魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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咄嗟に冷静な対応は取れない(※)

 悪いことは起きてほしくない。人間誰だってそう思う。俺だってそう思う。だが、そういう悪い予感に限って的中するのは「どうにも勘弁してくださいコノヤロウ。こっちだってトラブルなんざ真っ平御免だ」といいたいが、待ってくれないのもお約束である。

 

―――西暦2092年8月11日。

 

 元治と悠元は恩納空軍基地にいた。元々はCADなどの打合せのためなのだが、真田と意気投合した結果泊りがけになってしまった。こういうところは悠元の悪い癖だなと元治は窘めたが、それ以外にも理由があった。

 

「風間大尉。早急に警戒レベルを上げ、民間人の避難を最優先に開始すべきと具申します」

「……それは、根拠のある話ということか?」

「はい」

 

 悠元は『上条達三特尉』として、前日の時点で警戒レベルを上げる―――有事の兆候が見られるため、民間人の避難を早急に開始する―――べきと意見を述べた。それを聞いた風間は先日一隻のクルーザーに向けて発泡魚雷が発射された事実を思い出しつつ、その上で悠元に尋ねた。

 

「敵は大亜連合、と見るべきか?」

「是と見るべきでしょう。こちらの映像情報では、厦門(アモイ)港に軍艦クラスの出航準備が確認できました。戦略級魔法師の乗艦の有無はともかくとして、この時期に新ソ連への牽制とは思えません。あの潜水艦の元々の目的が潜入工作あるいは人質を盾にする形での強襲揚陸とするなら……仕掛けて来るのは今日の夜遅くか明日の早朝とみるべきかと思われます」

 

 悠元はそう言いながら、手に持っていた端末の画面を風間大尉に見せた。それは鮮明な航空映像というほかなく、確かに軍艦の出航準備が確認できるほどだ。これを見た風間は軍事衛星なしにここまでの情報を得ている悠元に恐ろしさを感じつつも、息を吐いて悠元を見やった。

 

「貴官を敵に回せば、我々は忽ち丸裸だな……解った。避難に伴う大きな混乱を避けるため、民間人に対して今日の夜半に特別避難の要請をする。必要とあらば特尉からの画像情報を陸軍総司令部に渡すが、構わないか?」

「はい。小官の具申を聞いていただき、感謝しています」

「何を言う。真田はおろか柳も君がお気に入りだ。無論、私も友人として長い付き合いをしたいと思う」

「それは、こちらもそうありたいと思っています」

 

 何事もなければそれでよし、何かが起きれば対処する。無論、元治には『特別避難の関係で今日は基地に泊まる』という風に言いくるめておいた。

 そして、元治と悠元は基地のとある部屋にいる。特別避難を打診したお蔭で民間人は誰もいない。戦端が開かれた状況で帰るにも帰れず、この状況だと基地のシェルターに避難となるだろう。

 

「まさか宣戦布告なしの襲撃……やっぱり海の向こうか?」

「可能性としてはそれが高いね。新ソ連だと対馬で引っ掛かるだろうし」

 

 国籍不明となっているが、沖縄を狙った時点で大体の予測はつく。せめてもの救いは戦略級魔法師が動いていない可能性が高い、というぐらいだろう。厳密には本当に動いていないことは確認している。

 仮に大亜連合の『十三使徒』か彼に匹敵する戦略級魔法師が動くとなれば、それこそ沖縄方面が占領されてからの話になるだろう。その意味で大亜連合も楽観視しているのかもしれないが。

 そんなことを話していると、扉が開いた。

 

「って、あら? 長野君たちじゃありませんか」

「佑都さんに、基晴さん!?」

 

 軍人かと思ったが、姿を見せたのは達也、深雪、深夜、そして穂波の姿であった。向こうもこちらの姿を見て驚いていた。達也に関しては表情に出にくいので解らないが。落ち着かない様子の元治に肘鉄を入れつつ悠元が事情を説明した。

 

「ほら、しっかりしてよ兄さん。自分達は知り合いの用事で基地にいたのですが、突然の攻撃もあって動けなくなってしまって」

「そうだったのですか」

 

 結局、会話をしつつも元治が穂波に対して気になっているような節が見られた。あー、これは助けないと後々面倒なことになるな……そう思いながら達也と深雪を見ると、前に会った時よりもだいぶ兄妹らしくなったと思えた。

 

「佑都さん?」

「いや、二人が大分兄妹らしくなったんじゃないかって思っただけだよ」

「……不思議な奴だな、お前は」

 

 達也が自発的に放った一言は深雪だけでなく、深夜や穂波も驚いていた。その達也を変えたであろう長野佑都……彼は、一体何者だと。すると、部屋の外から銃声と思しき音が鳴っているように聞こえる。ざっと推測してもフルオートのアサルトライフルだろう。だが、悠元は持ち前の聴覚と三矢家の家業を手伝った経験から、その機種まである程度特定できる。

 

「達也。この場は何とかするから、外の様子を見てきてくれるか? 無理にとは言わないけど」

「……達也。お願いできるかしら?」

「解りました、奥様」

 

 悠元に加えて深夜の言葉に頷き、達也は部屋の外に向かった。それを確認したところで深雪は悠元を睨みつけるようにしながら詰め寄った。

 

「佑都さん、今のはどういうことですか!?」

「落ち着いて、深雪さん。相手が銃だけを持っているのなら魔法でも対処できる。けど、その魔法を封じられたらどうする?」

「それは……」

「確かにその通りだ。ここには魔法師の軍人もいる以上、侵入してきた相手が対抗手段を持っていないとは限らない、ということか」

 

 魔法を封じられる。それは深雪だけでなく深夜や穂波も危険に晒しかねない。悠元の意見に元治も同意する。その点、達也は体術をある程度叩き込まれているため、並の相手なら生き残れる確率が高い。加えて達也の能力なら確実に生き残れる。

 

(ここまでは既定の流れか……さて、どうしたものかな)

 

 すると、四人の軍人が入ってきた。全員[レフト・ブラッド]の二世だと思しき軍人。土地柄そういう構成になってもおかしくはないが、どうやら世界の修正力が“そういう形”で入り込んできているようだった。

 

「失礼します! 空挺第二中隊の金城一等兵であります! 皆さんを地下シェルターに案内します。付いてきてください」

 

 そう言い放つ軍人の言葉など無視するように悠元は彼らの持っているものをチェックした。先程聞こえた銃声の正体……とんだ間抜けだろうと思いつつ悠元は時間を稼ぐため、少し前に出て話をする。

 

「すみません、連れが一人外の様子を見ていまして……できることなら彼が戻ってきてからにしてほしいのですが」

「民間人はあなた方だけとなります。お連れの方に関してはすぐに合流できるよう計らいます」

 

 ここまでは既定路線。こうなってしまっては否定する材料もないだろう。おそらく深夜も彼らの存在を訝しんでいることだろう。なので、悠元はその口火を切った。

 

「そうですか。ところで、先ほど部屋の近くで銃声が聞こえたのですが、遭遇しなかったのでしょうか?」

「それでしたら、我々が速やかに排除しました。ですので……」

 

 まるで急かすような口ぶり。明らかに近くまで“敵”が来ているかのような……深雪が深夜と穂波を見るのと同時にまた一人部屋に入って来る影があった。

 

「ディック!!!」 

 

 突然のことだった。部屋に入ってきた桧垣上等兵に向かって金城一等兵が躊躇うことなく発砲した。そして、軍人の一人が何かの石みたいなものを手に握って前に突き出した。突然のことで対応が遅れた深夜や穂波だったが、この状況で動いたのは元治だった。

 

「(あれはまさか……)させるか!!」

「があっ!?」

 

 最大九種類の魔法式を常時待機・同時行使する三矢家の固有魔法[スピードローダー]。この状況でためらっては命に係わると判断し、指輪を持っていた兵士をピンポイントで気絶させた。それを見た金城一等兵は逆上してマシンガンを乱射する。

 

「くっそがあ!」

「っ!……滅茶苦茶だろうが……っ!!」

 

 物理障壁が間に合わないと判断して、深夜と穂波に襲い来るマシンガンの弾丸を悠元が弾き落とす。

 深夜のほうは穂波が防御魔法を張ったから問題ないと判断できたが、ここで悠元は気づいてしまった。援護しようとして深雪が穂波の防御魔法範囲から外れていること。そして、そのマシンガンの弾が元治と深雪に向かって飛んでいくことに気付いた。

 走馬灯とか細かいことは言っていられない。魔法を使うことも忘れて、悠元は一目散に駆け出した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 私は、今目の前で起きていることに反応できなかった。

 あの兵士が石みたいなものを握ってその手を突き出す前に、基晴さんが魔法を放った。そして逆上した兵士の弾丸の乱射を、お母様と穂波さんに向かっていった弾丸を佑都さんが止めてくれた。

 

 守ってばかりではいられない、と私もせめて援護をと射線を取ったのが拙かった。

 

 飛来するいくつもの弾丸。防御するという術を学んでいない私には止められない……私は瞼を閉じ、せめてもの抵抗で身を屈めた。

 

 だが、何時まで待っても弾丸が体を貫く痛みの感覚はおろか、飛んでくる気配がなかった……真っ暗な視界のため、一体何が起きたのかを分からずにいた。

 

「佑都さん!?」

 

 母様の叫びで私は瞼を開ける。すると、そこには手を広げて私の前に立っていた佑都さんの姿があった。

 

「まったく……守れなかったら、達也に怒られちまう……だろ……」

 

 そう口にした佑都さんはゆっくりと倒れて、思わず抱きしめるような形になってしまった。そこで私は佑都さんの背中に触れていた手の感触が滑りのようなものを感じる。

 

 私が佑都さんに触れていた手は真っ赤に染まっていた。そして、力もなく重みだけ感じる佑都さん……私は、そこで気づいた。これは自分の血ではなく彼の血……彼が何を成し、その結果が衝撃的な事実として私に降り掛かった。

 

「い、いやああああああああああ!!!」

 

 私を庇おうとして、佑都さんがその身に銃弾を受けた。私が余計なことをしたから、彼に必要のない犠牲を払わせてしまった。

 

「嫌……嫌、です……」

 

 今までただ受け取るだけの人生みたいなものだった。四葉の次期当主として相応しい振舞いを身に付けていく中で、私は周囲に信頼できる友人と呼べる人間はいなかった。

 

 でも、そんな中で私から話しかけたいと思える人にやっと出会った。こんな私と対等に向き合い、私も対等に向き合おうと思わせてくれる人に。

 

 兄との……ううん、お兄様との関係だって、彼が何気なく背中を押してくれたから、私は一歩を踏み出すことができた。彼がいてくれるなら、私もお兄様も今まで叶えることができないと思ったものを手にできるかもしれない。

 

 この部屋を出る前、お兄様は確かにこう言った。

 

『……不思議な奴だな、お前は』

 

 四葉のガーディアンとして、今まで明確に自分の言葉を発することのなかったお兄様を彼は動かした。「そんなことはしていない」と彼は言いそうだが、私にはそう思えてならなかった。きっと、お兄様も今の私と同じ気持ちを抱いているかもしれない。

 

『死なせたくない、失いたくない』

 

 今の私の気持ちはこの感情で埋め尽くされていた。

 だから私は叫んだ。本当なら使()()()()()()()()()魔法……自然の摂理に逆らうがごとく、この不条理を捻じ伏せるための魔法を、私は願った。

 

「助けてください、おにいさまああぁぁ!!」

 

 そう叫んだ直後、壁に突如穴が開き、駆け込んでくるのは私にとってのガーディアン……いえ、私にとって家族である兄の存在。

 

―――よく深雪を守ってくれた。この恩は絶対に忘れないぞ、佑都。

 

 その言葉を耳にして見上げると、お兄様が特化型CADを佑都さんに向けていた。パッと見はいつもと変わらない表情だったが、どこか寂しそうな印象を強く受けたのだった。そして、お兄様がその魔法を発動させた瞬間、佑都さんの体から大量の白銀の想子が吹き荒れた。

 

 その光景が、まるで幻想的な風景のように見えた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

『第三者からの[再成]発動を確認―――自己修復術式オートモード、停止』

 

 

『外部からのコアエイドス履歴データ、バックアップ読込申請―――許可』

 

 

『ログからの遡及データ、バックアップとの整合を確認。修復作業―――完了』

 

 

 あー、失念してた。こういう突発的な事態の時って上手くいかないものだな。というか、自己修復術式ありきというのもダメだな。オートモードの定義付けは今後の課題としておこう。

 脳裏に響いた“声”で達也が[再成]を使ったことは把握できた。恐らくは俺の自己修復術式にも気づいた可能性が高いだろう。銃弾に関しては致命傷にならない寸前で止められたが……無事に帰ったら魔法の訓練も含めて鍛えなおさないといけないな。

 気が付けば深雪に圧し掛かっていたので、ゆっくりと距離を取る。深雪の表情は涙を零していた。何か言葉を発しようとしたのだが、

 

「佑都さん!」

 

 その前に深雪が抱き着いてきたのだ。

 え、すみません、説明プリーズお兄様! と達也に視線を向けると『諦めてくれ』と言われてるような気がした。シット!! そして、達也は[再成]で元治も復活させた。

 

「う……そうだ、佑都! 大丈夫か!?」

「あ、うん。基晴兄さんもよく反応できたね」

「道場で護身術を学んだお蔭だ……あの石は、多分アンティナイトだと思う」

 

 元治としては[スピードローダー]を咄嗟に使ったことを反省しているのだろう。この状況で秘匿も何もあったものではないが。

 気配を探ると、この部屋にいた連中は全て消え去っていた。恐らく達也の[雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)]……現時点では[分解]と呼ぶべきものだろう。何はともあれ、達也が敵を排除してくれたことには素直に感謝したかった。

 とりあえず、悠元は泣きついている深雪を慰めるために頭を撫でた。

 

「あ……」

「とりあえず、落ち着いてくれるとありがたい。外の状況が落ち着いたわけでもないから」

「あ、はい……」

 

 深雪が頬を紅く染めて急にしおらしくなったのでこれには首を傾げる。すると、笑みを零す深夜と穂波が悠元を見ていた。

 

「あらあら、深雪にも春が来たのね」

「この事態が落ち着いたら今日はお赤飯でしょうね」

「何故お祝い事になるのか理解に苦しみますが……問題は、今の事態が落ち着くかどうかなんですけどね」

 

 深雪も落ち着いてくれたところで悠元は立ち上がり、部屋の片隅に置いていたケースを手に取る。さきほどのマシンガンは焦ったが、どうやら奇跡的に銃弾の被害を受けなかったようだ。

 すると、その場に風間と真田が姿を見せた。二人の表情の深刻さからして、先程までここにいた兵士(ジョセフを除く)が裏切り者であることも把握していると思われた。

 

「真田中尉、基地の中で叛逆者が出たようですが……」

「ああ。大亜連合によるものだと断定した。君の情報が綺麗に裏付けされてしまったわけだ」

 

 真田の言葉に周囲の視線が悠元に向けられる。深夜からすれば達也や深雪と変わらないぐらいの歳の少年がそこまでの情報を得る手段を持っている―――それこそ『実家』にも匹敵しうるだけの情報収集能力を持っていることに眼を見開いていた。

 

「あまり嬉しいことではありません。それに、今回の一件は自分の甘さを痛感させられました」

「そうか……ともあれ、叛逆者を出したことは完全にこちらの落ち度というべきだろう。何をしても罪滅ぼしにならないだろうが、可能な限りの配慮はする。何でも言ってくれ、『上条特尉』」

 

 その名前が悠元に向けられて放たれた言葉だと認識するのは周囲も理解した。元治も悠元は国防陸軍に特別な形で在籍していることは元から聞いていたが、こういう形で改めて知ったことに驚きを隠せなかった。

 

「まずは現時点での状況をお教えください」

「分かった」

 

 風間が現時点で判明している情報を口にした。

 敵が大亜連合というのはほぼ間違いない、と風間は断定するように述べた。それ以前から東シナ海で頻繁に宣戦布告紛いの挑発行為が横行していたため、それを大義名分に侵攻したとしても何ら不思議ではなかった。

 

―――名護市北西部の海岸には既に潜水艦揚陸部隊が上陸。慶良間(けらま)諸島近海の制海権は大亜連合側が掌握、敵と内通したゲリラにより、那覇から名護にかけての兵員輸送で妨害を受けたが、8割方の排除が既に完了している。軍内部の叛乱者もすぐに片が付くだろう。

 

 先日の潜水艦はその偵察も兼ねていたのだろう。虎の子の潜水艦を沈められて逆上した説も否めないが。ここまで念入りに計画された侵攻作戦ともなれば、原作で出てくる“あの人物”も一枚噛んでいる可能性が高い。まあ、こちらとしては下手に引っ掻き回して黒幕の人物を表に出すことで生じるリスクを負いたくないので、当分は放置でいいだろう。

 それよりも、今は目の前にある危機的状況を打破するのが先決だと判断した。

 

「現状は理解しました。それで、風間大尉に真田中尉。この状況を打破するために自分も国防軍の士官として戦場に出ろ―――大尉殿はそうお考えだと判断して宜しいでしょうか?」

「本来であれば私にその権限などないのだが、今回は臨時の方面部隊指揮官としてこの場を任されている。かの万夫不当を成した武人の縁者に、私はこの戦いの未来を委ねたい。現状、この沖縄諸島方面において貴官が国防軍現有の最高戦力だと本官は信じている」

 

 国防軍との契約の際、悠元は「前線に立たないこと」を前提として特務士官の地位に就いた。それは、悠元自身が未成年であるため、彼が表立って戦場に出れば要らぬところからやっかみを買うことにも繋がる。

 だが、現在の状況はそのデメリットを考慮している場合ではなくなっている。ここの魔法師部隊全員を圧倒せしめた桁外れの実力を持て余す理由が既にない状況にあることは、風間や真田も……当然悠元も理解している。

 

 かつて大越戦争で成した功績から[大天狗]と謳われた風間からすれば、本来未成年である彼を駆り出す事態となってしまったことを快く思わなかった。

 だが、この場には……かの英雄に匹敵し得る戦力を有する少年がいる。風間は日本の未来と戦いの行く末を委ねるべく、力強い口調で悠元に告げた。

 

「貴官に統合幕僚会議の決定を伝える。国防陸軍特務士官上条(かみじょう)達三(たつみ)特尉、国防軍特務規則に基づき大亜連合の侵略からの防衛、並びに敵勢力を殲滅すべく“独立遊撃部隊長”として戦時協力を要請する……本官としても心苦しくは思うが、受けてもらえるか?」

 

 それは、正規の指揮下にない悠元を“ワンマンアーミー(方面部隊との命令上の齟齬を避けるため、将校相当の扱いを受ける)”として独自の指揮系統で戦列に加えること。しかも、国防軍の最高意思決定機関である統合幕僚会議の決定となれば、風間も首を横には振れなかった。

 元治の思いを知ってか知らずか、悠元は少し考えた後に風間と真田に視線を向けて真剣な表情で敬礼をした。この話を受諾した瞬間、悠元の階位は暫定的に真田を超え、風間と同等の立場へと変わる。

 

「統合幕僚会議の要請、確かに承りました。でしたら風間大尉、まずはここにいる方々を統合司令室に。また狙われない保証もありませんし、そこならばシェルターよりも頑丈なのは知っていますから」

「……解った、取り計らおう」

 

 悠元の珍しく真剣な言葉に風間大尉は苦々しい表情を浮かべつつも頷く。すると、そこに達也が入り込んできた。

 

「アーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸すと言っても消耗品はお返しできませんが」

「何故だ?」

 

 この申し出に風間は問いかけた。その発言は達也が戦場に出るということを意味する。それも承知の上だと達也はこう言い放った。

 

「彼らは深雪を手に掛けました。その報いを受けさせなければなりません」

 

 深雪を害しようとする者は敵、ということを示すような達也の発言。それを聞いた悠元は一息吐いて風間に提案した。

 

「大尉殿、彼を現地協力員という形で本官の暫定的な指揮下に置く、ということで如何でしょう? 装備品については、本官の予備を貸し与えても構いません」

「……そうだな。彼の指揮は特尉殿に一任する。司波君もそれで構わないかな?」

「はい、構いません」

「あ、そうだ。真田中尉、『アレ』の準備と……これ、お願いします」

「君も人使いが荒いね。だが、了解だ」

 

 悠元から既にロックを解除しているケースを受け取った真田は苦笑していた。悠元の言う『アレ』とは正直スペックが高すぎて悠元専用CADと化した代物のことだ。泊りがけの調整となったのはそれが原因でもあったりする。

 この状況を原作知識も含めて見越していたわけだが、本当のことを彼らには言えなかった。とはいえ、基地内にいる民間人の数を減らせただけでも今回は及第点といったところだろう。

 準備をしつつ、悠元は達也に向き直った。原作だと軍の指揮下に入ることを拒んだはずなのに……その意図を聞きたかった。

 

「達也と呼ばせてもらうけど、先程のやり取りを見ていただろうが俺は国防陸軍の特務士官だ。お前のことだから一人で突き進むと思ってたけど」

「……否定はしない。だが、お前は己の身を挺してまでも深雪を救ってくれた。その恩に少しでも報いたいだけだ……不足か?」

「いや、十分すぎる答えだよ。……俺からは命令というか、一つだけは守ってほしいことがある……『生きて帰る』こと。これが守れないのなら、気絶させてでも連れ帰るからな」

 

 これから死地に向かう人間に対して酷な約束と思うかもしれない。だが、達也だからこそ実現可能な約束であり、彼と友人でありたいという願いを叶えるためには絶対に生き残ってもらわねばならない。

 その意図はともかくとして、悠元の言葉に対して達也は静かに頷いたのだった。

 

「その上で命令というか、決定事項だな……敵に降伏などさせることなく一人たりとも生きて帰さない。奴らには誰に手を出したのかを分からせないといけない。いけるな?」

「無論だ……お前なら、降伏した奴は見逃せと言いそうだが」

「そんな情けも容赦も掛ける気なんて労力の無駄だからな」

 

 長野佑都もとい三矢悠元。そして司波達也。かつて四葉の復讐劇を完遂した上泉剛三と四葉元造……その二人の孫が奇妙な縁で繋がり、肩を並べる。

 この出会いが、やがて世界を震撼させる二人の戦略級魔法師として名を轟かせることになるとは、その場にいた人間ですら予想などしなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「お兄様……佑都さん……」

 

 戦場に向かう二人。その姿を深雪はただ見つめることしかできなかった。思考が付いていかないというのもあるのだが、達也は深雪にこう言ったのだ。

 

 ―――済まないな、深雪。俺は、自分の感情のままに行くだけだ。それと、アイツに少しでも借りを返したい。お前は母や穂波さんと一緒に大人しく待っていてくれ。

 

 それは紛れもなく、長野佑都と名乗った彼に対しての恩義。今まで深雪のことや魔法の事以外に興味を示さなかった自分の兄が自ら興味を抱いた相手。

 そして……深雪にとっても、自分から興味を抱いた人物。

 彼に庇われたとき、深雪は一種の喪失感を味わいそうになっていた。それだけは嫌だ、と達也の名を叫んだほどに、自分の中で大きな存在となりつつあった。

 そして彼に頭を撫でられたとき、ふと心の中に何だか暖かいものが湧き上がるような感覚に囚われた。様々なことを学んで知識としてきたことに苦など無かった深雪でも理解できない事柄に戸惑いを感じつつ、それを嫌とは感じなかった。

 

(佑都さん、それにお兄様……どうか、無事に帰ってきてください)

 

 今の自分に出来るのは、二人が無事に帰ってくることを祈ること。そして、自分が感じた疑問を母に尋ねること。そう思いながら、深雪は深夜と穂波の後を追うように走り出したのだった。

 


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