病弱な末妹   作:貧弱弱者

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病弱な末妹

「コホッ……コホッ………」

 

 少し暗い和室。埃がほんの少しだけキラキラと空間を彩っており、その中央には一組の布団が敷かれていた。

 布団の中に眠るのは、一人の少女だ。

 肩口に切り揃えられた黒髪。端正な顔立ちであり、額には白いタオルが乗せられていた。

 

「コホッ………うぅ…………」

 

 苦しげに顔を歪めた少女は、うっすらと目を開けた。

 視界を埋めたのは、見慣れた木目の天井。

 

「――――っ、けほっ!」

 

 何か言おうとしたのだろう、口を開いたがそこから零れたのは乾いた咳だった。

 彼女の枕元には、水差しとコップ、タオルを濡らすための洗面器等が置かれているが、熱で怠さの残る体では動くこともままならない。

 しかし、そんな体に鞭打って、少女はどうにかこうにか体を反転させようともがく。

 布団の中でどうにかこうにか右側へと倒れ、額から温くなったタオルが落ちる。

 

「ぅぅ…………」

 

 そのまま流れで俯せになり、どうにか体を持ち上げていく。

 が、完全に上体が上がる前に両腕が震えて崩れ落ちた。

 ポフリ、と質の良い枕が少女の顔を受け止めて、音をたてる。

 起き上がろうにも、起き上がれない。

 

「……っ、コホッ!」

 

 どうにか頭を横へと向けて呼吸は確保した、が動いたせいで熱が更に上がっている。

 

「はーっ……お……ねぇ………ちゃん……………」

 

 じわりと瞳が潤む。それは情けなさの涙だった。

 少女は、体が弱い。それはもう上二人の姉達に健康という概念を持っていかれたかのように、弱かった。

 そんな自分が、嫌い。嫌いで嫌いで堪らない。

 自己嫌悪に濡れながら、少女は目を閉じた。その頬を涙が一筋伝う。

 

「…………?」

 

 枕と敷布団を間に挟んでいる耳が、ある音を捉えた。

 それは、部屋の外。内縁側の木目が踏み締められる音が聞こえてきたのだ。

 足音は真っ直ぐに少女の部屋へと向かってくる。

 

(つなぎ)、起きているか?」

 

 襖を開けて入ってきたのは、長い黒髪をポニーテールに纏めた少女であった。よく見ればその顔立ちは臥せった少女と似ている。

 

「おね……けほっ!」

「繋!」

 

 繋と呼ばれた少女が、俯せになっていることに気付いたポニーテールの彼女は布団に駆け寄った。そして助け起こすと上下をひっくり返す。

 

「水を飲もうとしたのか?」

 

 コクリと頷く。

 

「なら、口を開けろ」

「……んぐっ…………ありがと」

「まったく。何でも一人でやる必要はないんだぞ、繋。困ったときには私を呼べ。直ぐに行くからな」

「で、でも……お姉ちゃんも忙しいかもしれないし………私なんか…………」

「私なんか等と言うな!」

 

 繋が俯くようにぼやけば、少女は憤慨する。

 

「体が弱いことは仕方がないだろう?繋が悪いわけではないのだから。な?」

「でも………」

「篠ノ之流は私が継ぐ。これはやらされるから、じゃないんだ。私が継ぎたいと思ったから継ぐんだぞ?」

「…………」

「泣くんじゃない。ほら、眠るまで一緒に居てやるからな」

「うん………」

 

 小さな返事を返し、繋は目をつぶる。

 程無くして、穏やかな寝息が部屋に満ち始めた。

 そんな妹の傍らで、双子の姉である箒は体温以上に高い手を握り、横になる。

 

「お前は、私が守るからな」

 

 病弱で、学校も休みがちな大切な妹。彼女を守るためならば、箒は何だってする。

 愛情、そして贖罪ゆえに彼女はそうする。

 それは言ってしまえば、彼女の勝手な思い込みでしかない。現に上の姉どころか、両親も繋に甘い。

 ただ、箒のそれは双子故の事。

 

 

 

 

 篠ノ之家は神社のみならず、道場も兼任している。それ故に、篠ノ之家の娘達は少なからず剣を修めていた。

 

「こほっ……けほっ……」

 

 その末娘であり、上の姉二人に健康を持っていかれたような病弱娘である篠ノ之繋(しののの つなぎ)も一応剣を修めていた。

 もっとも、才覚があれどもそれを活かせない病弱ップリでありあまり意味は無いのだが。

 そんな彼女は、今日も今日とて病床に臥せっていた。

 繋本人からしてみれば、今日は咳が出ているだけで、至って快調―――――のつもり。だが、周りはそうもいかない。

 双子の姉である、箒を筆頭に彼女の家族はとにかく繋に対して過保護であった。

 繋は、そんな過保護が苦手であったが、同時に好いてもいた。自分が愛されて、そして今ここに確かに居るという現実感を与えてくれるから。

 

「こほん!……………?」

 

 そろそろ布団から抜け出そうかと考えていた繋だったが、そんな彼女の耳がある音を聞き取った。

 それは部屋に通じる内縁側の床の木目が軋む音。まるでスキップするかのような軽やかさだ。

 障子戸が開かれ、現れるのはメカウサミミ。

 

「やあやあ!繋ちゃん!この束お姉ちゃんがお見舞いに来てあげたよ!」

「こほっこほっ……お姉ちゃん?」

「あちゃー、今日は喉だったんだ。ごめんね繋ちゃん。話すのも辛いよね?」

「ん、んーん……こほっ!束お姉ちゃんとお話、こほっこほっ!出来て、嬉しい、よ?」

「ふふっ、ありがとう繋ちゃん。お姉ちゃんも繋ちゃんの声が聞けてとっても嬉しいよ!」

 

 繋と箒の姉である、篠ノ之束は万能の天才であり同時に天災であり、コミュ障であった。

 彼女の世界は、最愛の妹たちと親友、そして親友の弟で完結している。両親に関しては、妹関連の繋がりだけで肉親の情も薄かった。

 

「あっ、そうだ!繋ちゃん!私お手製のお薬があるんだけど、飲んでみる?」

「お薬?」

「そうそう!咳だって熱だって一瞬で治っちゃうんだよ!」

「ほんと……?」

「そう!だから――――」

「姉さん?」

 

 束が何かを取り出す前に、部屋にもう一つ別の声が響いた。

 声の方向、内縁側に通じる障子戸が開かれており陽の光を背にして立っている箒が居た。胴着姿であり、どうやら今の今まで剣道に打ち込んできたらしい。

 

「繋に何を飲ませようとしているんですか?」

「え、えっと箒ちゃん?これは、その………」

「繋の体を心配しているのは、分かります。けれど、薬を試すなんて……」

「ちゃ、ちゃんとマウス実験クリアしたよ!それに、私の体でも確認したし――――」

「ダ・メ・で・す!繋は体が弱いんですよ!」

 

 凄い剣幕の箒に、束も引き下がるしかない。

 力関係は明確ではないが、少なくともこの場では束よりも箒の方が強かった。

 補足すると、どちらも繋が大切であるがゆえの衝突だ。

 箒としては、只でさえ体の弱い繋に不明瞭な薬を使いたくない。

 束としては、繋が少しでも外で遊べるようになれば、という姉心からだ。

 

「――――ふふっ」

 

 睨み合う、というよりも一方的に箒が睨んで、束がしょんぼりしているこの状況で布団の方から声が漏れた。

 見れば、布団の中で実に楽しそうな繋が口許を押さえて笑っているではないか。

 

「ふふふふっ……けほっこほっ!」

「繋!大丈夫か?」

「う、うん……こほっ。お姉ちゃん達が仲が良くて、けほっ、嬉しい、だけだから」

 

 咳を間に挟みながら、微笑む末妹に姉二人は愛が抑えきれない。

 

「「繋(ちゃん)!!」」

「わっ!お、お姉ちゃん達、い、痛いよ?こほっ!」

 

 困ったような声をあげた繋だったが、直ぐに二人の姉の背中に手を回した。

 大好きな姉達。そんな彼女らとの時間が幸せであったことは確かだった。

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