魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦六日目③

 午後一番となる男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグ第1戦。

 悠元と三高の選手との対戦は、相手が防御態勢に入る―――将輝との対戦前に消耗させることを見抜き、あえて防御をせずに『流星裂界』で相手陣地の全ての氷柱を一瞬で昇華させた。

 相手の思惑に乗ってやる義理などない、と言わんばかりに速攻で片付けた。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの試合プログラムは、今の試合の後に女子の決勝戦、そして男子の決勝戦となる。この辺は視聴率を稼ぎたい思惑もあるのだろうと思うが……控室に戻った悠元は、モニターの電源を入れつつ、端末に先程使ったCADではなく、ジャージのポケットに入れていた拳銃形態の特化型CADを接続した。

 これは別に試合で使うつもりはなく、この試合の後に雫へ渡してやろうと思った代物。流石に[フォノンメーザー]だけで深雪に対抗するのは難しいし、そのお詫びとして渡す予定だった(余計な誤解がないように大会委員のチェックは通している)。

 

「ん?……あれ?」

 

 すると、悠元は今接続したCADの起動式を見て、思わず声を上げた。

 所々アレンジは加わっているが、それは紛れもなく[フォノンメーザー]の起動式であった。というか、よく見たら達也に渡した筈の特化型CADなのは間違いなかった。

 

(何でここにコレがあるんだ? 確かにアレは機種も起動式もレギュレーション自体クリアしてるし、魔法は[フォノンメーザー]と同一理論の熱線攻撃魔法だけど……()()()()()だぞ)

 

 一見すると普通の[フォノンメーザー]の起動式であり、特化型CADも同じ機種なのだが……悠元が弄っていた起動式は、雫の魔法特性に完全依存した亜種魔法。個人最適化をする為に、記述の暗号化までされている代物。

 あの魔法は[フォノンメーザー]と同等の想子消費だが、威力そのものが違う。何せ、自分が北山家でのテスト勉強で弄っていた魔法式の改良版が組み込まれているため、大会前の試算では雫の魔法力なら一発で氷柱6本が吹き飛ぶほどの威力が出ると弾き出していた。

 悠元の手元にあるのはその起動式がインストールされたものではなく、達也の手が加えられた[フォノンメーザー]の起動式が入った同型のCAD。あの特化型CADはこれを含めても“2機”しかない。

 だが、その所持者やエンジニアから特に連絡は受けていないし、そのエンジニアがCAD管理に関して下手を打つとはとても思えない。

 

(まさか……昨晩のあの時に入れ替わったのか?)

 

 一体どこですり替わったのかと思い返すと、実は前日の夜に雫が悠元の部屋を訪ねてきて特化型CADの最終調整を頼まれた。その際、CADの取り出し自体を雫に任せたのだが、丁度調整していた関係でCADが2機繋がれていた……恐らくそこですり替わった可能性がある。そこまで考えた上で、悠元は冷や汗を流した。

 

「雫の対戦相手を考えれば、決勝で使われるのは避けられんとしても……試合が終わったら、後で深雪に肺まで凍らされそうだな……」

 

 達也から何も連絡がないところを見ると、彼もうっかり見落とした可能性があり……試合が終わった後に自分の命の危機が迫っているという事実を突きつけられ、悠元はガックリと肩を落として深い溜息を吐いたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元はそう思っていたが、達也としては悠元の調整スキルを信頼しており、雫のCAD調整も微調整だけで済ませたため、起動式自体まで見ていなかった。なので、CAD自体入れ替わっていることに達也も気付かなかったのだ。

 そんな達也は関係者用の観戦席にいた……両脇を真由美と摩利に挟まれる形だが。

 二人のCAD調整を行い、どちらに付くこともなく観客席の最後列に座って観戦することも伝えつつ、頑張れとだけ告げた。その二人の表情は、お互いに対して本気を出すという意思表示だけでなく、お互いの気持ちの強さを量ろうというものだった。その相手は男子決勝のために控室での観戦となっていたが。

 

「達也君としては、妹さんの方に付きたかったんじゃないの?」

「そうですね……彼がいれば、考えていたかもしれません」

 

 それはそれでまた修羅場が起きそうな気がしたが、達也にはそう言うことしか出来なかった。その辺を察しているのか、真由美がムスッとした表情を浮かべていた。これには摩利が一息吐いた上で窘めた。

 

「真由美、なんでお前はそんなに不機嫌なんだ?」

「だって、これって悠君の争奪戦みたいなものでしょ?」

 

 真由美は深雪と雫が悠元に向けている感情を知っていた。亜実から言われたことに対しての客観的な自己評価と言うのもあるのだが、どうしても家の事情で振り回されていることに対しての反動で、他人の恋愛事情には首を突っ込みたがる小悪魔的性格を発揮していた。なお、その度に摩利や亜実の説教と鉄拳が繰り出されるところまでワンセットとなったが。

 

「だったら告白すればいいじゃないか」

「一番の恋敵が泉美ちゃんなのよ? 下手なことして嫌われたくないもの」

 

 真由美と摩利は達也を壁にするような形で小声で話しているが、誰が聞いているのかわからないので、そういうことは言わないでほしいと達也は思わなくもなかった。

 

「……実は達也君に似て、シスコンなのか?」

「なんでそうなるの!?」

 

 「勘弁してくれ……」と内心で呟く達也の思いも空しく、真由美と摩利の談義は試合開始まで続く羽目となったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 「櫓」にこれから戦う二人が姿を見せると、観客席は静まり返っていた。

 

 24本の氷柱を挟んで対峙する二人の少女。

 

 深雪は結っていた髪を縛っておらず、雫は襷を外していた。

 

 それは、お互いに「何も縛られず、全力で戦うこと」への意思表示。同じクラスメイトではあるが、手加減も情けも掛けないという決意。

 

 尤も、殆どの観客は知らない。

 彼女たちが本気で戦うのは、魔法師としての強さを競うためだけではないということを。お互いが恋い焦がれる相手への気持ちの強さ……それを嘘偽りなくぶつけるために。

 

 そして、彼女たちも知らない。一人の少女の手に渡ったCADに込められた魔法によって、その決勝戦が熾烈を極めるということに。

 

(雫、貴女には負けたくない。何より……)

 

 フィールドのポールが赤い光を灯す。

 

(深雪、私はあなたに挑戦する。でも、それ以上に……)

 

 黄色に変化する。

 

((気持ちの強さは、貴女(あなた)に負けない!))

 

 そして、青に変わった瞬間、お互いが魔法を発動する。

 

 雫は自陣に[情報強化]、敵陣に[共振破壊]を仕掛ける。対する深雪は[氷炎地獄(インフェルノ)]でフィールド全域に魔法を発動する。雫の[共振破壊]は深雪の魔法干渉によって抑えられてしまうが、[情報強化]によって魔法による温度改変を阻止することができていた。

 自陣の氷柱を防御しながら敵の氷柱に攻撃を仕掛ける……傍から見れば互角に見えるが、当人たちにとっては互角ではなかった。

 

(届かない……! 流石は深雪! でも、こうなる展開は想定通り!)

 

 雫は学校外での練習の際、悠元に練習相手を頼み込んでいた。彼には深雪レベルの事象干渉力と得意魔法で相手をしてもらっていた為、こういう展開になることは想定していた。

 深雪を倒すために手を貸していることについていいのか、と聞いたことはある。すると、彼は「深雪にとっての『ライバル』っていいと思わないか?」だった。あくまでも魔法競技での戦いだからこそ、力を尽くすと悠元はそう言いながら雫の練習に付き合ってくれた。

 

 [情報強化]は深雪の魔法改変を阻止するが、[氷炎地獄]による周囲の空気の温度上昇による物理的な氷柱の融解には耐えられない。このまま時間経過に頼るようでは負けるだけだ……と雫は右の袖に左手を突っ込み、銃形態の特化型CADを手にして構えた。

 

(2つのCADの同時操作!? 雫、貴女はそれを会得したの?)

 

 その光景を見た深雪の心に動揺が走った。なぜなら、それは達也が得意とする―――この場合は“特異”技とも言うべき高難度の技術。深雪は達也からCADの同時操作技術の習得を勧められていたが、自身の魔法制御力では想子の完全制御を必要とする技術に挑むのは早いと思っており、その技術の習得を断っていた。

 

(私、雫に嫉妬してるのね……)

 

 そして、不意に悠元のことが脳裏を過っていた。悠元が雫の練習に付き合うきっかけは、そもそも達也が頼んだことだと聞き及んでいた。加えて、達也と同じく二丁銃のCADを所持している。つまり、自分の兄は悠元が複数のCAD操作技術を会得していると知っていた、ということになる。

 

 その動揺で、深雪の魔法が一瞬止まった。

 

 魔法の継続処理が中断する。

 

 そこに、雫の新たな魔法が襲い掛かる。

 

(距離……出力……いける!!)

 

 雫は特化型CADの引き金(トリガー)を引いた。この時まで、雫本人も[フォノンメーザー]を放つと意気込んでいた。だが……放った瞬間に雫は驚愕の表情を浮かべた。

 

「……えっ?」

 

 その引き金と共に放たれた熱線は本来の[フォノンメーザー]を遥かに超える太さの熱線となり、敵陣最前線の氷柱どころか周囲の氷柱まで破壊した……その数は9本。本来の着弾地点の床は少し焦げていて、自陣の氷柱もその余波で3本ほど破壊されていた。

 これには観客席だけでなく、モニターで観戦している人間も、試合をしている二人も目を白黒させていた。雫に至っては自分の手に持っている特化型CADを不思議そうに見つめていた。

 その光景に対して、控室にいた悠元は盛大に頭を抱えていた。

 

「はあ……というか、想定以上だな」

 

 悠元が雫に渡そうとしていたCADにインストールしていた魔法は量子熱線砲撃魔法[フォノンティアーズ]―――[フォノンメーザー]の超音波量子化プロセスを悠元が自力で改良した魔法式と組み合わせることで大幅な効率化と威力の上昇に成功した。

 雫の魔法特性に完全特化した魔法のため、雫の専用魔法みたいなものと言っていい。彼女の事象干渉力を高密度に圧縮して放つようなものなので、計算上は深雪の[氷炎地獄(インフェルノ)]すら突破できる。とはいえ、一応安全を考慮して射程は相手選手の櫓に届かない程度に設定してあったが、しっかり機能してくれたようだ。

 ちなみに、名前の由来は原作で雫が『ティア』と呼ばれることから名付けたのは、悠元だけの秘密である。

 

(……っ! しっかりしなさい、司波深雪!! 最初に誓った筈……私は負けないと!!)

 

 そんな動揺の中、素早く立ち直ったのは深雪だった。

 彼女が選択したのは振動減速系―――広域冷却魔法[ニブルヘイム]。

 この場合は温度差で氷柱を壊すものだと想定して、雫も[情報強化]で耐え凌ごうとする。だが、深雪の狙いは温度差による氷柱の破壊ではなく、その付着物にあった。

 [ニブルヘイム]の冷却威力は最大にまで引き上げられていた。それこそ、空気中の分子すら液体にしてしまうほどの威力。そう、深雪は液体窒素を敵陣の氷柱に付着させた。だが、これぐらいのことは雫も読んでいた。何せ、深雪の見せていた[氷炎地獄(インフェルノ)]と[ニブルヘイム]の相乗攻撃は雫も悠元との練習中に体験済みだった。

 このまま間髪入れずに[インフェルノ]を発動されれば負けは確実。ならば……雫の取った行動に摩利が声を上げた。

 

「防御を捨てただとっ!?」

(覚悟は決めた。後は……イメージを強く持つだけ!)

 

 雫は深雪の残り3本に向かって特化型CADを向けた。この状況から[氷炎地獄(インフェルノ)]の発動は止められない。なら、先に深雪の氷柱を破壊する。深雪との魔法発動速度の差から逆算して、お互いの魔法はほぼ同時。

 

(雫……恐らく、判定狙いね)

 

 無論、雫の考えは深雪にも読めていた。恐らく[氷炎地獄(インフェルノ)]では雫の砲撃魔法に残り3本の氷柱が耐えられないと読み切った。ならば、と深雪は手に持っていたCADの数字キーを“3つ”入力した。

 本来99個までの起動式しかインストールできない汎用型で数字キーを3つ入力するという動作はない。だが、これは誤作動防止のために悠元が設定したもの。何せ、その魔法は深雪の魔法特性に完全特化させた『深雪だけの“氷炎地獄(インフェルノ)”』。

 

(深雪……これが最後の勝負!!)

 

 雫の放った[フォノンティアーズ]。

 

(雫……私は、負けない! いえ、負けられない!)

 

 そして、深雪が発動した魔法―――固有名称は[超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)]。

 悠元によって生まれ変わったA級魔法師でも高難度の二つの魔法がフィールド内で炸裂し、お互いの氷柱が破壊されるだけでなく、その熱でフィールドから大量の水蒸気が空中に向けて舞い上がった。

 だが、水蒸気はすぐに止み、フィールドに残っていたのは……深雪側にあった1本だけだった。

 

 [超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)]―――本来同じ広さのエリア同士である高温と低温のフィールドの規模を変化できるようにしたのがこの魔法の最大の特徴。エネルギーの総和は温度による振動・運動エネルギーで釣り合いを持たせるという強引さだが、個人に最適化しているので想子消費自体でいえば[氷炎地獄(インフェルノ)]よりも軽い。

 今回の場合、深雪は防御を氷柱1本にだけ集中させて事象干渉力を圧縮、同時に領域干渉を展開することで[フォノンティアーズ]を耐え切った形だ。

 その様子を控室のモニターで見ていた悠元は冷静に見ていた。単に開き直ったとも言うが。

 

(あれだな、こりゃ『矛盾』みたいなものだな……)

 

 自分が手に加えた魔法同士がぶつかる……この場合は、雫の方が『矛』で、深雪が『盾』と言うべきだろう。別に自分自身で意図的にこの状況を引き起こそうなどとは思ってもいなかったが。

 試合が終わって少し経った頃、携帯端末に着信が鳴ったので通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは雫の声だった。

 

『悠元……』

「雫か……試合は見てたよ。よく頑張ったと思う。今の俺に言えるのはそれぐらいだけど」

 

 試合が終わったとき、雫は最後まで真剣な表情を崩すことはなかった。だが、内心はとても悔しいのだろう。涙を堪えながら話しているのが聞こえてきた。なので悠元は雫を労った。すると、雫は悠元に想いをぶつけた。

 

『わたし……悠元が好き。ううん、愛してる。ホントは今すぐそっちに行って言いたいけど、深雪に悪いから』

「そっか。出来る女性に好かれるとは、俺は果報者なのかな」

『だから……私の分まで頑張って。絶対に優勝して』

 

 まさかの雫からの告白だが、今答えは出せないと保留するような答えを返す。それを察したのか、雫は悠元に一つのお願いのような励ましをしてくれた。ここでしっかり答えなければ男じゃないな、と思った。

 

「分かった。『クリムゾン・プリンス』を瞬殺(フルボッコ)してくる」

『言っとくけど、魔法による直接攻撃は禁止だよ?』

「それぐらい分かってるわ……そしたら、また後でな」

『うん』

 

 まさか冷静なツッコミが入るとは想定外だったが、それも雫らしいなと笑みを零した。何にせよ、約束した以上はそれを果たすのが男としての責務だろう。悠元は通話を切って一つ深呼吸をした後、羽織袴に着替えて試合開始まで精神を集中することにした。

 その空間に他の人がいたら、まるで静かな森の奥地に踏み入ったような静謐さ……そう評するかのような雰囲気がそこにあった。

 




 リアル事情といいますか、ちょっとゲームのイベントが重なりまして……書き溜めはしていたのですが、タイミングを逃しまくってましたorz

 今回の展開は仕込んで置いたフラグ回収です。
 こういう応酬も悪くはないかな、と思いながらそうしました。
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