病弱な末妹   作:貧弱弱者

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やって来たあの子

 肌触りの良い艶のある髪に櫛を通し、高い位置でリボンで纏めればいつもの彼女。

 

「できたよ、お姉ちゃん」

「ああ、ありがとう繋。そら、代わろう。今度は私が髪を梳いてやる」

「うん」

 

 いつもの朝の時間。ドレッサーの前に自分と入れ替わるようにして座った繋のつむじを見下ろし箒は櫛を手に取った。

 長く伸ばしている箒と違って、繋はショートカットが基本だ。双子を見分けるというのもあるが、一番はひ弱な妹を慮ってのこと。

 髪が長ければ、それだけ乾かす時間がかかってしまう。ついでに、手間も。

 場合によっては、この手間を疎かにして風邪をひいてしまいかねないのが篠ノ之繋という少女だった。

 絹のような指通り。箒もそうだがこの姉妹、頭のてっぺんから毛先に向けて手櫛を通しても一切引っかかることなく梳かす事ができる。

 手入れの賜物か、あるいは血筋の影響か。

 

「……ふふっ」

「む?どうした、繋」

「んーん、何でもないよ」

 

 突然微笑む妹に首をかしげながらも、箒は手入れの行き届いた髪へと櫛を通していく。

 繋は、この時間が好きだった。いや、彼女の嫌いなものを挙げる方が難しいのだが、しかし好きなものの一つとして繋は姉妹のこうした触れ合いが好きだった。

 跳ねも引っかかりも無く梳き終えた髪を、箒は名残惜し気に撫でる。

 ショートカットではあるが、その指通りは高級な絹にも勝る、と言うのは肉親(シスコン)の欲目であるだろうか。

 

「お姉ちゃん?」

「……」

 

 妹の疑問の声が聞こえるが、箒は何も答えない。

 するりと自然な動きで、彼女は妹の頭を胸に抱くように腕を回して、その天辺に頬を乗せた。

 自然と後ろから抱きしめるような格好になったが、繋がそんな姉を振り払うような事はしない。寧ろ、嬉しそうにその表情を緩めて、前に回された姉の腕に頬ずりをする始末だ。

 朝の姉妹のやり取り、にしては距離が近いかもしれないが数年間二人には互いしか居なかったのだから、距離感がバグってしまうのは無理からぬことだった。

 いつもの朝の時間は、こうして過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、聞いた?隣のクラスに転校生が来たんだって」

 

 朝のHR前の余暇時間。一年生の教室が入ってフロアでは、そんな噂話で持ち切りだった。

 周りでそんな風に話されれば、自然と耳にも入るというもの。

 

「転校生だって、お姉ちゃん。どんな人かな」

「さて、な。随分と微妙な時期に来たものだとは思うが」

「繋さんも気になりますの?」

「うーん。どう、かな。隣のクラスだし、関わらないかな、と思うから」

 

 クラスに馴染めていない訳ではないのだから、繋が外に別の繋がりを求める理由はない。無いのだが、しかし(シスコン)とそれから英国淑女(ホの字)にとっては安堵の息を吐き出すしかない。

 そんな二人をライバルとするのは、唯一の男性操縦者という訳で。

 

「何の話だ?」

「隣のクラスの転校性の話ですわ。ですが、一夏さんにはそちらに意識を割いている暇はないのでは?」

「え?」

「近々、クラス代表戦があるだろう?お前は、一組の代表なんだ。無様な真似はするなよ?」

「うぐっ……じゃ、じゃあ今からセシリアが代表に……」

「既に、一夏さんに決まっていますもの。今更の変更など出来ませんわ。もっとも、仮に言い出しても織斑先生がお許しになるとは思えませんけど」

 

 セシリアにそこまで言われれば、一夏も引き下がるしかない。思い人()の前でカッコつけたい男の子心というものもあるのだが、同時に無様を晒したくないという見栄もある。

 自然と視線を集める一団。周りからも声が飛ぶ。

 

「大丈夫だよ、織斑くん!」

「そうそう。専用機を持ってるのって、このクラスと四組だけらしいし」

 

「――――その情報、古いよ」

 

 希望的観測が多分に含まれた言葉を遮ったのは、更に別の声。

 視線が集まった先は、この教室の出入り口の一つだった。

 肩の露出した改造制服に、ツインテール。勝気な雰囲気のある顔立ちに、不敵に笑う口元に除く八重歯が活発さを表している。

 そして、一組の面々が首を傾げる中で、一人だけ彼女を知る者が居た。

 

「鈴?お前、鈴か?」

「ふふん、久しぶりね一夏」

 

 目を丸くする一夏に、鳳鈴音は胸を張って勝気な笑顔を浮かべる。

 

「懐かしいな……中二の頃だから、丸一年会わなかった、か?」

「ま、それ位ね。それにしても、アンタも変わらないわね…………相変わらず、女の子ばっかりだし」

「?なんだ?」

「べっつにー」

 

 若干気に入らないのか、そんな雰囲気を滲ませる鈴音。彼女が見るのは、一夏の周りの少女たちの事だった。

 そしてこの反応は、箒とセシリアにとって僥倖と言わざるを得ない。

 成程、確かに織斑一夏という少年はハイスペックなのだろう。イケメンで性格も一本気、家事全般が得意でその上付き合えたのなら浮気の心配はほとんどしなくて良い。時折寒いギャグを考えたりするが、ソレはソレ。ちょっとした欠点として許容すれば気にもならないだろう。

 だがしかし、彼女らにとって、カッコイイと言うのはセールスポイントにならないのだ。性格の良さに関しても。

 

「それより一夏。あ、あの約束、覚えてるかしら?」

「約束って――――」

「――――まずは、教室に戻るところからだ。馬鹿ども」

「あいたっ!?」

 

 乙女の顔をしていた鈴音であったが、その脳天に軽い音を立てて出席簿が振り落とされる。

 慌てて振り返れば、疲れた顔の千冬が。

 目の前で鈴音が叩かれれば自然と一夏の視界にも、()の姿が入るというもので。こちらもあわてて周りを見れば、箒も繋もセシリアも野次馬となっていたクラスメイトも席についているではないか。

 裏切者!と思わないでもないが、ちゃんと裏がある。少なくとも、繋は二人に退避を促そうとしたのだ。したのだが、その前に箒を筆頭とした周りに手を引かれて手が届かなかった。

 小気味いい音が、朝の教室に木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業を乗り切ったお昼休み。IS学園も例に漏れず多くの生徒によって食堂が込み合う時間帯だ。

 運よく空いていた広い席で、箒と繋は並んで座り、繋の対面に来るようセシリアが席についてた。

 

「繋はそれだけで良いのか?」

「うん。あんまり食べると、気持ち悪くなっちゃうから」

「繋さんは、食が細いですからね……これも、今後の課題、という訳ですわ」

「で、でも、昔よりは食べられるんだよ?」

「だからといって、かけうどん一杯は少ないだろう」

 

 苦言を呈すのも相手を思っての事。しょんぼりとしながら、繋は白い麵をちびちびと啜っていく。因みに、箒は唐揚げ定食。セシリアは箒に薦められたさば味噌煮定食を食べている。

 どちらも、素うどん一杯よりは量が多い。せめて天かすでも載っていればたぬきうどんになるのだが、繋の場合天かすを食べ過ぎると油っぽ過ぎて気分を悪くしてしまう。

 もそもそ食べる繋に、しかし箒はただ甘やかすだけではない。

 

「ほら、繋」

「なぁに?」

「あーん、だ」

 

 一口大の唐揚げを更に切り分けて小さくした切れ端を、箒は繋へと差し出してくる。

 名目としては、食の細い妹を思っての行動。その本題は、合法的なアーン。

 セシリアに、電流走る。この姉、実に策士である。セシリアも器用に箸を使ってはいるものの、それでも崩れやすい魚の身と言うのはアーンしにくい。ついでに、席も対面であるためより難しい。

 その一方で、繋と言えば一瞬キョトンとするものの、直ぐに差し出された箸へとパクついた。

 

「むぐむぐ……ん、美味しいね」

「そうだろう?もう一口、どうだ?」

「……あー」

 

 雛鳥のように口を開ける繋に、箒は微笑みながら再び唐揚げの切れ端を放り込んでいく。その最中に、僅かにセシリアへと勝ち誇るような表情を浮かべるあたり、故意犯だ。

 明日こそは、とセシリアが目に炎を宿していれば、来客が。

 

「あっ、繋、箒にセシリアも。この席、空いてるか?」

「む?ああ、好きにすると良い」

「私も構いませんわ」

「ん……んぐ、どうぞ」

 

 二人ほどそっけなかったが、一夏としては繋が目を見てはにかんでくれるだけで十分。

 少々カオスな昼食は、もう少し続く。

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