ彼女を見る。
困ったような顔をして、悟ったような顔をして。こちらを諭すように、宥めるように。受け入れる、と宣言するかのように。
柔らかく、微笑む。
それは、ダメだろう。
史上最大の反則だった。
「きっと! きっと
私は君が。
そんな風に言われてしまえば現金な私はやる気をみるみる取り戻してしまう。ドラゴン程も長くなった私の個性は二人をしっかりと繋ぎ、その証に、じゃあさっさと進めと蹴り飛ばされたのだった。
――もし何かの間違いで、この旅がどこかで紙に写るならと、タイトルを妄想してみた。ほら、
もしそうなれば、ううん。
きっと。
用語解説
・恩恵
生きとし生けるもの、皆例外なく魔力を持つが、それにより身体能力に補正がかかる。この補正が極めて大きな者は達人と呼ばれたりもする。必ずしも見た目通りの能力を持っているとは限らない。少女は熊を投げ飛ばすのだ。
・霊薬
癒しの魔法を込めた薬品、特殊な素材か製法あるいはその両方で精錬された回復薬並びにそれに類するものを総じて呼ぶ。やや広義。