3月。旧暦では弥生と呼ばれる。桜舞い散る卒業式で涙を流しながら、「これからもずっと友達だよ」と別れを惜しみながら新たな出会いに期待を膨らませてるだろうと想像する季節である。
残念ながらそういうわけではなく、ただポピパのみんなと一緒に蔵で出された春休みの課題を消化していた。そもそも香澄たちは高校1年生。別れなどあるはずもなく、そもそも桜は散るどころか芽吹いてすらいない。
「今年は色々あったねぇ〜」
懐かしげに、戸山香澄がシャーペンを止めて呟く。
「どうしたのよかすみん。そんな急に」
「師匠。今年はまだ始まって3ヶ月だぞ。」
「先輩もしかしてもうボケ始めてるんじゃ…」
「まっ、まだボケてないよ!今年ってあれだよ!高校1年生ってことだよ!」
訝しげな視線を送る市ヶ谷有咲に、正論を返す牛込りみ、それを真に受けて心配する花園たえ。
「でも確かに色々あったねぇ」
そう言いながら勉強していた机の上に置いてあるクッキーを摘みながら、山吹沙綾はそう返した。
まるでそれが区切りであったかのように、今まで勉強で切り詰めていた空気が弛緩し、一気に休憩ムードとなる。
「色々って言ってもポピパが結成された以外特になかったけどね」
「えぇー海にも行ったじゃん」
割と冷めた返答をした有咲に香澄はそう言った。ポピパの面々は夏休み、沙綾の希望により海へと行ったのだ。
「あの時のりみ先輩はすごかったっスね」
「ふっ、丹波流忍術の1つ、水遁の術を甘く見たらあかんで」
「確かに。有咲の水着可愛かったね。ビーチクイーンみたいで」
「別に。可愛くなんかないわよ」
ザンジを膝に乗せながらまんざらでもなさそうな顔をしている有咲を眺めながら香澄がふと思い出したかのようにあっ、と言った。
「でもRoseliaの人がいたのはびっくりしたね」
「紗夜先輩すごかったっすね。ポテト食べる量。」
「あこ殿がめっちゃ可愛かった。妹に欲しかった」
「ビーチバレーも楽しかったね」
「外から見てたけど途中からただのカオスだったわよ」
「最後に『8月のif』も歌ったね」
たえ、りみ、有咲、沙綾、香澄の順にそれぞれ思い出を語る。
「そのあとSPACEでオーディションもしたッスね」
「かすみんの声が出なくなった時は終わったかと思ったわ」
「あの時の師匠は完璧に気配が消えてたぞ。常にミ◯ディレクションを使っているようだった」
「その節は、その、なんというか、ごめんなさい」
「まぁまぁ、最後にライブできたから良かったじゃん」
海の後、近くにあったSPACEというライブハウスでライブするためオーディションを受けたのだ。その際、香澄の声が出なくなったりして色々問題があったのだが、7月の最期のオーディションには合格できたのだ。
「でもその後すぐ無くなってもうたけどな」
「確かに、あれだけ頑張ったのにすぐに閉まっちゃったのはショックだったわね」
「でも、CIRCLEでいろんな人に会えたじゃん」
「ハロハピとかafterglowとか色々なバンドがいたね」
「自分、パスパレの日菜先輩に会えて感激だったッス」
SPACEは香澄たちがやったライブを最後に閉店してしまったため、香澄たちはたまたま近くに新しくできたCIRCLEというライブハウスに行っていたのだ。
「みんなでやった新年会も楽しかったね」
「香澄と彩さんのマジックショーは有咲とずっとハラハラしてたよ」
「たえの一発芸にはみんなどう反応したらいいか分からず、微妙な空気だったわね」
「やっぱり来年は食べる真似だけじゃなくて鳴き声もするべきッスか」
「1ヶ月分の食費は補えてうちは良かったぞ」
ポピパ、afterglow 、Roselia、パステルパレット、ハローハッピーワールドの、後の大ガールズバンド時代と呼ばれる5つのバンドと合同で新年会をしたのだ。ドジなところがある彩さんとポピパ以外には未だ人見知りな香澄がマジックをすると知った時、香澄の保護者的立ち位置の有咲と沙綾は気が気でなかっただろう。りみはずっと何かしら食べ物を手にしていた。
「来年はどうなるんだろうね」
紗綾がふとそう口にした。
「うちは2年になったら米の販売をする!」
「あんた、炊かれてるならともかく、炊く前の米は流石に売れないと思うわよ」
「自分はもっとエレキギターを弾けるようになりたいッス」
「私はこれからも、みんなと一緒にいたいな」
みんなが一斉に香澄に視線を集める。
「みんなと一緒に、もっといっぱいライブして、遊んで、色んなとこに行って、みんなと一緒に過ごしたい。みんなと一緒に、星の鼓動を感じていたい…かな」
小さい頃、香澄が感じた星の鼓動。一度は歌を拒絶し、手放してしまったもの。でも、あの運命の星に導かれて、再び手にすることが出来た。あの時、仲間と感じたキラキラドキドキを、香澄はもう二度と手放したくなかった。
「…そうね。私もまだまだかすみんと一緒にこのゲームを見届けたいしね」
「私も、ずっとポピパの三刀流ドラマーとしてこれからも頑張っていきたいな」
ずっと家に引きこもり、ゲームを猫を愛でるだけだった有咲は、香澄がいたから変われたのだ。今ではもう学校でも堂々としていられる。決して口には出さないが、有咲の日々はポピパによって支えられていると言っても過言ではない。
母が死に、父が自暴自棄となり、大好きなドラムを辞めざるを得なかった沙綾にとって、今の沙綾がいるのは紛れもなく香澄のおかげだ。あの日、香澄が机にメッセージを書いて繋がった小さな友情は、やがて強固なキズナへとなっていった。沙綾は自分の殻を破るきっかけをくれた香澄に返しきれないほどの恩を感じているのだ。
沙綾も、たえも、有咲も、りみも、あの日香澄が起こしたちょっとした行動がなかったら、すれ違ったままだっただろう。声にせずとも、思いは皆同じなのだ。
「…辛気臭くなっちゃったわね。そろそろ課題に戻りましょう」
「御意。ところで有咲殿。ここの問題なんだが…」
「あんた全部の問題聞いてるじゃない。少しは自分で考えなさいよ」
有咲の声を皮切りに、再び勉強を始める面々を見ながら香澄は遠い未来に思いを馳せていた。
今はまだ、始まったばかりの小さな蕾だけど、いつか満開の桜のように、私たちポピパが綺麗な花を咲かすような日が来るといいな。