魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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力不足と戦いの終わりに(※)

 恩納航空基地の統合司令室。そのモニターに映る光景はまさしくこの世の終わり―――“地獄”と呼べるようなものだった。戦争という悲惨な出来事など外の世界のこと……そんな風に考えていた元治は頭をハンマーで殴られたような感覚だった。

 

『―――いいか、元治。お前が思っている以上に戦争は簡単に起きる。それを覚えておけ』

 

 沖縄に出発する直前、元から発せられた言葉はまさしく本当であったことを痛感した。それ以上に、自分よりも一回り幼い弟が戦場に出ていくことを……これほど自分が情けないと思ったのは初めてだろう。すると、後ろから声を掛けられた。それは元治が少なからず心想う穂波であった。

 

「どうされました?」

「穂波さん……いえ、今更自分が甘かったのだと痛感していました。深雪さんに深夜さんは?」

「あちらに。深夜様から基晴様が乱心して外に飛び出さないよう見張るように、と」

 

 少し距離を置いたところで深夜と深雪が話していて、その内容は自分が聞くべきでないと判断した。そもそも、距離が離れている相手の会話を聞き取れるのは悠元と末っ子の妹ぐらいだけだろう。すると、穂波は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ頭を下げた。

 

「ありがとうございます、基晴様。お蔭で助かりました」

「もしかして、アンティナイトのことかな?」

「はい。深夜様は想子の感受性が高く、キャスト・ジャミングが発動していたら……本来なら私が率先して止めるべきところを代わりに止めていただき、感謝しています」

 

 想子の感受性が高い……強力なノイズを発するキャスト・ジャミングではその悪影響を強く受ける。穂波の言い方からして最悪死に至るほどの感受性であると察し、元治は頭を上げるように言った。

 

「頭を上げてください、穂波さん。偶々警戒していたら未然に防ぐことができただけです。それに、自分もどうやら助けられてしまったようですから……魔法については聞きませんよ」

「基晴様……謙虚ですね」

「いえ。寧ろ、長男として力不足を痛感しました」

 

 穂波の言葉に元治はそう言いながらモニターに視線を移す。そのモニターには大亜連合の兵士を相手に無双する二人の姿が写っていた。飛び交う銃弾の中をまるで意に介することなく潜り抜け、魔法で瞬く間に殲滅していく。

 

「自分はどうあるべきなのか……弟は命の危機から生還したのにもかかわらず、躊躇わずに戦場へと向かった。ちょっと抜けてるところはあるけど、僕なんかよりもずっと強いのは解っているつもりです」

 

 彼を中心に弟妹たちは強くなっていっている。末っ子の幼馴染も彼の手ほどきを受けて実力をつけている。彼らから比べれば恵まれた立場にいるはずなのに、弱く感じてしまっている自分が確かにいた。魔法の資質は逆立ちしても勝てるはずがないのだと。

 

「ここで自分が出て行ってもただ犬死するだけ……ハハ。こうして現実を突きつけられると……笑うしかなくなりますよ」

「そうですね……私も、そう思います」

「穂波さん?」

「―――私は普通に魔法師としての生を受けていません」

「っ!?」

 

 穂波の言葉は衝撃的だった。その意味するところは遺伝子などの生体情報を『調整』された上で生まれてきたことを意味する。彼女の声は元治にしか聞こえないぐらいの音量だったため、元治は表情に出さないよう努めた。

 

「どうして、それを自分に?」

「自分でもよく解りません。ですが、あの時貴方が誰よりも早く魔法を放ったこと……守るべき役割を果たすはずの私ですら追いつけなかった。もしかしたら、貴方に興味が湧いたのかもしれません……基晴さん?」

 

 色々衝撃的なことがあって元治の処理能力が限界を超えてしまった。そして、元治の視界は……そのまま暗転してしまったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

(……凄いな)

 

 これまで、達也を負かす人間など殆ど存在しなかった。大の大人相手でも勝って来たが、過信などしたつもりもなかった。その達也ですら、目の前に映る光景に一種の芸術のような錯覚を感じていた。

 

 達也とほぼ同じフルフェイスのヘルメットと戦闘用のスーツを纏っているが、右手には武装一体型CADと思しき太刀が握られており、左手には先日達也が譲り受けたものと同タイプの拳銃型のCADが敵兵に向けられた。

 太刀が発した蒼穹の雷はまるで龍の如く敵部隊に向かっていき敵兵が瞬く間に蒸発し、放たれた銃弾を反射して侵攻軍の兵士を負傷させ、戦艦からの砲弾は太刀から迸る蒼穹の斬撃によって断ち斬られ、更には障壁のような魔法で兵士を容赦なく圧し潰していく。

 さながら魔法による領域制圧能力は風間が言っていた“沖縄本島における国防軍の最高戦力”という評価に嘘偽りなどなかった。敵が降伏の姿勢を見せる暇など与えないと言わんばかりに、視認した敵の心臓を穿ち、頭部を吹き飛ばし、更には敵兵士を破裂させて、その亡骸からは自然発火の如く火が燃え盛って忽ち灰燼へと帰していく。

 

(俺が言えた義理ではないが……あそこまで人殺しを躊躇わないのは、恐らく“同類”なのかもしれないな)

 

 その光景は達也のみならず、敵味方関係なく彼の存在感に呑まれていた、といっても過言とは思えなかった。だが、今は戦闘中であり、達也も自身の役割と佑都からの言葉を守る為にCADを敵味方に向けた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 周囲にいた兵士は粗方片付いた。相手が白旗を上げる前に殲滅したので、相手の戦意など窺い知ることなど出来るはずがない。具体的には放出系魔法の雷撃によって敵兵士を瞬く間に感電死させていっている。この辺は祖父が得意な系統の魔法のためと、自分も雷系統の魔法が好きだったからというのもある。

 これには達也から「屁理屈だな」とツッコミのような言葉が投げかけられた。敵を容赦なく[分解]して味方の兵士を[再成]しまくったお前が言うな、と返したかったほどだ。

 

 行き過ぎた殲滅行為を咎められないのかという疑問は生じるだろうが、これは自分の立場が特殊過ぎるのが原因。

 上条達三特尉(悠元)は統合軍令部の許可が出なければ戦場に出せないほどで、文字通りの“切り札”。その彼の行動を阻害するということは統合軍令部の決定に対して異を唱えるに等しいため、彼の暫定指揮下にある達也もその影響下に属する。

 逃げるのならば下手に追うつもりもないが、死に物狂いで向かってくる相手に情けを掛けた方が危険すぎる。戦争という方便こそあれども、結局は国家という後ろ盾を得たエゴイズムを有するテロリストに等しいのだから。

 

 人殺しという行為は、前世の価値観が残ったままなら嫌というほど忌避していただろう。だが、新陰流剣武術の修行に加えて第三研での訓練で嫌というほど軍人魔法師と戦って来た側からすれば、この世界では甘えを見せた方が死ぬと理解しているからだ。

 

 海上にいた艦隊は持参してきていたブースターで達也が実戦で初となる[質量爆散(マテリアル・バースト)]を発動。想定射程は50キロメートルに設定したのが功を奏したようだ。

 その影響で発生した津波については、エネルギー方向を真逆に反転する[方向反射(ベクトルリバース)]で押し返し、威力を完全に相殺した。

 そこまではよかったのだが……何事にも予想外というものは起こりうるということなのだろう。

 

『―――沖合60キロに大亜連合の艦隊を確認! 推定1時間で到達します!!』

 

 戦艦五隻、巡洋艦クラスが六隻、駆逐艦が20隻……完全に負け試合で撤退ラインなのに、ムキになってしまっている。通信から聞こえる風間大尉や真田中尉ですらもうお手上げ状態だ。

 もしかしたら『四葉』への復讐戦も兼ねているのかもしれない。「俺たちがここまでやっきになっているのは、四葉の一族が大漢の()()を潰したからだ!」……最も現実味がありそうで、一番面倒な理由だ。

 

「……こちら、上条」

『こちら総司令部。上条特尉、こちらとしては打つ手がない』

「それは理解しています―――風間大尉、自分が()()で敵艦隊を掃討します。なので、後の責めは任せました」

 

 仕方がない。これだけは使いたくなかったが、今回は敵が海上にいる。津波の影響を考えるならこの()()()()()しかない。それを司令室に提案すると『本当に済まないが、特尉に一任する』と半分投げやりな状態だった。

 ホントに人の命を何だと思っているのか……四葉の復讐劇で滅ぼされた大漢から何も学んでいないのか、と問いかけてやりたい。それこそ、前世の宗教の権威が述べていた『霊的に生まれ変わることを望む』と言ってやりたいぐらいに。

 

「達也、聞いていたと思うが残りの敵艦隊は俺が対処する。これ使ったら想子無くなって倒れることになるんで、後は頼む」

「―――解った」

 

 流石の達也も初めての[マテリアル・バースト]で想子保有量がギリギリのラインに達している。それを自身でも理解しているのか、達也の返事を確認すると一度瞼を閉じて再び開く。先程まで青色だった目が銀色に変化する。

 

―――転生特典[天神の眼(オシリス・サイト)

 

 物体を気配ではなく存在で見通す[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]のさらに上位版で、想子が続く限り距離無制限で人間の通常視覚で捕捉不能な物体も視覚化する力を持つ。それだけでなく、想子使用量は若干増えるが、最大“数千倍”の魔法威力上昇効果を持つ。

 悠元が発動させるのは[万華鏡(カレイドスコープ)]。最初は知覚系魔法と説明したが、「万華鏡」の言葉通り様々な性質を併せ持っている。彼が発動するのはそのうちの一つを増幅させたもの。

 

「いくぞ。本邦どころか世界初公開だ」

 

 悠元は専用の銃形特化型CADを抜き放って空に照準を向ける。[カレイドスコープ]をリンクさせた[オシリス・サイト]で沖縄近海・慶良間諸島近海に展開する大亜連合艦隊の位置を完全に捕捉し、CADを構える左手を右手で押さえる。

 

万華鏡(カレイドスコープ)―――[天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)]、発動」

 

 引き金を引いて発動した魔法―――艦隊の上空に突如現れたプリズムの三角形は、立体の展開図が如く艦隊丸ごとを覆う大きさへと瞬時展開。そして中央の眩い光を放った瞬間、周囲に展開したプリズムもそれに続いて光り輝き、巨大な光の柱が海面めがけて落ちた。

 基地のモニターにもその光景がはっきりと映っており、その系統の魔法を知る深夜は驚きを隠せなかった。

 

「……あれは、光波振動系魔法……?」

 

 その光が消え去ると、そこにいたはずの艦隊はまるで手品でもしたかのように綺麗に消え去っていた。津波が起きることもなく、元から海上に何もなかったかのような落ち着きを確かに取り戻していた。その光景を誰もが呆然と見つめるだけであった……気絶した元治を除いてではあるが。

 

 悠元はその魔法を放って気を失い、海に倒れこむ前に達也がそれを支えた。自身に掛けられた言葉を彼自身が成したことに、達也は感謝の意を口にした。

 

「本当にお前は不思議な奴だ。けれど、感謝しておく。お前のお陰で俺は……俺たちは無事に生き延びられたのだから」

 

 そう呟きながら、達也はCADも回収して基地に帰還するのであった。

 

 この戦闘により、敵勢力―――大亜連合軍が負った損害は兵士推定3万、軍艦・潜水艦は100隻以上にも上る損失を被った。そして、この戦いによって二人の戦略級魔法師が歴史の表舞台に立ったということを世界はまだ知らない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が次に目を覚ましたのは、見知らぬ天井であった。見るからにどこかの別荘のようだとすぐに解ったが、三矢家は沖縄に別荘など持っていない……上半身を起き上がらせると、扉が開いて深夜が姿を見せる。

 

「あら、ちょうど起きたのね」

「ええ。えっと、ここは……」

「司波家の別荘よ。あのまま基地にいてもよかったのだけれど、深雪のこともあったから」

 

 聞くところによると三日は寝ていたらしい。普段は使うことのない大規模魔法の連発だったから、一気に精神的疲労が来たのだろう。風間と交渉して司波家の別荘に運び込んだと説明してくれた。流石に子どもが国防軍の基地で寝ていた事実が口煩い主義者どもに知られたら、色々厄介なのは間違いない。

 達也と深雪は四葉家の護衛を伴って一足先に東京へと帰った、と深夜が説明した。元治も先に帰ったそうで、恐らくは実家への報告とみられる。そこまで考えたところで深夜は悠元に問いかけた。

 

「ねえ、長野佑都君。いえ、三矢悠元君といえばいいかしら?」

「やはり気付いていましたか。元治兄さんでお察しになったのでしょうか?」

 

 元治兄さんの[スピードローダー]で気付かないほうが無理ある。何せ、それを見た人物が四葉家現当主の姉だから。自分の本名を知っていたのは、多分剛三から聞いたのかもしれない。

 

「そうね。あれだけの速度で魔法展開できるとなれば発動直前で保持しているとしか思えないもの……そのお兄さんなんだけど、婚約者はいらっしゃるのかしら?」

「いえ、自分の知る限りだといないですが……まさかと思いますけど」

「穂波さんがね、一目惚れしたらしいのよ。一気に春が来たのは嬉しいけど……妹にどう説明したものか」

 

 あの戦いのとき、元治が思考のオーバーヒートで倒れた。単純に色々ありすぎて処理が追いつかなくなっただけだが。それを介抱した穂波に告白したとのこと。『君の事情なんて関係ない。俺は君のことが好きになったんだ』という言葉に穂波は思わず涙を零したらしい。

 意外に前向きだが、穂波さんは調整体。通常の人間の寿命からすれば短い部類。それに加えて派遣してもらっている四葉家のこともある。

 

「穂波さんはその、何か特殊な事情を抱えていらっしゃるのですか?」

「あの子は生まれが特殊でね、そう長く生きられないのよ……」

「……解決する手段がないこともないですが、条件を呑んでいただければすぐにでもやります」

 

 俺が提案したのは固有魔法[領域強化]で穂波の想子体と肉体の想子強度を強化し、寿命をある程度改善すること。そして深夜の魔法演算領域と魔法で損傷した大脳の修復、感受性の健常化のために肉体の想子強度を強化すること。

 この二つの交換条件として提示したのは『時期が来るまで、達也と深雪の二人に自分が三矢家の人間であることを隠してほしい』というものだ。今言えば警戒される可能性が少なくないし、沖縄侵攻の傷跡もある。それがある程度癒えてから自分の口で喋ると断言した。

 

 それに、俺は今回で図らずも達也の秘密を知った側の人間だ。その意味で三矢家も無関係ではいられなくなる……それはちゃんと理解している。その達也にとっての理解者は一人でも多い方がいいし、どのような事情があろうとも達也と深雪の母親を見殺しにする理由がない。

 条件は呑んでくれるとのことだったので、早速治療を施した。穂波には『先日の襲撃で何か影響が残っていないかの確認』と言いくるめ、深夜も悠元の言葉に合わせる形で穂波を説得してくれた。

 なお、治療した際に深夜の体が心なしか若返っていた。具体的な年齢を言うなら20代半ばぐらいの姿に。何故に?

 

「穂波さんの家柄については爺さんに丸投げすればいいかと。こないだ漸く腰が治ったと言ってましたので、動いてくれますよ」

「……ふふ、本当に面白い子ね。気に入っちゃったわ。真夜も貴方のことが気に入りそうね」

 

 深夜は笑顔でそう言って抱きしめてきた。やめて、柔らかいけど息が! ヘルプ、ヘルプ! マジでいくつ命があっても足りなさそうデース。ふざけてる? これぐらい内心でやっとかないと間がもたないんだもの。察しやがれください。

 

 その後はというと、実家(三矢本家)からメールが届いて、詳しいことは帰ってからということになった。これは無難な対応である。説教を受けることも覚悟しておこうと思う。

 

 戦闘の影響(大亜連合による再侵攻の危険があったため)で空港が一時閉鎖されることとなり、三矢の本屋敷に戻るまでの約三週間、すっかり元気になった深夜のお世話になっていた。

 最初は食事とかの世話ぐらいだろうと思ったのだが、何故か(バスタオルは巻いてるけど)浴室に乱入してきたり、ネグリジェや下着姿で添い寝してきたり……曰く「自業自得だけれど、今の達也にやっても反応が薄いし」とのこと。

 言っておくが、自分にそういう偏った趣味は持ち合わせていません。

 穂波さんからは『すみません、私は奥様に逆らえませんので……申し訳ありませんが、諦めてください』と言われたので、結局は受け入れた。あの二人に言えない秘密だな、これ。

 

 加えて『お母さんと呼んでいいのですよ?』は流石にどうなんですか、と内心で苦笑したのだった。だって、あの父親を“お父さん”?……無理だな。今の父親の方が遥かに信頼できると思う。それを察したのか、『でもあの人をお父さんと呼ばせるのは嫌ね……』と深夜が零したことは胸の内にしまっておいた。

 深夜のやっていることが母親としてのスキンシップ、と言うより……恋人に対してのアプローチにしか思えない。それを察したのか、深夜は俺の顔を自身の胸に埋めてきた。深雪もそうだが、その母親ルートも開拓した覚えなど皆無である。

 

「!?」

「どうした、深雪?」

「い、いえ……心なしか、お母様に対して嫉妬のような気持ちを抱いてしまって。やはり、胸が大きくなるように努力しないと」

「……そうか(すまない、佑都。頑張ってくれ)」

 

 そして、何かを察した深雪は自分の胸に手を当てて、もっと成長する方法を模索し始め……それを見て、対象の相手の気苦労を心なしか察してしまった達也であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 大亜連合による沖縄侵攻は、反撃で大打撃を受けた大亜連合が撤退。

 日本政府が珍しく素早い対応で今回の一連の事態を受けて大亜連合を批難した。

 これに呼応する形で世界各地の諜報機関に対し、沖縄侵攻が大亜連合によるものだというタレこみと裏付けの情報ファイルが流れ、大亜連合はスポークスマンを通じて必死に反論するも、その声は声の大きさという多数決の圧力という形でかき消されていった。

 

 今回の戦闘で質量分解魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]を使った達也は、非公式の戦略級魔法師『大黒竜也特尉』として、沖縄防衛戦後に設立されることとなる国防陸軍第101旅団:独立魔装大隊に配属が決まった。

 

 そして、その後に光波振動系収束分解魔法[天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)]で艦隊を消滅させた悠元についても非公式の戦略級魔法師となり、所属が独立魔装大隊へと変更される。だが、あくまでも“技術士官”としての所属は変わらず、彼が戦場に投入される可能性は極めて低いままである。

 衛星映像では存在していたはずの艦隊がまるで手品のように“消えた”ため、国家公認の判断ができないというものだった。

 当然の対応だろう。何せ、[天鏡雲散]は発動したことを感知させない戦略級魔法だからだ。

 

 運航の再開の目途が立ち、先に戻ることとなった悠元は那覇空港で深夜に見送られようとしていた。穂波については空気を読んでか遠くから見守っていた。

 

「わざわざありがとうございました。何かとお世話になってしまい、感謝に堪えません」

「礼を言うのはこちらの方ですのに……ですが、その礼は有難く受けることにしましょう」

 

 深夜と穂波を助けたことに関しては、あくまでも二人の母親に加えて兄の想い人を助けたまでのことだ。ただ、その代償として達也と深雪の母親ルートまで開拓するという訳の分からないことへ発展している。

 それはともかくとして、悠元は思い出したように鞄の中へ腕を突っ込むと、一通の色褪せた手紙を深夜に手渡した。

 

「そうだ、当初は達也か深雪に渡したかったのですが、深夜さんに直接お渡ししておきます」

「……これは……っ!?」

 

 深夜はその手紙の差出人の名で目を見開く。何故ならばその名は、自身の父親である四葉元造であったからだ。

 

「それはうちの爺さんが預かっていたもので……深夜さんに宛てた手紙です。すみません、こんな時まで忘れてしまっていて」

「いえ、それはいいのだけれど……ありがとう、悠元君。このお礼はいずれきちんとするから……」

 

 そう言って、深夜は悠元の頬に口づけをする。驚きを隠せない悠元に対し、まるで悪戯が成功したような笑みを見せる深夜は耳元でこう述べたのだった。

 

「私はね、こう見えて狙った獲物は逃さないタイプなの」

 

 ……まるで意味が分からない。そう思いながら、慌ただしかった沖縄を離れることとなった悠元であった。

 

「……」

「深雪、落ち着け」

 

 その頃、真夏なのにエアコン要らずどころか暖房が欲しくなるほどに冷え切った司波家のリビングにて、明らかに不機嫌となっている深雪と、それに対してため息が出そうな表情をしている達也の姿があったのは……ここだけの話である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 穂波と深夜の治療は無事に成功し、深夜の想子感受性も一般的な魔法師レベルにまで落ち着いた。穂波の寿命云々については、こればかりは神のみぞが知る、と言えるだろう。そして、そう長くは生きられないだろうと諦めていた深夜はまだ生きられるということに心なしか嬉しかった。

 

「……久しぶりね、真夜」

「ええ……姉さん」

 

 沖縄から戻った深夜はその足取りで四葉本家に出向き、真夜と改めて話をすることになった。達也の一件を入れれば6年ぶりともいえる姉妹の再会だった。

 真夜が人としての喜びの一端を失ったことで、お互いに蟠りが存在していた。だが、それを奇しくも繋ぎ止めてくれたのは、深夜の息子と同い年ぐらいの少年の存在だった。

 

「―――沖縄の顛末はこんなところね。それで、真夜。四葉家としてはどう動くつもりか、それを聞きたくて出向いたの」

「そうね……穂波さんのことは話を進めましょう。剛三さんも快く動いてくれるそうよ。あとは、三矢家当主とも話をしないといけないでしょうね。達也のこともあるし」

「事情が事情とはいえ、ということね。その口止めも含めて穂波さんに苦労を負わせるってところかしら」

 

 元治は達也の[再成]を体験してしまっている。その口止めも含めれば穂波を差し出すのも吝かではないと双方ともに一致している。どこか棘も含むような深夜の言葉を聞きつつ、真夜は意外そうな表情を浮かべていた。

 

「それにしても、意外ね。姉さんと穂波さんを治療してくれて、その条件が『本当の家名を二人に明かさない』ですもの」

「あんなことがあれば二人も落ち着かないでしょう……深雪は、達也を『お兄様』と呼ぶようになった。きっかけは聞いてないけど、恐らく悠元君ね」

「家柄としては『同じ』……でも、聞いた限りの子だと、きっと大変そうね。案外モテるんじゃないかしら?」

 

 真夜の放った言葉に深夜は一瞬目を見開くが、彼の容姿なら無理もないと思いつつ呟いた。

 

「真夜、義理の息子や娘をたくさん欲しがってるのかしら? ……あの子は大丈夫かしら。無駄に変なところで鈍いから」

「その意味では達也も大変そうな気がするわね……悠元君のような息子が欲しくなってくるわ」

 

 真夜の出した名前に深夜は眉を顰めつつも、四葉の現当主である自身の妹に対してはっきりと言い切るように宣言した。

 

「こればかりは譲らないわよ、真夜。悠元君は絶対うちの深雪の婿になってもらうんだから」

「たっくんに続いて悠元君もとか、姉さんは贅沢言わないでほしいわ。悠元君を四葉の養子にでもしようかしら?」

「むむむ……」

「ううう……」

「―――お二方、少し落ち着かれたほうが宜しいかと思われます」

 

 いつの間にか、悠元を中心に関係が修復しつつある姉妹の間でそんな会話が(葉山のフォローのお蔭で取っ組み合いにならない程度に)繰り広げられている中、悠元が盛大なくしゃみをしたのは言うまでもなかった。

 


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