食堂に入ると、奥でせっせと間宮と鹿島が昼食の準備をしていた。
そして、意外な事にそこには曙の姿もあった。
入ってきた提督に気づいた間宮達は一度手を止めて、提督達の元とに来る。
「お疲れ様です提督さん」
「提督さん、お疲れさまです。練習巡洋艦、鹿島です。よろしくお願いします!」
「ああ、間宮、鹿島邪魔してすまない。人出が足りないと思い鳳翔と手伝いに来た」
提督は鹿島の後ろに隠れた曙に目をやると、少し震える。
しかし、覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑って一歩前に進むと、目を見開き提督を見る。
「と、特型駆逐艦曙よ!!…そ、その…助けて…くれてありがと!!」
ガバッと頭を下げる曙に、提督と周りの艦娘は眼を丸くする。
「…私が怖くないのか?」
「…え?」
提督の質問に対して曙は顔を上げて素直に疑問の言葉を漏らす。
「怖い?」
「お前を酷い目に合わせた人間…提督とだぞ?」
提督の質問に曙は心底訳のわからないと言う顔をして答える。
「何言ってんの?アンタとあのクソは別人でしょ?助けてもらったアンタに感謝はすれど恨みなんかないわよ。そ、それに…かっこよかった…し…」
自分で言いながら恥ずかしそうに小声になる曙に鹿島が黄色い声をあげながら抱き着く。
「きやぁぁぁああああ!!曙ちゃん!!本当カッコいい!!可愛い!!かっこ可愛い!!」
「っちょ!?や、やめて!!間宮さんも鳳翔さんも笑ってないで止めてよ!!黙って頭撫でんな!!クソ提督っ!!」
「………」
「だからってポンポンしろって事じゃないわよ!!触んなっ!!クソ提督ぅぅう!!」
曙は暫くもみくちゃにされるのだった。
ーーーー
「な?大丈夫っつったろ?」
「………」
一部始終を見ていた龍田は笑いながら龍田を見る。
龍田は不貞腐れた様子で提督を睨んでいた。
「とりあえず中に入ろうぜ。おーい提督!!」
「あ、ちょっと!!天龍ちゃん!!」
大きく手を振りながら食堂に入ってくる天龍と龍田に、全員の視線が行く。
その好きに曙は鹿島の魔の手から逃れ、間宮の背中に隠れて威嚇態勢に入っていた。
鹿島の残念そうな顔に天龍は苦笑いしながら、提督に話しかけた。
「よぉ、提督。オレの名は天龍。んで、こっちが妹艦の龍田だ」
「………」
「ほら、龍田!!挨拶しろ!!」
「お、怒らないでよ〜……龍田よ」
龍田は渋々提督に挨拶する。
そんな龍田を見ながら天龍は軽くため息を吐くと、真剣な表情で提督に向き直る。
「提督、俺からも礼を。ありがとな、助かった」
「私の仕事だ。気にする事はない」
「いや、それでもだ。俺に出来ることがあったらなんでも言ってくれ。力になる」
「そうか、なら早速頼まれてくれるか?」
軽く頭を傾げる天龍に対して、提督は厨房の奥を指差す。
「昼食の準備を手伝ってくれ。この人数なら直ぐ終わるだろう」
天龍は一度呆けた顔をするが、直ぐにニヤリと笑い胸を張って提督に言う。
「おう!!任せとけ!!龍田も行くぞ!!」
「ちょっと!?天龍ちゃん!?」
「そうですね、これだけ居れば大丈夫だと」
「久しぶりに腕がなります!!」
「提督は戻っていただいて大丈夫ですよ」
「ぐるるる…」
龍田を引きずる天龍を筆頭にぞろぞろと厨房へと入って行く。
曙はまだ威嚇していた。
それを眺めていると、不意に厨房から天龍が大声で叫ぶ。
「提督!!今演習場に摩耶と恐らく叢雲がいる!!頼むわ!!」
その言葉に提督は軽くてを上げて答えて、食堂を後にした。
ーーーー
「ちっ!!」
舌打ちと共に轟音が鳴り響いて、水面に浮いた的に的中する。
かれこれ1時間ほど摩耶は演習場に篭っていた。
思い出すは屈辱の日々。
忌々しい。忌々しい。忌々しい。
ギリギリと歯を噛み締め、標的へとゴム弾を連射する。
蓄積された憎悪は収まらなかった。
ーーーー
摩耶が監禁されたのは提督と出会い3ヶ月ほどの事だった。
新しく着任した山風と霰を連れての鎮守府の近辺海域の警戒任務中にはぐれのイ級2隻とロ級2隻を発見。
摩耶は20.3cm連装砲で、敵の射程外から早々にイ級2隻を撃破する。
残りのロ級を実戦経験を積ませる為、山風と霰の2人に指示を出して攻撃させた。
2人は拙い連携ながらもどうにかロ級2隻を撃破。
「よっしゃあ!!やったな!!」
摩耶は自分のことのように喜びながら2人を褒めようと前進する。
瞬間、何が脚を抑え、摩耶の足元から爆発が起きた。
「ガァッ!?」
爆風の中、摩耶は自分の足元を見る。
そこには自分と同じく、黒い煙を出しながらも、自分にしがみ付く深海棲艦の姿を見た。
その目が紅く光る。
(潜水艦だと!?コイツ、自爆する気か)
ギリギリっと音を立てながら敵の後ろにあり主砲が摩耶を狙う。
「ふっざけるなぁっ!!クソがァァァァァァァァ!!!!」
摩耶は足元に向けて、右手と左手の主砲を放つ。
至近距離での爆発。摩耶にも爆発の衝撃が直撃する。
しかし重巡かである摩耶の方が装甲では有利。敵潜水艦カ級は奇声をあげながら轟沈した。
「ハァ…ハァ…」
荒い呼吸をしながら水面を睨みつける。
摩耶自身は大破したが、どうにか敵を殲滅する事を確認する。
「帰投する…か、帰るぜ…」
心配そうにする山風と霰に支えられながら、摩耶達は鎮守府に向かった。
鎮守府に到着すると、予め通信を入れていたからか、前提督が心配そうな顔で待っていた。
自信の油断が招いた結果だったので、申し訳ない気持ちがいっぱいであったが、前提督があまりにも心配するものだから、摩耶は気持ちがだいぶ楽になる。
「提督……お前ちょっと、ウザい!」
摩耶が笑いながら軽口を叩くと、全提督も苦笑いし、早く入渠してこいと言われた。
摩耶も軽く手を挙げて答え、山風と霰に報告を頼み、入渠場に向かった。
入渠場に入ると、摩耶はそういえば昨日は長門が入渠していた事を思い出す。
「あちゃー。笑われっかな」
ため息を吐きながらロッカーを開けようとした時、突如前進に電流が走る。
摩耶の意識はそこで途切れた。
ーーーー
身体が揺れる感覚。
手と脚に違和感を感じる。
だが瞼は上がらず、自分の身体では無いような鉛のような重さ。
摩耶の思考は定まらず、意識は朦朧としたまま。
何時間が経ったであろう、突然の衝撃に摩耶は目を覚ます。
「……は?」
摩耶は見知らぬ場所に座り込んでいた。
顔を上げると、目の当たりに穴が空いた頭巾を被った体格の良い男が2人経っていた。
片方の男の手には木製のハンマー。もう1人の手には短鞭のようなものが握られていた。
(な、なんだ…?)
頭が回らない中視線を動かしてみると、薄暗い少し奥に見知った顔を見つけ、一気に覚醒する。
そこには、長門がいた。
その両手と両足は釘で打ち付けられていた。
「な、なががあっ!?」
名前を叫ぼうとした瞬間に、摩耶は短鞭で叩かれる。
「静かにしろ」
何度も、何度も、何度も。
顔に強烈な痛みを感じる。
防ごうとするも、腕も足も動かない。
歯をくいしばり、殴られながらも自分の足を見ると、長門と同じように釘で打ち付けられていた。
薬か何か使われているのか、手足の痛みは感じない。
「許可なく喋るな。わかったか」
静かに見下ろしながら見下ろす男。
何十発殴られたか分からないが、摩耶の顔は原型がわからぬほど腫れ上がっていた。
摩耶はどうにか顔を上げる。
「ペッ」
口の中が血塗れで声が出ない中、摩耶は血を男に向かって吐きつける。
血がついた男は、何も言わずに摩耶の顔面を蹴り上げた。
そこで摩耶の意識は途切れた。
ーーーー
もう何日ここにいるか解らない。
毎日男達にやる暴力は続いた。
摩耶自体も酷いが、視線の先にいる長門も酷い有様だ。
摩耶よりも早く入っていた彼女は、自分よりもこの地獄を長く味わっていたのだ。
しかし、長門の目は死んではいなかった。
黙々と黙って暴力に晒されるが、長門は声一つ出さずに耐え抜いていた。
なので自分が折れてはならない。
負けてたまるものか。
こいつら全員、絶対に殺してやる。
私の手で殺してやる。
摩耶は顔を掴まれて、顎の力が入らない口を無理やりに開けされ、猿轡を付けさせられる。
目の前の残飯を男達が踏み潰し、摩耶の口に無理やり押し込む。
吐きそうになるのを意地で我慢する。
吐いたらその吐瀉物をまた口の中に入れられるからだ。
笑いながら摩耶の腹を蹴る男。
汚物を見る目で頭を殴打する男。
意識が飛べば水をかけられ、時には電気を流され、意識を放すのを許されなかった。
気づけば、長門と自分以外の艦娘が繋がれていたが、摩耶は気にすることができなかった。
それ程に、彼女の殺意は膨れ上がっていた。
この痛みは全て返してやる。
楽には殺しはしない。必ず、必ず、全て返してやる。
ーーーー
ふと意識が覚醒する。気づけば意識を無くし、また覚醒する。いつもの事だけだ。
しかしその時は違った。
身体に違和感がある。虚ろな目で摩耶は身体を見る。
そこには足と手があった。
ふと疑問が頭を過る。自分の頭の上に打ち付けられていたはずの自分の手が、何故下に?
足もよく見ると、自分と地面を繋いでいた杭が無かった。
違和感の答えは解放された手足の感覚であった。
朧気に顔を上げると、そこには白い制服を着た人間がいた。
ぼやけた視界が少しずつ覚醒する。
そして認識する。
提督の姿を。
ジワリ、ジワリと身体に熱が蘇る。
歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜歓喜!!
口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
気づけば目の前の人間に飛びかかっていた。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロッ)
視界は人から地面に変わり、摩耶の意識は途切れた。
ーーーー
「…クソが」
悪態をつきながら、摩耶は水面を佇む。
救出されてから五日ほどで、摩耶は目を覚ました。
そして、自分の仇が既にいないことを知り怒り狂い暴れまわった。
そして長門に取り押さえられ、辛うじで落ち着きを戻した。
長門が居なかったら、恐らく摩耶は止まることがなかっただろう。
「……クソが」
摩耶は再び小さく呟くと、練習要のゴム弾が尽きたので一度補給する為、停泊場に向かう。
虚しい虚無感に身体を動かしていないと飲まれてしまいそうで、行き場のない怒りを的にぶつけるしかなかったのだ。
ふと、視線の先にある建物から演習場に入る扉が開くのが目に入る。
(叢雲か?)
この時間帯、というかいま演習場を使っているのは、叢雲か自分。たまに長門が来るぐらいであった。
そこで彼女は演習場に入っきた人影を目を細めて確認する。
瞬間、摩耶は爆発的に加速して陸地に近づき、そのまま水面を蹴り跳躍する。
「オラァァァァァァァァァアアア!!」
最高速度による飛び蹴りを提督の正面から放つ。
(殺った!!)
とても人間が反応できる速度ではない、完全に殺す気の飛び蹴り。
しかし、提督は半身になって難なく回避。
「!?」
それどころか摩耶の脚を掴み、そのまま一回転してもといた海へと放り投げる。
「ちぃ!!」
艤装の能力で沈むことはないが、摩耶は四つん這いの状態で水面を滑り、停止。
そのままクラウチングスタートのポーズをとる。
「お前ガァ!!」
両手でブレーキをかけ、前に推進しようとする力が両足の水面が荒れ狂う。
「お前が俺の獲物をぉぉぉぉお!!」
一気に手を離し、超低姿勢で爆発的な速さで水面を走る。
そして水面を蹴り、今度は回転をしながら薙ぎ払う様な回し蹴りを放つ。
提督は前かがみになりそれを交わす。
瞬間、摩耶の口元が歪む。
空中で一回転して提督の上を通過する瞬間、着水の際に装填した実弾が入った右手の主砲を提督に向けた。
前かがみになった提督には完全に死角。
仇を殺せる。
瞬間、下から生えてきた手が摩耶の襟首を掴んだ。
(なっ!?)
そのまま摩耶は力ずくで引っ張られ、一本背負いの様に背中から地面に叩きつけられた。
「カッハァ!!」
受け身も取れずに背中から大の字で地面に叩き付けられた摩耶は肺から息を全て吐き出し、呼吸が一瞬止まる。
全身が痺れ、動けない摩耶の首筋に提督は手刀を当て、見下ろしてゆっくりと問いかける。
「私が憎いか?」
声が出ない。
「私が憎いか?」
身体は動かない。
「私が憎いか?」
それでも復讐者は睨みつける。
目の前の敵を殺そうと。
「良い気迫だ」
隻腕の提督はゆっくり立つと、扉に向かう。
摩耶は動かせない身体に、自分の弱さに憤怒しながら、それでも提督を睨みつける。
「いつでも来い。相手してやる」
静かに閉まるドア。
摩耶はあらゆる負の感情が宿った眼差しで扉を睨み続けるのだった。
その瞳は紅くギラついていた。