神楽坂の継承
九校戦の全日程が終了した翌日の早朝。悠元は本来なら同じ第一高校のメンバーと一緒に帰る予定だったが、宿泊していたホテルの前に数台のリムジンが停まっていた。悠元だけでなく、達也や深雪に加えてレオと幹比古、エリカに美月、そして雫とほのかまでいる。
見るからにVIP待遇という様相を見て驚きを隠せない一行のもとへ、1人の執事服を纏った中年ぐらいの男性が姿を見せた。
「三矢悠元様にご学友の方々ですね。ご当主様より案内を頼まれました葉山と申します」
「…見るからに四葉家の執事の方と似ているようですが」
「彼は私の父にあたります。似ていても無理からぬことかと」
神楽坂家執事の
「改めまして、達也様に深雪様。お二方のことは四葉家の先代当主はもとより、父からもお話を聞いております。内心驚かれたのではありませんか?」
「…ええ。葉山さんはご自分のことをあまり語らないものですから」
「おもわず声を上げてしまいそうになりました」
親子というだけあって、顔だちが似ているので深雪はもとより達也も驚いたと率直な感想を述べていた。かく言う悠元も驚きを隠せなかったことは同意した。
忠成は父親の伝手で神楽坂家の執事として務めることとなり、現在は神楽坂家の筆頭執事として当主の世話役を担っていると話した。
「お二人のことはご当主様と私、ご当主様が認めた者しか詳しい事情を知る者はおりません。とはいえ、司波様では間違われることもあるでしょうから、名前呼びになることはお許しください」
「ええ、分かりました」
四葉家絡みの話もそこそこに、リムジンは富士から離れていくが、その方向は南に向かっていた。向かう先は箱根にある神楽坂家の本屋敷。
神楽坂家は陰陽道の大家であり、古くを辿れば
新たな本拠を箱根とした理由は、群馬に同じ「護人」の上泉家が本拠を構え、その分家が関東各地を担っている。なので、東京に別宅を置いた上で、霊山である富士山に程近い箱根を本拠とするのがよいと判断した。そこに加えて神楽坂家が戦国時代に伊勢平氏の流れを汲む北条氏と交流があり、忍びとして知られる風魔一族が北条氏滅亡後に神楽坂家に引き取られたことも決め手の一つとなったのだろう。
元々箱根周辺は国立公園だったが、これは神楽坂家の存在を隠すために公のカモフラージュとして使われた側面を持つ。十師族の守護範囲で本来伊豆半島は東海地方の分類に含まれるが、七草家や十文字家の守護範囲に含まれたのは神楽坂家の影響もあったりする。
伝統を重んじるのなら京都に残るのも一つの手段だが、彼らの本質である皇族の守護を成し遂げられないことこそ最上の恥と考え、本拠地の移転には一切躊躇うことなどなかった。
護るべきものは護るが、その目的のために手段を選ばない柔軟さは他の古式魔法の家からすれば“異端”ともいえる。元々陰陽師という存在は他の魔法使いからも異端のように見られていたことがあったので、それがぶり返した程度にしか認識していない強みも確かに存在する。
その代わりとして伊勢、出雲、そして大宰府―――大規模な神宮・神社を神楽坂の分家に管理・守護させることで西国の守りをしっかり埋めている。だが、京の都において神楽坂の空白を埋めようと古式魔法の家が乱立し、加えて十師族や「伝統派」という存在が出てきたことで複雑怪奇の様相を呈しているのは言うまでもない。
「本屋敷に着きましたら家の者に案内させますが、悠元様は私についてきてください。ご当主様が直々にお話ししたいそうなので」
「ええ、それは承知しております」
ホテルから出発して約1時間。リムジンは神楽坂家の本屋敷に到着した。外から見る限りにおいては平安時代の寝殿造と戦国時代の武家屋敷を融合させたような趣を感じるが、魔法による結界らしきものがうっすらと張られているのが目に見えており、一歩中に入ると過ごしやすい気温に最適化されている。
荷物のことや達也たちは出迎えた使用人らしき人に任せると、悠元は忠成の案内で大広間に案内される。その奥には現代風のファッションを身に包みつつもこの家の主らしい風格を滲ませている人物―――神楽坂家現当主こと神楽坂千姫がそこにいた。
悠元は少し離れたところに正座で座り、頭を下げた。
「お久しぶりです、千姫さん」
「もう、私のことは『ちーちゃん』か『お母さん』って呼んでほしいのに。そう思わない、葉山さん?」
「奥様、無茶を仰らないでください。彼はまだ三矢家の人間なのですから」
千姫が頬を少し膨らましながらそう言うと、話を振られた忠成は苦笑を漏らしつつ窘めた。それはご尤も、と返しつつ千姫は手に持っている扇子を広げて仰ぎ始めた。
「分かってはいるのだけどね……はぁ、憂鬱よ」
「何かあったのでしょうか?」
「ねえ、聞いてよ悠君!」
まるで同い年の相手に愚痴を零すかの如く千姫は話し始めた。
千姫は悠元たちが来る前に烈と会談した。その時は正式な客扱いとして単衣を纏った上で会談したのだが、烈は四葉や十師族の扱いについて尋ねられたという。聞けば、十師族のシステムの根幹を考案したのは剛三と千姫と聞いたときは流石に驚きを禁じ得なかった。
「閣下の考案ではなかったのですか?」
「彼は十師族の発起人という立場なの。国防軍が現代魔法の魔法師を兵器としてしか利用しない事案は将来歪みを生みかねない。彼らに反逆させるのではなく、国防軍を腐らせないようにするための『切磋琢磨できる同等の勢力』が必要だった。とはいえ、私や義兄様の家では軋轢を生んでしまう。だから、義兄様の係累に三矢家がいたことを上手く使えないかということになったの」
過ぎた力は争いにおいて有用でも平和になった世界では害を成す可能性がある。例えば、その時代において圧倒的な武を持っていた武将や、出鱈目過ぎる戦果を挙げて魔王と恐れられたエースパイロットなど、その後の人生は戦いと無縁の場所に送られたり処刑されるパターンが多い。
その力を後世に伝える戦技教導という概念がハッキリしていても、そういった人間はある意味“天才肌”なので難しいことが多いのだ。
話を戻すが、反乱などを起こさせないために公の権力を持たないが権威を持つ存在として十師族のシステムが作られた。だが、その意味の解釈をはき違えては困る、と千姫はそう呟いた。
「四葉の兵器らしさに対して、あまり酷いようならストッパーを掛けるつもりだったけど……悠君のお陰で四葉が真っ当な方向に向いてくれた。青波の奴は相変わらずでしょうけど、現状4人いる我が国の戦略級魔法師にあまりちょっかいを掛けないでほしいわ」
達也を疎む四葉分家の存在に加えて諸外国の存在。加えて達也や深雪に対して何らかの接触を図ろうとする九島家や七草家。その懸念材料に入るであろう“黒幕”の一人である東道青波をそんな風に言うあたり、千姫が剛三と同じ立場にいるのだと悠元はそう感じた。
「十師族の面々は頭固すぎよ。あの爺は孫のことをちゃんと構ってやれって義兄様に言われてるのに変わってないし、七草のクソガキは真夜ちゃんのことを諦め切れていないし……改めて呼び出して叩きのめそうかしら。悠君はどう思う?」
「年齢差からして呼び捨てはできませんが、そう思わなくもない節は否定できません」
単に十師族云々なら七草家現当主があそこまで四葉家に執拗に拘る意味が理解できないが、そこに昔の事情が絡むなら理解できる。
弘一はかつて真夜と婚約関係にあったが、昔の事件でそれが叶わぬ夢となってしまった。彼女が求める四葉を全て否定しきり、そして七草の正当性を認めさせる……この場合は弘一の正当性と言うべきだろうが。
それが分かっているからこそ、七草家の当主夫人は全国を飛び回ってあまり本屋敷にいないことが多いのだろう。諦めが悪いことを悪いとは言わないが、せめて今の妻に対しての愛情はないのかと思わざるを得ない。
まあ、今の三矢家のようにお互い恋愛結婚できたのが稀有な事例というのは否定できない事実として認識すべきだろう。
「さて、本題に入りましょうか。三矢悠元君、私こと神楽坂千姫は当主の権限を以て貴方を神楽坂家次期当主、ならびに神楽坂家当主代行に指名いたします。受けていただけるかしら?」
「一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。一つと言わず、いくらでも構いませんよ?」
「大体は納得しておりますが、当主代行というのはどういうことなのでしょうか? 見るからに健在である現当主の代行業というのは些か腑に落ちないので」
自分の力を考えるなら、十師族という枠組みにいるほうが面倒だし実家である三矢家に迷惑を掛けかねない。現状元治がその家督を継ぐための既定路線を崩そうと画策する輩が出ないとも限らないからだ。なので、神楽坂家にその籍が移ることは許容範囲内だった。
だが、神楽坂家当主代行というのは流石に首を傾げた。そこまでの権限をいきなり与えて本家や分家の人間が納得するのかどうか……その意図を察したのか、千姫は笑みを浮かべて説明しはじめた。
「悠君は現状において神楽坂家でも抜きんでています。何せ、あの『天照』の正式な単独発動は初代様以来の快挙。加えて新陰流の師範クラスということも義兄様より聞いております。それを聞けば例え分家の当主達といえども反論できませんから」
ハッキリとした実力を九校戦で示したからこそ、悠元が次期当主となることに口を挟む者はいないと千姫は宣言した。加えて千姫はこう続けた。
「今年の秋と冬、年明けからの不穏な流れは情報収集を担う『
「……つまり、夏休み明けからは三矢家ではなく神楽坂家の人間として動け、ということですか」
「ええ、正解です。夏休み明けと言うよりは、悠君が話を受けた時点で神楽坂家の人間となります。急な話になってしまいますが」
天文占術は従来の占術をより高度化させ、最長で数年先の未来を占う代物。この術を修得できるのは神楽坂家の中でもごく少数に限定されており、現在は神楽坂の筆頭主家である伊勢家が担っていると千姫が説明した。つまり、この前出会った姫梨は『星見』の一族ということでもある。
「戸籍などの手続きは神楽坂家と上泉家で速やかに行います。一高の校長への説明には私も出向きます。悠君はある意味十文字君と同等以上になるというわけ」
「……分かりました。自分としても異存はありません。非才の身ですが、微力を尽くします」
そう言って頭を下げると、千姫は笑いながら「悠君が非才なら、世の中の魔法使いが皆凡骨になってしまいますよ」と返されてしまった。いや、自分の場合は転生者という反則技あってこその部分があるので、それを抜きにしたら十師族の直系クラスぐらいだろう……え、違う?
この話を受けた時点で、自分は三矢家ではなく神楽坂家の人間となる。法的根拠はどうにでもなると発言したので、このあたりの根回しは既に済んでいると解釈していいのだろう。
とはいえ、一度自分で出向いてやらないといけない手続きはいくつかあるのが面倒だが仕方ない。なお、FLT絡みや国防軍絡みは元々別の名を使っているので事情説明ぐらいしかないのは非常にありがたい。
(……殺気!?)
すると、どこからか飛び道具のようなものが飛んでくるのを察し、左手を翳してその飛んできたもの―――複数の手裏剣を指の間に挟むような形で掴むと、気配の感じる方向に本気で投げ返す。
その手裏剣はその気配が届く前に弾き飛ばされた……その人物の防御魔法に悠元は見覚えがあった。これには忠成が感心するように見ていて、千姫はというと笑顔を崩さずに口元を広げた扇子で隠していた。
悠元は怒りや呆れといった複雑な感情を浮かべつつも手裏剣を投げつけた人物に言葉を投げかけた。
「―――屋内だというのに、いきなり手裏剣はどうかと思うんですが。
「いやー、流石は悠元君だ。お見逸れしたよ」
そう言って頭を掻きながら姿を見せたのは八雲であった。どことなく飄々とした雰囲気は相変わらずで、九重寺で出会うときの動きやすい服装だった。彼が古式魔法の「忍術使い」なので別段可笑しくはないが、その彼が試すような真似をしたことに流石の悠元も警戒を露わにした。
これを見た千姫は助け舟を出すように声を発した。
「八雲さん、お戯れは程々に。いくら『九頭龍』の長とはいえ、悠君は貴方にとって上の立場になるのですから。あまり過激なことはしないでくださいね?」
「これは手厳しい。改めて、神楽坂家『九頭龍』の長を担っている九重八雲だ。まあ、普段は叡山の末寺の和尚だから、これからもそっちで接してくれると助かるよ、次期当主殿。いや、この場合は悠元君のほうがいいのかな?」
原作ではともかく、この世界において『九頭龍』の長である八雲。“果心居士”の再来、とまで謳われたほどの実力者が味方として……この場合は部下ということになる。曲者なのは違いないが、敵に回したくないのは事実だ。エロ坊主という世俗に浸かり切った彼を正当に評価などできないが。
「後者でお願いします。というか、この屋敷には達也もいるというのに誤魔化しが見事ですね」
「これぐらい出来ないと彼の師匠としての面目が丸潰れだからね」
古式魔法の忍術使いである八雲が神楽坂家の情報収集を担っていることは別段おかしくないが、こうなると自分の情報は神楽坂家に伝わっていると解釈すべきだろう。彼が言うには、風間や達也にそのことは一切話していないと付け加えた。何せ、達也も八雲から古式魔法の知識はある程度聞いていても根幹に関わる部分は有耶無耶にされていると聞き及んでいる。
「それでは、悠君。こちらを」
すると、千姫は徐に一冊の本を差し出した。まるで平安時代にありそうな紙の冊子で、中の文字も時代を感じさせるものだが、朽ちたりすることなく綺麗に保管されているようだ。この世界には状態保存を維持する魔法も存在するのだろう……そう思っていたら魔法式が組めたことは心の奥底にしまい込んだ。
本当に転生特典が自重してくれない……かれこれ100から先は数えていないし、公にもしていない。というか、公にしたら魔法界が引っくり返ること間違いなしだ。
悠元はそれを受け取って流し読みするようにページをめくり、全て目を通したところで冊子を床に置いて、ホルスターから「オーディン」を引き抜いて魔法を発動させる。
発動した魔法の対象を大広間から見える中庭の大きな岩に設定して魔法を放つと、その岩は綺麗に消えた。これには忠成だけでなく八雲も感心するように消えた岩を見つめ、千姫も満足そうな表情を見せていた。
悠元は「オーディン」をしまうと、再び千姫に向き直った上で正座した。
「―――お見事です。あれには幾重もの結界魔法が張られていましたが、それを見事に抜いた……『月読』も修得できたようで何よりです」
「あからさまに力を高めていたのは分かりましたから。それで、次期当主絡みの話はこれぐらいですか?」
「そうですね。もう1つ試しをしなければなりませんが……悠元君、今日の夜に何があっても拒否することを禁じます」
拒否することを禁じる、という意味が分からずに悠元は首を傾げた。別に命の危険が伴う試験ではなく、ある意味力を量るというのは間違っていないと千姫は補足したが、細かい意味までは理解できなかった。
八雲はそのままとんぼ返りするようにその場をあとにし、悠元は忠成の案内でとある部屋に案内された。どうやらここは神楽坂家の当主が使う部屋とのこと。見るからに複数の結界魔法があり、これ1つだけでも現代魔法の常識を覆そうなものばかりだ。ただ、これの構築方法は失伝していると忠成が説明した。
「第二次大戦の折、それを口伝していた当主の方が亡くなったため、それの修復方法も失われたと伺っております」
忠成がその場を後にして1人きりになったところで、悠元は『天神の眼』で結界魔法の解析に取り掛かる。この術式は本屋敷を起点として屋敷の周囲に流れる水流を力の発生源としている。結界魔法の術式を解析し終えたところで転生特典をフルに活用し、新たな結界魔法をこの屋敷に張り巡らせる。
ここまでした理由は外敵からの戦略級魔法の防御を主眼としている。そこまでの人物が近くにいたら対応する方法はいくつかあるが、ある意味保険と言うべきだろう。
ついでに既存の結界魔法も修復したので、あとでその方法を紙にでも書いて忠成経由で千姫に渡してもらうことも考えつつ、悠元は着替え始めた。流石に制服のままで寛ぐというのは宜しくないからだ。替えの服は既に準備されていたが、古式魔法の家なのに浴衣や甚兵衛ではなく現代風のファッションというあたりは現当主の意向なのだろう。悠元は黒のTシャツにダークグレーのズボンという格好を選択した。
着替え終えたところで忠成が姿を見せた。彼の表情は焦りも若干含んでいたところを見ると、先程の魔法も感じていたようだ。
「悠元様、失礼します。その、先程の魔法は……」
「あ……その、結界魔法を張り直しました。もうこの家の人間でもありますから。その方法は後で纏めますので、千姫母さんにはそう伝えて下さい」
年齢上は祖母と孫みたいなものだが、家督を継ぐ関係で悠元は千姫の養子となる。なので母親呼びとなるわけだ。真由美のように「悠君」と呼んだことに関しては、特に呼ばれ方の拘り等ないという単純な理由だ。
そういえば、筆頭主家の伊勢家から嫁を宛がうことも手紙の中にあった……十中八九姫梨のことだろう。彼女から好意を向けられている以上、断るのは礼を失することになる。先程の結界魔法を感じて、千姫は忠成を向かわせたのだろうと推察し、悠元は頭を下げた。
「いえ、頭をお上げください。悠元様……いえ、若様は非凡なる才能をお持ちなのですね」
「それなりに、ではありますが。ところで、達也たちのところに行きたいのですが、どこに?」
「達也様たちは客間で寛いでおります。そちらまでご案内いたします」
「助かります」
今度からはちゃんと許可を取った上でやろう……そんな風に思いながら、忠成の案内で悠元は達也たちのいる客間まで案内してもらうことになった。流石にこの屋敷の間取り全てを半日も経過していないのに把握するのは難しい。
以前後書きでも書きましたが、神楽坂家の設定を少々書き換えました。主に本拠地あたりの設定です。
八雲の立ち位置を明確にする意味で、オリジナル設定としてそういう立場にしてみました。陰陽道と密教って系統違うのでは?という疑問もありますが、この辺は原作最新刊あたりから引用する形にしました。
別の言い方をすると彼の存在がインパクト強すぎるので、それならというやけっぱちな部分があるのは否定できませんが。
ここから主人公の名字も変わります。今後は行動面で十師族のスタンスとかけ離れていく可能性があるため、その保険という意味合いも含んでいます。
原作の達也が色々やっちゃってるから今更かもしr(マテリアル・バースト直撃)
次回、友人たちのパワーアップフラグ。