病弱な末妹   作:貧弱弱者

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それが淑女の嗜み

 悪い意味で、セシリア・オルコットという少女は浮いていた。

 入学初日に、興奮していたとはいえ彼女は色々とやらかしてしまったのだ。結果として、入学から四日目というのに友人の一人も作るどころか、仄かな敵意を持たれて近寄れない始末。

 朝昼晩の食事もボッチであるし、誰かが声を掛ける事も無い。

 どうにかしなければならない。しかし、どうする事も出来ないというのが実状。幼少期からの経験から年の近い友人など付き人であり、メイドしかおらず自分から歩み寄る事も無かった。

 

「…………はぁ……」

 

 居心地の悪い食堂を出て、セシリアは当てもなく歩き回る。

 料理が不味いわけじゃない。ただ、遠巻きに囲むようにして見られ続けるのはどれだけ慣れていると言えども限度があるのだ。ましてや、不躾な物ばかりでは辟易してしまう。

 カツカツと足音だけが響く廊下。このまま教室へと戻って教科書を見ても良いし、射撃レーンへと出向いて訓練に勤しんでも良いかもしれない。

 灰色の青春と呼ばれようとも、自分で選んだ道だと無理矢理言い聞かせて彼女は歩み――――――――

 

「あら?」

 

 不意に彼女の鼓膜を打つ音。

 それは笛の唾抜きをしている様な音であり、彼女の進んでいた廊下。その最奥を右に曲がった曲がり角から聞こえてきていた。

 セシリアは思考する。

 仮に不審者であれば、専用機を用いればいい。そう判断し、彼女は件の音が聞こえる曲がり角へと歩を進める。

 果たして、

 

「ッ!あ、貴女は………!」

「ヒュー…………こほっ、けほっ…………?」

 

 曲がり角の先に居たのは、壁に凭れかかりセシリアに背を向けて蹲る少女の背中であった。

 思わずといった様子で駆けよるセシリア。そんな彼女に気付いたのか蹲る少女、篠ノ之繋は少し青白くなった顔を彼女へと向けた。

 

「こほっ………オルコット、さん……?」

「はい、私です…………ではなくて!いったいどうされたんですの?!」

「あ、あはは……えほっえほっ!んんっ…………私、ちょっと体が弱いんだ。だから、時々調子が悪くなっちゃって………で、でも、もう治まるから気にしないで…………」

 

 青白い顔のまま弱弱しく微笑む繋。

 事実、彼女の体はちょっと処の話ではなく弱い。

 小学生の頃ほどではないとはいえ、体育なども殆ど参加出来てはいないし体を動かさないために最低限の体力しか備わっていない。

 ここに居るのは、心配性の姉にこれ以上の心配をかけない為。誰にも見つからないようにこうして外れまでやって来て休んでいるのだ。

 

「…………」

 

 健気な彼女を前にして、セシリアの胸の内に湧き起こる温かな感情。

 むずむずとしてくるような、放っておけないようなそんな感情だ。

 

「少し、失礼しますわ」

「ッ、オルコット、さん?」

 

 気づけば、セシリアは蹲る繋の側に跪き膝の裏と背中に腕を回していた。

 そして立ち上がる。

 

「ふぇ?あ、あの、オルコットさん!?」

「軽いですわね。ちゃんと食べているんですの?」

「え、あ、いや………私、小食で…………」

「体が弱いというなら、確りと食べなければいけませんわ!それに、心配をかけたくないというのも分かります!けれど、こんな埃っぽいところに居ては余計に体に悪いんですの!」

 

 繋を横抱きにして曲がり角から出てきたセシリアは、プリプリと怒りながら廊下を進む。

 鍛えているとはいえ人一人を軽々と横抱きにする彼女の筋力が高いのか、あるいは肉付きは姉譲りというのに食べないために繋が軽すぎるのか。

 

 その後、時折こうして繋を横抱きにして移動するセシリアの姿が見られるのだが、その理由を知る者は一部を除いて居なかった。

 

 

 

 

 クラス代表決定戦。

 事の発端は、入学式の折りに起きた一悶着であったのだが、その結果試合ではセシリアの勝ち。だが、勝負の内容としては終始一夏が押していた。

 

「…………」

 

 アリーナのピットに設けられたベンチに腰掛け、壁に背を預けて天井を見上げたセシリアは、流れた汗を流す事も出来ずに呆然としていた。

 試合には勝てた。だが、勝負に負けた。その事実を彼女は正しく把握し、理解している。

 原因は、明白。彼女の油断と慢心からくるもの。元より理論派で、場を組み立てて戦うタイプのセシリアが、作戦を立てなかった時点で精神的な驕りがあった事は明白だ。

 

「ッ…………!」

 

 膝を抱き寄せて、その中へと顔を埋める。

 悔しさや、驕っていた自分に腹が立つ。そんなどうしようもない感情が彼女の中では渦巻いていた。

 感情の高ぶりは、涙腺を刺激する。しかし、震える少女を慰める者は――――――――

 

「…………」

「!」

 

 たった一人の少女だけだ。

 体のラインが出るISスーツの上から、何やら柔らかく温かなものに包み込まれてセシリアの肩が跳ねた。

 手入れの行き届いた金髪が揺れて顔が上げられれば、そのサファイアの様な瞳が瞬き驚愕に染め上げられる。

 

「つ、繋、さん…………」

「お疲れ様、セシリアさん」

 

 少し前の邂逅から、互いに名前で呼び合うようになった繋とセシリアの二人。

 この一週間、彼女だけがセシリアの側にいた。因みに、シスコンの姉や対戦相手であった彼などは少々渋い顔をしたのだが、それはそれ。二人は繋に甘いために、苦言を呈する事も無い。

 そして今、繋は膝を抱えたセシリアを正面から抱きしめていた。

 

「つ、繋さん…………私…………!」

「うん」

「く、悔しいんですの…………!腹が立って、腹が立って…………!仕方ありませんわ…………!」

「うん」

「勝って、貴女に…………!」

 

 言葉が紡げたのは、そこまでだった。

 悔しくて、悲しくて、情けなくて。どうして良いのか分からなくなったセシリアは、繋の背に手を回すとその胸に縋りつくように泣き出してしまう。

 

「よしよし、大丈夫だよセシリアさん。私は、どこにもいかないから、ね?」

 

 聖母の様に微笑みを浮かべて、セシリアを優しく抱擁する繋は彼女の髪を指で梳きながら背を撫でる。

 交流を持つ中で繋はセシリアの過去を聞く機会があった。そして、それ以来常に肩肘張って財産を狙う様々な輩と相対してきた事を聞いた。

 その際には、話したセシリアが狼狽えるほどに涙を流し、目が腫れてしまい喉が枯れた事から姉に若干のお説教と心配をかけてしまったのだが、余談だ。

 

 しばらくの間、嗚咽がピット内に響き、漸く止まる。

 

「スンッ………………情けないところを、お見せしましたわね」

「ううん、そんな事ないよ」

 

 顔を赤くして、若干視線をそらしながらも上目遣いとなるセシリアへ、繋は笑みを返す。

 若干、制服が涙で濡れてしまったが彼女にとってはそんな事よりも、友人のメンタルケアの方が大切であった。

 

「…………どうして、こちらに?」

「え?」

「あちらには、貴女のお姉さんや……織斑一夏もいらっしゃるのでは?」

「うん。でも、私はセシリアさんに会いたかったから」

「……………………泣いてしまって、説得力はありませんが同情なら私は――――――――」

「え、違うよ?」

 

 どうしても相手の裏を考えてしまう自分の事が嫌いになりそうだったセシリアだが、繋の否定に思わず頭が上がる。

 目の前の彼女は優しい笑みを浮かべながらも、どこか気恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「私、体が弱くって中々友達が出来なかったの」

 

 ほんの少しの寂しさを滲ませて彼女は語る。

 

「お姉ちゃんがずっと傍に居てくれたから、辛くは無かったよ?でも、心のどこかで思ってたんだ。このまま、私には友達が出来ないんじゃないかって」

「……………」

「うん、だからかな。こうして、一緒に居られる女の子の友達なんて初めてだったから…………だから私は、ここに来たんだと思う」

「友達…………」

 

 言葉に出せば、すんなりとそれらは飲み込めた。

 同情でも憐憫でもなく、友情からの心配というのは存外心地よいもの。

 

「私と、繋さんは友達、ですのね?」

「うん。嫌、かな?」

「とんでもないですわ!わ、私も貴女とその…………と、友達になりたいんですの…………」

「!セシリアさん!」

「きゃっ!ちょ、ちょっと、繋さん!?」

 

 目を輝かせて抱き着いてきた繋を抱き留めたセシリアは、彼女の臀部に犬の尻尾を幻視した。それはもう、目一杯振られる元気な尻尾だ。

 ついでに、姉にも負けず劣らずに豊満な胸が抱き着くことによってセシリアの体で潰れる事により柔らかく形を変えて押し当てられていた。

 

(柔らか……温かい…………い、いえ、私にそのような趣味は――――――――)

「セシリアさん?」

「ひゃうん!み、耳元でしゃべらないでくださいまし!……んんっ、どうされましたの?」

「ううん、困った顔してたから、その…………迷惑、かなぁって」

「~~~~ッ!そんな事ありませんわ!」

 

 眉尻を下げて、捨てられた子犬の様な哀愁を漂わせた繋に、最早セシリアの辛抱堪らない。

 抱き潰す勢いで抱き寄せてその胸元へと顔を埋めていた。

 

 

 余談だが、この後。一夏のライバルが増えたことをここに記す。

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