雫が悠元との通話を終えたタイミングで、制服に着替えていたほのかが入ってきた。
ほのかが女子バトル・ボード決勝を見事に勝ち抜き、優勝を飾っていたことは雫も既に知っていて、労いの言葉を掛けた。雫が泣きそうな様子は見られなかったので、恐らく悠元と電話でもしていたのだろうとほのかは推察した。
「ほのか。優勝おめでとう」
「ありがとう。雫はその……凄かったね」
「うん。自分でもよく分からなかったけど」
よく分からない、という雫の言葉にほのかは首を傾げた。彼女がスピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクでの練習をしていたことは知っていたし、『フォノンメーザー』のことも偶然知っていた。雫が『フォノンメーザー』以上の魔法を使ったことには、流石のほのかも目を丸くしたほどだった。
だが、その魔法のことをまるで知らないと言わんばかりの雫の様子を見て、ほのかは雫にこう言った。
「達也さんに聞いてみれば? 練習に付き合ってくれてたって、雫が言ってたじゃない」
「そうだね。達也さんなら、何か知ってるかもしれないし……でも、その前に悠元の試合は見たい。着替えるから、ちょっと待ってて」
ここで悩んでも答えは出ない。ほのかの言葉に雫は頷き、振袖から制服に着替えた。そして、雫とほのかは、男子決勝を見ようとモニタールームに移動した。すると、そこには先客―――達也と深雪がいた。
「優勝おめでとう、ほのか」
「おめでとう、ほのか」
「あ、ありがとうございます!」
さっきまでお互いに戦っていた者同士、色々気まずいところがあったりするが、それは深雪も同じようだとほのかは微かに気付いた。その辺を察してか、雫は特化型CADを取り出して達也に見せた。
「達也さん。その、いつの間に『フォノンメーザー』をあんな風に弄ったの?」
「いや、俺があくまでも弄ったのは『フォノンメーザー』を少しアレンジした程度で、出力自体をあそこまで出せるようなものではなかったが……負荷は大丈夫だったか?」
「うん。達也さんにアレンジしてもらったものと同じぐらい使いやすかった」
その一連の遣り取りで、達也があれだけの出力を出せる『フォノンメーザー』の亜種魔法を組んだのではない、と雫とほのかは理解した。すると、深雪がその特化型CADを見て、あることを思い出した。
「お兄様。そのCADは……悠元さんが組んでいた設計図によく似ていますけれど?」
「よく分かったな。これは悠元が……深雪、他に心当たりはないか?」
「そういえば、悠元さんが会長の部屋で会長のものとは別の起動式を組んでいたようですけれど……もしかしたら、それかもしれません」
深雪が見ていた2つの状況証拠……そこから導き出されるのは、達也の目の前にある特化型CADにインストールされている魔法は、悠元が雫用に組み上げていた魔法、ということになる。
「そういえば……CAD調整してもらった時、接続されていた同じCADがあって、手前だろうと思って手に取ったんだっけ」
「……気が付かなかった俺にも責任はあるな。これは俺が預かるよ」
「今更ですけど、悠元さんって同じ高校生ですか?」
「それは間違いないと思うわ、ほのか。とりあえず、悠元さんには後でお話を聞かないと」
達也は正直、A級魔法師でも高難度の魔法をあれだけアレンジできる悠元の才能は、一体どこから来ているのだろうと思いたくなるほどだった。ともあれ、特化型CADは達也が預かることになり、モニタールームの椅子に座って観戦することになった。
悠元に対して深雪の
◇ ◇ ◇
なんだ、今一瞬寒気のような殺気が……もしかして、お仕置きが決まったんですか、と内心で試合の後に凍らされることが確定しているような雰囲気を感じ取ってしまったが、試合の準備をするために控室を出たところで、妙な客人もとい真紅郎と出会った。
「試合直前に敵情視察とは奇策でも覚えたのかな、
「今、とんでもない悪口が込められていたような気がしましたが……将輝からの伝言を伝えに来たんです」
「ふむ……で、その内容は?」
それはそれでメッセンジャーと言うより使い走りみたいなものだな、と内心で毒づきつつもその伝言を促した。すると、真紅郎から出た言葉は想像通りだった。
「『懇親会のことはずっと見ていた。お前に勝って司波さんを振り向かせてやる!』だそうです……こんなことのためだけに、僕を使わないでほしいです」
「なあ、将輝って俺のストーカーか何かか?」
「絶対に違うと思いますから、安心していいかと。仮にそんなことになったら、茜ちゃんが黙っていませんし、僕も本気で親友の縁を切ります」
「それは確かに」
後者の言葉がなかったら確実に誤解しか招かない内容である。というか、想像通り過ぎて逆に頭が痛くなりそうだ。溜息が出そうなぐらいに疲れ切っている真紅郎に対して、悠元はこう言い放った。
「将輝からの言葉は受け取った。その返事は試合で返すよ……今度会った時、何か奢るよ」
「はは……気持ちだけ受け取っておきますね」
用事も済んだところで真紅郎は将輝のところへと戻って行った。
それを見送った後に、悠元は「櫓」の台座に乗った。いよいよ決勝……相手は『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝。だが、相手が誰であろうと関係ない。自分の持てる全力を注ぎこむだけだ。とはいっても、戦略級魔法はルール上使えませんけど。
◇ ◇ ◇
新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝。
第一高校1年三矢悠元と第三高校1年一条将輝の対決。
奇しくも十師族の直系同士の戦いに、一瞬でも見逃すまいと観客全員がフィールドに視線を向けていた。
―――白銀の携帯端末型の汎用型CADを持つ悠元。
―――真紅の銃形態のCADを手に持つ将輝。
ポールのシグナルに赤のランプが灯る。
それが黄色に変わり、お互いの表情が真剣なものへと変わる。
そして、青に変わった瞬間、お互いに魔法を発動させた。
将輝が発動したのは一条家の秘術である『爆裂』。それを本気の威力で発動させた。
だが、それが発動することがなかった。
(領域干渉!?……いや、そんな感じじゃない……え?)
『爆裂』が発動しなかった原因を探ろうとした将輝だったが、フィールドを見た瞬間、将輝は自分の目を疑っていた。目の前にある全ての氷柱が物音を立てることなく一瞬で
悠元が発動させた魔法によって引き起こした光景は、一般の観客や関係者用の観客席、果てはVIP席に座っていた面々まで驚かせた。その中には、剛三と元継まで含んでいた。
悠元は、天神魔法の秘伝書を全て読み解いた上であらゆる術を覚えたのだが、その究極魔法である『
秘伝書を読み返しても正式な起動方法の記述がなかったのは不思議だったが、端末の計算結果から推測される魔法効果を読み取ったことで、その記述がなかった意味を理解することとなった。これに関してはおいそれと明かしてはならないことであり、究極魔法と言われる意味を誰よりも理解した。
『
今回使用したのは『
開始直後に『天照絢爛』を発動させ、将輝の発動させた『爆裂』の魔法を光波情報に書き換えて定義破綻させた。そして、敵陣の氷柱も水蒸気の状態に書き換えて消し去った、というのが一連の流れである。
『流星裂界』や『天雷神龍』、竜神の喚起は『天照絢爛』を隠すためでもあった。祖父から天神魔法の使用について言われたので、それとなく目立つ魔法をかなり威力を抑えた上で使用したのも否定しない。なお、今回使った攻撃魔法は発動時間や規模、威力の調整をしないと平気で戦術級を軽く超えてしまう代物だということを付け加えておく。
◇ ◇ ◇
(発動したのは間違いなく『
VIP席にて、剛三の隣に座っている元継は冷や汗を流していた。試合開始直後、悠元の周囲を七属性の精霊が飛び交い、氷柱が存在するフィールド全体に対して魔法効果を及ぼした。自陣の氷柱が一つも砕けることなく、敵陣の氷柱を消し去った。相手は持ち前の秘術で速攻を掛けようとしたが、それを発動させる前に『天照』でその発動を消し去った。詳細は彼に聞くしかないだろうと元継は考えた。
すると、剛三が思わず頭を抱えていることに気付いた。恐らく彼からして『天照』を使うとは思ってもみなかったのだろう。
「爺さん?」
「あやつの才能が末恐ろしいな……元継、行くぞ」
「あ、ああ……」
剛三としても、精々最上級の属性魔法が限界だと思っていた。だが、悠元は剛三との『持てる最高の魔法を使え』という約束から『天照』を使用したのだ。それも、秘伝書に記されていない―――本来は当主しか知らない“正式な発動方法”で。
それを独力で成したという意味……天神魔法の開祖である初代伝承者以外単独で使えなかった魔法を、彼は使用したということに他ならない。
◇ ◇ ◇
試合を終えて「櫓」を降り立った悠元はそのまま控室に入ろうとした。すると、控室に見覚えのない気配を感じて、慎重に中に入る。すると、中には20歳代ぐらいで今流行りのファッションを着こなす女性の姿があった。だが、その人が年齢相応の容姿でないことに悠元は気付く。警戒を崩さない悠元に対して女性は苦笑を浮かべた。
「あらら、警戒させちゃったかな」
「当たり前です。ここは関係者以外入れない筈なんですが……」
一体誰なのかを尋ねる前に、扉が開いた。
そこには剛三と元継がいて、悠元は思わず目を丸くした。
「爺さんに兄さん? どうしてここに?」
「悠元、お前はどこで“あの発動方法”を……千姫、お前がなぜここにいる?」
「それは勿論、“神楽坂家次期当主”を見に来ただけですよ?」
何だかもう色々と訳が分からなくなってきた。元継に視線を送ると、彼は首を横に振った。つまりは「俺にはどうにもできない」ということだった。なので、悠元はこう言い放った。
「―――着替えるので、大人しく外で待っていただけないでしょうか?」
悠元の言葉に千姫が「じゃあ私が着替えさせてあげるね」とか反応したが、剛三が千姫に拳骨を落とした上で首根っこ掴んで部屋の外に出ていった。それを確認してから着替えることにしたが、試合をするよりもそれ以外のことで精神的に疲れたような気がした。
その後、達也にその辺りのことをそれとなくメールして、ホテルの一室―――千姫が宿泊している部屋に悠元、剛三、そして元継が招かれた。千姫は一呼吸でもするように遮音の結界を張ると、椅子に座って自己紹介をした。
「私は神楽坂家現当主、神楽坂千姫と言います。よろしく、三矢悠元君」
「名前を言われてしまいましたが、三矢悠元といいます。よろしくお願いします、千姫さん」
「そんな他人行儀でなくていいのですよ。いっそのこと『ちーちゃん』でもいいですよ」
どこかしら性格が真由美に似ているな、と思いながら剛三に視線を向けると、どうにもできないと言いたげな視線を向けられた。止めるだけ無駄と言うことらしいので、普段はさん付けということにした。
「さて……悠元。お前は『天照』の“正式な発動方法”をどうやって見つけた?」
「単純に『天照』の記述を見て、単独だと正式な発動方法ではないって気付いたんだけど……拙かったの?」
「拙いというレベルではない。あの魔法を正式発動できたのは初代伝承者以外だと、お前が初めてなのだ」
マジかよ……つまり、現時点で
盛大にテーブルに突っ伏した悠元を見て、千姫がクスクスと笑みを漏らしていた。
「俺、ひょっとして死ぬの? 処刑?」
「いやいや、そこまでは言っておらん。正直に言って、悠元の実力を見抜けなかった儂の落ち度だな。なので……千姫、儂は上泉家現当主として悠元を神楽坂家の次期当主に推薦する」
「……ねえ、爺さん。どういうこと? さっき千姫さんが“神楽坂家次期当主”とか言ってたけど、それと関係あるの?」
「元の奴め、話してなかったようだな……説明しよう」
上泉家と神楽坂家の関わりは古式魔法の家として上泉家が興った頃―――約500年にも及ぶ。二家は数代おきに婚姻関係を結び、魔法使いとしての血を色濃く残し続けてきた。今は亡き剛三の妻は千姫の実姉であり、剛三と千姫は義兄妹の関係にある。二人の容姿の年齢詐欺は前例がいすぎるためにもう慣れてしまったが。
「お前も知っておることだが、わしの子は全員娘しかいなかった。千姫のところは一人男がいるのだが……」
「私の子は筆頭主家こと伊勢家の当主を務めておりますが、『月読』を継ぐだけの実力がありませんでした」
神楽坂家に伝わる究極魔法『月読』。それを継げるだけの男子を神楽坂家は上泉家に求めた。剛三は考えた末、子に恵まれていた三矢家に白羽の矢を立てたのだ。男子が三人生まれたときは、三男を神楽坂家に養子として引き取りたいと。
「だが、8年前までお前は病弱がちだったのでな……高熱が出たと聞いたとき、最悪は神楽坂家に送ろうとも考えたのだが……それから、お前はまるで別人のように元気となった」
すいません、中身は別人です。つまり、三矢を名乗る前に神楽坂の名字を名乗っていた可能性があったということになる。そして、自分が沖縄防衛戦でやったことが原因とも剛三は付け加えた。三矢家が四葉家と接近したことで、上泉家と四葉家の関係も修復したと剛三は述べた。そこまで説明した上で剛三は悠元に問いかけた。
「そして、3年前の沖縄のこともだ……悠元。お前は一体何者だ?」
今まで気づかれないのがどうかしていた。元だけに止められていたのが奇跡的だったと思う。ただ、剛三と兄である元継はともかくとして、千姫は初対面だ。下手に警戒されるのでは、とも考えたが……剛三はそれを見越してか、「言い出したのは儂だ。だから、お前のことは儂が責任を持つ」と公言した。
観念して自分が“転生者”と言うことを打ち明けた。あっさり打ち明けるのは軽い決断とも思われるが、ここまで来たら味方を増やす方がいいと判断した。悪く言えば道連れとも言うけれど。
元継は少し驚きを隠せなかったが、剛三と千姫はどこか納得したような面持を浮かべていた。その様子からして事前に聞かされているのでは、と悠元は推測した。
「成程……元継は詳しく知らなかったようだな」
「詩奈に対する接し方が少し変わった程度だったので、あまり気付かなかったんだよ。まあ、心配するな悠元。どうあっても8年はお前の兄として過ごしたんだ。お前には千里のことで世話になったからな」
「朝起こしに行ったら、思わず回れ右して姉さんを呼びに行った記憶は忘れません」
「……それに関しては、すまない」
珍しく元継が起きてこないから、と詩鶴姉さんに頼まれて起こしに行ったところ、表現したら年齢制限掛かりそうな状態だったので扉をそっと閉め、大人しく詩鶴姉さんを呼びに戻った記憶はインパクトが強すぎた。
今更ながら、自分が今まで理性を保っていることが奇跡的だと思う。とりわけ司波家に居候している身としては。主に深雪に関わる意味で。
「今話したことを知っているのは、兄さんと爺さんに千姫さん、それに父さんだけです」
「そうか……何にせよ、お前はわしの孫だ。何なら『
「爺さん、それは止めろって言ってるだろ!! ……すまない、悠元。早々にこのジジイが人生から引退できるようにするから」
「あらあら……前世でこういうことはありましたか?」
「ありませんよ、こんな経験なんて」
あっさり受け入れられたのは拍子抜けだったが、秘匿することも約束してくれた。魔法という非常識なものを使うからこそ、自分と言う非常識な存在も受け入れられたのだろう。
尤も、肝心なことをまだ話して貰っていないことに、内心溜息を吐きたくなった。その脱線原因を作った側の台詞ではないが。
一応補足説明。
悠元が瞬時に発動できているのは『多種類多重魔法制御』と天神魔法の特性所以です。
あと、転生者ということを隠さなかったのは、武術を教えてくれたことに対する恩義も含んでいます。
オリ主人公が結構目立っていますが、達也やその他のキャラにも目立ってもらう予定ではあります。