「と……痛てて……」
「あら、大丈夫?」
目が覚めれば見覚えのある天井……天道家の天井だった。起き上がると、かすみさんが氷嚢を俺の頭に当ててくれていた。
「大丈夫?うちの庭で倒れていたのよ」
「あ、そっか……あの時……」
かすみさんの説明に気絶した理由を思い出す。疲れていた上に寝不足で不意打ち気味に頭に衝撃が来たから意識が飛んだんだった。
「起きたか、ムースよ」
「婆さん……あ、そうだ!乱馬は!?」
何故か、天道家の居間で茶を飲んで居た婆さんに気付くと、俺は乱馬に起こっている異常事態を思い出した。
「乱馬君なら学校よ。でも、少し体調が悪かったみたいだけど……」
「げ、だったら……あ、いや……そうですか」
かすみさんが乱馬は既に学校に行っていると言う発言に俺はあの時、気絶した事を悔やむ。
「かすみよ、ムースが世話をかけたな。ムース、一先ず、帰るとしようか」
「かすみさん、お世話になりました」
「ええ、また来てください。ムース君は無理しないでね」
婆さんは視線で他言無用と語っていたので俺は押し黙る。かすみさんには何も告げずに一先ず、帰る事に。俺を心配してくれるかすみさん、マジ聖母。
「ムースよ、お主が気絶していた理由を話せ。何があった?」
「ああ、三日間徹夜の眠気も吹っ飛ぶ事態があったよ」
俺は簡単にだが気絶した経緯を話した。
「なるほどのぅ……少し無理をさせ過ぎたか」
「これが少しと言い切る婆さんも大概だよ。で、乱馬の方はどうするんだ?」
三日間徹夜で働きづめの俺にそれを言うか。んで、肝心の乱馬はどうするんだか。
「ふむ……一先ず、帰るとしよう。昼間の段階では、もう一人の乱馬は姿を現さん。お主も一度、しっかり眠るべきじゃからの」
「そーするわ、寝た……って、言うか気絶してたけど寝足りないし」
正直、寝不足で体がダルい。夕方くらいに起きて、そっから対策を練らなきゃか。
◆◇◆◇
時刻は夕方。本日の猫飯店は臨時休業となり、俺は改めて婆さんとシャンプーに乱馬の事を話した。因みにリンスは学校の宿題をしている為に不在。それに割りとホラーな話だから聞かせたくないし。
俺は三日、乱馬を監視していた時の事と昨夜見た、乱馬が男と女に分離していた時の事。そして、気絶してしまった経緯を話した。
「ふむ……胸騒ぎがして四日前に乱馬の様子を見に行ったのは間違いではなさそうじゃな」
「四日って事は俺が監視を始めた前の日に見に行ってたのか」
理由も聞かされずに乱馬を監視しろと言われて、三日も徹夜したせいで頭が回らなかったが、早めにこのエピソードである事に気付くべきだった。
「うむ、乱馬の部屋に肉体分離香の臭いがしたからの。ワシの取り越し苦労であれば良いと思っておったが……ムースの話から察するに間違い無さそうじゃ」
「俺も半信半疑だったけど、目の前で二人の乱馬を見てしまったからな」
「乱馬が二人になったら、どうなるアルか?」
肉体分離香の事を知らないシャンプーが首を傾げる。
「人は元々、善の心と悪の心がある。肉体分離香で二人の別れた者は元の心と悪の心で分離してしまう。まして乱馬は呪泉郷で溺れた者……肉体分離香の効果もより強くなったんじゃろう」
「それでいくと、俺達は肉体分離香を嗅いだら危ないって事だよな」
「ムースや乱馬は兎も角、私は猫と分離してしまうネ」
婆さんの説明に俺とシャンプーは身近に分離してしまうと危ない連中が多いと思ってしまう。俺は乱馬と同じく、女と分離してしまうだろうし、シャンプーは猫。良牙は豚。玄馬さんはパンダと……じゃなくて。
「肉体分離香の恐ろしさは邪悪な心と分離する事にある。二つの肉体に別れた者達は互いを求め合い、邪悪な心の方が元の肉体の生気を吸いとってしまうのじゃ」
「え、じゃあ乱馬は……」
「俺もそれを阻止しようとしたんだが、寝不足と油断から気絶しちまってな」
婆さんの説明にシャンプーが青い顔になる。身近な人間がドラキュラみたいに生気を取られてると知れば、そりゃそうか。でも、俺は思い出した。あの時、見た女乱馬の顔。
「なあ、婆さん……分離した方は邪悪な心だって言ってたよな」
「ああ……間違いない筈じゃ。何故、そんな事を聞くムースよ?」
俺の疑問に婆さんは眉を顰める。
「その……分離した方の女乱馬と少しだけ話した……と言うか、接触したんだけど……悪い奴には見えなかったんだ」
「ふむ……うーむ……肉体分離香で別れた者は例外なく、邪悪な心で分離していたと聞くが……」
「乱馬は例外アルか?」
俺は昨晩の事を思い出しながら女乱馬の様子を説明した。あの時、見た女乱馬の顔……あれは完全に俺を心配していた顔だ。あれが邪悪の権化とは思いづらい。
「それの確認の為にも今夜、乱馬の監視をせねばならんな」
「それは良いアルけど、リンスはどうするネ?」
「ホラーとか苦手だし、連れてくのは論外だな。まあ、その時間ならリンスは寝てる時間だし……でも、一人きりにさせるのも心配だが」
婆さんは今夜も乱馬の監視をせねばならないと言うが、俺、シャンプー、婆さんが出掛けるとリンスが一人きりになってしまう。かと言ってホラーが苦手なリンスを連れていくのも心配だし……
「だったら私とリンスが、あかねの所に泊まりに行けば良いネ。そうすれば乱馬の監視も出来るネ」
「それが妥当か」
「うむ。では、シャンプーとリンスがあかねと共に居れば監視になるじゃろう。ワシとムースは外で監視じゃな」
シャンプーの提案に俺と婆さんは頷く。やれやれ、今日も木の上が確定か……つーか、アニメと既に話が変わってきてるけど……大丈夫なのだろうか?