「―――というわけで、悠元。お前には引き続きモノリス・コードに出場してもらう形となった」
「嬉しそうに聞こえるのは俺の聞き間違いかな?」
「さて、どうだろうな。少なくとも、『クリムゾン・プリンス』相手に勝ち目が見えたのは確かだろう」
達也の部屋には達也、悠元、幹比古の他にレオ、エリカ、美月の二科生組に加えて深雪がいた。本来なら難しいであろう一科生と二科生の混成チームだが、幸いにして達也と幹比古は同じクラスメイトである程度の手の内が分かる。悠元から見ても手の内が知れた相手なので、達也はその辺を見越して幹比古を指名したのだろう。
その幹比古はというと、まさか自分が代理とはいえ選手として出場するなど寝耳に水であった。それを聞いた時にエリカが幹比古をからかったのは言うまでもないが。
「人を当て馬みたいに言うんじゃない……ま、拒否権は元より無いから受けるしかないんだろう。幹比古、腹を括れ。
「……そうだね。仕方ないけど、やるより他にないか」
悠元に加えて幹比古も承諾したことで一先ずチームとしての枠組みはできた。このチームにおいては達也がリーダー的なポジションで作戦立案を行う。本来は悠元の役割なのだが、お咎めなしとはいえフライング行為自体は事実なため、その代わりを達也が担当する。
「では、明日の準決勝までのフォーメーションだが……悠元、お前には自陣のモノリスを守るディフェンスを担当してもらいたい」
「え? 悠元がディフェンス?」
達也の言葉には幹比古が思わず疑問を浮かべた。予選第1試合は幹比古も見ていたが、悠元の動きは相手を欺きつつ適切な火力で相手を戦闘不能にする技量を確かに備えている。その彼をあえて自陣のモノリスの防衛に回すというのは腑に落ちなかった。
だが、悠元の反応はと言えば、達也の言葉に納得して頷いた。
「使える魔法を考えるなら、今のところは俺が前に出る必要がないってわけね……というか、結構あくどい事考えるな、達也は」
「なに、お前が三高相手にやろうとしていたことを考えるなら、これぐらいは単なる悪戯程度みたいなものだ」
達也は強力な魔法を使えない(『分解』や『再成』自体人前で使えるような代物ではない)が、八雲仕込みの体術と持ち前の判断力や洞察力を考えるならモノリス開錠の役割を担うアタッカーに据えるのが一番理に適っている。幹比古は古式魔法の持つ特性を鑑みるなら遊撃に回ったほうが一番効率がいい。そうなると、モノリスを防衛する役割は悠元が担う形となる。
加えて、悠元は無傷で生還したが、実はビル崩落の影響で何らかの怪我を負っていた……ぐらいに思わせたいのだろう。明らかに「カーディナル・ジョージ」対策なのは目に見えており、そこまで計算に入れている頭の回転の速さには正直脱帽ものである。
「次に、幹比古だが……遊撃を頼みたい。
「遊撃……了解した。けど、達也ならともかく、悠元に支援が必要とは思えないけれどね」
「お前は俺を一体何だと思ってるんだ……というか、エリカ。笑うんじゃない」
「ぷっくくくっ……いや、だって。実際その通りだと思うわよ」
勝手に人外扱いされるのは……いや、ある意味人間卒業したから否定はできないが、せめて精神的な部分は人間でありたいと思っている。もう遅いとか言われたら部屋に引きこもる自信がある。
何にせよ、フォーメーションについてはこのあたりとなったが……達也はもう一歩踏み込んだ質問を幹比古に投げかけた。
「ところで幹比古、『視覚同調』は使えるか?」
「……悠元、九重先生は達也にそこまで教えているのかい?」
「あの人、結構色々喋るからな。で、どうなんだ?」
「『五感同調』は無理だけれど、『感覚同調』をいくつか。視覚は無論使えるよ」
春の印象的な初対面の後、悠元は度々九重寺を訪れていた。その際には八雲の手荒な歓迎を受けることになり、その光景を見た達也が深い溜息を吐いていたのは今でも覚えている。とはいえ、試しの部分が多いので悠元もそれを理解した上での実力を発揮するに止めている。
八雲は密教系―――厳密には天台宗系統の忍術を修めている。密教系統は場合によって他の学問や系統の影響を受けることがよくあり、彼の場合だと陰陽道系統にも精通している。とはいえ、陰陽道を基本ベースとしている天神魔法とは完全な別系統の魔法と言っていい。
それはともかく、幹比古をここに送り込んだのは吉田家の現当主もとい幹比古の父親。なので、ある程度家の秘密が漏れたとしても文句は言わないだろう、と幹比古はそう述べた上で達也の問いかけに答えた。
「そうか……悠元、そういえば幹比古にCADを準備するという話はどうなったんだ?」
「あれか? 無論、準備したというか……知り合いがまた張り切っちゃったからな」
そう言って悠元は足元に置いてある2つのケースを持ち、それぞれ達也と幹比古に手渡した。達也に渡したケースには2丁の銃形状CADが入っており、幹比古のほうには腕に付けるタイプのCADだった。
「達也の場合だと他の選手が使ってる特化型CADじゃ足枷になるから、それを使ってくれ……ま、細かい話は後でするよ。幹比古のほうは、幹比古が持っているCADのデータから落とし込んでアレンジする形になるかな」
「成程、了解した」
「……達也もそうだけど、悠元もつくづく規格外だよね」
「身を守るものに手は抜けないってだけだよ。それに、作ったのは知り合いの工房の人だし」
達也に渡したのは汎用型の長所の一つを組み込んだ特化型CAD。これでもレギュレーション自体はしっかりクリアしている。幹比古のほうもシルバーブロッサムシリーズを基本ベースとしているため、レギュレーションの範囲内に収まっている。後者はともかくとして、前者の代物は特注品に近いので実質達也専用のCADと言っていいだろう。
達也からすれば、製作はともかくとして設計は間違いなく悠元によるものだと分かり切っていたので、細かい話は後で内密に聞けばいいだろうと納得した。幹比古は手に取ったCADを見て苦笑を漏らしていた。
幹比古の術式のアレンジは1時間できっちり終わらせ、部屋にいた面々が帰って行った。術式の感触は幹比古本人が寧ろ「今まで使ってた術式が何だったのかと思うぐらいだよ」と零すほどだった。
残っているのは達也に悠元、そして深雪の3人。奇しくもトーラス・シルバーの表裏にいる人間とその理解者という構図。すると、達也が特化型CADを手に持ちながら問いかけた。
「悠元。このCADは見たところ汎用型に匹敵する容量のストレージになっているようだが……これで特化型なのか?」
「ああ。ストレージ自体は11個に分割されていて、ハードウェアの機能で自動的に切り替えができるようになっているって仕組みだ。処理速度を上げるわけじゃないから、レギュレーションには違反しないし、間に魔法式を挟むから普通なら速度制限が掛かる。そもそも特化型CADに汎用型クラスのストレージを積んじゃいけないってルールはないからな」
想子は情報を保有する粒子。ならば、魔法発動においてその思考が発動キーとして含まれている可能性があった。その仮説は「サイオン・セレクター」によって立証が成立したが、それは現状論文として発表はしていない。何せ、完全思考操作型CADに繋がる可能性があったからだ。そのため、一般販売用のCADには「サイオン・セレクター」を搭載していない。
図らずしてというのは変だが完全思考操作型CADは既に完成して2機存在する。そう、悠元の持つ「ワルキューレ」と「オーディン」である。
数々のブラックボックスを抱えているその2機には、この世界において数世代先を行くハードウェア技術が組み込まれている。「サイオン・セレクター」はその2機に搭載された想子自動認識選択装置―――想子に含まれた発動したい魔法情報を読み取り、そこから必要な魔法だけを発動・展開する「サイオン・ディクショナリー」の廉価版みたいなものともいえる。
克人との模擬戦の際に13個もの起動式を同時読み込みするという荒業ができたのは、この機能があってこそである。
達也に渡したものは、「サイオン・セレクター」の基盤に特殊な魔法式を刻み込むことで11個に分割されたストレージを切り替えて発動するというもの。流石にレギュレーションオーバーとなる「トライデント」程とはいかないが、達也の持つ魔法技能(『
使い方を工夫すれば『
悠元の説明を聞いた達也は感心するような表情を浮かべていた。深雪に至ってはキラキラしているような眼差しを悠元に向けていた。
「全く……お前にそこまでやられると俺の立つ瀬がなくなりそうだ」
「自前で飛行魔法を完成させ、あまつさえそれを公開して世界中の魔法師相手にデータを取らせる達也が言えたことじゃないと思うが」
「気付いていたか。流石は悠元だ」
飛行魔法の公開自体に意図があることは既に読み切っていたというか、原作知識からして達也の目指す目標には適しているということで特に反対はしなかった。重力制御型熱核融合炉の実現のために飛行魔法を公開して世界中の魔法師が試したデータを送らせる……知らない人からすれば天使のように見えるだろうが、実際には目的のために手段を択ばない魔王みたいな存在かもしれない。
話をモノリス・コードに戻すが、CADにここまでのテコ入れをしても、達也が想定しているのは対「カーディナル・ジョージ」ということを悠元は察している。「クリムゾン・プリンス」については自分が相対することになるのだろう、と分かりきっていた。何せ、達也が準決勝までという前置きをしたということはそういうことなのだと理解できた。
「というか、エリカとも『彼女専用CADの設計依頼』絡みで五十里先輩と話す羽目になったし……今年の夏休みも丸潰れになりそうだ」
九校戦終了後に神楽坂家へ赴くことに加え、FLTの新商品展示会の準備(主に飛行魔法搭載デバイス)、そして雫から海に行くお誘いを受けていた。現段階では悠元と雫、それとほのかの3人の予定を照らし合わせただけに過ぎない。
中学時代のような全国行脚はしないどころか剛三から「顔見せは十分」という言葉からして、魔法科高校に入った以上は余計な諍いになるので避けたというのが正しいだろう。
尤も、残りの夏休みのうちの数日は三矢の本屋敷に帰ることが確定している。主に詩奈と侍郎の宿題の面倒的な意味で。
「夏休み明けからは本気で気配隠して過ごそうかな……」
「……そうなったら俺でも探すのが大変になるから止めてくれ」
「お兄様? なぜ私を見てそう仰ったのかお聞きしたいのですが?」
明日は新人戦モノリス・コードの残りだというのに、そういう緊張感よりも先の未来に話題が飛んだことは……まあ、変に緊張しなくていいと思わなくもなかった。
なお、悠元は深雪に捕まって強制的に同じベッド(悠元の泊まっている部屋)で寝ることとなった。達也に助けを求めるが、深雪の笑顔の凄味に根負けした。やっぱりシスコンのお兄様には勝てない相手だったか……と内心諦めた。
「深雪……それほど雫に対抗心燃やしてる?」
「……否定はしません。悠元さんはご自分がどれだけの異性から好意を持たれているか、今一度自覚されるべきかと思います」
深雪の言い分もご尤もだと思う。
しかし、悠元が今尋ねたいのはこの行動自体が“婚前交渉”に抵触する可能性が高くなる、という事実である。
魔法師は通例というべきか、慣習で早婚が推奨されている。だが、その反面婚前交渉という類には敏感である……というのが、悠元が転生前に得ていた原作の知識。しかし、同じようでどこか違うこの世界では、婚前交渉や婚約といった婚姻関連のルールというものは家柄によりけりというのが大きい。
三矢家の場合はというと、現状結婚しているのが長男の元治と次男の元継の二人だけ。婚約にまで広げると長女の詩鶴が矢車家の長男と婚約していることぐらいだ。なお、後者については最近まで知らなかったが、詩鶴が侍郎を可愛がっている理由がそのことで腑に落ちた。ただ、公表自体は悠元のことが落ち着き次第、という形となっていることに思わず深いため息が出たのは言うまでもない。
佳奈と美嘉に関しては身を固める意味合いで話は進めているとのことなので、そこについては触れないことにした。ただ、そうなると詩奈は問題ないのかというところに行き着くわけだが、それについては……両親の頑張り次第だと思う。あと侍郎の努力次第も加わるが。
自分の祖父である剛三が婚姻に関して寛容というかハーレムを許容するような発言をしても、彼にはそう出来る力がある。恐らくは同じような立場の千姫にも可能だろう。
「それは自覚させられたけど……深夜さんは何て言ってたの?」
「……歓迎はしていました。母親ながら油断ならないとまで思ってしまいましたが」
「つくづく常識とか枠組みとかを悉く『分解』してるな、深雪の身内は」
「うっ……(ひ、否定できません……)」
魔法師という存在に一般的な常識すべてを求めるのはいかがなことかと思うが、それでも人間としての倫理観や価値観といった普遍的な常識ぐらいは持っていないと社会の中で生きていけない。ただでさえ、魔法という存在によって魔法師は非魔法師よりも厳しい法の理を課せられているだけにだ。
つまり何が言いたいのかというと、四葉家の異名である「
翌朝、深雪に「手を出さないなんて卑怯です」と言われた時は「深雪、お前は何を言っているんだ」と返さざるを得なかった。このことを達也に尋ねたら、無表情のまま何も返ってこなかったのは言うまでもない。
おい、諦めるなよお兄様。諦めたらそこで試合終了だって某監督が言ってたじゃないか……妹には勝てない? あ、そうですか。
達也に対してのテコ入れは性能の差を工夫で補う、みたいな感じの強化です。従来の汎用型よりも自由度が落ちますが、特化型の速度を維持しつつ複数系統の魔法を使うのにはアリかなと。