魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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九校戦九日目②

 深雪の試合後、彼女がシャワーを浴びている間にあったことと言えば、大会委員が飛行魔法のことについて達也を問い詰めるような様相が見られたことだ。だが、達也としてもこの動きは想定内だったようで、大会委員にCADを預ける形となった。

 そして、悠元はというと自室で端末の画面と睨めっこしていた。画面に映るのは九校戦で使用するものではなく、その先を見据えた魔法の起動式。この端末自体はオフラインにしているため、情報漏洩の危険性は極めて少ない。

 すると、脱衣所の扉が開いて深雪が姿を見せた。髪を乾かしていないのは態となのか……そう思った悠元は魔法を発動させて深雪の髪を瞬時に乾かした。

 

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 異性を自室に入れるというのは流石に拙いと理解しているが、メインエンジニアを担当している達也から深雪のサポートを頼まれた以上は断れない。多分達也としては妹に対する甘さがもろに出た形なのだろうが、多分目の前にいる本人も片棒を担いでいるのだろう。

 すると、本人はキョトンとした表情で首を傾げていた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。決勝戦のこともあるし休んでおけよ。その辺は達也からも言われてるとは思うが……何かしてほしいことはあるか?」

 

 すると、深雪は何か言いたそうな表情をしていた。あまりぶっ飛んだ内容でなければ受け入れるつもりだったので、問いかけてみた。

 

「その、寝るときに手を繋いでくれませんか?」

「その程度なら構わないよ。流石に子守唄は歌えないけど」

「ふふ、そこまでは求めませんよ」

 

 音楽関連は、科学や魔法的なことを除けば一般常識程度の知識しか持ち合わせていない。それは主に『聴覚強化』のせいで音楽ですら雑音を増幅させる要因になってしまっていたのが大きい。

 その辺の事情を察したのか、深雪は笑みを漏らしていた。一緒に寝てくれと言われたらどうしようかと思ったが、そこら辺を自重する理性は確かにあるようだ。

 

 昼食を済ませて約束通り深雪が眠るまで手を繋いでいたが、彼女が完全に寝たことを確認したところで繋いでいた手を離してベッドの上に置き、悠元は再び端末と向き合った。

 

 この世界の魔法は超能力に無い汎用性を謳っている。とりわけ現代魔法はそう言われているが、多様性で言うなら一番使えている知り合いは幹比古だろう。

 特殊すぎる達也と深雪はともかく、それ以外の面々も魔法に関しては素人レベルと言っていい。まあ、教育システムにも問題があることなので深くは言えないことだが。

 

 そもそもの前提として、超能力を魔法として体系化した折、最優先とされたのは核兵器への抑止力であり、それ以外の技術はそれほど重要視されなかった。あれこれ研究するよりも特化して核の脅威を取り除く……その傾向が後世の現代魔法研究や教育に影響してしまった形だ。

 魔法を軍事力として使用することを考えたのは当時のUSNAの前身である合衆国が発端だ。彼らは他国の核を封じることで自国の核兵器を自在に使えるように画策した……世界の警察を自負していた国が考えていい思想ではない。というか野蛮の一言に尽きる。

 

 軍事面の話はともかく、情報によれば大亜連合方面からの亡命者は後を絶たない。その裏で暗躍している奴は判明しているが、今は手を出すつもりなど無い。下手に罰するよりも動きを知らせる“鈴”を付けておいて監視したほうがマシだ。

 別に彼本人に対してではない。いくら彼が姿を消しても彼がどういった経路を辿ったのかという情報は嘘を付けない。その感知方法は天神魔法絡みなので明るみに出せないが。

 

(……思い切って踏み切るのが一番だろうな。中途半端が一番危険だ)

 

 これまでといえば身内絡みの強化が多かった。しかし、これから起こることを考えると周囲の知り合いの強化に踏み切ったほうがいいと判断した。その中には原作主人公である達也の強化も含まれている。

 彼の場合、原作だと『誓約』は1つだけだった。だが、この世界の彼は3つの『誓約』を抱えている状態。そのうちの1つが深雪なのは間違いないが、残り2つは不明というほかない。解除自体は簡単だが、ここでリスクを冒す理由もない……悠元が達也に対して『領域強化(リインフォース)』を使わない理由がそれだ。

 制約が掛けられているのは彼の『分解』『再成』の魔法強度制限と魔法力制限、それと想子保有量のリミッターの3つ。対象外なのは彼の仮想魔法演算領域ぐらいだろう。こんなことを正確に認識できるのは世界広しといえども悠元だけしかいない。

 流石の達也でも魔法演算領域というブラックボックスに触れられないという事実もあるのだが。

 すると、その噂をした本人が部屋に入ってきた。達也は深雪がグッスリ眠っているのを見て笑みを浮かべていた。

 

「達也、デバイスは戻ってきたのか?」

「ああ。まあ、飛行魔法が他校に知れ渡っている可能性は高いが」

「何も言わないのなら別にいいが、ルール違反行為を大会委員がやっちゃダメだろうに……閣下が何も言わないところをみるに、脅しの材料にしそうだな」

 

 『トーラス・シルバー』が先日発表したばかりの重力制御術式。本来跳躍と着地を繰り返すのが一般的なミラージ・バットの戦術を大きく変えてしまうもの。

 魔法は秘匿性を考えられている以上、飛行魔法を他校が使用した時点でルール違反を大会運営が率先してやったようなものだ。というか、何も言わなかった達也が他の選手を実験台にするのは目に見えていた。

 その魂胆を見抜いた悠元は溜息を吐いた。

 

「お前も存外鬼というか……ただ、一人だけはトーラス・シルバーの飛行魔法を使わないだろうな」

「心当たりがいるのか?」

「いるというか、恐らくそうではないかと思しき人物はいる……やっぱりか」

 

 深雪が寝ているので、スクリーン型の情報端末でその映像だけを出すと、丁度予選の第4試合のハイライトが表示されていた。

 予選通過者は第七高校の伊勢姫梨で、彼女は序盤から飛行術式を使用して他の選手を圧倒していた。得点ペースで言うなら飛行魔法を使う深雪と遜色ないレベルと言えるだろう。これには達也も感心したような表情を見せていた。

 

「これは見たことのない古式魔法だが……悠元は知っているのか?」

「天神魔法に浮遊や飛行といった術式は存在する。想子消費の視点で言うなら飛行魔法と同等クラスだ」

 

 古式魔法には自在に飛行する術式が存在しているが、やはり術者を限定してしまう。仮にトーラス・シルバーの飛行魔法でも最後にモノを言うのは想子保有量の多さ。

 そうなると、決勝戦は深雪と姫梨の一騎打ちになると踏んでいる。

 

 そして、ミラージ・バット決勝戦を迎える。

 気力十分といった感じで達也の励ましを受けている白を基調としたユニフォームを着ている深雪だが、ここでふと彼女は悠元に視線を送り、何か言いたそうな表情を見せていた。なので、悠元は深雪にエールを送った。

 

「深雪、勝敗は気にせずに思いっきり舞ってくるといい」

「……はい!」

 

 満面の笑顔でスタート位置に向かう深雪を見て、励ましとしては上出来だろうなと思っていると、背後から不満げそうな視線が向けられていた。悠元がその視線を辿る様に振り向くと、頬を膨らましてご機嫌ななめの真由美がいた。その隣にいるあずさは苦笑を浮かべていた。

 

「ちょっと悠君! 深雪さんに甘すぎでしょう! 何で普通に応援しちゃうのよ!」

「えー……俺の隣にいる深雪の兄よりは厳しいつもりですけれど」

「悠元。それだと俺の対応は砂糖よりも甘いことになるんだが?」

「あ、あはは……」

 

 そんな会話を繰り広げた後、決勝戦は開始された。

 第1ピリオド開始とともに六人の選手は空中に浮かび、観客は大いに沸いている。予想通り飛行魔法を取り入れてきた形で、九校戦のレベルの高さを窺わせるものだった。だが、悲しい現実を言うならば予選で使った飛行魔法は何も弄っていないもので、決勝で深雪が使用しているのは彼女の特性に最適化させた飛行魔法。

 それに、飛行魔法で飛べることと使いこなすことは違う。得点をみると、深雪と姫梨がお互いに競っているような状況。これには真由美も驚きを隠せなかった。あれだけの技量を持つ選手が深雪と同じ1年にいるという事実にだ。その反面、想子が続かずに脱落する選手たち。その点も「安全装置」となる自動降下が正常に働き、落下事故は未然に防げている。

 

「ちょっとホッとしたけど……勝ちを優先するなんて普通じゃないわ」

「負けたままというのは癪に障るのでしょう」

 

 小早川も飛行魔法を使用することを選択したが、なんとか食らいついたものの最後は想子切れで脱落。それでも4位は上出来ともいえる結果ではないだろうか。残るは深雪、姫梨、愛梨の三人。すると、愛梨が跳躍と飛行魔法の連続使用で何とか1ポイントを取った。すると、ここで第2ピリオドが終了してインターバルに入る。

 得点差で言えば深雪がややリードし、姫梨、愛梨と続いている。一瞬たりとも気が抜けない上、愛梨がポイントを取ったことで深雪の負けず嫌いに火を付けた。

 そして、それは姫梨もであった。

 

「どうする、姫梨。ペースとしては問題ないけれど、司波選手相手にいける?」

「……ええ。私だって負けたくないですから」

 

 迎えた最終ピリオド。先程よりも速いスピードで得点しようとする愛梨。だが、それよりもさらに速く到達する深雪と姫梨。この決勝戦は最早深雪と姫梨の一騎打ちに近い様相であった。トーラス・シルバーの飛行術式を駆使する深雪と、天神魔法を使って互角の戦いをしている姫梨……古式魔法と現代魔法の対決と言っても過言ではないだろう。

 

(まるで、空中のフィギュアスケートだな……)

 

 二人のポイント差は数ポイント差。だが、人々はそれよりも空中を優雅に踊っているような二人の雄姿に見惚れていた。魔法を兵器ではなく人々に魅せるものとして……飛行魔法のお披露目としては、上出来というほかない。

 最終ピリオドの終了を知らせるブザーが鳴り響き、深雪と姫梨、愛梨はフィールドのポールに降り立った。

 最終結果は1位が深雪、2位が姫梨、3位が愛梨。この結果によって、第一高校の総合優勝は確定する形となった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 原作ならば『無頭竜』の排除に達也が関わるのだが、既に排除された以上は達也にこれ以上の負担は掛からない。その分の負担を悠元が背負う羽目となっているわけだが。

 ミラージ・バット決勝戦終了後、悠元は風間に呼び出されていた。先日の時とは異なり、風間は軍服を身に纏っていた(悠元は無論第一高校の制服だが)。

 

「九島閣下と会われていたのですか」

「正確には閣下が訪ねてきた。達也のこともそうだが、悠元のことにも触れてきてな。流石に四葉殿に聞かれていいようなものでもないため、君を呼ぶのがいいと思った」

 

 風間は「忍術使い」と分類される古式魔法の使い手であり、一個人として現代魔法の象徴である十師族を快く思っていない。とはいえ、それを一部隊の隊長として部下に押し付けるわけにもいかない。そんなことをすれば、二人の戦略級魔法師を失いかねないからだ。

 悠元に話そうと決めたのは、彼は独立魔装大隊の特尉である以前に国防軍特務少佐の地位にいる。特務兵と常備兵という違いはあれど、同じ地位であることに変わりない。

 

「少佐の十師族嫌いは筋金入りですからね。とはいえ、俺や達也にそれを言われても困るだけですが」

「無論分かってはいる。私とて君らに喧嘩を売りたくはないのが本音だ。閣下は、どうやら四葉の弱体化を睨んで達也を四葉から引き離したいようだ」

「……無理だと思いますよ。まさか、九島閣下は四葉の内部分裂工作でもするつもりですか?」

 

 原作とは異なり、達也の母親である深夜が健在の上、深夜と真夜の仲は修復している。この状態で達也の存在を四葉家から引き離すのは極めて難しいといえよう。仮にそんなことをするつもりなら、こちらから九島家に情報面での内部工作を本気で仕掛ける。正直に言って内憂外患の言葉がピッタリ当てはまるようなものだ。

 戦略級魔法師という存在は確かに脅威だろうが、同じように自分たちは兵器だと強いてきた人間の言葉とはとても思えなかった。その辺を察しつつも風間は呟く。

 

「そこまでは仰っていなかった。閣下は兵器としてこのまま突き進めば、四葉が爪弾きにされることを恐れているのだ」

「現状、当主の真夜殿に隠居同然の深夜殿、そこに深雪と達也が加われば師族の中で一気に突き抜けますからね……止めなかった側にも責任があるとは思いますけれど、四葉家は大分落ち着いたので懸念されるような事態は今後次第で回避可能かと」

「そうだな……その意味で悠元の功績は大きいだろう。その意味で、悠元もそのバランスを崩しかねない要因となってしまった……分かるか?」

 

 そのあたりの自覚はしていた。というか、させられる羽目となった。

 この分だと風間は剛三から聞いていない話だろうと、悠元は自身の置かれた状況を話す。

 

「まあ自覚はしています。何せ、自分の婚姻は爺さんの上泉家、それに神楽坂家が中心となって進めています。父がその辺を了承しているところをみると、近い将来自分は十師族の枠から外れることになるでしょう。流石に血縁関係までは排除できないでしょうが」

「……そこまでのことになっているのか。いやはや、悠元の規格外ぶりには驚かされるな」

 

 風間はれっきとした古式魔法師なので、悠元が出した家の名に風間は深く溜息を吐いた。どちらも陰陽道系古式魔法の大家であり、文字通り十師族の上に立つ存在。その家が十師族である悠元を見出した……つまり、十師族に彼の将来は任せられないということを意味しているに等しい。

 

「それと、爺さんは神楽坂家現当主に対して俺を神楽坂家次期当主に推薦しました。向こうの当主の様子からして、俺が次期当主としてスライドすることは既定路線と言ってもいいかもしれません……現状では向こうの家から正式の通達がないので推測でしかないですが」

「そうか……このことは胸の内にしまっておこう」

 

 悠元は、自分が三矢、上泉、そして神楽坂の血縁者ということは言わなかったが、その辺りを風間は察しつつも今話したことは胸の内にしまっておくと明言し、悠元はそれに頷いて同意した。

 自分の祖父に限って今更嘘を吐いているとは思えないが、確定でない以上は断言できないからだ。

 そして、風間は悠元にとある質問を投げかけた。

 

「そういえば、先日師匠に偶然会った。聞けば、新たな戦略級魔法を練習しているそうだが?」

「あの人は……ええ、正解です。正確には超遠距離砲撃魔法を戦略級クラスに仕上げるために九重先生の協力を仰いだだけですが」

 

 悠元は現状『天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)』という強力な戦略級魔法を有している。2つ目の戦略級魔法を求める理由が風間にとって疑問であった……これに対して悠元が答えた。

 

「元々は魔法の民生利用を目的に考えていたのですが、それなら軍事レベルのものを一旦作り上げてから民生レベルに落とし込むのが手っ取り早いと考えた結果として生まれた副産物です」

 

 戦略級魔法を「副産物」と言い張ってしまう悠元の規格外さに風間は正直降参に近かった。少なくとも敵対はしないように心を決めたほうが良いと今の風間にはそう判断することしかできなかった。

 




前半部分は独自解釈も含んでいます。
核兵器抑止という理由で現代魔法がやたら物理運動に振り切ったという認識です。

ここに来て駆け足気味なのは、流石に九校戦で70話はやりすg(雲散霧消)

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