翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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「まずはあれ乗ろう!」

 

 

 園内を移動すること二分。

 

 矢野を楽しませると言っても、何から乗るべきか分からず、とりあえず手当たり次第にと、俺は最初に目に付いた、アトラクションの一つであるコーヒーカップを指差した。

 

 

「へぇ……ティーカップか」

「コーヒーカップだよ、お父さん」

「……英語圏の国ではティーカップと呼ぶのが基本らしいぞ……」

「ここ日本だし、そんな情報どうでもいいよ」

 

 

 平日だからか、どのアトラクションも然程混んでおらず、そんな他愛のない会話を交わしながら待つこと暫し。

 

 列が進み、いよいよ次は俺たちの番になった。

 

 

「はい、次の方どうぞ」

 

 先程まで乗っていた人たちが退場すると同時にアトラクションのドアが開く。

 

 

「どのカップがいいかな?」

「どれでも一緒だろ、早く乗ろうぜ」

「まぁ、そうだね」

 

 

 適当なカップに乗り込むと、俺と矢野は対面するようにして座る。

 間をおかず、ポップな感じの音楽が流れ、カップが動き始めた。

 

 

「……回さないのか?」

「……え」

 

 

 ハンドルを回さずとも多少は回転するようで、暫らくのんびりとした時間を満喫していたら矢野からそんな言葉をかけられた。

 

 一理ある。確かに、ヴェーチェルなら本気で回すだろうなぁ……

 

 あははと声をあげながら全力でハンドルを回している姿が容易に想像できる。

 

 ――そんなわけで俺は即座に目の前のハンドルを取って勢いよく回した。

 

 文字通り全力で。

 

 風を操る能力(・・・・・・)を含めた俺の全力を加えたコーヒーカップは、凄まじい速度で視界をグルグルと回らせていく。

 

「ちょっ、ヴェーチェル!? 流石に回しすぎだろぉおおおおっ!!?」

「まだまだいくよ、お父さん」

「余計なこと言わなければよかった!!?」

 

 超高速で入れ替わる景色。

 流石にこの体でも目が回るのは避けられず、頭が多少クラクラしてきた。

 

 尤もこの特殊な体じゃなければ多少どころか、確実に酔っていたことだろうが。

 

 そんなことを考えながら、ふと、先程までギャーギャー叫んでいた矢野が静かなことに気付く。

 

 視線を移してみれば、顔を青くして口元を抑える、今にも吐き出しそうな矢野の姿が目に入った。

 

「ヤバい……吐きそう」

 

 ガチトーンである。

 

 そんな爆弾発言をした彼と狭いカップの中、対面するのは俺。

 間違いなく直撃コース。

 

「お、お父さん。お願いだから耐えて……」

 

 生憎と嘔吐物を受け止める甲斐性、あるいはマゾッ気は俺には存在しない。

 

 慌ててハンドルを逆方向に回して速度を一気に落とす。

 それとほぼ同じタイミングで歌が止まり、カップがゆっくりと、完全に停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々な目に遭った。

 まさかメルヘンチックなティーカップで、絶叫系顔負けの地獄を味わうとは思わなかった……。

 

 アトラクションを出てすぐにベンチに向かったオレは、背もたれにもたれながら、小さく息を吐いた。

 

 休息を取ってから早五分近く。

 峠は越したみたいで、既に吐き気はないが、未だにベンチから立ち上がる気になれないでいた。

 

 その大きな理由が、周りにヴェーチェルの姿がないこと、だ。

 

 ヴェーチェルはオレがベンチに座るのを見届けると同時にどっかへ歩いていってしまったのだ。

 

 まぁ、大体想像はつく。

 

 

 恐らく一人で違うアトラクションを楽しんでいるのだろう。

 何事よりも楽しいことを優先する。

 

 

 ヴェーチェルをそんな性格に設定したのはオレだ。

 だから、冷たい奴だとか非難するつもりはないが……せめて目の届く範囲にいて欲しかったと心底思う。

 公共の場でヴェーチェルをフリーにしとくとか……もう不安で仕方ない……。

 

 いや、ホントにやらかしてなければいいが……

 

 

 

 

「――はうわっ!?」

 

 

 なんて考え事をしていると、不意に後ろの首筋に冷たい感触がして、思わず変な声が出た。

 

 即座に振り返ると、水のペットボトルを片手に持ったヴェーチェルが立っていた。

 

 十中八九、先程の冷たい感触はペットボトルを当てられた時のものだろう。

「はいお水。遅くなってごめんね、自動販売機が中々見つからなくって……」

 

 自然とした仕草で、オレの右側に腰掛けたヴェーチェルが、ペットボトルを差し出してくる。

 

 

「えっ? もしかして、今まで自販機を探していたのか……?」

「うん、そうだよ?」

 

 

 当たり前のことだと言わんばかりに平然と答えるヴェーチェルに、オレは呆然としてしまった。

 

 

 確かにオレのことをお父さんとは慕ってくれてはいるものの、ヴェーチェルの本質は基本『自由気まま』。何度も言うが、彼女は楽しいことしかやらない。

 

 だからこそ、ヴェーチェルがアトラクションよりもオレのことを優先するなんて思ってもいなかった…。

 

 

 恐らくこれも、弁当を作ってくれた時と同じで、気まぐれなのだろう……。

 

 

 だが、 

 

「? どうしたの?」

「何でもない。それよりも悪かったな、もう大丈夫だ。次のアトラクションに行くか」

 

 

 例え、それが気まぐれだとしても、『嬉しかった』ことに変わりはない。

 

 

 ――今日は思いっきり楽しませてやるか…

 

 

 気がつけば軽くなっていた足で、ベンチから立ち上がったオレは、次のアトラクション目指して歩き出した。

 

 


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