達也たちと姫梨、由夢、修二との邂逅。お互いに自己紹介をした後、昼食を挟んだ後で想子制御の練習法を教えた。無論有機物干渉に関わる部分が多いために、秘匿事項となるのは言うまでもないが。
「うう、家族には絶対に言えないじゃない……」
「それは僕もだよ……」
そういうところには目聡い父親の存在を思い浮かべつつ、エリカと幹比古がそろって自身の家族のことを漏らしているが、意識を集中させて制御の練習をしている。すると、どこかぎこちない様子を見せるレオに気付いて悠元が声をかけた。
「レオ、どうしたんだ?」
「あ、いや。言われたイメージは分かるんだが、どうにも引っ掛かるような感じがしてな」
「ふむ……レオ、全身から汗を捻り出すイメージを浮かべてくれ」
その原因に心当たりがあったので、悠元はレオの背中に手を当てる。そして、レオが言われた通りのイメージで想子制御を行った瞬間、レオの全身から膨大な量の想子が吹き荒れた。これには周囲の人間だけでなくレオ自身も驚いていたが、言われた通りに制御していくとレオの想子が収まった。
「凄かったね、今のは」
「レオ、どうだ? まだ違和感はあるか?」
「いや……ってか、寧ろ体が軽く感じるな」
想子を循環させる制御は単に魔法を制御するだけのものではない。蓄積し過ぎた想子は魔法の制御だけでなく肉体や霊子体にも大きな影響を及ぼすため、それを定期的に循環させることで想子の根詰まりを解消させる意図も含まれている。
とりわけ収束系魔法を好んで使う人には顕著に見られる現象で、新陰流の場合は硬化魔法を使った後に、別系統の魔法を使用した鍛錬で余分な想子を抜き出すという手法が取られている。
この辺りのことは開祖である上泉信綱がそれを一番理解していたようで、流石天然の超能力者というべきなのかも知れない。
「……成程、こういう感じか」
レオは想子の“過剰活性”に陥っていたため、その詰まりを解消した結果として大量の想子が吹き荒れたというわけだ。レオはすぐに想子制御の練習を再開すると、今までよりもスムーズに制御できているのが見て取れた。
これを見て面白くなさそうな表情を見せているのはエリカだった。
「何でアイツが……」
「エリカちゃん、制御が乱れてるよ?」
「わ、分かってるわよ!」
そんなエリカを制御できる立場になりつつある美月も、練習初日だというのに、制御だけで言えばエリカを追い抜いている。これだけでも十分凄いが、もっと凄い奴もいる……悠元はその人物に視線を向けた。
「ほのかに雫、姫梨と由夢、修司に深雪も流石だが……お前が一番飲み込みが早いな、達也」
「コツは大方掴んだからな」
「まあ、お兄様ですから」
それで納得できてしまうのは流石
夕食は神楽坂家の食堂となるのだが、和風の外見とは裏腹に、食堂は和を基調としながらも現代風のテイストが混じったような趣であった。大きなテーブルが一つあり、そこに座るという感じは貴族の会食みたいなものだが、椅子ではなく畳の上にある座布団に座るのはこの国らしいと思う。
そこには悠元や達也たち、姫梨や由夢、修司に加えて千姫の姿もあり、加えてもう2人の存在があった。無論、悠元からすれば顔見知りであり、それ以外の面々も知っている人間であった。
「改めて、この度上泉家当主を襲名した
「現当主の妻となります上泉
悠元からすれば血縁上の兄や従姉で、悠元が神楽坂家を継ぐことで元継とは義理の従兄弟の関係になる。この2人をこの夕食の場に呼んだ理由を千姫が説明した。
「ここにいる皆さんは現代魔法を学んでいるために分かりませんでしょうが、私たち古式魔法の面々は皆さんのことを注視しております。ああ、別に皆さんに対して釘を刺したいわけではありません」
「……遠回しに話せば要らぬ誤解を受けるかと思いますよ、“母上”」
「そうですね。私も余計な諍いは御免被りたいものです」
悠元に母親と扱われたことに機嫌を良くしたのか、千姫は説明を続ける。
魔法師に関するあらゆる問題を解決するためには、現代魔法や古式魔法といった括りに囚われてはいけない。その第一歩として、現代魔法の象徴である十師族直系から古式魔法の大家の当主を選ぶ……血縁にしても、当人の能力にしても問題はない。その意味で身内の魔法技能を上げる方向に持っていったのは良かったと思う。
達也たちを一緒に招いたのは、悠元の友人として顔合わせをしたいという千姫の意向からくるものだった。千姫本人が実際の年齢を口にすると、まるでこの世のものとは思えない何かを見ているような感想が飛んできたのは言うまでもない。
食事の後、悠元は元継と千里の2人と会談することとなった。元々は同じ家の兄弟だったが、今ではお互いに古式魔法の大家―――「護人」の立場となった。すると、元継は笑みを漏らしながら話し始めた。
「ふっ……まさか、兄よりも上の立場になるとはな。神楽坂家当主代行の悠元もそう思ったのではないか?」
「まあ、元治兄さんが三矢を継ぐのは既定路線ですから。今更三矢家に戻るということなんて難しいでしょうし、下手に十師族の諍いに巻き込まれるのは御免です」
「それは、悠元君の能力も含めてのこと?」
元治自身も現状、同年代の十師族からすれば上から数えたほうが早いレベルの実力を持つが、三矢家の魔法師という意味では、元継と悠元は元治を抜いている。これは千里も理解しているからこそ、彼女の問いかけに頷いて答えた。
「確かに、俺や悠元が今戻ったところで足の引っ張り合いになりかねん。そんなゴタゴタなど御免だからな……三矢の力を殺ごうと考える連中はいるやもしれんが」
「主に十山家でしょうね。まあ、侍郎や詩奈を利用するつもりなら、明日の朝日を拝めなくするつもりですが」
「物騒だけれど、私にとっても可愛い弟や妹みたいなものだし、吝かではないですね」
「お前らなぁ……ま、月見酒すら出来なくしてやることには同意するが」
平気で物騒なことを言っているが、あくまでも身内を害しようなどと考える連中限定である。あれだけの制裁を受けたのだから、いい加減大人しくなると思いたいが、国防軍の情報部のこともある。場合によっては問答無用の“粛清”も止むを得ないだろう。
「ところで悠元、試しについて何か言われたか?」
「拒否するな、としか言われていないかな。元継兄さんは何か知ってるの?」
「まあ、一応な……とりあえず、頑張れとしか言えない」
憐れむような表情を見せた元継と、顔を赤らめている千里の様子からして「そういう類」なのではないかと推察できてしまった……これが間違っていることを切に願いたいと思う。
すると、元継がとあることを問いかけてきた。
「悠元。どうやら友人たちにもお前の鍛錬法を教えたようだが……その意図はどこにある?」
「論文コンペのこともあるけど、今後のことを考えた場合、彼らに古式魔法の知識を教えないと大変なことになる。爺さんや母上はその辺りを鑑みて、俺と兄さんを当主や代行の立場に据えたんだろう」
原作知識ありきの部分も存在するが、それ以上に大陸の道術や方術、果ては「パラサイト」のこともある。その部分で自分自身がどこまで関与すべきか悩んでいる部分は多い。ならば、どう動いても最悪の事態を回避できるように、彼らを強くするというのは一つの選択肢としてありだろう。
「無論、秘匿すべき部分は隠すけど……秋辺りには大亜連合が動く。仲介役は“
「まるで黄泉返りでもしてきたような名前だな。国単位で動くとなれば、派遣される奴次第で本気度も窺えるな。俺の勘だと“人喰い虎”あたりは出てきそうなものだが……今すぐ排除はしないのか?」
「その後、冬は東がきな臭くなると聞いている。そこでゴタゴタが二重三重になるのは避けたい」
排除できることならしておきたいが、大亜連合の後はUSNA絡みの一件と続くことは間違いないと『星見』が予見している。ならば、ひとつずつ丁寧に排除するのが良いと判断した。
古式魔法の知識を与えたり鍛錬法で強化することは、超能力から魔法開発の先進国であるUSNAや、古来の術式に長けている大亜連合への対策だけでなく、十師族で最も古式魔法に精通している九島家に対する布石もある。
「あの国がですか……そうなると、古式魔法にも精通している九島家の扱いには慎重になるべきですね」
「場合によっては、上泉と神楽坂で古式魔法の術式提供もしなければならんということか。そうなると、提供先は四葉と七草に十文字……実家は問題ないだろうが、念には念を入れよう。矢車家には爺さん経由で話すほうがいいだろうな」
「パラサイト」の一件以降において、九島家の動きが今後の動きに影響しかねない。現代魔法では対処不可能な部分も出てくるため、その辺の対応はしていくこともお互いに話し合った。その上で、悠元はもう一つの提案を元継にした。
「で、さっき話した周公瑾の上にいるのが“七賢人”
「―――でしたら、神楽坂家の系列のホテルを使うといいでしょう」
悠元に救いの手を差し伸べるように千姫が声を掛けてきた。箱根を含めた伊豆半島にはいくつかの系列のホテルがあり、その一つにターゲットを集中させるのがいいと提案した。
「よろしいのですか?」
「相手は七賢人となれば、こちらもそれ相応の準備が必要でしょう。他国の人間を平気で実験材料にする連中の生き残りですから。ところで、それ絡みと言ってはなんですが……悠君にお渡ししますね」
千姫がそう言って渡したのは通信端末であった。千姫が言うには秘密裏に渡してきたものであるが、明らかに出所不明の代物を使う気にはならないと判断して悠元に手渡した。千姫の台詞からして、これのアクセス先というのはひとつ心当たりがあった。
「もしかして、これは『フリズスキャルヴ』の専用通信端末ですか?」
「ええ。一度だけ試しに使ったところ、明らかにこちらの情報を吟味するような“悪意”を感じたので、それ以降は一切使っていません。どう扱うかは悠君にお任せします」
天神魔法には通信端末の特定を困難にすることも可能だが、それを電子システムに組み込むという技術は実用化していない。『五芒星』についても魔法師だからこそ使えるシステムであり、非魔法師でも使える暗号通信システムが必要だと考えた。現状においてUSNAが…いや、エドワード・クラークがどこまで「トーラス・シルバー」のことについて踏み込んだかは分からない。
悠元は徐にその端末を空中に放り投げると、「オーディン」を構えて端末に向けて引き金を引いた。すると、端末はまるで空気の中に溶けていくように消え去った。
「悠元、消し去ってよかったのか?」
「危ないものが第三者の手に渡るよりはマシですし、それに『フリズスキャルヴ』の暗号強度はもう分かってますから……というわけで、兄さんと母上にこれを渡しておきます」
そう言って手渡したのは音声通信用のレシーバー。これには色々秘匿すべき技術が山盛りのため、個人の最適化が必要だと話した上で使い方を説明する。これは『五芒星』を組み込んだ暗号通信システムが採用され、現在国防軍で使われている暗号通信よりも桁外れの強度を有している。千里に渡すべきか悩んだが、彼女は必要であれば元継から聞いておくと断った。
「トーラス・シルバー」のことについても併せて説明しておいた。ここにいるのは上泉と神楽坂の人間だけであり、トーラス・シルバーの影響力も理解できるからこその根回し。
実を言うと、メディアがこぞって特集などで取り上げた際に、FLTから「トーラス・シルバーに関する不確定情報の流布を行った場合、然るべき措置を講じる」という通達を3度も送付したが、メディアは視聴率稼ぎという自分勝手な理由でそれを無視した事実がある。
それを「見ていない」で片付けたら、世界に名を連ねる魔工メーカーのFLTに対する越権行為、もしくは業務妨害で追及することも可能。その行き着く先はUSNAへの釘差しの布石。「ディオーネー計画」を含めた対外政策を有名無実化するためのもの。
それと並行して「ESCAPES計画」の立案も進行中であり、そのための根回しは中学時代に培った剛三絡みの人脈からコンタクトをとっている。
「お前が『トーラス・シルバー』の片割れと言われると納得できる所業だな。今後はこの通信機で連絡を取ることにしよう」
「そうしてくれると助かります」
これで上泉家と神楽坂家の通信体制の第一段階は整った形となった。
細かい打ち合わせもそこそこに悠元は宛がわれた部屋に戻ると、4人分の布団が敷かれていた。それが敷かれてもまだ余裕のあるこの部屋には驚きを隠せないが、悠元は隣接する浴室のシャワーで汗を流すと、用意されていた下着と寝巻に着替えて、真ん中あたりの布団に潜り込んだ。
(まだまだ解決すべきことは多いけど、一先ずは小休止かな……)
思いの外疲れていたのか、悠元はそのまま押し寄せてくる眠気に身を委ねたのだった。