病弱な末妹   作:貧弱弱者

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末妹と少年

 織斑一夏にとって、篠ノ之繋という少女は、よく分からないというのが本音だった。

 彼女の双子の姉である箒や、その上の束などは繋を溺愛しており、それこそ暇さえあれば四六時中べったりだ。

 

 初めて出会ったのは、道場の奥にある母屋に突撃したときの事。

 肩口で切り揃えられた、今まで一夏の周りに居なかったタイプの少女であり、柔らかく微笑むその様子は彼の育ち始めた心に突き刺さる。

 病弱だと聞いた時には、幼心に守ってあげなければ、と考えたりもしたのだ。

 もっとも、そんな面はその日のうちに彼女自身の手で潰えてしまったのだが。

 篠ノ之繋は弱かった。だが、同時に恐ろしいほどに強くもあった。それこそ、彼女よりも長く竹刀を振るってきた一夏が自信を無くす程度には。

 だが、折れなかった。扇子一本振るうだけでもへたり込んでしまう彼女を見た時、折れている場合ではないと思ってしまったから。

 それからは、我武者羅に竹刀を振るった。体を鍛えた。勉強だって今まで以上の熱意をもって取り組んだし、手洗いうがいの衛生面のみならず、家事なども身に着けていった。

 

 それは偏に、強くも弱い少女を守りたかったから。

 

 いつしか、性別の成長度合いも手伝って箒にも五回に一回辛うじて勝てるようになってきたころ、彼はその胸のうちに抱いた気持ちが何なのか誰に言われるまでも無く、自覚していた。

 だが、その気持ちを表に出す前に、世界を揺るがす大事件が起きる。

 

 白騎士事件

 

 ISが世界に広がる切っ掛けとなり、女尊男卑という風潮を生む切っ掛けともなったこの事件。

 そしてそれは、一夏にも大きな事件となるのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ、元気でね一夏君。風邪、引かないでね?」

「…………おう」

 

 小学校四年生のその日、姉である篠ノ之束が起こした一件により篠ノ之家は国家に保護され、一家離散の憂き目となっていた。

 ただ、末妹である繋は体が弱い事もあり、精神的な面も顧みて姉である箒と一緒に引っ越すことになったのだ。

 そして今日、夕暮れの篠ノ之神社鳥居の前で彼女は一夏と最後の挨拶となっている。

 

「俺も風邪ひかないから、繋も病気するなよ?」

「ふふっ、そうだね。私も、一夏君ともう一回会うのが病院のベッドなんて嫌だもん」

 

 女性へと変わり始め、身長の伸びた繋は上品に微笑むようになった。

 揺れる肩口で整えられた黒髪に、白魚のような指。小学生でありながら、既に妖艶さすらも感じさせる彼女を前に、一夏の頬には朱が差した。

 もう二度と会えないかもしれない。だがそれでも、約束の為に彼はその胸の内を彼女へと明かす事は出来ない。

 

「なあ、繋」

「なあに?」

「えっと、その…………もしも、何だけど。俺がその…………」

「うん」

「け、剣道で優勝したら…………!」

「優勝したら?」

「ッ、と、とにかく優勝するから!その時話す!」

 

 それじゃ!と彼は踵を返すと走り去ってしまった。

 小さくなっていくその背中。繋は首を傾げて見送るしかなく小さく手を振るのみ。

 

 勘が良くなくとも気づきそうなものだが、彼女の周りはそれを良しとしなかったのだ。結果として、繋は鈍く育ってきた。

 深窓の令嬢のようで、優しく笑顔で接する彼女のファンは多い。中学生が近づき思春期の少年たちにとって彼女はとても魅力的だった。

 告白しようとしたサッカー少年や少年野球のキャプテンなど居たのだが、その都度、彼女の恐るべき(セコム)である箒が現れ叩きのめしていくのだ。

 

 曰く、私に勝てない軟弱物は許さない、らしい。

 

 それは一夏も同じこと。彼の場合は、箒に勝ち越せるようになれば告白を許可する、というものであったのだが結局この日まで達成する事は無かった。

 一夏とて、それは悔しいと思っている。だが同時に、繋の弱さを知っているため強くありたいと願う彼は、より修練に励んできた。

 

「別れは、済んだか?」

「あ、お姉ちゃん。うん、ちゃんと言えた、かな?」

 

 鳥居をくぐった繋を待っていた箒は、妹の変化の無さに、彼が告白しなかったことを悟る。

 自分で言った手前、その件に関して何かを言う事は無いがてっきりその場の勢いで告白してしまうかと思っていたのだ。ついでに、引っ越し前にそんな事すればしばくつもりでもあったが。

 何せ、間違いなく繋が寝込むことになる。主に、心労によって。

 そんな事になれば、箒は冷静ではいられないだろう。真剣引っ提げて、その首を刎ねかねない。

 

「寂しいか?」

「…………少し。でも、お姉ちゃんと一緒だから大丈夫だよ」

「そうか……………………姉さんは、嫌いか?」

「全然。束お姉ちゃんの夢だったでしょ、ISって。私は嬉しいな。お姉ちゃんの夢が叶って」

「…………」

「だから、お姉ちゃんもそんな怖い顔しないで、ね?」

「……ああ、分かっているさ。お前の事は、私が確り守ってやるからな、繋」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 微笑む妹を抱き寄せ、姉は誓う。

 例え、目の前に万の、億の、兆の、京の壁が立ちふさがろうともその尽くを切り捨てて見せる、と。

 

 

 

 

 五年後。白騎士事件以来の衝撃が世界を襲う。

 

 世界初の男性操縦者、発見。

 

 この見出しが世界中の新聞の見出しを飾ったのだ。

 更に、その見つかった男性操縦者というのが世界最強ブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬の弟であるのだから、その衝撃はさらに強まる。

 彼は、IS学園へと強制的に放り込まれることになった。

 周りは女子ばかり。98パーセント女子だ。リアルハーレム以前にメンタルがブレイクしかねない。

 

 彼女を見つけるまでは。

 

「―――――よ、よう、久しぶり」

「うん、久しぶり――――――――――一夏君」


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