魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦六日目⑤

 男子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合後、控室で遭遇した千姫の招きで彼女の泊まっている部屋に来た悠元。自分が転生者ということを明かすことで話が脱線したが、その路線を無理矢理戻すことにした。

 

「それで、次期当主の話なのですが……」

「おお、そうであったな」

 

 剛三の話では、元々高校卒業辺りを目処にしていたのだが、周辺国家の状況や国内の状況を鑑みて早めることにしたと話した。確かに4月の一件の裏で大亜連合が動いていたのは間違いない。厳密には剛三が忌み嫌う人物が関わっているのは間違いないだろうとみている。

 

「なので、悠元君は九校戦後に神楽坂家に来てくださいね。喜ばしいお話もありますから」

「……分かりました。細かいお話はその時にでも。まさか、元継兄さんと同じようなことになるとは思いもしなかったけど」

「普通はそうだと思うぞ、悠元。爺さん、これを見越して悠元に師範の名乗りを許可したのか?」

「正解だ。まあ、本当ならその前に名乗っても良かったぐらいだが」

 

 喜ばしいお話って……どういう意味なのかは、敢えて聞かない方がいいと思った。男子アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝したとはいえ、明日からモノリス・コードがある。それに勝つことが一番大事なことだ。

 悠元は明日のこともあるので、一足先に戻った。残った三人……その中で最初に口を開いたのは、元継だった。

 

「アイツがな……どこか違う世界で生きているような感じはしたが、まさしく違う世界からの転生とは」

「転生と言う概念はありますが、彼はその意味でも特別でしょうね」

「だろうな。あ奴には悪いが、この先の世界を担ってもらわなければならん」

 

 彼が“変わった”ということは剛三も聞き及んでいた。陰陽道における大昔の妖の可能性も考えていたが、剛三自ら彼の鍛錬を行った結論として、彼はその妖に当て嵌まらないと判断した。

 

「千姫、お前の判断は?」

「初代様をはじめとした先祖の方々が退治された妖とは明らかに異なるでしょう。彼は間違いなく“人”であると。まあ、害を成さないのなら受け入れることも吝かではありませんでしたし、杞憂に終わって何よりです」

 

 悠元は、現時点でも十師族という枠組みを突き破るほどの実力を有している。恐らく、十師族現当主の世代で比較しても彼に敵う人間は存在しないだろう、と剛三は考えている。この国の護りを担う一角として、剛三は悠元を神楽坂家に送り出すことを決めた。

 千姫は、彼の言葉に偽りがないことを神楽坂家の当主としての直感で見抜いた。神楽坂の当主なら寧ろそういった存在が混じっていてもこの国の“護り”になるならば、と受け入れる覚悟もしていた、という発言に剛三や元継は苦笑した。

 

「やれやれ……それで千姫。悠元の婚約者に関しては?」

「彼に恋慕している人間を二人ほど説得できました。でも、驚きですね。元英(もとひで)叔父様の曾孫に紅紗(あずさ)の孫娘とは……世間は狭いものです」

(悠元、頑張れよ。上泉の次期当主である俺にはどうにも出来んからな。愚痴ぐらいは聞いてやるから)

 

 剛三と千姫によって悠元の既定路線が着々と組まれていることに対して、元継は内心で弟に対して励ますぐらいのことしか言えなかったのであった。何せ、元継自身もこの二人によって既定路線が組まれ、最終的に上泉家次期当主となった。抗うこと自体無意味だと実感したからである。

 きっと、悠元は自身と同じく魔法師としてそれなりに幸せな生活を送れればいい、と思っていたのだろう。高熱で倒れる前の悠元もそういう考えを持って生きていた。奇しくも同じ思考を持っていたからこそ、母も詩奈を除く兄と妹達も彼を受け入れていた。

 

(今の魔法医学でも解決する術がなかったことは事実だ。確かに不思議だと感じていた)

 

 今の悠元の精神がかつての三矢悠元ではないと気付いているのは、三矢家では詩奈以外の全員であり、矢車家も侍郎以外の全員。元々の悠元は病弱で、それこそ10年生きられれば良い方だと医者から宣告されていた。精神―――魂は変われど、彼を生き長らえさせてくれたことは三矢家にとっても嬉しいことだった。

 一番喜んでいたのは元と詩歩の二人。事情はどうあっても、二人の息子であるという事実は変わらないと決めていた。元治や元継、詩鶴に佳奈、美嘉は元からその話を聞き、五人で話し合った結果として彼を受け入れた。

 詩奈に対しては、無茶苦茶な論理で悠元と結婚したいというのを防ぐために秘匿された。侍郎については詩奈に対して甘い部分があるため、そこからの漏えいを防ぐ意味合いが強い。

 

 普通では有り得ないだろう。だが、あの謎の高熱で悠元が意識不明となった際、彼が死ぬという覚悟はしていた。結果として元々の魂は消えたのかもしれないが、記憶は全て引き継がれていた。元継自身、その彼を自然と受け入れていた。不気味さも少し感じたが、それを嫌とは思わなかった。

 

(諦めていたことを諦めないようにしてくれた。否定するかもしれないが、悠元……お前は三矢家を救ったんだ。だから、俺たちはお前を信じることに決めたんだ)

 

 それに、悠元のお蔭で自分の『認識阻害』を己の武器とすることができた。悠元からの恩恵は元継だけでなく、他の兄弟姉妹―――ひいては三矢家全体に大きな影響を与えていた。

 詩奈の悠元へのブラコンが悪化したことは、悠元も含めた六人が揃って頭を抱えることになったが。このこともあって、彼がどうあろうとも三矢家の三男であり、自分の弟であると納得するに至った。

 

 元継は彼への恩返しという意味も含めて、早々に侍郎を鍛え上げて詩奈の護衛に恥じない強さを身に着けさせようとしている。下手に名誉を求めない考え方は魂こそ変われど同じだな、と元継は内心で零したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「―――では、雫が使ったあの魔法は悠元さんが改良したものなんですね?」

「……はい」

 

 夕食の後、ティーラウンジにて半分冗談、半分本気で睨んでいる深雪から尋問みたいな質問を投げかけられたので、悠元は大人しく答えていた。その二人の他に、達也と雫、それにほのかが同席していた。悠元は、深雪に対するお詫びとしてケーキセットを奢る羽目になっていた。

 

「あの魔法―――付けた名称は『フォノンティアーズ』。『フォノンメーザー』の量子化プロセスをより効率化させた()()()()になる。今だから話すが、世辞抜きの戦況分析では深雪が有利だと睨んでいた。深雪に渡した『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』まで使うことはないだろうと踏んでいたんだが……」

「まあ、結果的に悠元さんのおかげで優勝できたようなものですから、それは感謝しておきます」

 

 深雪はわざとらしく拗ねた様な口振りを見せていたが、自分も悠元から提供された魔法のお蔭で優勝できたことは事実であり、頬を赤らめていた。

 これには、ほのかが思わず笑ってしまい、雫もそれに連れられるようにクスッと笑みを零した。どうやら敗戦のショックからは完全に抜け出せたようだ、と達也は率直に感じた。

 

「ふふっ、深雪が拗ねてる」

「けど、偶然でもあの魔法のおかげで私は深雪と渡り合えた。だから悠元に感謝してる。悔しいのは否定しないけど」

 

 雫から感謝の言葉を掛けられ、悠元は頷く形でその返礼とした。すると、そのやり取りを見ていた達也が口を開いた。

 

「あの魔法を見たときは俺もヒヤッとした。というか、あれは元々九校戦に出すつもりはなかったようだが?」

「達也、考えてもみろ。A級魔法師はおろか軍人魔法師でも一部の人間しか使わない『フォノンメーザー』を砲撃魔法に改良したなんて知られたら、間違いなく起動式を公開しろと言われるのは目に見えてるだろ?」

「確かに悠元の言うとおりだな」

 

 軍事的転用を目論んでの起動式提供を要請してくるだろうが、国防軍は悠元に対して強く出れない。先日の十山家の一件で、国防軍に対して悠元および三矢家への高圧的な要請(人質を取るなどの脅迫)を上泉家が固く禁じたのだ。国防軍の中枢には新陰流の上段クラスの人間もおり、剛三の“要請”に応じた形となった。三矢家からの善意的な技術提供であれば可とした形だ。

 達也に対してそういう風に接触してくることも想定されたが、これに関しても剛三が手を打っているようである。その辺は口に出さず、悠元は達也の言葉に対してハッキリと述べた。無論、周囲のこともあるので小声でだが。

 

「本来、『フォノンティアーズ』は九校戦の後に完成させる予定だったんだ」

「え? あれで未完成なんですか!?」

「念のために威力を制限してたからな。完成したら一発で12本の氷柱(ピラー)を破壊することのできる広域砲撃魔法の予定だったから」

 

 『フォノンティアーズ』は雫以外の人間に使わせる気などない。その意味で「魔法大全」の申請は断る。確かに名誉というものは理解できなくもないが、国外(新ソ連、USNAを含む)からのスパイに襲われる可能性が残ったままの状態で名誉なんて求めたくもないのだ。

 

「その魔法もそうだが、深雪の使った魔法……『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』だったか。あれの起動式を見たときは驚きしかなかったんだが」

「まあ、改良する際にちょっとした技術も入ってるからおいそれと公表できないけど」

 

 『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』が一般的な『氷炎地獄(インフェルノ)』よりも処理負荷が小さいのは、深雪の魔法特性に完全最適化させただけでなく、基本(カーディナル)コードである振動系統のプラスコードとマイナスコードそのものを改良したからだ。

 基本コードそのものに改良の余地があるのかという疑問も尤もだが、魔法の前身である『超能力』という定義が既存の物理法則を無視する力の行使であるため、それを強引に物理法則への改変ということで汎用性を高めて落とし込んだのが現代魔法である。

 第三次世界大戦という争いによる魔法技術の革新はあったものの、100年そこらで『超能力』を解析できるはずがない。基本コードに限らず、様々な魔法関連の難問はその証明ともいえる。

 

「それって、新種の技術ってこと?」

「いや、既存の技術を少し見直しただけだよ。それよりも、達也の担当した選手が上位独占とはな。流石深雪のお兄様だわ」

 

 話を戻すが、悠元は基本コード16種全てを既に把握しているが、今の状況で公表すれば面倒事にしかならないと判断している。その改良版基本コードを用いた魔法は燈也に提供した『凍結連鎖氷柱(フローズン・アリスマティック・ピラー)』、雫の使った『フォノンティアーズ』、そして深雪の『超越氷炎地獄(オーバード・インフェルノ)』の3つだけ。それらはいずれもワンオフの魔法となっているため、使用者と開発者以外では発動できないようになっている。

 

「その片棒を担いでいるお前が言えた台詞ではないんだが?」

「決勝リーグのあれは流石にノーカウントで」

 

 余談だが、『アクティブ・エアーマイン』に関しては大学側がしつこかったため、開発者不明の新種魔法で登録申請を受理させた。尤も、申請した起動式は本元と同様の豪快さは出るが、威力に関しては基礎単一系の威力―――想子の細波を起こす程度しか出せないように記述を弄った。理由は『軍事転用防止』というもので通した。

 

「優勝したというのにあまり労ってくれないのが悲しいものだ……ま、いいけどね。明日からモノリス・コードがあるわけだし、気が抜けないことに変わりないし。結局新人戦ピラーズ・ブレイクで優勝しても、同じ1年の男子連中の半分は不満げだったから」

「容赦ないね。ま、事実だけど」

 

 今日の結果は、男子アイス・ピラーズ・ブレイクで悠元が優勝、男子バトル・ボードでは鷹輔が調子を崩して4位入賞。女子アイス・ピラーズ・ブレイクはスピード・シューティングに続いて3名上位独占、女子バトル・ボードはほのかが優勝し、一人が3位入賞となった。

 第三高校の優勝候補を破った悠元だが、夕食では同じ1年男子の半分から敵意のようなものに近い目を向けられ、関わるのも面倒だと判断して彼らから距離をとっていた。その原因には達也の活躍を気に食わないということと、悠元と達也が仲良くしていることへの反発も含んでいるとみられる。

 新人戦のリーダーみたいな存在である悠元への視線を察してか、真由美や克人、摩利といった幹部の面々と一緒に食事をするということでその辺のフォローを済ませた形となった。

 

「悠元、新人戦統括役のお前がそんなこと言っていいのか?」

「事実は事実だからな。会頭から『お前は成すべきことを成した。だから気に病むな』とは言われたが、自分たちが空回りして敗戦したのに、勝った側の人間を素直に褒められないのはどうかと思う……というかだ。人のことを言えた義理じゃないが、お前は客観的な自己評価が低すぎるわ」

 

 ガーディアンとしての(そういう)生き方をしてきている達也に対して、いきなり自覚しろというのは染み着いた性分からして難しいだろう。だが、誰かが言わないとどうにもならない。かく言う自分も父親に諭されたからこそ、自己評価を少しずつ改めてはいる……ある意味、自分に言い聞かせるような口調で悠元は言い放った。

 これには深雪も笑顔を浮かべて言い放った。

 

「そうですね。お兄様も悠元さんも揃って自己評価を過小に見ておりますし、朴念仁なのはいかがなことかと思われますが?」

「……悠元、この場合はどうすればいい?」

「笑えばいいんじゃないかな? まあ、お前はそういうキャラじゃないけど」

「あ、あはは……」

「分かってたけど、深雪も容赦ないね」

 

 別に達也のことを貶すつもりではないことは、ほのかや雫にも理解できていた。

 達也の言う通り、確かに活躍したのは選手だろう。悠元も一枚噛んでいるが、その選手たちを支えて十全に戦えるだけの戦術や調整を万全にしたのは、他でもないエンジニアの功績。即ち達也の功績だと言える。

 尤も、達也本人にその自覚がないというのは問題だと思う。殺意レベルの敵意とかを向けられたりするならともかく、高校生のレベルの敵意など、彼にとっては小波程度なのだろう……ガーディアンに対して職業病(ワーカーホリック)という概念があるのかは不明だが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 同時刻。横浜・中華街。

 某ホテルの屋上階にある部屋で、男たちは陰鬱で苛立たしげな表情を浮かべていた。それは、ここまでの新人戦の成績が自分たちの想定していたものとはハッキリと違っていたからだ。

 

「―――新人戦は第三高校が有利ではなかったのか?」

 

 第三高校には中学時代に実績を上げた面々が揃っていた。対して第一高校は、男子に十師族の子息が二人いるが、確たる実績を持つ者が誰一人もいなかった。その読み違えが彼らをより一層苛立たせていた。

 

「このままでは、本命の第一高校が優勝してしまう。だが、九校戦を中止にする手段ももうない……こうなれば、せめてモノリス・コードで棄権してもらう他あるまい」

「!? その中の一人は十師族である三矢家の人間だ。最悪、我々全員が本部の粛清を待たずに全員殺されるぞ!!」

 

 男の一人はそう零した。だが、別の男性が声を上げた。前に進むも地獄、後ろに戻るも地獄……本部を無視して、利益のためにこのような企画(プラン)を実行したのが完全に裏目に出ている。

 十師族に手を出したとなれば、三矢家だけで済めば御の字。だが、“彼”からの忠告では、三矢家だけでなく上泉家―――「雷龍(ライトニング)」まで動くということに男たちは戦慄していた。

 

「それ以外に取れる手段もあるまい……協力者に繋げろ。タイミングは第二試合だな」

 

 既に第一試合のステージが決定しているため、男は第二試合で妨害することを決定した。他の面々も「仕方がない」と大人しく従うこととなった。最早そうするしかないということに……九校戦終了後、東日本総支部のあるこの場所を早々に引き上げることも決めた。

 だが、彼らは大きな誤算を犯していた。彼らのしたことは既に彼らだけへの『報復』で終わらないということを。

 

 そして、もう一つ。

 悠元は実家である三矢家以外の十師族や古式魔法の名家にその名を知られた。その中には彼を好意的に見ている家も存在する。その家が動くという可能性を、彼らは完全に見落としていたのであった。

 




 元継をはじめとした三矢家の面々が悠元の事情を知っている件ですが、元がそのことを悠元に話さなかったのは、九校戦に集中してほしいという親心からくるものです。なので、その辺りのところはモノリス・コードの後で触れる形となります。
 五行相剋のあたりも、もう一つのほうを触れる時に説明を入れます。

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