翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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 次に俺たちが向かったのは遊園地の定番中の定番、お化け屋敷だった。

 

 

 

 和風な外観の建物の周囲には、壊れたラジオや、首のとれた日本人形。赤い染みの着いた鉈などが無造作に置かれており、また、待ち時間の間に館内から聞こえてくる悲鳴も合わせて、いかにもな雰囲気を醸し出している。

 

 

 その雰囲気に呑み込まれているのか、周りの人たちも一切声を発していないことも一層不気味さを掻き立てていた。

 

 

 そういえばここの遊園地のお化け屋敷は、怖いランキングにも載っていたっけ……

 

 なんて今更ながらに思い出す。

 

 

 

 まぁ、別に怖くはないんだけど……。

 

 

 今はお化けなんかに怖がってる余裕がないというかなんというか……

 ぶっちゃけ、ゲームのキャラになってしまっている今の俺の状況の方が怖い。

 

 例え本物が出ても怖いと思える気がしなかった。

 

 だが、そんな俺とは違い、矢野はと言うと。

 

 

「へ、へぇ、意外と雰囲気あるなぁ……なぁ、ヴェーチェル……」

「かなり作りも良いし……なぁ、ヴェーチェル……」

 

 めちゃくちゃビビってた。

 

 余裕ぶった態度で構えているが、何度も話しかけてきたり、大きな物音が聞こえてくる度に肩を大きく揺らしていたり、と結構ガチな感じで怖がっている。

 

「……お父さん、もしかして怖いの? 怖いなら別に入らなくても良いんだよ」

 

 矢野を楽しませると誓った手前、苦手なことを無理やりさせるわけにもいかない。

 

「え、あ? ……いや……正直、前までお化けとか信じてなかったんだけどな……」

 

 故にそう提案すると、矢野は困ったように頭を掻きながら、思いもがけないことを宣った。

 

「――ヴェーチェルがこうして現実に出てきたなら、本当にいてもおかしくはない……って思ったんだよ……」

 

 確かに…………いてもおかしくないな…。

 

 むしろ男子高校生がゲームキャラになる確率よりそっちの確率の方が高いだろう。

 

 妙に説得力のある言葉に納得する、と同時に背筋がゾクッとした。

 

 

 ……前言撤回だ。さっきは本物が出て来ても怖くない……って思ってたが、やっぱり本物が出てきたら怖いかも知れない。てか本物じゃなくても怖いかも……

 

 

 …駄目だ。そんなことを意識したからか、目の前のお化け屋敷が急に禍々しく見えてきた……。

 心なしか心臓の鼓動が早くなってる気がする。

 

 

「……怖いなら別にやめても良いんだよ」

「いや大丈夫だ」

「……ホントに?」

「ああ」

「……そう」

 

 明らかに怯えているのに、矢野の意思は固い。

 俺としてはどうにか入らない方向に持っていきたかったのだが…………そこでタイムアップだった。

 

 

 そうこうしているうちに順番が回ってきていたらしい。

 

 

『……次の方……どうぞ……』

 

「「ひぃっ…… 」」

 

 ギィと誰もいないのに勝手に開く扉に、思わず悲鳴が漏れる。

 

 いや、落ちつけ俺。さっきも開いてた所見ただろ……。そういう仕様なんだってば……。

 

 

『ザザッ――……ではお入りください……―』

 

 

「じゃ、じゃあ行くぞ、ヴェーチェル」

「え、あ、うん……」

 

 入口の壊れたラジオから聞こえる無機質な音声案内に従い、屋敷へと足を踏み入れる。

 

 

 屋敷の中は薄暗く、ひんやりとしていて、やけに静かだった。

 お化け屋敷特有のBGMは一切流れておらず、ギシギシと足元の床が軋む音の他にはバクバクと鳴り止まない自身の心臓の音しか聞こえてこない。

 

 

「な、なぁ、あの角……何か出てきそうじゃないか……?」

「そ、そうだね……」

 

 

 長い廊下を真っ直ぐ進んだ先の曲がり角を前にして、矢野が立ち止まる。

 

 矢野が言う通り、視線の届かない曲がり角は人を脅かすのには絶好のスポットだ。何かが潜んでいてもおかしくはない。

 

 

 入念に警戒をしながら、ゆっくり歩を進める。

 

「行くぞ……」

「うん……」

 

 

 そうして見た角の向こうには……何もなかった。同じように廊下が続いているだけ。

 

 無意識のうちに警戒を解いてしまったのだろう。

 ホッと息を吐いた、瞬間だった。

 

 横からガタンと音がした。

 

「へっ?」

 

 

 嫌な予感がして、恐る恐る音がした方を見ると。壁に大きな穴が開いていた。そして穴から呻き声と共に這い出てくるのは、ギョロりとした大きな目とヤツメウナギの様なグロテスクな口が特徴的な赤く染まった人形(ひとがた)

 

 

「…………ッ!!」

 

 迷わず背を向け駆け出そうとした時、視界を塞ぐように上から落ちてきたのは……生……首…………で。

 

 

 

 この日、俺は、人は本気で恐怖を感じると声が出ない生き物だと言うことを知った。




後書き
次話 遊園地 終

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