横浜・中華街。その一角にある横浜グランドホテル。今世紀前半、香港資本によって中華街に建てられたホテルで、その本来存在しない―――客が知るはずの無い本当の最上階のフロアに『無頭竜』の東日本総支部が存在する。
元々このホテルの経営母体が無頭竜によって牛耳られていたのは事実であり、このホテルのみならず中華街という存在自体が外国人犯罪の温床とも言われてきた。だが、この国の政府は動こうとしていない。政治家という生き物は未来よりも今を大事にする傾向が強い。人の信任を得てその職に就くのだから、それ自体が悪とは言わない。
そのフロアにいる男たち……いや、その場に残っているのは1人の男性―――ダグラス=
「な、何故だ!? 我々は殺していないだろう!?」
ダグラスがそう叫んだ先にいる人物―――テーブルに置かれた高級の茶を注いで口を潤す男性。その傍には“六本”の真剣が刺さっている。茶を一杯飲んでそのカップを空中に放り投げると、そのカップは突如発生した蒼天の雷によって粉々に粉砕された。
「確かにそうだな。だが、我が国の魔法師を人とも思わぬその所業。たとえ貴様の信ずる神が許しても、儂は許さん。無頭竜には、今日を以て世界という舞台から消えてもらう……心配するな。何も知らぬあんたらのボスの娘は生かそう。尤も、自分の本当の父親も知らずに一生を終えることになるだろうがな」
この場にはダグラス以外の男たちや数体の「ジェネレーター」も存在した。だが、それを滅したのはその男性ではなく、ダグラスが逃げ出さないように監視している一組の男女であった。すると、その男性、というよりも少年が声に発した。
「九校戦を金儲けに利用するとは……下らねえな」
「まあ、気持ちは分かるかな。それで、上泉殿。いかがします?」
「お前たちは十分に働いてくれている。仕上げは……儂がやろう」
少年はその場にいた幹部連中や「ジェネレーター」を難なく
男性―――上泉剛三は両手を真横に向けて掌を開く。すると、床に刺さっている真剣が彼の手に吸い込まれるように宙に浮き、片手に3本ずつの6本の真剣を握る。彼と真剣から迸る蒼天の雷光……これにはダグラスの表情が恐怖で引き攣っていた。
「た、頼む! 必要ならボスの情報も教える! だから、命だけは……!!」
「今更必要ない。それよりも命乞いとは見苦しい。お前には、恐怖を忘れた連中の
気が付けば、ダグラスの傍にいた筈の男女もいなくなっていた。恐怖という感情で最早動くこともできないダグラスがその最期に聞いたのは、剛三の言葉であった。
―――七賢人、ジード・セイジ・ヘイグ。お前が四葉を狙うなら、元造の親友として儂が引導を渡してやる。
その日の深夜、横浜グランドホテルの最上部が超高圧プラズマと思しき現象によって融解。人知れず無頭竜の東日本総支部が壊滅した。無論、同日に西日本総支部も壊滅しただけでなく、この国以外の無頭竜の拠点―――総本部も含めて一斉に壊滅したのであった。
◇ ◇ ◇
中条あずさは一つの疑問を抱いていた。いや、疑問というよりは確信に近いものだろう。それは、あずさがミラージ・バット新人戦を見ていた時に他校の人間が発した言葉だった。
「―――くそっ、なんであんな小さな起動式であれだけの動きができるんだ! まるで
(トーラス・シルバー……みたい?)
考えてみればそうだ。達也が担当している2人の選手は他の選手よりも洗練された動きを見せていた。それは単に選手自体の実力だけではなく、十二分に引き出す達也の立てた戦術やCADの調整力あってこそだった。
それだけじゃない。スピード・シューティングやアイス・ピラーズ・ブレイクの起動式アレンジ能力―――『フォノンメーザー』や『
汎用型と特化型を繋げる技術を実用レベルにも昇華させた能力……トーラス・シルバーでなければ無理なのではないか、という疑問があずさの思考を駆け巡っていた。その推測が確信に変わったのは、モノリス・コードの代役の関係で達也の部屋を訪れたときだった。
「失礼します。これが頼まれていた防護服で……司波君、三矢君は一体何をしてるんですか?」
「ありがとうございます、中条先輩。彼には吉田の起動式を見てもらっています。流石に古式魔法となると自分も手を出せないのが多く、彼の知識は必要ですから」
起動式を「見る」という単語にあずさは内心驚いていた。達也の言葉をそのまま受け取るなら、現代魔法なら自分一人でも何とかなるという言葉の裏返しでもある。
あずさはモノリス・コードを担当していたエンジニア(主に森崎と鷹輔)の代わりとして達也のアシストに入ったわけなのだが、ここには男女スピード・シューティングの補助エンジニアとして入った悠元もいる。
それでも術式の文法チェックの手伝い程度をすることになったのだが、ヘッドセットのディスプレイに映し出された文法自体、あずさにとって“未知の領域”と化していた。
(これは……起動式自体が大幅に書き換わってる? これって、もう「アレンジ」とかじゃなくて「改造」に近いんじゃ……)
あずさはほぼ確信に近い形で達也が「彼」なのではないかという確信を得ていた。それだけでなく、あずさは悠元についても疑惑を感じていた。だが、「彼」という人物は一人しかいない。
(―――でも、もし「彼」という人間が存在していないのだとしたら……)
そんなあずさの混乱を他所に、新人戦モノリス・コードの準備は進むのであった。
◇ ◇ ◇
九校戦8日目。新人戦最終日となるこの日はモノリス・コードのみとなる。とはいえ、ビル崩落という事故の影響で第一高校の予選がずれたことにより、達也と幹比古、そして悠元の即席チームは午前に予選の残り3試合、午後に決勝リーグという他校よりもハードなスケジュールで挑む形となる。
「
「出るからには勝ちに行きますよ……だろ、悠元?」
「まあな」
本来不戦勝で済むはずだったのに、代理での出場が認められたことに対する苦情は止むを得ない。なら、そこは実力で示せばいいだろう。達也の問いかけに悠元は短く答え、幹比古は笑みを漏らした。
観客たちは困惑といった表情を見せていた。アクシデントで代役が認められたこともそうだが、そのメンバーにスタッフや代表メンバーのリスト外の人物がいるということにだ。それを見た香澄は淡々とこう呟いた。
「……ま、仕方ないね」
「仕方ないでは済まないでしょう、香澄ちゃん」
泉美がそう返しつつも、どこか心配そうな表情をモニターに向けていた。その対象は言うまでもなく悠元に対してである。
昨日のビル崩落によって、第一高校と第四高校の試合は『再試合』という裁定が大会委員会から発表された。その裏側に大会委員が第一高校の選手に対して妨害行動を取ったという事態になったということは、彼女らに知らされていない。あれだけの崩落ということで心配していたが、命に別条はないと真由美から聞いたことで安堵していた。
それでも、本当に大丈夫なのかという不安は拭えなかった。
「それにしても…一人は代表スタッフだけれど、もう一人は……
「吉田家の次男だよ。まあ、古式魔法の家柄だから、わからないのも無理はないかな」
香澄の問いかけに、その隣に座るセミロングの茶髪の女性―――
「えっと、元継さん?」
「ん? どうかしたか、泉美ちゃん?」
「その、悠元兄様なんですが……あれは武器、ですか?」
モニターに映る悠元だが、まるで刀でも差すかのように身に着けている細長い棒のような何かが目に入った。だが、モノリス・コードでは直接攻撃のための武器使用が禁止されている。ああやって持っているということは単なる武器ではないと泉美も理解していた。
「あれは武器じゃなくてCADだな(しかし、あのような武装一体型は見たことがないな……)」
CADのレギュレーションチェックを済ませているということを考えると、おそらく彼が使うのは汎用型しかない。特化型をあえて使うという選択肢は三矢家の人間にはない。
直接打撃は禁じられているため、恐らくは魔法攻撃を前提にしたものである……そこまでの推測しか今の元継にはできなかった。
◇ ◇ ◇
新人戦モノリス・コード予選第3試合。第一高校と第八高校の試合となる。無論、その様子を観戦している将輝と真紅郎は達也が選手として出てきたことに少しばかり驚きはしていた。
「彼が出てきたこともそうだけど、三矢がそのまま続投とはすごいね。一体どんな手品を使ったんだか……」
「ジョージ、そこは魔法と言うべきじゃないのか?」
だが、彼らの予想ではあのビル崩落で大きく動くことはできず、悠元はディフェンスに徹すると読んでいた。先日の宣戦布告が早くも実現しそうなことに将輝は内心笑みをこぼした。これには真紅郎も気づいて問いかけた。
「それよりも、彼がどこまでやるか……お手並み拝見と行こうじゃないか」
各校が警戒するほどのスーパーエンジニア。その彼が選手として出てきた。使用するのは二丁の銃形状CADに腕輪型のCAD。3つのCADを使うこと自体ハッタリではないと将輝は自身の直感でそう認識していた。
対戦ステージは森林ステージで、第八高校の得意とするステージだ。だが、遮蔽物が多いステージは精霊魔法を得意とする幹比古にとって自身の力を最大限発揮でき、達也と悠元に関しても特に苦にはならない。
「それじゃ、打ち合わせ通りに頼む」
「うん、任せて。悠元はフォローしなくていいのかい?」
「そっちで1人受け持ってもらえたら十分。もしもの時は“飛ばす”から」
試合開始のサイレンが鳴り響き、達也と幹比古が森の中に入っていくのを見届けると、悠元は意識を集中させる。すると、悠元の周囲―――自陣のモノリスを覆うように光のカーテンが展開される。
「―――光のカーテン? 見るからにオーロラっぽいけど……」
「あれは、私の使ってる魔法とは違う……」
そう漏らしたのは、観客席で見ていたエリカとほのかだった。この時点で現代魔法ではなく古式魔法の類であると分かったが、一体何を目的にしているのかはこの時点で判明しなかった。
そんな会話が交わされているころ、悠元は瞳を閉じて意識を集中させ、精霊との“感覚同調”で他の5人の動きをすべて把握する。『天神の眼』を使っても問題はないが、頼り切るのも問題がある。そろそろ達也が相手陣地のモノリスに到達する頃合いだと把握した。
達也は素早い動きで第八高校のディフェンダーに切迫し、魔法を使わない体術による緩急で相手の魔法による狙いを外させ、その隙に加重系魔法で相手の動きを封じる。動きながら相手に魔法を使用するというのは、その行動だけでも高等技術に足を踏み入れることになる。
その隙に相手陣地のモノリスへと走る達也に対し、第八高校のディフェンダーはCADを構えて魔法を放とうとするが、それに達也が振り向くことなく右手に持っていたCADで想子の塊―――『
これには一部の人間が驚きを隠せず、その中の一人である真由美が呟いた。
「『
「……凄い? どういうことだ?」
射程の短さ以外欠点らしい欠点がない対抗魔法だが、その魔法には膨大な量の想子量が要求される。達也がそれを躊躇うことなく使うほど無謀な性格でないことは真由美も摩利も理解している。となれば、達也の想子保有量は一般的な魔法師のそれを大きく引き離すほどのキャパシティを有しているということになる。
「いわば力技の類よ。その意味で、あの時魔法式を吹き飛ばした悠君の想子保有量に匹敵するでしょうね」
現代魔法において想子保有量はあまり重視されない。継続能力よりも瞬発的な力が重視されがちなため、力技の類である『
達也は相手陣地のモノリスに隠されたコードを露出させることに成功。その際にCADを発動させて、連れてきていた悠元が使役する式神を喚起魔法で外に出して、ディフェンダーを引き付けるために離脱した。
(悠元、こちらは任せた)
(了解……その前に、片づけておくか)
達也が外に出した式神との“視覚同調”で第八高校のモノリスの開錠を確認すると、悠元は右手で腰にある細長いものを掴み、それを払った。すると、悠元から少し離れたところにいた相手のアタッカーの1人と思しき悲鳴が上がった。
それで気絶したことを確認するまでもなく、右腕にあるクラムシェル型のウェアラブルキーボードを素早く叩きはじめる。
達也の作戦はこうだ。
達也がモノリスの開錠を行い、幹比古が精霊魔法でアタッカーの1人を引き付け、相手のコードを悠元が動かずに入力する。魔法は苦手だが、体術なら高校生級とは言えない達也がアタッカーを務めているのはこのためであり、加えて悠元が古式魔法を使うことができるため、この作戦が一番理に適うと判断した。相手のディフェンダーが2人の場合は幹比古が達也のフォローに入り、相手のアタッカーは最悪悠元が対処する。
その為の対策として使ったのが天神魔法の『
そして、悠元が振るったCADは、天神魔法と硬化魔法の複合術式を組み込んだ武装一体型CAD。離れたところに天神魔法による魔法の塊―――この場合は想子の塊を起点に障壁魔法を発動させ、硬化魔法でCADとの相対位置を固定。それを相手選手に飛ばしたというわけだ。分かりやすく言うなら、ハンマーの打撃部分を生成してコントロールする方法。これは達也の『小通連』を参考に組み立てた術式である。
古式魔法と現代魔法の複合術式という芸当ができるのは世界を探しても現状悠元しか出来ない代物であるが、幸いにして森林ステージなので相手アタッカーに何をしたのかと気付く人間は少なく済む。
悠元が512文字目を打ち終えて送信、サイレンが鳴り響いて第一高校の勝利で終わった。
散々悩んでたりサルベージしたりした結果、こうなりました。
予選の第3試合でやったことはある意味即席チームならではの連携テストも兼ねていたりします。