新人戦モノリス・コード、第一高校対第四高校の試合は大会運営による協議の結果、翌日に再試合という形で決着した。原作なら第四高校がここで失格扱いとなっていたが、そういう形で落ち着いたところを見ると、下手に失格扱いにして大会運営の不祥事を明るみに出されたくないという思惑もあるのだろう。
そういった無駄なプライドだけは一人前のように思える。まあ、彼らからすればひよっ子みたいな高校生から言われたくないと思いそうなので、口に出すことはしない。
深雪と雫からの追及(主に兄弟姉妹のことについて)を終えた悠元に連絡が入り、呼び出し先となった第一高校の天幕で待っていたのは克人であった。意外にも早かった折衝自体は向こうが折れる形での決着になった、と克人はそう述べた。
「―――以上の経緯で代理選手の出場を認めてもらえることとなった。予選の残りの試合は明日の午前に延期となる。三矢、色々思うところはあるだろうが、俺としてはお前に引き続き新人戦モノリス・コードに出てもらいたいと考えている。七草からも同意見だという旨は確認済みだ」
「異存はありません。寧ろフライング行為を理由に参加から除外されることも覚悟していましたので」
「あの場に閣下はおろか、上泉殿と三矢殿までいたのだ。大会委員長がそれを言い出せば、間違いなく針の筵であっただろう。寧ろ命の危機を率先して排除した姿勢は評価されるべきだと閣下が仰ったからな」
十師族の直系を貶めようとしたといっても過言ではない事故。その雪辱を晴らせとは公言しなかったが、その意味も含まれていると悠元は悟った。なので、ここで拒否するという選択肢はなかったし、そもそもモノリス・コード関連は真由美に丸投げという形を取ったので、自分に拒否権は存在しなかった。
悠元の続投は代理の選手を立てるという条件に含まれていなかったものの、克人としてはここで悠元を外す選択肢はないと判断していた。彼なら他の代理の選手とも連携はとれるだろうとの判断も含まれているが。
「そうなると……いくら例外が認められるとはいえ、燈也は拙いでしょうね。3種目出場になってしまいますし」
「ああ。元々本人の希望を汲んでのものゆえ、六塚は選択肢から外すつもりだ。代理選手については俺と七草に任せてもらえるか?」
「ええ。その旨は既に会長に伝えてありますが」
仮にそれが認められてしまうと、他校からの追及が飛んでくることは必至。場合によっては将輝が3種目目として本戦モノリス・コードに出てくる可能性も無きにしも非ずになりかねない。なので、そのあたりの配慮をしつつ選手を選ぶと克人は明言した。
(さて、どうする……って、そういや昼食がまだだったな)
第2試合のアクシデントの後に救護テントで2人の様子を見て、真由美との話の後で深雪と雫に部屋まで連行されてお話をする羽目となり、それが終わると今度は克人からの呼び出しを受けて天幕にとんぼ返りする羽目となったため、気が付けばお昼を過ぎていた。
本当なら午後もモノリス・コードの試合がある予定だったので丸々空く羽目となった。折角九校戦に来たのだから、支給された弁当に出店で何か買おうと天幕を出ると、ちょうど天幕の入り口の脇で深雪と雫が待っていた。
「2人とも、待っていたのか。別に中で待っていても罰は当たらないのに」
「ちょっとね。悠元、これからお昼なんでしょ」
「ま、そうだな。一緒に付いてくる分には構わないけど」
真夏なので直射日光と暑さは普通ではない……と思ったら、2人の周囲が若干ひんやりとした空気を感じた。これは恐らく深雪の魔法なんだろうな、と視線を向けると、深雪は気付いてくれたことが嬉しかったのか、ニコリと微笑んだ。
「成程、ちょっとした練習かな?」
「流石は悠元さんです」
「そういう勘の鋭さは達也に学んだようなものだけどな」
達也は新人戦ミラージ・バット決勝の微調整が済み次第、こっちに合流するとのこと。その際はほのかも一緒に来るらしい。なので、用事を済ませようと出店に向かったところ、一人の少女と遭遇することになる。
ウェーブがかった母親譲りの髪に整った容姿。その少女は悠元の姿を見つけると、駆け寄ってきて悠元を抱き締めたのだ。これには深雪と雫が揃って反応した。
「お兄様、お久しぶりです!」
「……悠元さん、またですか」
「ホントジゴロだよね」
「言わないで……まあ、久しぶりだな茜ちゃん」
「知り合い?」
「第三高校の『クリムゾン・プリンス』の関係者ってところ……茜ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ、そちらの方がとても綺麗で……」
茜が驚いていた先にいたのは深雪であった。有象無象を惹き付けてしまう容姿は致し方ないな、と思わなくもない。これには深雪も苦笑を浮かべていた。どうやら自覚というものはあったようだ。
「けど、1人で出歩くのは流石に危険じゃないのか?」
「お母様もあちらにいらっしゃいます……って、こちらに来ました」
「もう、茜ったら……改めて、久しぶりね悠元君。息子が何だかんだ迷惑をかけていると真紅郎君から聞いているわ」
「いえ、まあ、思春期の男子ならそのようなものではないかと思われます。お久しぶりです、美登里さん」
そこにさらに姿を見せたのは茜の母親である美登里。彼女は一色家の傍系でもあるため、一条家と一色家は浅い親戚関係とも言える。流石に色々目立ちすぎるのは拙いと理解してくれたようで、美登里は挨拶もそこそこに茜を連れてその場を後にした。
「ところで、さっきの口ぶりだと『クリムゾン・プリンス』とは面識があるの?」
「初対面の俺に向かって特殊な性癖持ち呼ばわりしてきたのが奴だ。お返しはキッチリとして……その後は何度か連絡したぐらいの仲だよ」
「……成程。大方の事情は分かりました」
将輝を関節技で気絶させたこと自体は以前生徒会室で話していたので、そのことを思い出した深雪はその原因が茜との出会いにあるところまで読み切ったようだ。兄も兄なら妹も妹……つくづく司波兄妹は規格外の塊だと思う。それを口に出したら何かしらの反論が来そうだったので黙ることにした。
昼食は悠元の部屋で食べることになった。部屋には悠元のほかに達也、深雪、雫、ほのかの5人で食べる形となった。
「そういえば、三高の試合は見に行かなくていいの?」
「行ったとしても手の内全てを見れるわけじゃない。それに『カーディナル・ジョージ』がいる以上、向こうは偵察を警戒するだろうからな」
第三高校を含めた他校にも情報が行っている以上、悠元が偵察することを警戒するだろう。それに、アイス・ピラーズ・ブレイクの絡みで目立っているため、ひっそりと偵察することもできなくはないがリスクが高すぎると判断していた。そもそも、実戦経験のある『クリムゾン・プリンス』を相手にできる同学年の男子は正直数えられるレベルだ。
部屋にあるモニターではちょうど第三高校の試合が映っていた。
「元々試合だったはずが延期になって、それで他校の偵察に行って面倒事になるのも嫌だし」
「お前にしてみれば、情報がなくてもどうにかできそうだが」
「達也、幾らなんでも情報がない状態から万事上手くいくなんて所業は俺でも不可能だからな?」
現に『破城槌』の被害を防ぎきれなかったことがそれを物語っている。
それは置いといて、新人戦ミラージ・バットの決勝戦は17時からの予定。使用するCADの調整も粗方済んでいるためにやることがないため、観戦しに行くことになりそうである。
「ほのかは大丈夫か?」
「はい。あ、そうだ。悠元さん、ありがとうございました! アドバイスと練習が非常に役立ちました!」
「軽い保険みたいなものだったけど、役に立ったのなら幸いだよ」
ほのかの技術面に関しては達也が改良した起動式と美嘉のコーチング、それと悠元が魔法隠蔽を見分けるコツを教えていた。
精霊魔法にはダミーを施す隠蔽系の魔法がいくつかあり、本物の魔法と見分けるのは至難の業。だが、光に敏感なぐらいの感受性を持つほのかならそれぐらい行けるだろうと軽い気持ちで教えた。
その程度のことは術式の秘匿に触れないので、特に躊躇いはしなかった。無論天神魔法関連は綺麗に避けているので問題はない。
新人戦バトル・ボード決勝では第三高校の四十九院沓子と対戦することになったが、今までの練習の成果を出し切ったほのかが一枚上手という形で優勝を勝ち取った。この背景には達也への想いという力があったことも勝因の一つであった。尤も、その気持ちは当人に届いていない模様だが。
「その後、四十九院さんが先輩らしき人にもみくちゃにされていたので、私は大人しく去りましたけど……『助けてくれー!』とは聞こえたんですが、その……眼力がすごくて……」
「あー、それはほのかが悪いわけじゃないと思うぞ?」
「そうだね。ほのかは悪くない……でも、その胸は許せない」
「雫!?」
そんなこんなで新人戦ミラージ・バット決勝。他の予選通過者と比べてほのかとスバルの動きは段違いともいうべきものだ。単に運動神経の差と言うよりも魔法の洗練具合で大きな差がついている。他校のエンジニアたちには青褪めた表情が見られたり、疑問を浮かべるものが多かったりしている。
それを1人のエンジニア―――達也が実現しているという事実は、まさに
「ふふっ……」
「深雪、おかしかったか?」
「だって、悠元さんは分かっているのにそんな表情をしているんですもの」
「分かっているからこそ顔に出したら拙いってことだよ。それぐらいは察してくれ」
「トーラス・シルバー」の片棒を担いでいることは、この場において知っているのは悠元と深雪だけ。その意味を込めた深雪の言葉に悠元はそう返しつつ目線だけを動かして周囲の反応を見やる。優れた光の感受性によって誰よりも早く飛び上がるほのかに、練習通りの動きを発揮しているスバル。それを支えているのは達也によって効率を高められた魔法。
教科書通りのやり方ではトップレベルだろうが、その教科書なんて通り過ぎたレベルは異質に映るのだろう……中には「まるでトーラス・シルバーみたいじゃないか!」と揶揄する人もいる……まあ、エンジニアがその1人なのは合っているのだが、敢えて口に出すことはしない。
「達也さんも凄いけど、悠元も十分おかしいレベルだからね?」
「雫……それは心にグサッと来るわ」
新人戦ミラージ・バットの結果は、ほのかが優勝でスバルが準優勝。この成績によって達也の不敗神話にまた1ページが追加される結果となった。尤も、彼からすれば代表メンバーとしての責務を果たしただけなのだろう。ご機嫌なほのかを見つつホテルに戻ったところで真由美が達也を連れてどこかへと行った。
これには残念がるほのかを他所に、雫は首を傾げていた。真由美のことだから、悠元も連れていくものだと思っていたらしい。
「どうした、雫?」
「うん。会長さんが悠元を連れて行かなかったのが気になったから。寧ろいないでほしいみたいな感じだったね」
「あー、そういうことか……ま、詳しいことは分からないけど」
悠元は新人戦の統括役だが、真由美は「悠君は彼女たちをお願いね」と念を押されてしまった。所謂達也の代わりとなる護衛役みたいなものかと察しつつ、悠元は内心溜息を吐いた。
憶測でしかないが、達也を新人戦モノリス・コードの代役に抜擢する際、彼の逃げ道として自分が使われる可能性を否定できないためにそうしたのだと考えた。真意が別のところにあっても驚くことはしない。
「ま、何にせよ引き受けた仕事みたいなものだし、部屋までは送るから」
「そういう律儀なところがジゴロじゃないかなって」
「そんなこと言われると何も出来なくなるんですけどねえ……」
「ふふふ……」
そんな会話が呑気に交わされている頃、ミーティングルームでは悠元の予想通りの展開……真由美が達也に対して新人戦モノリス・コードの代理選手を打診したところ、達也は自分が技術スタッフもとい二科生であることを理由(表向きは1種目しか出ていない1年男子から選ぶべきという理由)に断ろうとしたが、それを止めたのは克人であった。
「二科生であることを逃げ道にするな。お前は1年代表の21人に選ばれた人間だということは紛れもない事実だ」
代表メンバーとしての責務を果たせ……そう言われてしまっては、達也もそれ以上の拒否権を行使することなどできない。なので、「義務を果たします」という言葉と共に参加を受諾することとなった。
そこからは達也も少し柔らかい口調で尋ねた。
「それで、俺以外のメンバーは誰なのでしょうか?」
「1人は決めているが、お前に異存があれば変えても構わん。もう1人はお前に任せる」
「はっ?」
これには達也も驚きを隠せなかった。代理全員ではなく、幹部のほう(恐らく真由美か克人、あるいはその両方)で1名を決定した上でもう1名は達也の意向に任せるということにだった。少なくとも、新人戦の優勝を意識するなら変な人選にはしていないだろうと達也は推察した。
「時間が必要なら1時間後に来てくれ」
「いえ、時間は必要ありませんが……相手が了承するかどうか。それに、そちらで決めた代理も気になります」
「説得には我々も立ち会う。こちらで決めた代理に関しては……司波なら察しがついているのではないか?」
成程、と達也は克人の言葉の意味を察する。
新人戦モノリス・コードで無事である“彼”を出さない理由は存在しない。何せ、達也の説得にあたって真由美は「本気で新人戦優勝を狙う」と公言したのだ。その意味で要ともいえる戦力として彼が参加を続行してくれるなら、達也としてもやりやすくなる部分が大きい。
人選自体に有無を言わせない、という腹積もりだと理解して達也も悪乗りするような感じで質問を投げかけた。
「誰でもいいんですか? チームメンバー以外から選んでも?」
「えっ、それはちょっと」
「構わん。この件は例外に例外を積み重ねている。あと一つや二つ例外が増えても今更だ。ただ、1-Aの六塚は無理だと思ってくれ。それをやってしまえば他校から槍玉にあげられるだろうからな」
「十文字君……」
真由美は躊躇ったが、克人のその一言で達也は確信を持つに至った。それに、そうしてくれなければこの状況での最適な人選は選べないと判断した。
「でしたら、1-Eの吉田幹比古を。ちなみにですが、そちらの指名は1-Aの三矢悠元ですか?」
「ああ、そうだ。七草との話し合いで決めた人選だが……不服か?」
「いえ、寧ろ最適の人選かと。彼には既に?」
「仮の打診程度にはな。正式決定のことはお前から伝えてほしい」
克人はそう答えたが、ほぼ完全に続投の流れが決まっていて、尚且つ達也とも友好関係にあることは真由美から聞き及んでいた。
その人選を達也が「最適の人選」と答えたことに、幹部の中からは大丈夫なのかと思わずにいられなかった。3人のうち2人が二科生ということよりも、第一高校でなにかと話題になっているその2人を組み合わせることがとんでもないことを引き起こしそうなことにだ。
「へっくし! ……風邪でも引いたかな?」
なお、その当事者はそんな彼らの心配を感知したかのようにくしゃみをするのであった。
どういう流れにしようか悪戦苦闘した結果、こうなりました。笑えよ、ベ○ータ。
一条家との絡みが少し触れる程度にしたのは、この後の展開で濃くなりそうだったからです。どの道濃くなりますが……主にクリムゾン・プリンス関連で。
主人公の反応は片棒を担いでいるからこそ真剣な表情で誤魔化している感じを表現したくてああなりました。最近雫が体のよいツッコミ役になってきt(フォノンメーザーで消し炭)
最新29巻は軽く読みましたが……ただのエロ坊主じゃなかったんですね、あの人(一番の感想)