翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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「あー……掃除の途中で寝ちゃってたのか」

 

 

 まだ夜が明けきる前に目を覚ました俺は、自分がベッドの上ではなく、固い床の上で寝ていたのを見てそう確信する。

 

 まぁ、昨日は色々と波乱万丈だったから仕方がないか。

 

 そんなことを考えながら目を擦り、大きく伸びをした俺はゆっくりと階段を降りた。

 

 

 目的は勿論、朝御飯を作るためだ。

 いつまでもカップヌードルじゃ幾らなんでも体に悪すぎる。

 矢野が倒れたら困るのは矢野だけでなく俺もなのだ。

 

 矢野は流石にまだ起きていないらしい。

 一階に着くと、リビングのソファーの上で眠っている彼の姿が見えた。

 

 起こさないように、そっとその脇を通り抜け、台所へ向かう。

 

「よし、じゃあ作るか……」

 

 そう宣言して、冷蔵庫を開けた俺は、

 

「……まぁ、そうだよな……毎日カップヌードルだもんな……あるわけないよな……」

 

 買い物(そこ)からか……

 

 と、何もない冷蔵庫を見て深く溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明け前だからか外に人の姿はほとんどなく、幸いにも近所にコンビニがあったので食材はそこで購入。勿論自腹。

 

「なにやってんだろうな……俺」

 

 ただでさえ少ないお金を他人の為に使うなんて…………絶対食費は貰おう……

 

 なんて考え事をしながらやっていたからか、気づけばかなりの量の料理が完成していた。

 

 うん……こりゃ多すぎたわ。

 

 明らかに朝食の量じゃない。

 どうするかな、これ……。

 朝と夜で食べるとしても食べきれるかどうか……ま、まぁ矢野に弁当として持たせればいいだろ。

 

 とりあえず食器棚を漁ってみたら、埃を被ったタッパーがあったので、洗剤で洗い、中に詰めていると、微かに物音が聞こえた。

 

 矢野が目を覚ましたのだろう。

 

「……なにやってんだ?」

 

 一分と経たずにやって来た矢野に、俺は、笑顔を貼り付け言った。

 

「見て分からない? 朝御飯とお弁当を作ってたんだよ、お父さん」

 

 唖然とした矢野の顔が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、矢野。そろそろ飯食いに行かないか? 向かいの通りにいいラーメン屋が出来たんだ」

「中川か……」

 

 パソコンと向かい合い、シナリオの構成をウンウンと考えていると、友人であり数少ない同期の一人でもある中川が声をかけてきた。

 

 中川とは普段から同じ食卓で飯を食べる仲。いつもなら断る理由はない。そう、いつもなら。

 

 しかし、

 

「悪いな、弁当があるから今日は遠慮しとく」

 

 オレは今朝ヴェーチェルから渡された弁当を一目し、中川の提案を断る。

 

 何を考えてヴェーチェルがオレに弁当を作ったのかは知らない。が、 作ってもらった以上、完食しなければ彼女の機嫌を損ねることになる可能性がある。

 それは駄目だ。災禍姫の中でも特別扱いにくい性格――一言で言ってしまえば"電波"なヴェーチェルのことだ。

 

 完食しなかった――ただ、それだけの理由で癇癪を起こし災害を撒き散らす可能性も否定できない。

 

 と、そこまで考えて現実に意識を戻すと、目を丸くしてポカンと口を開けたまま石像と化した中川の姿があった。

 一拍置いて、中川がグイッと驚いた表情のまま顔を寄せてきた。

 

「え、矢野が弁当? 時間が勿体ないってご飯を全てインスタントで済ますお前が!?」

「やめろ。顔を寄せるな、唾かかるだろ」

 

 慌てて手で追い払うと、距離を取った中川は思案顔を作り、やがて指をパチンと鳴らした。

 

「ははーん、さては彼女でもできたな」

「いやホント彼女ならよかったんだけどな」

「え、じゃあ誰に作ってもらったんだよ?」

 

 先程の推測に余程自信を持っていたのか、唖然とした表情で訊ねてくる中川。

 

 一瞬どう誤魔化そうか考えたが、オレと中川は結構深い仲だ。曖昧な回答は通じない。

 それにいちいち言い訳を考えるのもめんどくさい。

 少し迷ったが正直に話すことにした。

 

「実はヴェーチェルが作ってくれたんだよ」

「ヴェーチェル? 外人さんか?」

「いや災禍姫のヴェーチェルだが……」

 

 オレが告げると、何故か中川は可哀想な人を見るような目を向けてきた。

「お前仕事のしすぎだよ……。まさか幻覚を見るなんて…………うん、お前はもう帰れ。そして当分来るな。上司には俺から話通しておくからさ」

「ちょっ、中川!?」

「はやく帰れ!」

 

 そのままオレは追い出されるようにして会社を出た。

 

「いや……なんでこうなったんだ……」

 

 その呟きは誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

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