海岸沿いの道を1人の男が歩いていた。
ラフな格好で、手にはハンドバック。顔つきは日本人のものではなく、恐らく外国の観光人だろうか。
ふと彼は、前方に信号待ちの車椅子の少女を見つけた。
長く綺麗な黒髪に白のワンピースに上から少し厚めの紺の上着を羽織っていた。
彼女は、歩道横の歩行者ボタンに気づかずに待っているようだ。
「コンニチワ」
男は気軽に話しかけると、少女は少し驚いたように顔を上げる。
男は息を飲んた。
絵に描いた様な、控えめに言ってもかなりの美少女。
右半分は。
彼女の左半分は、大きな火傷の跡に色の違う瞳が入っていた。
恐らく義眼であろう。だから左側にあったボタンに気づかなかったのだ。
そして、スカートの下から脚はない。膨らみ的に脹脛より少し下が無い様であった。
「こ、こんにちわ…」
「この信号、ボタン押すみいデスヨ」
「え?」
蚊の鳴くような声で、恥ずかしそうに返事する彼女に、教えげ上げてボタンを押すと、彼女は「えっ?」と驚き、右目でボタンを見つけ、さらに恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ぁ、ぁりがとぅございますぅ……」
「いえいえ、渡るのデスカ?」
「あ、はぃ」
「良ければ押しますヨ?」
「え?しかし…」
「オーケーオーケー!」
「ぁ、ありがとうございますぅ…」
男は少女の後ろに回ると車椅子の取手を握り、信号が変わると押し始める。
「どこに向かうのデスカ?」
「と、友達が来てて…その、そこの海岸で待ち合わせを…」
「なるホド…そこまで行きまショウ」
「あ、ありがとう…ございます…」
少女が照れ臭そうに笑ってお礼を言うと、男も笑顔を返す。
男はこんな気の弱いかれんな彼女が一体どうしたらこんな大怪我を負ったのか気になり、悪いと思いつつも好奇心に負け、少女に問いかけた。
「失礼デスが、このお傷はドチラデ?聞いでオーケー?」
「あ、はい!大丈夫です!そのっ…まだ私が小さかった頃に…空襲で…」
「そちらの足モ?」
「あ、ハイ…その…醜いですよね…」
「ノー!ノー!そんな事ないデスヨ!!あなたの笑顔は美シイ!キュートデスよ!」
「そ、そんな…ぁりがとぅございますぅ…」
恥ずかさで小さくなる少女に、男は笑いながら椅子を押す。
男の心はこの可憐で可愛い少女で一杯であった。彼女の笑顔は男に刺さるものがあったのだ。
庇護欲のような、父親心の様なもに。
「に、日本語お上手なのですね」
「勉強してきたからネ!今日の総合火力演習の為に勉強してきたゲド…」
「?何かあったのですか?」
「知らないのカイ?中止になったのサ」
「中止に…そうですか」
「ウン。ハプニングがあってネ。仕方なしに観光していた所ダヨ」
恐らくこの少女は外にいたため、報道を見ていなかったのだろう。
更に深く聞いてこないと言うことは、軍事的な事にあまり関心がないのかも知れない。
もしくは、彼女の体の事を考えると、嫌な事を思い出すのか。
男は話題を変える事にした。
「ところで、フレンドとはどんな子なんダイ?」
「あ、女の子の姉妹なんです。呑気な女の子と勝気な妹さんで、とても仲が良いのですよ?」
「へぇー。真反対の正確なのデスネ」
「はい。でも妹さんはお姉ちゃん大好きっ子で」
彼女達のことを思い出したのか、少しクスクス笑いながら話す彼女。
男もそんな彼女に癒されながら目的の場所に到着する。
海岸沿いに作られた綺麗に海が見える、デートスポットの様な場所であった。
男は周りを見渡すが、他に人影は見当たらない。まだ友人は来ていない様だ。
「あ、ありがとうございました!!」
「いえいえ、構いませンヨ?それでは」
男は少女に手を振りながら振り向くと、ふと違和感を感じて立ち止まる。
もう一度、周りを見渡すが特に変わったものが無く、再び背後の少女と目が合う。
「?」
少女が可愛く首を傾げたので、手振りで何でもないと伝え、再び前を向き気づく。
誰もいないのだ。
人っ子ひとり、車すら通っていない。
今日は総合火力演習の行われた休日である。
にも変わらず、人もバスも車もいない。
彼女以外、誰もいない。
男は冷や汗をかく。
「どうかしましたか?舞鶴鎮守府の元提督さん?」
少女の言葉と共に男は振り向きざまに、ハンドバックからM1911を抜くと構わずに少女に発砲する。
「九四式やなくて、11.4mmかいな。しっかもダムダム弾とかエッグいなぁ、自分」
しかし、弾は少女に当たることなく、空中に浮遊した飛行機型の紙に止められる。
更に、ありえない光景に男は目を丸くする。
両足の脹脛から下が無いはずの少女が車椅子から立ち上がっていたのだ。
無いはずのスカートの下から見えるのは鈍色の尖った両足
それで器用に立ち上がる。
「声帯は機械で作っとるな?顔は精密マスクかいな?ようできとるわホンマ」
カツン、カツンと金属音を立てながら近づいてくる龍驤に、腰に隠していたククリナイフで斬りかかる。
「おいたはあかんで?」
「ッ!?」
斬りかかった左手の手首から上が吹き飛ぶ。
その勢いのまま男は倒れこむが、直ぐに受け身をとって走り出す。
「声をあげんのは大したもんやなぁ。で?逃げられるとでも?」
直後、男の足首から下が吹き飛ぶ。
いつのまにか動いていた陰陽式航空機が男の足を撃ち抜いていた。
ならばと歯に仕込んだ毒で自害しようとするが、式が頬を突き破り、歯を砕いて顎を止める。
「せっかくお揃いになったのに、冷たいやっちゃなぁ」
「➖➖!!➖➖!!」
声にならない叫びを上げる男に、龍驤はゆっくり近づき、皮膚に固定してあった精密マスクを皮膚ごと引き抜く。
「安心しぃ、殺しはせんよ?死んだらなーんもならんからなぁ。そんなんおもろないやん?」
暴れない様に式を使い両手両足を地面に縫い付けて、龍驤は変わらぬ笑みのまま手際よく止血する。
「どや?縫い付けるの好きなんやろ?良かったなぁ?さてと、北上と木曾が来るまで遊ぼうかー?」
そう言うと、龍驤は優しく男の頭を撫でながら笑うのであった。
ーーーー
「以上、報告終わります」
大淀の報告に、作戦会議室は静まり返る。
誰も彼もが頭を抱えていた。
一連の騒動は、表向きには深海棲艦の大規模侵略作戦によるものとして部外には情報統制し、どうにか混乱は抑えた。
それは今でも、火の車である諜報部および情報部と広報部が有能なお陰であろう。こちらはどうにかなる。
問題は舞鶴鎮守府の艦娘達であった。
約半年による監禁および暴行。それも信じていた提督からのものだ。
彼女達のメンタルはボロボロであった。
今は彼女達に申し訳ないが、舞鶴鎮守府の中にある施設で休んでもらっているが、とてもじゃないが、他の鎮守府に遅れる状態では無いからだ。
彼女達は完全に人間不信および極度の男性恐怖症になっていた。
長門など一部の艦娘は折れずにいたが、心の奥ではどうだか解らない。
今は間宮や、香取等の艦娘達にメンタルケアとして向かって貰っているが、所詮は付け焼き刃である。
かと言って、彼女達を戦線から離脱させる事は出来ない。
深海棲艦に立ち向かえる戦力は彼女達しかいないのだ。
更に言うと艦娘の力は他人に譲渡出来るものではない。
突如として彼女達は目覚める。
そして、彼女達が死ぬことにより、その力は解放されるのだ。
つまり、彼女達は望むべくして死ぬまで戦いに身を置くことになる。
なので、軍隊では彼女達の要望を可能な限り呑むことにしていた。
実質艦娘達に階級という制度は無い。ある意味特別階級てまある。
だが、艦娘のみの力は実はそんなに強くは無い。強いのは強い。
しかし、元兵器の由縁か、人と繋がってこそ本来の力を発揮することができる。
艦娘達は提督の信頼関係があってこそ、その能力を十二分に発揮することができるのだ。
そんな彼女達に対して、今回の事件は余りにも酷であった。
完全なるお通夜状態の会議室、ドアを叩く音が響く。
「閣下、大和です。提督を連れてきた」
「っ!!入れ」
「失礼します」
開かれるドアに、会議室全員の視線が集まる。
ドアを開けた大和に並んで入ってきたのは、女性にしては長身。後ろで1つ結びの腰まで届く綺麗な漆黒の髪。皺1つないキッチリと着こなした軍服の上からでも分かる引き締まった肉体。深めにかぶった軍帽から除く眼光は鋭く、中性的な綺麗な顔立ちだが、顔を横断するような一文字の傷と、右目から首の下まで続く傷が女性でありながらも更に男らしさを感じさせる。
そして何よりも目を引くのは彼女の左手であった。
彼女の制服から覗く左手は無かった。
正確に言えば、肘から下がないのだ。
「お久しぶりです閣下」
凛とした声に、大元帥は昔を思い出す。
実に10年ぶりに聞く彼女の声。
「昔話に花を咲かせるつもりは無い。報告を聞こう」
淡々とした声に、隻腕の提督は僅かだが唇を上げる。
綺麗に敬礼をすると、報告を始めた。
「報告します。先ずは舞鶴鎮守府の艦娘に付いては長門以外の艦娘は現状態では戦線の復帰は不可能です。辛うじで、天龍、龍田、摩耶、叢雲は動けます」
「長門は流石と言うか…他はやはり無理か」
「はい。特に駆逐艦隊が酷い状況です。しかし、那珂のお陰でどうにか助かっております」
「那珂だと?彼女もかなりの仕打ちを受けて、疲労してるのでは?」
「はい。しかし流石川内、神通の妹と申しますか、素晴らしい精神力です。姉達の生存の喜びもあったおかげも強いと思いますが、間宮達と一緒にケアに入ってくれております」
「なるほどな。同じ境遇に居た者が入ってくれるとかなり助かるな。那珂に落ち着いたら直に例に向かいたいが可能か?」
「少し厳しいとは思いますが、彼女の調子だとそれも近いと思います。自分からも伝えておきます」
「よろしく頼む。それと別件で1つ聞きたいのだが…」
大元帥は一呼吸置くと、静かに彼女を見据えた。
「『白』を潰したとは本当か?」
「「「なっ!?」」」
大元帥の言葉に会議室に集まっていた重鎮達は息を飲む。
それ程までに、『白』と呼ばれるテロリスト集団を潰すのは難しいのだ。
隻腕の提督は静かに口を開く。
「はい。殲滅と言うわけには行きませんでしたが、全世界の全ての拠点を潰しました」
「残りは残党のみか。その為に自身を死んだことにして狩をしていたと言うことか」
「仰る通りです」
「君をしても10年か…」
「時間がかかってしまい申し訳ありません」
「良い。責めてるわけでは無い。君以外だと恐らく無理な話だ」
「ありがとうございます。それと最後に一点」
「なんだ?」
「舞鶴鎮守府前提督を殺さずに捕縛しております」
「なんだと!?」
驚きに大元帥は思わず立ち上がる。
殺さずに捕縛できたのか、奴らの1人を。
「はい。少し状態が悪いですが、意識はあります。直ぐにこちらに引き渡せます」
「了解した。よくやった」
大元帥は、落ち着いて椅子に座ると少し思考して直ぐに提督に命令を下す。
「少佐。君には悪いが、至急舞鶴鎮守府復興のために行動してもらいたい。『白』討伐の報告書に付いては後回しで良い。何よりも先ず、舞鶴鎮守府の復興に務めてくれ」
「了解しました」
「これにより、お前には今日から舞鶴鎮守府の提督を勤めてもらう。戦力として特別に君の指名する艦を連れて言って貰って構わない。大淀君も向かってくれ」
「了解しました、閣下。提督よろしくお願いいたします」
「了解です。よろしく頼む」
「それと君の階級についてだが、一応2階級特進という扱いになっていたので、今は大佐だが、功績状君が望む地位を用意しよう」
「いえ、閣下。自分は大佐で十分です」
「しかし」
「自分は剣を振るしか脳がない身。閣下に拾われたから今があると言うものです」
「…君がそう言うのなら、そうしよう。すまないが舞鶴鎮守府を頼む」
提督は敬礼をすると、大和と一緒に会議室を後にする。
「大淀君も後は良いから準備出来次第に向かってくれ」
「了解しました、閣下。失礼します」
大淀は深くお辞儀すると、会議室を後にする。
大淀の退出後、会議室は心なしか少し空気が軽くなっていた。
「さて、我々は我々にしか出来ないことをするか」
大元帥の言葉に、全員は頷くのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
1章はプロローグなので、提督の出番はあまりありませんが、2章から艦娘達と絡んでいきます。
また、書き溜めして一気に投稿しようと思っていますので、長い目で見て頂けると幸いです。
皆様に良いひと時を。失礼いたします。