病弱な末妹 作:貧弱弱者
篠ノ之流剣術。篠ノ之柳韻が師となって剣術道場を開いている。
もっとも内容は、剣術ではなく剣道であり、多くの門下を抱えてもいたのだが。
「なあ、箒」
「ん?何だ、一夏。私は今日は暇ではないと、昨日言わなかったか?」
「あ、いや、道場は開いてるんだよな?」
「ああ。だが、今日は私は稽古には出ないがな」
「そうなのか?」
「すまないが、もう帰るぞ。私は暇ではないんだ」
小学校低学年とは思えない言葉遣いの箒は、手際よく荷物をランドセルへと詰め込んでさっさと教室を出ていってしまう。
そんな友人の背を見送り、織斑一夏は面白くない思いを抱いていた。
彼女、箒は自分と同じ道場の門下生でありそして自分よりも強い剣士であった。
だが、男と女。負けるのが悔しいのもあるが、何より女子の背中に守られるのは面白くない。
だからこそ、道場に通う度に手合わせを申し込んでいた。
しかし、時折こうして突発的に箒は一夏の相手をしてくれなくなる。
面白くない。少し不貞腐れ、一夏は帰りの用意をし―――――ふと、視線を外してあるものを見付ける。
「箒?」
それは先ほど彼を見事にフッて先ほど慌ただしく教室を出た少女の姿。
そんな彼女のとなりに顔立ちの似た大人しそうなショートカットの少女が居た。
箒は、少女に対して今まで見たことも無いような優しい笑みを浮かべて彼女の手を引き帰路に着く。
何故だか少年の胸の内には、しこりが残るのであった。
*
病弱少女、
その原因は、体の弱さ。彼女は基本的には保健室登校で、教室に向かうのは余程体調が良いとき。送り迎えは両親が行っていた。
だが、時折両親が迎えに来れない事がある。その際には、束が迎えに来るか、若しくは箒が付き添って一緒に帰ることになっていた。割合的には後者が多い。
「お姉ちゃん、今日は稽古は………」
「心配するな。一日やそこらで弛むような鍛練はしてきていないからな」
「……ごめんね、お姉ちゃん。私がもっと体が――――むぎゅっ!」
「それは言わない約束だろう、繋。お前は私の大切な妹なんだ」
右手と左手。繋がれた互いの温かさが行き来する感触を味わいながら、箒は妹の言葉を否定した。彼女のフワリと柔らかい頬を左手で摘まみながらだ。
「
「でも、じゃない!」
「むぅ…………
「よし。じゃあ、帰ろうか。手を洗ってうがいをして、宿題を終えたらおやつを食べよう。繋の好きな和菓子を母さんが用意してくれている筈だからな」
「うん」
双子の姉妹。しかし、似て非なる二人の日常風景。
自分の体の弱さから、常にマイナス思考が強めの繋とそんな彼女を引っ張り気張る箒。
バランスのいい二人である。
更に、繋はインドアであり、箒はアウトドア。
基本的に外に出られない繋は、頭脳労働に強く学業成績も学校トップだ。
対して箒は、剣道をしているお陰かかなりの身体能力を誇る。
これもまた双子ゆえにか、お互いの欠点を補う形となっているのは面白い。
そんな二人を見つめる目に、双子はついぞ気付かなかった。
*
ソワソワしている。織斑千冬は、親友を見ながらそんな感想を持った。
彼女の親友、マッドにして天災にして天才である少女、篠ノ之束は基本的に人付き合いが希薄に希薄を掛け合わせて、更に希薄をぶちこんだレベルで希薄である。
その反動からか、彼女は身内と定めた者達には恐ろしく甘かった。それはもう、甘えて甘やかして、グラブジャムンよりも甘い。
そして頭のウサミミが表すように、四六時中彼女は千冬にベッタリであることが基本だった。
だが、今日は違う。朝顔を会わせて登校したその時から束はずっとソワソワしていた。
何より、いつもにも増して彼女は周りへの隔壁のような心の壁をマシマシで増設していたりする。
具体的には、凡そ五分に一回のペースで時計を睨み、進みの遅さに舌打ちして、机を指先で叩きまくるのだ。声をかけるどころか、ぶっちゃけ側にも近寄りたくない。
「………」
そんな中で、千冬には少なくない視線が生徒のみならず教師からも向けられていた。
学校では、彼女のみが恐らく唯一束との完璧なコミュニケーションを行える人材であるからだ。
「……あー、束?」
「んー?なーに、ちーちゃん。ちょっと今の束さんはご機嫌ななめさんだから、無事は保証しないよ?」
「何をそこまでソワソワしているんだ?」
「えっとねぇ………ちーちゃんには、私に妹が居るの知ってるよね?」
「箒のことか?」
「違う違う。箒ちゃんも束さんの大切で大好きな妹だけどもう一人居るんだよ」
「もう一人?………………ああ、体が弱い妹、だったか?道場には来ていなかったな」
「そうそう!繋ちゃんって言うんだけど、可愛いんだよ!」
「そ、そうか………」
不機嫌な様子から一転、束は千冬に詰め寄ると如何に己の妹が可愛らしいかを懇切丁寧に語り始めた。
それはもう、実際に顔を会わせたことが無いというのに篠ノ之繋という少女を事細かに語れそうなほどに語られた。
「―――――それでね!今日は繋ちゃんの体調も良くて、学校なんて無ければ束さんが迎えに行くのにさ!」
「………そう言えば、学校をサボったことはなかったな」
「まあ、ね。繋ちゃんに言われちゃったんだ『束お姉ちゃんは学校に行けて羨ましい』ってね。学校なんてどうでもいいんだよ。けど、繋ちゃんが羨ましいって言ったことだし、ね?」
「そうか………」
「束さんもどうにかしてあげたいんだけどねぇ……試薬なんて出来ないし。はぁあ……繋ちゃんと箒ちゃんに会いたいなぁ」
常の態度はどうであれ、束は美人だ。憂いのため息をつく姿は絵になる。
それは親友の千冬を持ってして、見蕩れてしまうエロスがあった。
「…………っ、んんっ!ならば、束今日は道場は開いていないのか?」
「んー?たぶん、開いてるんじゃない?私は興味ないし。あ、でも箒ちゃんも私も繋ちゃんに付きっきりだから、その辺はよろしくね」
「…………そう言えば、時々箒は稽古に出てこなかったが……つまり、妹に構っていた、と?」
「そうだね。繋ちゃんの体調がいいときは珍しいし、近くで見てないと無理しちゃう子だから」
「剣道もするのか?」
「んーん、繋ちゃんはそんな危ないことしないよ――――――天才だけどね」
「なんだと?」
千冬は思わず聞き返す。身内贔屓を差し引いても、束が天才と称するのだ。珍しいどころか、天変地異の前触れではなかろうか。
「天才だよ、繋ちゃんは。見ただけで何でも出来るんだからね。まあ、それが活かされるなんてまず無いんだけど」
「どういう意味だ?」
「繋ちゃんは、体が弱いって言ったよね?どんなことでも出来る
それは、どうしようもないこと。それこそ神様が繋という少女の活躍を縛るために与えたと思わされるほどに、彼女の体は貧弱だった。
「けど、それで良いんだよね」
「なに?」
「繋ちゃんは弱くても良いんだよ。あの子は寂しがりやだからね。一人の世界なんて耐えられないよ」
その世界を知るからこそ、束は最愛の妹である二人にその道へと進んでほしくはない。
だからこそ、繋の病弱は都合が良かった。これにより、才覚でドンドン進むこともなく、そして箒に劣等感を抱かせることもない。
むしろ明確な弱味があることにより、箒はより一層の努力をしてきた。
偏に、強くも弱い妹を守るために。
「………お前は、止まらないのか?」
「止まらないよ。だって繋ちゃんと約束したからね。あの子は自分が理由になって私や箒ちゃんの道を閉ざす方が怖いんだよ」
天災は人の手では止められない。止められないからこそ、“天の災い”であるのだから。