魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

109 / 551
九校戦八日目③

 新人戦モノリス・コードの準決勝は第三高校と第八高校、第一高校と第九高校で対戦した。「予定通り」というのはどうかと思うが、結果は第三高校と第一高校が勝ち上がった。前者の場合は将輝が一人で第八高校の選手全員を戦闘不能にし、後者は幹比古が霧の結界を張ってコード入力で勝負をつけた。

 それらの結果を天幕で見ていた真由美は克人に問いかけた。

 

「ねえ、十文字君。一条君のあれは挑発なのかしら?」

「そうだろうな。真正面から打ち合ってみろという思惑で司波を引き摺り出したいのだろうが、恐らく司波はその挑発に乗らないだろう」

 

 将輝は移動型干渉装甲―――十文字家が得意とする防御魔法を用いて単独で相手チームを戦闘不能にした。真由美にはそれが克人と同じような戦闘スタイルに見えたのだ。

 元々達也がアタッカーを務めていたのは、モノリスの開錠を担うアタッカーとして即席チームの構成において理に適っていたから。魔法実技の関係で二科生だが、それを補って余りある実戦力は確かなものである。

 将輝はそんな達也を引き摺り出そうと挑発したが、それに乗ることはないと克人は読んでいる。何故なら、決勝となる草原フィールドで今まであまり動いていない悠元が前に出る算段が高くなったことに起因する。

 

「それって……悠君も前に出るってこと?」

「相手に『カーディナル』もいる以上は三矢も前に出ざるを得ない。尤も、一条の相手は三矢が務めることになるだろう」

「一条君と悠君が撃ち合うって、どんな勝負になるのか見当もつかないわ。ただ、一条君は苦しい戦いを強いられるでしょうね」

 

 レギュレーション上『爆裂』は使えないが、それを差し引いても将輝の実力は準決勝で披露されている。その一方、「ナインローダー」すら超えた複数の魔法を同時行使可能な技術に加えて古式魔法も使える悠元と真正面から魔法の打ち合いになった場合、将輝には()()不利であると真由美は推測した。

 悠元と将輝は既に新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝で対戦経験があり、悠元が勝利を収めている。彼が前に出ることで逆に将輝を挑発する狙いがあるのでは、と考えられなくもない。

 

「だって、あのビル崩落でも無傷で生還したのよ。モノリス・コードのレギュレーションに即した魔法だと悠君にダメージを負わせる方法なんて無いに等しいと思うの」

「加えてあのCADのこともあるからな。単純な魔法の撃ち合いだと……正直、俺も予想がつかんな」

 

 真由美は佳奈や美嘉から悠元の射撃・砲撃能力について尋ねてみたが、そのどれもが“埒外”すぎて判断材料になりえなかった。加えて廃ビルの崩落から無傷で生還したとなれば、防御能力は殺傷性Aランク相当の魔法を無傷で乗り切れることを意味する。

 克人もそんな悠元を相手にするほうが不憫だろうと考えていた。いくら相手が実戦経験済みの「クリムゾン・プリンス」とはいえ、悠元が負けるビジョンがどうにも浮かばなかった。なので克人はそう述べるに止まった。

 

「草原フィールドで見通しが良いという条件はこちらも相手も同じ。だが、多重魔法制御を得意とする三矢相手だと……仮に俺が対戦相手として戦ったとしても、正面切って勝つのは難しいと言わざるを得ない」

「……まあ、十文字君からすれば、そう言うしかないでしょうね」

 

 悠元は『ファランクス』を破る術がある。流石に九校戦で使うつもりはないだろうが、それを差し引いても克人が悠元に勝てるビジョンを描くのは難しいだろう。

 そんな風に悠元の規格外さを話し合っている頃、その当人は天幕の外にいた。

 

「へっくし!……風邪を引いた覚えはないが、誰か噂してるのか?」

「お前は不思議の塊だからな。噂されても仕方ないだろう」

「女性ならともかく、男性に噂されるのは身の毛がよだつわ」

 

 悠元は達也と一緒にヨガのようなストレッチをこなしていた。お互いに『自己修復術式』持ちという稀有な存在なだけに、下手な怪我によって自動的に魔法発動することも考えられなくはないからだ。

 

「しかし、三高の連中は浮かれていたな……優勝したも同然の様子だったし」

「……聞いたのか?」

「聞こえてしまった、のほうが正しい」

 

 悠元の『聴覚強化』は常に制御下に置かれているが、時折わざと発動させて雑音が聞こえるなかで集中できるような訓練をこなしている。いうなれば一流のアスリートのように歓声の中でも集中力を途切れさせない訓練で、新陰流の鍛錬でもそういった状況下での手合わせを幾度となくこなしてきた。

 訓練のつもりでストレッチの際に『聴覚強化』を発動させたところ、第三高校の天幕の方面からの言葉が丸聞こえで、これには内心で苦笑した。いくら決勝が草原フィールドに決定したからと言って、それが優勝確定という考えに至るのは正直呆れを通り越して感心すら覚えそうだ。

 だからと言って「クリムゾン」や「カーディナル」が油断するなどとは到底思えないが。

 

「奇しくも作戦通りに事が運ぶとは……流石達也だな、と褒めておく」

「それはお前という存在あってこそだがな。流石は手品師だよ」

「寧ろ越後屋と悪代官みたいなものじゃないかな……ひゃっ!?」

 

 すると、突然キンキンに冷やされた……というか凍っているタオルを掛けられて変な声をあげた悠元。達也がそれを仕掛けた張本人に目線を向けると、その当人こと深雪はクスクスと笑みを漏らしていた。

 深雪は達也にも冷えたタオルを差し出すが、そこまで極端に冷えたものではなく、寧ろ丁度良い感じの冷たさであった。これには悠元がジト目を二人に向けていた。無論凍っているタオルで体を冷やしながら。

 

「うう……俺、深雪に何か悪いことしたか? 軽く凍傷するかと思ったぞ…めっちゃカチコチになってるし」

「ふふ、それはどうでしょうか?」

(……深雪、確実に根に持っているようだな)

 

 原因は昨晩のことなのだろう。とはいえ、これに関しては達也も正直どう言ったものか困っているのも事実。

 婚前交渉や深雪の身の安全を考えるなら悠元の取った対応は適切だろう。だが、兄として深雪の気持ちを最優先するなら深雪の取った行動にも一定の説得力はあるかもしれない。自分に色欲や性的欲求がないわけではないが、妹のそういった教育は母親任せになっていたことは事実であり、見るからに派手な格好を取ろうとするときは流石に窘めた。

 そんな達也でも欲を感じないわけではないのに、まだ欲求をハッキリと出せる悠元が止まっていることに正直賞賛を送りたいと思った。

 

「はぁ……で、何がお望み?」

「祝賀会で一緒にダンスを踊ってください。逃げたりしないでくださいね?」

「……達也」

「諦めてくれ」

「知ってたよ畜生」

 

 現時点で新人戦優勝は確定したが、これでいよいよ負けられないことに悠元は深い溜息を吐いた。この原作主人公兄妹(きかくがいたち)と向き合うと決めた以上は半分諦めてるようなものだが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、剛三は自分の泊まる部屋に千姫を招いていた。それはこれから来る客人を迎えるためでもあった。すると、扉が開いて最初に姿を見せたのは四葉家筆頭執事である葉山。そして、彼が横に移動すると姿を見せたのは真夜であった。

 いつもならば唯我独尊といった感じを見せる彼女であったが、この場において真夜は丁寧な口調で頭を下げた。

 

「上泉殿に神楽坂殿。今日はお招きいただいたことに感謝いたします」

「なに、わしらからすれば姪っ子みたいなものよ。とはいえ、“スポンサー”である千姫からすればそうもいかぬか」

「あら、それは剛三義兄様も同じでしょうに。東道殿とは相も変わらずと聞いております」

「まあ、否定はせぬ」

 

 古式魔法の大家である神楽坂家と十師族である四葉家の関係は深い。神楽坂家は国の護りとして魔法師の育成に水面下で力を貸しており、その一つとして魔法技能師開発第四研究所のスポンサーを引き受けていた。

 第四研究所のスポンサーには東道青波の存在もあるが、剛三が彼に対してあまり快く思っていないのは彼の妻が剛三の娘の一人だからだ。剛三が烈との会談の中で「娘を誑かした」などと言ったのは、娘を大事に思う親馬鹿な一面から来ている。

 

 加えて、千姫の先代当主の弟は四葉家に婿入りしていた。神楽坂家は当主に選ばれた者とその配偶者のみが神楽坂の名を継ぐことを許されており、これは家の仕来りの関係である。それだけ当主という立場と神楽坂の名は重いということに他ならない。

 ただ、このことに関しては千姫と神楽坂家先代当主に剛三、それと四葉家先々代当主しか知らない事実である。

 

「それは置いておこう。真夜、お主に話しておかねばならんことがあってこちらに呼んだ次第だ。九島のジジイには話したが、七草の小童も恐らく聞き及んでることだろう」

「それは、どのようなことでしょう?」

「三矢家の三男である悠元君のことです。どうやら真夜ちゃんの姪が好いているようですから、四葉の当主である貴女に話を通すべきだと判断したのです。実は、深夜ちゃんにはその辺の事情を聞いています」

 

 千姫は真夜や彼女の姉である深夜と面識がある。なので、深雪を見た瞬間に誰の子どもかなど簡単に気付いた。真夜も千姫の慧眼は昔から知っており、彼女に隠し事は難しいことも承知している。

 それはともかく、千姫はそう前置きをした上で悠元の婚約について切り出した。

 

「既に知っているかもしれませんが、悠元君の婚約に関しては上泉家と神楽坂家で全て取り仕切っています。加えて、彼には神楽坂家の次期当主として指名することも彼に伝えています」

「それは……大丈夫なのですか?」

「問題ない。わしの妻は千姫の実の姉だ。なので、悠元も神楽坂の血を引いておる。まあ、元の子ども達全員が神楽坂の血縁者とも言えるがな」

 

 これには真夜も感心したような表情を見せていた。

 達也と同等以上の実力を有している悠元の存在は、将来において師族二十八家のパワーバランスを大きく揺るがしかねない……このことは彼を引き込もうとしていた真夜も理解はしていた。なので、護人である二つの家が彼の婚約を決めるというのも納得できる。

 加えて彼が神楽坂家の血縁者という資格から、彼が神楽坂家次期当主として指名される……つまり、彼は十師族という枠組みから外れて一つ上の存在になることを意味する。

 

「真夜ちゃん。悠元君の婚約の序列第一位に貴女の姪である司波深雪さんを選びたいと考えています」

「あら、序列ということは複数の婚姻でしょうか?」

「真夜よ。お前も知っているだろうが、現時点でも悠元の実力は其方の身内の一人と同じく戦略級魔法師クラスだ。そういった力を後世に継がせるため、複数の配偶者がいても問題はないと結論付けたからな」

 

 真夜は四葉の後継者に悠元を迎えることも考えていたが、神楽坂家次期当主に悠元がなり、その婚約者として深雪を嫁入りさせる……真夜は葉山に視線を送った。すると、葉山は黙ったまま頷いた。同意見であると察し、真夜は笑みを零した。

 

「異存はありません。ですが、婚約の発表はこちらの次期当主が決まり次第、ということでよろしいでしょうか? 一応再来年の正月あたりを考えているのですが」

「構いませんよ。最初は吉日を選んで次期当主の発表だけに止める予定でしたので。義兄様もよろしいですか?」

「構わぬ。こちらは既に当主継承の儀は済ませたが、発表は歩調を合わせる予定だったからな。真夜、上泉家の当主は孫である元継が継いでいるが、このことは正式な発表があるまで口を噤んでくれ」

 

 三者での会談が終わった後、泊まっている自室に戻った真夜は紅茶を注ぐ葉山に問いかけた。その表情はしてやられたというよりも感謝の念を滲ませるようなものだった。

 

「葉山さん。私の考えが読めるかしら?」

「大体は、と言ったところです。大方達也殿が絡んでいると推測いたします」

 

 現状の四葉家は深雪が次期当主の最有力候補となっている。今回の提案を真夜が呑んだのは、今現在の次期当主レースの梯子を取っ払って新たな候補を他の当主候補に紹介する段取りを組んでいる中で渡りに船だった。

 葉山は必要以上に喋らず紅茶の入ったカップを近くに置くと、真夜はカップを手に取って紅茶で口を潤す。

 

「悠元君が神楽坂家に入るとなれば、深雪さんが嫁入りでも最上の結果ということになるわ。姉さんは両手を挙げて喜びそうだけれど……詳しい話は九校戦の後で、ってことね」

 

 同じ十師族の直系同士ならば色々面倒事が付随してくる可能性が高かったが、悠元が十師族の枠組みから切り離される形となる以上は深雪を送り出すのにも弾みがつく。四葉家のスポンサーの一つである神楽坂家に嫁入りは非常に大きく、悠元と血縁関係にある三矢家との連携も組みやすくなるのは間違いない。

 周囲からは政略結婚の線を疑われそうだが、深雪が四葉家から離れることは出る杭を自ら撃ち込むようなもの。現状は達也と深雪が四葉家の係累だということを明かしていないため、どういった影響を与えるかは未知数のレベル。

 

「ところで、その達也殿がモノリス・コードに出場しておりますが」

「あの子も強かね。相手を平然と騙す悪知恵を教えたことなんてないのに、一体誰に似たのかしら……」

 

 達也は目立ちつつも必要なところは他の人間に功績を被せている。流石に技術スタッフとしての功績は達也自身のものなので隠すことはできないが。

 そんな悪知恵を一体どこで身に着けたのかと零す真夜に対して、葉山は笑みを見せていた。これには真夜も思わず頬をプクッと膨らませていた。

 

「なによ、葉山さん。言いたいことがあるのなら、ハッキリ言いなさいよ」

「では、失礼ながら……それは奥様や深夜様に似ただけのことかと」

「私や姉さんは、どこぞの狸のように策略や悪知恵だけで生きているわけじゃないわ。心外よ」

 

 聞き方を変えれば相手への悪口ともいえるような発言だが、一番分かりやすい人物を例に挙げただけなのだと葉山は察しつつも真夜の言葉を待つ。それを見た真夜は一筋縄じゃいかない執事を見つつ、視線を窓の外に向けた。

 

「今回のこと、東道殿は御存知なのでしょうね」

「恐らくは。分家の方々へのご説明はいかがなさいますか?」

「それは再来年の慶春会で構わないでしょう。どうやら西のほうが慌ただしいですから、来年の正月は悠元君にお任せしましょうか。葉山さん、手筈をお願いいたします」

「畏まりました」

 

 春の時点で大亜連合が水面下で動いていることも、その協力者も既に掴んでいる。だが、今は泳がしておくのが吉だという葉山の意見を真夜は取り入れた。そんな慌ただしい中で正月など迎えたくはないというのもあるが。

 




ゲームのイベントが忙しくて更新が遅れました。
許してヒヤシンス(五体投地土下座)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。