仕方がなくハルトマンはバルクホルンより任された重大な仕事を行うことにした――
「ハルトマン! お前という奴はいつもいつもいつもいつも……!」
今日も今日とて501の基地にはゲルトルート・バルクホルンの怒鳴り声が響き渡る。
もはや毎日の恒例となったこの朝の行事だったが、怒られている側は全く懲りていない。
「んー……あと24時間……」
「丸一日寝ているつもりか! いい加減に起きろ!」
バルクホルンはそう怒鳴るものの、相手がいるのはジークフリート線の向こう側。
魔窟と化した場所だ。
「そんなことだからいつもいつも宮藤の温かい料理が食べられないんだぞ」
そうやって嘆息するものの、怒られた側――エーリカ・ハルトマンは全く意に介さない。
いつものこといつものこと、と彼女は思いながら、ベッドにて睡魔と戯れる。
しかしながら、バルクホルンは今回は違った。
彼女はこれまで数多の対策を実行していたが、今回は押してダメなら引いてみろ、という坂本少佐のアドバイスに従うことにしたのだ。
「まあ、料理も満足にできないお前はどんな料理でも食べるしかないんだがな」
挑発的な言葉だったが、ハルトマンはその手には乗らない。
伊達に彼女も長いことバルクホルンと共に過ごしていないのだ。
「しかし、お前もいい歳して料理の一つもできんとは情けないとは思わんか? カールスラント軍人とかそういうのではなく、1人の女子として」
そう言うバルクホルンだったが、彼女はそれを言うだけの資格があった。
彼女の得意料理はアイスバイン――豚肉を玉ねぎやセロリなどと共に煮込んだ家庭料理――であり、それ以外にも幾つもの料理が作れる。
最近では部下の宮藤芳佳やリネット・ビショップと共に台所に立って料理を教えたり、教えてもらったりしている。
「……私だって作れるよぉ」
そう返すが、ハルトマンにバルクホルンは「しめた」と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「なら、作ってみせろ。今日の昼食は私から宮藤の方に頼んでお前がやると伝えておく」
え、とハルトマンは思って慌ててベッドから起き上がったが、既にバルクホルンは部屋をさっさと出てしまった。
「……ハメられた」
堅物で融通が効かない、そういう風評がある彼女の相棒はいつのまにかこういうこともできるようになったらしいとハルトマンは思うが、相棒の成長を喜んでいる場合ではない。
「うーん……」
ハルトマンは時計を見る。
時刻は9時前、12時ちょうどから昼食だ。
さすがの彼女も余裕があるから、と二度寝する訳にはいかない。
昼食の時間が遅れればそれだけ自分に振りかかる被害が大きくなるからだ。
「ミーナに言って何とかしてもらうのも嫌だなぁ」
最近気苦労が多い友人にそういうことを頼むのは彼女の良心が痛む。
「仕方がないや、テキトーな料理でも作るとするかぁ……」
ハルトマンはそう言ってベッドから下りると、ひっ散らかった物の中から制服やズボンを引っ張りだす。
素早く着替え、彼女は部屋を後にする。
向かう先は食堂だ。
「あれ、ハルトマン中尉?」
廊下でリーネにばったりと出会う。
「あー、リーネ。おはよー」
「おはようございます……あの、どこか具合でも?」
リーネがおずおずと問いかけてきたが、ハルトマンはクスっと笑う。
「私がこんなに早起きするなんて驚いた?」
「えっと、その、はい……」
「いいっていいって。私もこんなに早起きするなんて士官学校以来だよ」
リーネはその発言に色々な意味で驚きながらも更に尋ねる。
「あの、中尉。昼食は中尉が作るから何もしなくていいとバルクホルン大尉が……」
「……トゥルーデめ」
ハルトマンは小さくそう呟く。
「えっと、よろしければお手伝いしましょうか? その、失礼ですけど、料理されているところを見たことがないので……」
「あー、そーだねー……」
お願いしようか、とハルトマンは言いかけるが、思い留まる。
「んー、やっぱいいや。トゥルーデを見返す為には私がガツンとやってやらないと」
大丈夫かなぁ、とリーネは不安になりながらも、そんな彼女にハルトマンがにかっと笑う。
「大丈夫大丈夫。こー見えても、私は黒い悪魔だよ?」
「全然大丈夫じゃないです……」
「へーきへーき、料理くらいなんてことないよ! それより、訓練あるんでしょ? 行ってきなよ。心配してくれてありがとう」
「は、はい……失礼します」
リーネはそう言い、ハルトマンと別れた。
彼女を見送り、ハルトマンは顎に手を当てる。
「んー、でも、本当にどうしよ?」
「どうするんダ? 不味い飯は勘弁だゾ」
予想外の後ろからの返答だったが、ハルトマンは慌てない。
こういう面白いことに真っ先に首を突っ込んでくる輩が501には多数存在したからだ。
「や、エイラ。サーにゃんはいいの?」
「サーニャに不味い飯を食わせるわけにはいかないダロ」
そう言いながら、笑みを浮かべているエイラは一転して真剣な顔になる。
「で、どうするんダ? 中尉」
「どうしよ? 何か食べたいものある?」
「んー、芋は勘弁ダナ」
ハルトマンはバルクホルンとエイラが裏でつながって、自分の退路を断つ為にこうやっているんじゃないか、と疑ってしまう。
何もなければ芋を茹でて塩と一緒に出そうと、考えていたからだ。
「それ以外なら私は何でもいいゾ。サーニャも不味くなければ私が許すからナ!」
「いつからサーにゃんの保護者になったのさ……」
「生まれる前からダ!」
えへん、と胸を張るエイラにハルトマンは「はいはい」と返しながら、どうしたものかと考える。
その様子にエイラは思いつく。
「悩むなら、一番記憶に残っている料理でも出せばいいんじゃないカ? 再現できなくても、それっぽいもので不味くなければ良いッテ!」
「味に拘るね……」
「当然ダロ? 補給は大切だって耳にタコができる程教わったからナ」
「まあ、食材を見てから決めるよ。ありがとね」
「……芋ばっかりだなぁ」
ハルトマンは食堂にある食材に溜息を吐いた。
いくら保存がきいて栄養価もそれなりに高いとはいえ、料理を作る側からするとこれは頂けない、と彼女は感じた。
彼女個人としては芋は大好きだが、芋以外で、とエイラに制限をつけられている。
何よりも、宮藤が残してくれた朝ごはんが既に芋料理だ。
芋の味噌汁に蒸し芋にポテトサラダ……
勿論、それらは既にハルトマンの胃の中に収まっていた。
「何かないかなー?」
ごそごそとあちこちを漁ってみるが、どうにも目ぼしいものはない。
こりゃ芋料理に決定かなー、と彼女が思ったそのとき、それを発見した。
「えんどう豆か……」
麻袋に詰まったえんどう豆が台所の横に置かれていた。
「……よし、あれにしよう」
彼女はやるべき料理を決め、今度は冷蔵庫を漁る。
すると幸運なことにベーコンを発見した。
「あとはパン……は大丈夫か」
宮藤のおかげで扶桑料理が主であったが、それでもパンを主食とする欧米圏のウィッチが多いことで必要十分に確保されていた。
「黒糖パンもあるし……充分だ」
壁に掛かった時計を見れば既に10時を回っている。
人数が多いことから、もう始めても問題はないだろう。
「それじゃ、やりますか!」
まずハルトマンはえんどう豆の皮を剥き始める。
どれくらいが適量か分からない為、自分が食べる量を基準にしてそれを人数分に。
単調作業だったが、ハルトマンは鼻歌を歌いながら、素早く作業を進めていく。
えんどう豆を全部剥き終わったところで彼女は大きな鍋に水を入れ、温める。
数分して沸騰したところで鍋にえんどう豆を全て投下。
塩を少々加え、それから今度はベーコンに移る。
ベーコンもやっぱり多めに用意し、小さく切る。
そして、フライパンを温めてから、ベーコンを投入し、順次炒めていく。
小さく切ったこともあり、10分程度で全てのベーコンを炒め終える。
次に鍋からえんどう豆を数個、スプーンで掬い、試食して充分に火が通ったことを確認。
その後、鍋から笊にえんどう豆を移し替え、お湯を全て捨てる。
大皿を3つ程用意し、それにえんどう豆とベーコンを移し、形が崩れないよう軽く混ぜる。
時間を見ればもう11時30分。
そろそろ訓練が終わる頃だ。
ハルトマンはテーブルを台拭きで拭き、大皿をテーブルに移動した後、人数分の小皿を用意。
さらに黒糖パンも幾つかの大皿に載せ、それをテーブルに並べていく。
最後に取り分ける為の大きめなスプーンと人数分のスプーンを用意して完成。
ちょうどそのとき、廊下から足音が複数聞こえてきた。
時間を見れば12時まで5分もない。
「ハルトマンさん、大丈夫ですか……?」
恐る恐るといった感じで食堂に入ってきた宮藤に対し、にっとハルトマンは笑う。
「大丈夫だよ、この私にできないことは早起きくらい!」
「全く、何を言っているんだお前は……」
宮藤に続いて入ってきたバルクホルンはテーブルに並んだ料理に目を見開いた。
「これは……ハルトマン中尉の料理……ですの?」
「えー! 今日は芳佳の料理じゃないのー!?」
ペリーヌの言葉にあからさまに落胆するルッキーニ。
そんな彼女に対してシャーリーが告げる。
「ルッキーニ、ハルトマンがせっかく作ってくれた料理にそういうことを言うのはよくないぞ」
「はーい……ごめんなさい、中尉」
「いいよいいよ。私だって、宮藤の料理と自分のだったら、迷わず宮藤のを選ぶし」
にしし、と笑い、ハルトマンは気にしてないと態度で表す。
「ささ、皆入ってよ!」
ハルトマンはそう言い、皆を中へと招き入れた。
そこから遅れてきた坂本とミーナも、坂本はハルトマンが料理をしたことに驚いたが、ミーナはその料理を見てバルクホルンと同じく沈黙してしまった。
「なぁ、ハルトマン……」
バルクホルンは皆が席に着いたタイミングを見計らい、声を出した。
「なーに? トゥルーデ」
「どうしてこの料理を選んだ?」
その問いにハルトマンはにっこりと笑う。
「エイラが、一番記憶に残っているものを再現すればいいってアドバイスをくれたんだ。だから、私の中で一番記憶に残っているものにしたの」
「これが記憶に残っている料理なのか?」
シャーリーの問いかけにハルトマンは花の咲くような笑顔で告げる。
「これはね、えんどう豆のベーコン添え! 私が初めて部隊に配属されて、訓練でへとへとになった時にミーナとトゥルーデが持ってきて、一緒に食べた最高の料理なんだ!」
ハルトマンの言葉にミーナはふふっと笑う。
「カールスラントでは戦時でも平時でも、家庭料理として一般的よ。勿論、それは軍でも……ねぇ、トゥルーデ?」
その呼びかけにバルクホルンは微かに頷く。
「今日も埃まみれになって、またもやどやされた。だったらご馳走で自分をもてなそう。えんどう豆のベーコン添えで」
バルクホルンは歌うように言った。
ハルトマンもミーナもすぐにそれがカールスラント軍の内部でよく歌われるものだと気がついた。
「エーリカ、お前に対して料理ができないと言ったことは撤回する。お前は私にとって最高の料理を作ってくれた」
バルクホルンはそう言い、少し視線をハルトマンから逸らしながら続けて言う。
「……ありがとう」
にしし、とハルトマンは笑い、元気な声で言った。
「それじゃ食べよっ! 味はトゥルーデとミーナのお墨付きだよ!」
そしてハルトマンは宮藤から教わり、501の内部では恒例と化している作法を行う。
両手を合わせて元気良く――
『いただきます』