本当に助かります。
叢雲は提督と摩耶の一部始終を見ていた。
動けない摩耶を放置して行ったのは、恐らく自分がいたのに気づいていたからであろう。
叢雲は演習場の物陰から出ると、いまだに大の字に倒れている摩耶に話しかける。
「…手助けはいるかしら?」
「……っ」
「そう」
首を横に振る摩耶の強情さに、叢雲はあきれた様子で溜息をつく。
このまま放置も後味が悪い。かと言って助けて文句を言われるのも癪なので、摩耶の足を掴んで引きずりながら設置されているベンチに連れて行き、摩耶を持ち上げて雑に下ろした。
涙目になって非難の目をよこす摩耶を無視しながら演習場を出て行った。
演習場を丁度出た所で、正面よりこちらに歩いてくる艦娘を発見する。
「よぉ、叢雲。もうすぐ飯だぜ。摩耶はいるのか?」
木曾が軽くてをあげながら問いかけてくる。
「摩耶なら司令官にやられてダウン中よ」
「フフッ…そうか。まぁ、それなら今は辞めといたほうが良いな。そっとしておくか」
「………」
「ん?どうした?」
黙り込んでこちらを凝視する叢雲に、木曾は首を傾げながら問いかける。
「木曾…アンタ私と会ったことある?」
「あ?初対面の筈だが?」
「…そうよね。何でかしら、アンタ…いや、アンタ達と提督に…私は見覚えがあるの…」
「叢雲、お前が艦娘になったのは何年前だ?」
突然の質問に叢雲は首をかしげる。
「四年前よ」
「そうか…ならお前とは初対面だ。とりあえず、飯早く来いよ」
「…ええ」
木曾は言いながら振り向き、軽く手を振りながら、この話は終わりだと言わんばかりにさっさとその場を後にした。
残された叢雲は、その後ろ姿を暫く見つめる。
「お前とは…ね」
誰に言ったわけでもない
ーーーー
艦娘になる前、彼女は施設で生活をしていた。
叢雲は両親がいなかった。彼女が幼い頃に他界し、施設に引き取られれたのだ。
普通の少女として暮らしていた叢雲は、四年前に艦娘としての力に目覚める。
それまでただの少女であった叢雲は、自分が艦娘になったと言うのを瞬時に理解した。
漆黒だった髪の色は綺麗な銀髪になり、瞳の色も変わった。
そして何よりも膨大な量の【叢雲】の記憶の伝授。
その兆候を目の当たりにはした施設の係員は直ぐに軍隊に連絡、そのまま海軍へと入隊する事になった。
一応は本人の意思確認があるのだが、叢雲は二つ返事で了承した。
それから、とくに私物が少なかった直ぐに準備して、施設の子供たちや役員に挨拶をし、軍隊へと出頭した。
しかし、そこで叢雲はおかしな事に気づく。
叢雲は初めて行くはずの基地に見覚えがあった。
初めて訪れる場所での既視感に叢雲は困惑した。
通常、引き継がれる記憶と言うのは兵器としての、【叢雲】としての記憶のみだ。
自分の先代である艦娘としての【叢雲】としての記憶は引き継がれる事はない。
理由は単純だ。
そんな事をしたら今の人格が破綻してしまう。
兵器としての性能を引き継ぐだけでも脳に膨大な負荷がかかる。
そこに、引き継いだ艦娘たちの記憶まで引き継いでいたら、脳が破壊されてしまうのだ。
しかし叢雲は、断片的にだが、恐らく前世の記憶を引き継いでいた。
初めて会うはずの艦娘、初めていく場所、初めての戦闘。
夢で見た事ある様な、しかし確実に経験したことがある霞の様な記憶。
また、それとは別に決してありえない記憶を叢雲は持っていた。
暗闇の中で、心が蝕まれる感覚。
自分が自分で無くなる様な、何年もかけて自我がゆっくりと壊されていく記憶。
叫びたくても叫べず、狂いたくても狂えない。
一人取り残された深淵の中。
立ってるいるのか座っているのか、はたまた寝ているのかもわからず、正気のままで。
そしてその闇は唐突に終わり、いつのまにか海に沈む自分。
最後に見えるのは、自分に艤装を向ける艦娘達。
あの地獄に比べれば、今回あった事件など、叢雲にはおままごとにしか感じなかった。
あの隻腕の提督が現れるまでは。
あの提督が現れた突如、叢雲の中で2つの感情が爆発的に高まった。
1つは喜び、もう1つは怒り。
気づけば鉄パイプをもって救出に来てくれた恩人に殴りかかっていたのだ。
意味が解らないが、叢雲自体が一番混乱していた。
そして、なぜかこの攻撃は当たらないと叢雲の中では確信があった。
案の定、彼女には容易にかわされ、そこで叢雲の体力は尽きたのだった。
そのことを思い出しながら、叢雲は赤面する。
(……とりあえず、あいつには謝罪とお礼を言わなきゃね…癪だけど)
とりあえずはご昼食だ。その後にあいつの、提督に話に行こう。
そう考えながら叢雲は食堂に向かい歩き始めた。
ーーーー
北上は川内達と食堂に向かっている途中に木曾に声をかけられた。
北上は川内達に先に行くように伝えると、木曾と一緒に少し通路から離れる。
「なぁ、姉さん。前に言っていた記憶持ちって叢雲か?」
「お?彼女から話を聞いたのかい?そだよー。余計なことは言ってないよね〜」
「ああ、しっかり誤魔化してきた」
「おーさすが我が妹だー」
「ば、寄せ!!もうガキじゃねんだから!!」
北上が頭を撫でようとするのを、木曾は右手を挙げて防ぐ。
しかし北上は木曾の腕をすり抜け、木曾の頭を撫で回した。
ーーーー
【記憶持ち】
字の通り、稀に前世の艦娘の記憶をもつ艦娘がいる。
記憶持ちは非常に珍しく、今までに確認されたのは叢雲を合わせて6人であった。
どの艦娘も共通して、艦娘になった時に違和感に気づき、徐々に思い出していくパターンであった。
しかし、それが戦闘の経験のみだったり、自分に関係性のあった艦娘のみ覚えているなど記憶の復元に一貫性がなく、何故記憶持ちになったのか、実例が少ない事に詳しくは解明されてはいなかった。
ただ、4人目が出た時に事件が起きた。
4人目の記憶持ちが発覚した艦娘に、先代の艦娘の話をした時、その艦娘が突如頭を抱えて、頭痛を訴え始めた。
さらに同じ艦娘達に怯えて、寒い寒いとガタガタと震えだす。
そして最終的には発狂して自殺したのだ。
同じ艦娘に殺されると、嘆きながら。
専門家が言うには、急激に行われた記憶の復元により、脳あるいは精神が耐えれずにショートしたのではとの話であった。
しかし、記憶持ちの実例があまりにも少なすぎるので、その結論は確固としたものではない。
ただ、その扱いは慎重なものになった。
記憶持ちが発覚した場合は、なるべくは彼女達が関わりがあったであろうと思われる艦娘や提督からは離す事になる。
なので、本来なら叢雲はこの鎮守府から外さなければならないのだが、今の鎮守府の現状、また叢雲が冷静なのもあり、北上は静観する事にした。
木曾はそう言った話を言い回るような娘ではないので口止めしなくても大丈夫であろう。
それに、叢雲なら…昔の彼女に似ている今の叢雲なら、必ず良い方向に転ぶであろうと、北上は少なからず期待を胸に込めるのであった。
ーーーー
食堂を出ると、叢雲は道場に向かった。
道場に軽く礼をして入ると、更衣室で胴着に着替える。
道場に出ると軽く体操をして、立てかけてある棒を手に取り、構えて突きの練習を始めた。
叢雲は特に武道をやっていたわけでもなので、流派等はないが、軍隊の教育で習った銃剣道が叢雲の武器にマッチしていたので、毎日がむしゃらにその基礎をこなしていた。
いつも通り、人形に向かって突きの練習をしていると、道場の扉が開く音がしてそちらに顔を向ける。
「邪魔するぜ」
「木曾?」
「止まってる的が相手だとつまらんだろう?どうだ、手合わせしないか?」
「どうって…」
確かに、最近は対人戦は全然やっていない。
敵は動く標的だ、訓練としては願ったりもない。
しかし、問題はあった。
「私なんかがアンタの相手になるの?」
「意外と謙虚だな。そこら辺は手加減するさ。本気でやったら一瞬だし」
「それならお願いするわ」
「…ほう、怒らないのか?」
「は?何でよ?」
木曾は感心したように叢雲を見るが、叢雲は訳がわからないように頭を傾げる。
「いや、馬鹿にしてーって感じで」
「10年前の大戦の生き残りに勝てる何って思ってないわよ…ただ」
「ただ?」
「何かは掴めるかもしれないからね」
叢雲の真っ直ぐな瞳に、木曾は軽く口笛を吹く。
木曾は道場に上がると、竹刀置き場から一本の竹刀を取り出し、叢雲の正面に立つ。
「合図は?」
「いつでも?」
「そ…うっ!!」
言うや否や、叢雲は木曾の首に目掛け木銃を突き出す。
木曾はそれを軽く首をそらして回避、叢雲はすぐに木銃を戻すと直ぐに銅に向けて突き出す。
今度は半身になって回避された所に、叢雲は無理に突っ込まずに直ぐに元の構えに戻ると、木曾が右手に持っていた竹刀を横薙ぎに振るってくる。
落ち着いて木銃で防ごうとしたとたん、当たる直前に竹刀がくるりと周り、叢雲の脳天を襲う。
(なんって手首してんのよ!?)
叢雲は驚愕しながらもどうにか首をそらして回避するが、肩のあたりでピタッと竹刀が止まった。
「一回死んだな」
「…そうね」
かなりの勢いで竹刀が来たので、叢雲は歯を食いしばって耐える覚悟をしていたが、またもやぴったりと止まった竹刀に脱力した。
「もう一回お願い」
「おお、何回でも良いぞ」
「あと、もう一つ良いかしら」
「ん?なんだ?」
「寸止めは辞めてくれる?」
叢雲の言葉に木曾は嬉しそうにニヤリと笑う。
「すまない」
「何がよ」
「お前を見くびってたよ」
木曾は、元の位置に戻ると静かに叢雲を見据える。
その木曾の眼光に叢雲は冷や汗を流すが、木曾に笑いかえす。
「それはどうも」
「少し本気で行く」
「…っ!?」
気迫だけで押されそうなのを脚に力を入れて踏ん張る。
「力み過ぎだ」
「っ!?きゃあっ!!」
一瞬にして目の前に現れた木曾にいきなり吹き飛ばされて叢雲は、受け身も取れずに道場に叩きつけられた。
何が起きたかわからないが、腹部が痛むあたり、恐らく胴を打たれたのだろう。
「くっ、まだよ!!」
「遅いぞ」
直ぐに立ち上がろうとするが、今度は突き飛ばされて道場の壁にぶつかる。
一瞬呼吸が止まり、遅れてきた背中の衝撃に叢雲は膝をついて倒れこむ。
「敵は待ってくれないぜ?」
「ぐっ、ハァ…ハァ…」
「それと、常に視界から離すな。吹き飛ばされた時も常に視界に入れとけ」
「ぐぅ…っ、も、もう一本」
自身を睨みつけながら立ち上がる叢雲に、木曾は少し思い出す。
(そういえば、前の叢雲も提督に扱かれては向かっていってたな)
内心微笑みながらも、容赦なく木曾は叢雲に襲いかかる。
(本当に負けず嫌いな所も似てるな。これは記憶なのか、はたまた『叢雲』としてのサガなのか)
何度もボロボロになりながらも叢雲は立ち上がる。
ろくに、木銃も持てないだろう状態であっても。
それでも木銃を握りしめて立ち上がる。
(この熱いところは、本当に変わんねぇな)
叢雲の意識が飛ぶまで、時間にしては精々一時間もたっていないのだが、木曾のスパルタな稽古は続いた。
そして意識が飛んでも、木銃を離さなかった叢雲に、木曾は呆れた溜息をつく。
「最後まで気づかなかったな」
「精進が足りん」
「ククッ…手厳しいな」
道場の陰から、気配を殺して最初からいた提督が、木曾の言葉に答える。
「だが」
「だが?」
「悪くない」
提督の言葉に、木曾は提督の方視線を向ける。
その口元は、嬉しそうに笑っていた。