病弱な末妹   作:貧弱弱者

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末妹の才

 篠ノ之箒にとって、妹である繋は守るべき存在であると同時に憧れを抱く相手でもあった。

 庇護は病弱さに、憧れはその才覚に。

 

「お姉ちゃん、私は自分で食べられるよ?」

「ふっ、気にするな。ほら、あーんだ」

 

 和室の居間にて、テーブルの一辺に並んで座った繋と箒の双子は、手洗いうがいを模範のように綺麗にこなして、宿題を手早く済ませておやつと洒落込んでいた。

 今日のおやつは、羊羮。水羊羹のように柔らかい物ではなく、回りを砂糖で固めたアレである。

 一人二切れずつなのだが、先程から箒は繋に“あーん”ばかりしていた。

 繋としても、何度か断ろうとするのだが姉の圧力には屈するしかない。

 

「美味しいか?」

「ん?おいふぃいよ(おいしいよ)?」

「そうか」

 

 もっきゅもっきゅと羊羮を頬張った繋を、箒は優しい表情で眺めていた。

  この時間が彼女は好きなのだ。

 

「ほら、他にも…………む?」

 

 更に一口羊羮を差し出そうとしたところで、箒が気付く。

 足音が近づいてきていた。

 

「つーなぎちゃーん!束お姉ちゃんが帰って―――へぶっ!?」

「姉さん。手洗いうがいをしてから出直してきてください」

「うぅ……痛いよ、箒ちゃん。お姉ちゃんの顔にお盆ぶつけるなんて」

「何を甘いこと言っているんですか!繋が風邪を引いたらどう落とし前をつけるんです!?」

 

 居間に突撃してきた束を撃退する箒。

 

「うー、だ、大丈夫だよ箒ちゃん。私の体は汚く―――――」

「手・あ・ら・い・う・が・い!です!」

「うわぁ~~~~~~ん!箒ちゃんが苛めるよ~~~~~!」

 

 半ば泣きながら、洗面所へと駆けていく束を見送り、箒は膝立ちとなった体勢から、繋の隣へと腰を下ろす。

「全く、姉さんは――――」

 

 そのままぶつぶつとぼやく箒。

 

「こんにちは」

「あ、ああ。こんにちは」

 

 一方で、繋は姉が連れてきた友人に挨拶していた。

 

「初めまして、ですよね?篠ノ之繋です」

「そう、だな……私は織斑千冬だ」

「!貴女が、ちーちゃんさんですね。お姉ちゃんから色々と聞いていますよ」

「………因みに、聞いてもいいだろうか?」

「えっと、美人で強い人だ、と。あ、あとブラコン?というものだと聞きました」

「ほう、そうか………」

 

 部屋の温度が下がった。プルリと震えた繋は首をかしげる。

 

「ど、どうした繋!まさか、風邪か?」

「え?だ、大丈夫だよ?」

「本当だろうな?少し額を出せ」

 

 震えた繋を、目敏く見咎めた箒は妹の言葉を聞く前に額と額をくっつけた。

 

「………熱は、無いな。喉は痛くないか?」

「うん」

「目眩は?頭痛や吐き気はどうだ?」

「何ともないよ。お姉ちゃんは心配しすぎ」

「そんなことはない!お前は直ぐに無理をするんだ。心配のし過ぎは、無い」

 

 繋の無茶を、箒は何度も見てきた。

 その全てが、家族に迷惑を掛けたくないという妹の我が儘から。

 結果、風邪を拗らせて肺炎一歩手前まで行き入院と相成った。

 

「箒ちゃん!手洗ってきたよ!」

 

 そんな心配な状況に割り込んできた束。

 

「あれ?繋ちゃん、具合悪いの?」

「んーん、大丈夫だよ束お姉ちゃん」

「本当に?本当に大丈夫?」

「大丈夫だってば。お姉ちゃん達、心配し過ぎ―――――」

 

 だよ、と続ける前に

 

「千冬姉ぇー!」

 

 横合いからの声に驚いてしまう繋。

 

「っ!げほっ!えほっ!えほっ!」

「繋!」

 

 焦ったのは箒だ。直ぐ様、咳き込む繋の背を軽く叩き、擦る。

 

「一夏!人様の家で騒ぐんじゃない!」

 

 さすがに、酷く噎せ込む少女の姿を見てブラコンの千冬も弟に厳しい言葉をかける。

 

「ちーちゃんも声おっきいけどね。大丈夫?繋ちゃん」

「ごほっ!………んんっ、だ、大丈夫大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」

「一夏!繋が具合を悪くしたらどうするつもりだ!」

「あ、えっと…………ごめん」

 

 物凄い剣幕の箒に、駆け込んできた胴着姿の一夏は素直に謝った。

 彼としては、そろそろ稽古が始まるため千冬を呼びに来ただけであったのだが、あそこまで酷く噎せられると罪悪感が湧くというもの。

 

「けほっ………織斑、一夏君?」

「あ、え?」

「私、篠ノ之繋って言うの。お姉ちゃん達がよく話してたから会いたいって思ってたんだよ」

 

 よろしくね、と微笑む繋に一夏は一瞬目を見開いて顔をそらす。

 

「よ、よろしく……」

 

 今まで、一夏の周りに居なかった病弱な女の子。

 その儚さが彼に刺さった。

 だが、この場に居るのは己の妹以外の機微に疎い箒と、基本的に他人へは構うばかりの束。

 そして恋愛経験皆無の千冬と、対人スキルがショボい繋しか居ないために彼の変化には、彼自身も気づけなかった。

 

「で、一夏君?千冬さんを呼びに来たの?」

「え、あ、まあ、な。これから稽古だし……」

「剣道の?」

「お、おう!」

 

 様子がおかしい一夏だが、質問した当人はそこには気付かない。

 

「剣道……」

「興味があるか?」

「……んーん、大丈夫だよお姉ちゃん。お父さんの邪魔、したくないもん」

 

 繋は、今まで一度も竹刀を握ったことがない。それどころか、道場にも立ち入ったことが記憶に無かった。

 因みに、記憶に無いだけで繋は赤ん坊の頃道場に連れていかれたことがあり、その際に母の腕の中でリバースしていたりする。

 

 若干沈んでしまった空気。これに慌てたのが、繋だった。

 

「あっ、べ、別にお姉ちゃん達に何かある訳じゃないんだよ?だから、その、ええっと………!」

 

 ワタワタと両手を振るって慌てる妹の姿に、姉二人は色んな意味で堪らない。

 

「ちーちゃん!いっくん!繋ちゃんに剣道を見せてあげて!」

「行くぞ、一夏!手合わせだ!」

「た、束さん?箒?急に――――」

「「早く!!!」」

 

 鬼気迫る表情で詰め寄られた一夏は、半ば涙目だ。

 

「…………はぁ」

 

 眉間に手をやり、千冬のため息が儚く流れる。

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之家の三姉妹。長女は、天災であり天才。次女は、剣鬼に至れる天才。

 そして三女はというと、

 

「―――――隙あり」

 

 紛れもない、天才にして完成品であった。

 篠ノ之流剣術には、一刀一扇の構えと呼ばれるものがある。

 右手に刀、左手に扇。神社で行われる神楽にも盛り込まれたこの構えは、流麗にきて華美。

 そんな構えに使われる扇が、今まさに一夏の首筋に向けられていた。

 扇を持つのは、体格と筋力的に真剣どころか竹刀の短いものすら持てない繋だ。

 

「…………束、どういうことだ?」

「なにがー?」

「アイツは、繋は剣道をしたことはないんだろう?」

「そうだね。というか道場には基本的に来ないし」

「つまり、剣道と剣術に触れたのも今日が初めてという事だな?」

「そうなるね」

「………お前もそうだが、姉妹揃っておかしいな」

 

 千冬が頭を抱えるのも無理はない。

 繋が道場に来たのは、三十分ほど前。最初は、風通しがいい日陰で見学をしていたのだ。

 そこで、父である柳韻が声をかけた。その際に、繋がマトモに両手でも竹刀を振れないことが判明するのだが、問題はその後。

 なんと彼女、父や姉の扇子の動きを見ただけ(・・・・)で体得してしまった。

 更に、一夏との手合わせで竹刀と扇子というリーチの差すら考慮すること無く勝ってみせた。

 

「スゴいぞ、繋!やっぱりお前は天才だな!」

「あ、お姉ちゃん………こほっ、けほっ……!」

 

 駆け寄ってきた箒に対応する繋だったが、その直後に咳をしながらその場に座り込んでしまう。

 動いた時間は素振り含めて五分と少し。たったそれだけの時間であったが、繋の体にはダメージがいってしまったようだ。

 

「こほっ!………ん、だ、大丈夫………ちょっと疲れちゃっただけだから………」

「大丈夫、じゃないな?直ぐに部屋に戻ろう」

「やだ」

「やだ、じゃない。このまま風邪を引いたらどうする?」

「だって、お姉ちゃん達の剣道、まだ見てないもん」

「ぐぬ……見たら直ぐに部屋に行くからな?」

 

 妹の我が儘に弱い箒は、竹刀を片手に振り返る。

 

「というわけだ、一夏。本気で来い。そして、繋に剣道の素晴らしさを教えるぞ!!」

 

 正に血気盛ん。そして、一夏は完全にとばっちりだ。

 

 この後、彼は箒にフルボッコで負けて一時期剣を置こうとするレベルで己の腕に疑いの目を向けることになるのだが、全くの余談である。

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