魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦七日目②

 新人戦モノリス・コード第2試合、第一高校と第四高校の試合はビル崩落によって試合中止。救護テントでは森崎と鷹輔の治療の様子を悠元が目を逸らすことなく見ていた。すると、そこに克人と真由美が姿を見せた。

 

「三矢……は、無事か」

「ええ、まあ……ですが、森崎と五十嵐の怪我までは防ぎきれませんでした」

 

 致命傷や大怪我を避けることには成功したものの、森崎は左腕、鷹輔は右脚の骨折。本来完治まで1週間程度だが、魔法治療のお蔭で2日程度安静にすることで済んでいた。あとは各所に打撲や切り傷を負った。

 反射的な魔法行使というのもあったが、原作知識では考えられなかった2発目の『破城槌』ということもあり、崩れてきたコンクリート全てをカバーリング出来ていなかった落ち度である。なお、悠元自身に関しては『相転移装甲(フェイズシフト)』で無傷である。

 

「お前は悪くない……寧ろ感謝しなきゃいけないんだ……」

「ああ。悠元がフォローしてくれなきゃ俺たちは良くてドロップアウトしてたかもしれない」

「森崎に鷹輔……」

 

 怪我を負わせたことに関しては悠元の責任もあるかもしれないが、最悪を免れただけでも良かったと呟く2人に悠元は居たたまれない表情を浮かべ、真由美が思わずクスッと笑みをこぼした。

 そんな中、悠元は気になることを克人に尋ねた。

 

「会頭。この場合、自分のフライング行為はどうなるのでしょうか?」

「今回のような緊急事態の場合、その辺りは配慮されるだろうが……この後、俺が大会運営本部に出向いてくる。お前のことも含めてな」

 

 その上で克人は悠元に当時の状況を尋ねたので、悠元は冷静に当時の状況を話した。流石に『破城槌』が2回行使されたことは克人と真由美も驚きを隠せなかった。間違って発動できる魔法ではない代物を第一高校に狙い撃ちしたことは無論だが、十師族の直系である悠元に対しての殺意とも受け取れるような所業という事実。

 

「そうか……その意味で、2人が骨折で済んだのは奇跡的だろう。七草、後は任せる」

「え、ええ……悠君、天幕のほうで話がしたいんだけど、いいかしら?」

 

 『破城槌』1発でも屋内で使用すれば殺傷性ランクがAに格上げされる。この時点でレギュレーションオーバーなのは間違いないが……すると、真由美が悠元に提案をした。ここでは話しにくいこともあるのだろうということで、悠元はその提案に頷く。

 悠元が天幕に入ると、無傷で何事もなかったかのように歩く姿に驚きを隠せない先輩たちの様子に何か言いたくはあったが、そのまま天幕の奥へと入っていった。鈴音も表情には辛うじて出さなかったが、驚きはしていた。

 すると、天幕に姿を見せた深雪や雫、その引率兼ストッパーみたいな形で前会長である美嘉が姿を見せた。

 

「司波さんに北山さん、それに美嘉さんも」

「あの、悠元さんたちの様子は……」

「悠元君は無事です、というか無傷です。ですが、ほかの二人は骨折や怪我を負ってしまいましたが」

 

 鈴音は大会本部に向かうことになった克人のほうから一通りの事情を簡潔に伝えられていたため、安否のことを話すと深雪がホッとしたような表情を浮かべていた。雫は「まあ、悠元だし」と納得していた。美嘉に関しては、正直弟の非常識さに頭を抱えたくなっていた……自身の非常識さを棚に上げたうえで。

 

「無傷って……で、リンちゃん。悠元はどこに?」

「今さっき会長と一緒に奥のほうへと……恐らく当時の状況を聞きたいのではないかと推察して、そのまま黙って見送りましたが」

「そっか。何にせよ、これは大きな問題になりかねないからね」

 

 そんな会話が交わされている頃、天幕の奥で真由美と悠元がテーブルを挟んで向き合う形で座った。無論、遮音フィールドをきちんと展開した上で。そのあたりのそつの無さは流石と言うべきだろう。

 

「流石ですね」

「ふふっ、褒め言葉と受け取っておくわね。それで、本題なんだけれど……悠君は、今回の一件とここに来る途中に起きた一件に繋がりがあると思う?」

「どちらも半ば殺意に近いものを感じたとするなら、可能性は大いにあるかと」

 

 ぼかした言い方だが、実際には「無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)」の繋がりがある可能性が高い……というか、大会委員を調べた結果を既に知ってしまっているため、その可能性が極めて高い、のレベルだろう。

 大会前日の賊のことについては、風間に口止めされている形なので言わなかった。

 

「試合開始前に探知魔法関係の魔法反応は感じませんでした。なので、対戦相手の第四高校のものではない可能性が高いかと」

「……ねえ、悠君。もしかして、大会委員を疑ってるの?」

「半分程度には。大会委員も人間ですからね。もし仮に賊の仕業だとしたら、それを見逃した大会委員の落ち度と言えるかもしれません」

 

 悠元自身、断言はしなかった。自分が巻き込まれた側で、あの時は最悪の事態を避けるために防御行動を取った。原作から外れた出来事への対処に専念したため、その辺の細かい調査は選手である自分がやるべきはないと判断した。それに、あの場には自分の兄である元継と従姉である千里がいる以上、何かしらに気付いて行動している可能性が高いため、自分が必要以上に目立つ必要はないというのもあるのだが。

 

「何にせよ、緊急事態の回避とはいえフライングしたのは事実ですから……新人戦モノリス・コードに関してはチームリーダーの会長にお任せします」

「え?」

「会頭が態々折衝しに行ったということは、何らかの救済案を求めに行ったってところでしょうから」

「……一切話してないのに、良く分かったわね」

 

 選手の選出をした責任というのもあるかもしれないが、十師族の直系が狙われたことに対して、十文字家当主代行としての責任を果たすために克人が交渉を引き受けたのだろうと悠元は推察した。この辺は原作知識の部分も含んでいるのだが。

 それに、緊急事態とはいえフライング行為をしたのは事実。なので、悠元は如何なる結果になろうとも受け入れるつもりだった。

 すると、そんな考えを読み切るように真由美はこう言い放った。

 

「まあ、悠君には引き続き出てもらうことになりそうだから、準備はしといてね。十文字君もきっとそう判断するでしょうから」

「……分かりました」

 

 克人のことだから「十師族の強さを見せろ」という文言付きで有無を言わさずに参加させてきそうだったため、悠元は内心で溜息を吐きたいような気分だった。これも力有るものの責務として頷くことしかできなかった。

 残りのメンバーについては、真由美に何かしらの考えがあると思いつつも深くは聞かないことにした。

 そして、奥から戻ってきた悠元に深雪と雫が駆け寄ってきた。

 

「悠元さん!」

「深雪に雫。まあ、俺は怪我もなかったけど……心配かけたようですまなかった」

「うん。悠元が大怪我するイメージが出てこなかったけど、あれだけの崩落だったから流石に心配だった」

 

 雫に関しては練習期間中の合宿で新陰流の稽古の見学もしていたのだが、一歩間違えれば大怪我になりかねない訓練をこなす悠元の姿が脳裏に焼き付いていたようだ。とはいえ、ビル崩落という大事故に匹敵する事態には心配したようだ。

 流石に天幕には先輩たちもいるため、頭を撫でるわけにはいかないと自制した。すると、そこに達也もやってきた。彼の表情は疑問を感じているといった印象であり、パニックとまではいかないが慌ただしい雰囲気は天幕の中に残っており、加えて天幕に深雪や雫がいることを不思議に思ったのだろう。

 

「達也か。もう少し休んでなくていいのか?」

「十分休んだから問題ない。して、何があった?」

「モノリス・コードの第2試合で開始直後に廃ビルの崩落があってな。まあ、他の2人は骨折程度で何とか済んだ」

 

 ここで悠元自身のことを触れなかったのは、今の様子からなら分かるだろうし達也の『眼』は誤魔化せないことを知っている。達也も今の悠元の様子を視たようで、無事であることを理解したようだ。

 

「自然的なもの……じゃないな。魔法か?」

「『破城槌』を受けた。正直言って、もう妨害とか言えるレベルじゃないんだが……」

「達也君。ちょっと奥まで来てくれるかしら?」

 

 すると、ここで真由美が達也を奥に呼び出した。多分新人戦ミラージ・バットで影響が出ないようにお願いをしに行ったのだろう。こうなると、新人戦モノリス・コードがどうなるか次第であろう。すると、今まで成り行きを見守っていた美嘉が悠元を抱きしめていた。

 

「あー、よかった。これでもし悠元が怪我なんかしたら、大会運営本部に殴り込んでいたんだから」

「姉さん……当たってます」

「スキンシップの範疇よ、スキンシップ」

 

 これには深雪と雫が顔を見合わせて頷き、悠元の腕を掴んで彼を美嘉から引き離した。そして、両脇を固められていた。両手に花というよりは連行される宇宙人みたいな心境だった。

 

「2人とも、自分は一体何処に連れていかれるのでしょうか?」

「悠元の部屋」

「とりあえず、お話の時間ですね」

 

 羨ましい様な、妬まれる様な……そんな複雑な視線を浴びながら、悠元はされるがままに天幕から連れていかれる羽目となった。そして、その引き金となった美嘉はそんな3人の様子を見て微笑ましい表情を浮かべてこう言い放った。

 

「悠元、女の子を泣かせちゃダメだからねー」

 

 それに対して悠元は何も言い返せなかった。なまじ前科があるだけに……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 所変わってVIP席の一室では、重苦しい雰囲気が場を満たしていた。

 床に座って冷や汗を流している2名の大会委員。立ってはいるが俯いた状態の大会委員長。それを睨んでいるのは元と剛三に烈。それと、彼らを捕まえて連行した元継と千里。詩鶴は笑みを浮かべているが口元は笑っておらず、明らかに怒っていると読み取れるほどの凄みがあった。

 

「―――『破城槌』を撃ち込んだ犯人が大会委員だとはな。非常に遺憾と言わざるを得ない」

 

 ビル崩落直前、間違って発動できるようなレベルではない魔法行使を発見した元継と千里が2人の大会委員を拘束。近くにいた防衛大の学生数人で加重系魔法を発動させてコンクリートの加重を軽減させる事態となった。大会委員は自分たちの関与を否定したが、本来対抗魔法などの救助・救命用の魔法しかインストールされていないはずのCADから『破城槌』の起動式が発見されると、彼らは顔を青褪めていた。

 加えて元継が小声で「無頭龍」の関与のことを追及すると、彼らに反論する気力は既に無かった。事態の判断を仰ぐために元継が2人を強制的にVIP席まで連行し、現在に至る。

 静かに烈は呟いたが、これは明らかに明確な殺意を持っていると判断してもおかしくないレベルの話。現十師族の三矢家に喧嘩を売る行為となるだけでなく、上泉家にも喧嘩を売った形だ。引いては十師族全体に喧嘩を吹っ掛けたと認識せざるを得なくなる事態に発展しかねない。

 

「無事だと聞いたが、下手をすれば息子やその学友が死ぬ所であった……残念だが、これでは大会運営本部を信用できないに等しい事態だ」

「同様だな。孫に手を掛けようなどとは笑止千万よ。とはいえ、大会自体を止めるわけにいくまい……」

 

 元の言葉に続いてそう述べた剛三は、ゆっくりと立ち上がって部屋の出入り口に向かって歩き出した。これには烈が問いかけた。

 

「剛三、どこに行く?」

「ちょいとお使いをな」

「―――なら、妾の孫たちも連れていくがよい」

 

 剛三の表情は明確な怒りを示している……つまり、悠元を貶めた連中を“滅ぼす”とまでは言わなかったが、彼の雰囲気がそれを物語っていた。すると、扉が開いて扇子を手に持ってはいるが、現代風のファッションに身を包んだ若い女性が姿を見せた。これには烈が驚いていた。

 

「千姫!? なぜここに来た?」

「それは無論、剛三に手を貸してやるためよ。修司と由夢を付ける故、存分にやると良い。あの者共に龍の怖さを骨の髄まで見せると良い」

「ふっ……感謝するぞ、千姫」

 

 千姫の言葉に剛三は不敵な笑みを浮かべると、とても実年齢に似つかわしくないほどの速力でその部屋を後にした。それを見届けると、千姫は部屋の中へ静かに足を踏み入れた。手に持っている扇子を広げつつ、それを仰ぎながら喋り始めた。

 

「さて、この状況じゃと大会運営だけに任せるのは選手たちを危険に晒しかねぬ。そこで、妾からの提案じゃが……魔法大学と防衛大学校から来ておる警備の一部を九校戦に出場する選手のレギュレーションチェックに回す。そこにおる者たちなら、問題はなかろう?」

「なっ!?」

「嫌とは言わせぬぞ。これは上泉家と神楽坂家の“要請”じゃ。既に両大学の学長、それに魔法協会の会長と話は付けた。しかと心得よ」

 

 上泉家と神楽坂家の“要請”。それは、この国の政府―――その長ともいえる内閣総理大臣であっても無視できないことを意味する。九校戦の主催である日本魔法協会の会長が承認している以上、大会委員長と言えども逆らうことは許されない。

 

「えと、私たちがですか?」

「佳奈と美嘉にも声は掛けておきたいな。佳奈の『眼』なら不正は一発で見抜けるだろうし」

「なら、決まりじゃ。烈よ、そやつらはしっかりと裁くんじゃな。お主との話は後日じゃ」

 

 千姫は用事もすんだのか、速やかに部屋を去っていた。気が付けば大会委員が気絶しており、それを成したであろう千姫の手腕に烈は冷や汗を流した。すると、それと入れ替わる形で入ってきたのは克人であった。彼はこの状況からして一波乱あったのだと判断しつつも、烈に尋ねた。

 

「失礼します……閣下、これは一体何事でしょうか?」

「十文字君か。いや、失礼した十文字殿。……実は、そこで気絶している大会委員が『破城槌』を打ち込んだのだ」

 

 烈は隠すことなく克人に今までの経緯を話した。その上で烈は悠元のフライング行為はあくまでも不測の事態による対応のため、それによる不利益を第一高校に与えることはしないと断言した。

 

「状況が状況のため、第一高校のチームには緊急措置として代理選手での出場を認める。大会委員長、異存はないな?」

「は、はい……閣下の意向にお任せいたします」

「十文字殿、今回は例外の処置のために色々大変だろう。なので、例外が多少増えても問題はないと判断してほしい」

「……ご配慮、感謝いたします」

 

 少しばかり難航するだろうと思っていたが、克人は烈からの“お墨付き”を貰える形となったことに感謝して頭を下げた。とはいえ、ここから本気で勝ちに行くためには“彼”の力が必要だと思慮しながら、克人は第一高校の天幕に戻っていったのであった。

 




 前話の投稿で色々ご指摘いただき感謝です。
 展開に支障が出ないよう七日目①の最後のほうを書き換えました。

 球状の障壁魔法なら問題ないんじゃ? とも思うかもしれませんが、主人公がどうしても原作知識に頼ってしまう部分が悪い方向に働いた結果、2人が骨折という結果になりました。
 
 四高の選手のCADに『破城槌』と『電子金蚕』仕込んで強制発動という可能性も考えましたが、それだと相手を探知せずにランダム発動して最悪自爆という危険も孕んでるんですよね。
 そもそも、四高に探知系・知覚系に長けたチームメンバーがいたら最下位という成績にならない可能性のほうが高いと思いました。

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