魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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婚前交渉は突然に

「……」

 

 真夏に布団で眠れなかったわけではない。寧ろぐっすりと眠れていた。だが、妙にスッキリとした気分なのは否定できない。しかも、寝る時は寝間着を着ていたはずなのに、起きた時には何も身に纏っていなかった。

 

(妙な夢だったな……でも、拒否するなとか言われたし……)

 

 妙な夢とは、自分の視点を見ているような夢で、明らかに何も纏っていない深雪や雫、姫梨が抱き着いてきたのだ。肝心な部分はアニメとかでよくある“不思議な光”で隠されていたが。

 ここで、ふと両脇の布団を見てみると……ゆっくり眠っている三人の女子がいた。そのうちの一人は肩の部分が見えているのだが、明らかに下着を着ていない。布団をめくって見るというのも相手に失礼だと思い、静かに起き上がる。

 

「……想定していたとはいえ、これはねえよ」

 

 一応[天神の眼]で確認したところ、想定通りの展開となっていたことに頭を抱えたくなったが、ひとまずそのままシャワーを浴びて服を着ると、ゆっくり寝かせてやろうと思いながら部屋を後にした。

 すると、その出会い頭に千姫が姿を見せた。

 

「おはようございます、母上」

「おはよう、悠君。その様子だと気付いたようですね?」

「自ずと、といったところは否定しませんが。ですが、よろしいのでしょうか?」

 

 同じ部屋の布団に寝ていたのは深雪、雫、そして姫梨の三人だった。敵意や悪意はともかくとして、特にそれを連想させるような感覚はみられなかった。すると、千姫はその辺を説明しながら移動することとなった。

 

「特殊なお香を用いて、悠君の力を試したのですが……正直、予想以上でした。隠しカメラで様子を見ましたが、神楽坂の名に恥じぬかもしれません」

「……婚前交渉のラインを思いっ切り踏み越えているのですが」

 

 神楽坂家に伝わる秘薬の一つで、男性としての力(子孫を残すための力)を試すために使ったとのこと。だが、千姫の予想を超えてかなり精力的にハッスルしていたと話す。というか、カメラを仕掛けてその様子を観察するって普通じゃない気がする。まあ、魔法使いに常識を求めるのが間違っている気もするが。

 そもそも婚前交渉に含まれそうな案件なのだが、これも問題ないと千姫は話す。

 

「問題ありませんよ。本人たちには予め了承を得ていますし、あの三人は神楽坂家の血縁でもありますから」

「姫梨は分かりますが、深雪と雫もですか?」

 

 千姫の妹が鳴瀬家に嫁いでいて、その彼女の孫が雫にあたる。そして、神楽坂家の先代当主の弟にあたる人物の名は東山(ひがしやま)元英(もとひで)……その息子にあたる人物の名は四葉元造―――四葉家の先々代当主であるため、達也と深雪は神楽坂家の傍系ともいえる。

 一応言っておくが、移動型の遮音の結界を張りながらなので、この辺の話は二人以外に聞こえていない。

 

「婚約の序列については、深雪さん、雫さん、そして姫梨の順となります……まあ、これも現段階の話ですが」

 

 序列に関しては九校戦での成績を勘案した結果だと話す。神楽坂家の直系を一番上に置かなかったのは、本人たちの恋愛事情を鑑みたとのことらしい。

 上位三人の序列変動は起きないが、序列の格付けは増えていくと言いたげな千姫に尋ねた。

 

「現段階? まだ増える、とか言いませんよね?」

「悠君の精力だと三人だけじゃ耐え切れない、と結果が出ましたので」

「……はい?」

 

 予め言っておくが、そんなことを言われても実感が湧かないし、そこまでの甲斐性が自分にあるとは思えないからだ。

 正直なところ、婚約者のことはある程度想定していたし、かつて婚約破棄された一件のこともあるし、三矢家にいた時も元から婚約に関してのことは少しばかり聞いていた。バレンタインにおける本命の割合からすれば、自分がどう見られているかは客観的に把握していた。

 いくら『複数の女性との婚約を想定している』と事前に言われていても、いきなり複数の女性と関係を持つ段取りに遭遇するだなんて誰も予想なんてできない。元継や千里との会話でその可能性は想定していたが、有り得るはずがないと……どうやら常識は悠久の彼方へと去ってしまったようだった。

 

 下手に体を重ねるような事案となれば、高校生である自分らに悪影響を残しかねない危険性がある。魔法使い自体早婚が望まれていたとしてもだ。

 その辺の対処を天神魔法絡みの秘術で対応可能なのは、この魔法を考え付いた人たちも色々苦労していたのだろうと思わなくもない。なお、その辺を考慮しての事なのか、使ったお香には最後の一線を防ぐ効力が含まれていた、と千姫がそう説明した。

 

「三人が起きましたら、改めて婚約者の顔合わせを行います」

「普通は順序が逆のような気がしますけど……分かりました」

 

 千姫と別れた後、悠元は屋敷の裏手にある裏山を走っていた。普通に駆け上ったりするのではなく、魔法を駆使して木の上に登ったりなどを繰り返していた。

 この辺の動きは新陰流剣武術の修行で自然と身に着けたものだが……ふと、見知った気配を感じて振り向くと、そこにはトレーニングウェア姿の達也がいた。

 

「おはよう、達也」

「ああ。おはよう、悠元」

 

 聞けば、制御訓練と運動でどこかいい場所がないか、と千姫に尋ねたところ、ここを紹介してもらったと話す。流石に九重寺での体術の訓練はできないので、軽い運動ぐらいだと説明した。

 

「木の上を飛んでくるのは、流石に軽い運動の範疇を超えてると思うぞ?」

「分かってはいるんだが、師匠は平気で要求してくるからな」

「(やっぱあの坊主、一度沈めないとダメだな)折角だし、軽い手合わせぐらいなら付き合うけど……どうする?」

「……お願いする」

 

 そうして始まる悠元と達也の手合わせ。最初は軽めのつもりだったのだが、達也の負けず嫌いから次第にヒートアップし、最終的には達也が地面に横たわっていた。流石に武術の達人クラスと認められている悠元相手には八雲と違う意味で大変だと実感していた。

 悠元は魔法で達也の服についた土埃を落としながら話しかける。

 

「あのさぁ……途中から相手を仕留めるような動きになったから、流石に命の危険を感じたんだが?」

「すまない、反省はしているつもりだ。しかし、本当に強いな」

「爺さんは子や孫に甘くても、武術だけは容赦なかったからな」

 

 その修行風景はとても人に見せられるようなものではない。例えて言うなら、著名な海賊漫画にいる毬藻頭とか言われる剣士の修行のようなものに近い。言っておくが、同じ上段クラスの人間でもそんな練習はやっていない。

 理由は『真似できる人が皆無である』からだ。

 

「悠元。深雪は色々手の掛かる妹だが、見放さないでやってくれ」

「仮にそうなったら、お前から[質量爆散(マテリアル・バースト)]が飛んできそうだ。間違ってもそんなことはしないと約束する」

「お前は俺のことをどう思っているんだ……いや、言わないでくれると助かる」

 

 原作とは違って、深雪のブラコンの度合いはマシな範疇に落ち着いている。その反面、彼女の母親に気に入られているという案件も抱えることになる。その意味では達也も自分の母親から恋愛事について心配されているそうだ。

 

「流石に司波家でそういうことはしたくない。というか、お前に無用のストレスを与えたくない。普通は無理だが、せめて平穏な学生生活を送らせてほしいと思う」

「……すまない」

「いや、いくら身内絡みとはいえ、達也が謝ることじゃないと思うんだが……」

 

 婚約者の一件は四葉家の次期当主が決まってから正式発表となる。なので、深雪たちとは表向き“仲の良いクラスメイト”という形に落ち着いてくれればありがたい。流石に達也がいる前で今までの露出度が更に上がるということは……ないと信じたい。

 達也がいくら感情に乏しいとはいえ、ストレスを感じないというわけではないのだから。

 

「多分、深雪のことだから自重しないような気がしてな。母上や叔母上が面白がる未来を思うと……先に謝った」

「諦めろと?」

「……」

「おい、黙るなよ達也」

 

 この後に出た達也の言葉はというと、「うちの家系の女性陣は良く分からない」というものであった。四葉の係累である達也に分からないと言われてしまっては、悠元ですら「分からない」と諦める他なかった。

 

 朝食後、悠元は千姫の仲介という形で改めて三人の婚約者と顔を合わせることになる。というか、三矢家や上泉家で教わった婚姻の段取りを無視していた流れというのには驚きしかなかったが。その三人の婚約者―――深雪、雫、姫梨に対してこちらも自己紹介をする流れとなった。

 

「神楽坂家次期当主、神楽坂悠元だ。とまあ、自己紹介の流れはここまでとして……」

「何か疑問でもあるの?」

「疑問というか、階段すっ飛ばしにも程があるんじゃないかって思うんだが。普通はお見合いとかで面識を持ち、互いに交友を深めてから一線を越えるというのが常識的な段取りだろうに」

「あはは……否定はしませんが、お祖母様はそう言うことを面倒がる性格ですので」

 

 昨晩のことがあるからか、三人のほうはどこかぎこちない様子を見せていた。なので、変に壁を作ってほしくないという意味を込めて言い放った言葉に姫梨が苦笑を浮かべた。

 どうやら、女子三人でお互いの事情について話していたようで、深雪が四葉家の係累だということも聞き及んだとのこと。雫と姫梨からすれば逆に納得できたようで、その辺は秘密にするということらしい。

 

「それで、深雪は何か不満でもあるのか?」

「いえ、そういうことではなく……この先、悠元さんの妻が何人になるのかが気になりまして」

 

 現状は深雪、雫、姫梨の三人が確定として、今後増える可能性として候補に挙がるのは、一条家だと将輝の妹である茜、七草家でいうなら泉美、五輪家で言うなら澪も候補に挙げられるだろう。

 

「私も気になる。で、どうなの?」

「それを聞かれても……寧ろ俺が知りたい最大の疑問だよ」

 

 何せ、この時点でも十師族の一角である四葉家、国内有数の財閥グループを有する北山家、そして神楽坂分家の一つである伊勢家から娘を娶るだけでもお釣りが出ているレベル。

 ここから更に増やすとなると、間違いなく神楽坂家経由での婚姻の可能性が大きいが、正直未だに良く分からない家の繋がりなど、把握しようとするだけで頭が痛くなりそうな案件だと思う。

 

「最低でもエリカはまずないだろう。向こうも『悠元みたいな存在だと、正直私がもたないわ。親友程度の付き合いなら歓迎だから、程々が一番よ』とか言ってたし。それに関して取り繕う必要もないからな」

「エリカらしいわね」

「私は他校なのでそこまでではありませんが……あ、そうでした。夏休み明けには一高に転校することになりましたので」

 

 神楽坂家の事情を鑑みるなら姫梨の転校は妥当なものである。伊勢家自体は彼女の兄が継ぐことになるので問題ないと話す。なお、魔法師としての能力は姫梨より劣るとのこと。

 

「本当に急だね。ほのかは達也さんが気になってるけど……深雪としてはどうなの?」

「お兄様にいい出会いがあれば、私としては吝かではないというところよ。ほのかが本気でアタックするのなら、友人として応援するわ。それはそれとして、一番気になるのは……七草会長ね」

 

 正直なところ、泉美を考えるなら真由美の扱いをどうするつもりなのか……気になっているのは否定しない。あれだけ積極的にスキンシップを図ってくるのはいいとしても、姉妹で同じ人に嫁がせるのは色々問題が出てくるだろう。香澄とは苦労人的な友情が芽生えているかもしれない。何せ、香澄とはよくネットのチャットアプリで話をしているが、会話の大半は姉および双子の妹絡みのことになっているほどだ。

 その意味で言うなら深雪絡みの問題も残っているわけだが。森崎あたりも怪しいが、真っ先に名前を挙げるとするなら将輝になるのは間違いない。

 

「七草家の現当主がどんな策略を考えてるかは知らんし、考えたくもないが……その意味だと深雪も他人事じゃ済まないだろうな」

「確かに。三高の一条家の御曹司(クリムゾン・プリンス)は深雪を熱い眼差しで見てたし」

「深雪さんは人を惹きつけますからね」

「二人とも……私としては、悠元さんに嫌われないか不安で一杯ですのに」

 

 雫は九校戦のダンスパーティーで将輝と深雪(プラス達也)のやり取りを見ていたようで、姫梨は懇親会の時の雰囲気で感じ取っていたと話す。やや不安げな表情を見せる深雪に対して一つ息を吐いたうえで語る。

 

「正直に話せば、深雪に好意があるのは事実だ。下心を抱いていたのも否定できない。その結果が昨晩の有様だ……俺自身、他の男子連中と大差ないかもしれんな」

「そんなことありません! 悠元さんは魔法師としての私ではなく、私自身を見てくれています! だから身も心も捧げたいと強く想うほど好きになった……あっ」

 

 深雪のある意味自爆に近い発言で、深雪は赤くなった顔を両手で隠していた。なかなか見ることのない深雪の様子に雫が思わず笑みを零した。

 

「流石悠元だね。でも、そうなると正式に婚約を発表したら大変なことになると思う」

「何が流石なのかは置いておくが、初めは婚約者募集ということになるだろうな。まあ、俺だけでなく達也もそういった流れになりそうだが……察することはできるだろうが、秘密にしてくれ」

「大丈夫です。私の場合は祖母から聞き及んでいますので」

 

 達也は制限こそ受けているが、まぎれもなく戦略級魔法師のひとり。これで完全な想子制御まで身につければ、仮想魔法演算領域であっても汎用の現代魔法で500msを切ることも難しくはないだろう。

 まだ恥ずかしさで身悶えている深雪の頭を撫でると漸く落ち着いたようで、深雪は余計な言葉を発することなく座りなおした。その反面、雫と姫梨がやや不機嫌となっていたので、あとでフォローすることも織り込んだ上で話を続ける。

 

「俺が神楽坂の次期当主となることは、明日に日本魔法協会から十師族と師補十八家、一部の百家に通達されることとなる。吝かではないんだが、色に溺れるのは流石になぁ……」

「え、えっと……」

「まあ、分からなくもない。むしろ私たちがもたなかったから。姫梨なんて凄かったし……主に胸が。妬ましい」

「雫!?」

 

 昨晩の既成事実があるとしても、出来ることなら婚約相手を大切にしたいし、それに学生生活をリタイアするなんてことは避けたい。色々騒がしいが、楽しいことは事実だからだ。

 そんな思惑を込めた悠元の言葉に深雪は苦笑を浮かべ、雫は昨晩の事実の一端に触れ、それを聞いた姫梨は何かを思い出したように顔を赤らめつつ雫がそれ以上言わないように窘めた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が婚約者との顔合わせをしていた日の翌日、燈也は六塚家の本屋敷にいた。その経緯はというと……九校戦の祝賀会の翌日、学校に戻ってからそのまま居候している新発田家に帰宅すると、エプロン姿の琴鳴が出迎えた。

 

「おかえり、燈也君」

「ただいまです、琴鳴さん。勝成さんはまだお仕事ですか?」

「ええ。そうそう、燈也君に六塚家からお手紙が届いていたの」

「手紙ですか?」

 

 珍しい、と燈也は内心で呟いた。自分の姉もとい六塚家現当主である温子は九校戦の観戦に来ていたが、その際にスピード・シューティングとクラウド・ボールの成績を褒めてくれた。それ以上のこともなく仙台に帰ったので、これ以上の用事もないと判断したかったのだが……燈也は亜実から旅行のお誘いを受けていたのだ。

 ともあれ手紙を確認すると、一度実家に帰ってこれないかということになった。一応亜実にその辺を加味できるか確認すると、亜実からは逆にその日の宿が取れなくなったそうで、出来るなら六塚家に泊まれないかとお願いされた。

 なお、温子の返事は「大丈夫よ、問題ない」と返ってきたことに燈也は頭を抱えたくなった。

 

「六塚殿。此度は急なお願いをしてしまい、本当に申し訳ありません」

「構いませんよ、十文字殿。貴方のような立場では色々大変かと存じますが、それでも自由なうちに経験を積むことは決して悪いことではありませんから」

 

 誘われた旅行は元々勉強合宿を兼ねていたため、亜実以外だと真由美と摩利、それに克人も一緒だった。悠元とは別の意味で目立っていることに関して内心で独り言ちたい気分の燈也に対し、克人と温子は十師族らしい会話を繰り広げていた。

 すると、温子は克人に対してこう言い放った。

 

「近々、隣にいる燈也を六塚家の次期当主に推し、次の師族会議までに当主の座を譲ります。十師族は強き者が選ばれるのが道理ですので」

「……理解できなくはないつもりです」

 

 克人がそう歯切れも悪そうな口調を述べたのは、克人自身の家にも関係している。

 学生の身でありながら当主代行を務めているのは、十文字家現当主である十文字和樹(かずき)の魔法力の減少が大きな要因である。その辺の事情は六塚家の当主である温子にも詳しくは知らない。だが、燈也は十文字家の現当主の話を聞いてある程度の推察をしていた。

 

 ――ー自身が持つ魔法演算領域の許容範囲を超えた魔法力の行使。

 

 他の師族から魔法技術の提供を受けていたとしても、ただでさえ『ファランクス』は多種類・多重を求められる複合術式。それを行使し続けるとなれば並みの演算規模では到底不可能だ。それは『ファランクス』を切り札にしている十文字家自体も例外ではない。

 温子が推測するには、次の師族会議で十文字家の当主交代が起きるのは間違いないと考えている。なので、それまでに燈也を六塚家の当主に据えるつもりのようだ。

 

「これは内密のお話ですが、燈也は3年前に佐渡を訪れていて、その際に遭遇した新ソ連の兵士を一人残らず殺しました」

「それは初耳です。一条家からの報告では、謎の少女がその兵士を躊躇うことなく殺したという証言があがっておりましたが……六塚、本当なのか?」

「ええ。定期船の渡航記録には偽名で乗船していました。流石に六塚の名で乗れば、研究所がある関係で面倒でしたので」

 

 燈也がその兵士の装備などを話すと、聞いた情報と一致したので克人は本当のことだと判断した。実力を示している以上、燈也が六塚家の当主になっても問題はないということになる。

 温子は事実を織り交ぜて克人に話すことで、師族会議における燈也への継承をスムーズに行いたいという思惑だろう。引退後は表の職業である地熱発電の会長職に就いて、魔法技術による発電能力の向上を目指すとしている。

 

 すると、ここで六塚家の使用人が部屋の中に入り、温子に手紙が渡された。彼女が静かに手紙の中に入っていた便箋に目を通すと、一つ息を吐いた。

 

「燈也、それに十文字殿。今七草さんと渡辺さん、亜実さんをお呼びしていますので、暫しお待ちいただけますか?」

「それは構いませんが……手紙の内容に関わることでしょうか?」

「ええ。そう受け取っていただいて構いません」

 

 数分後、部屋に招かれた真由美と摩利、そして亜実が席に着いたことを確認すると、温子は襟を正すような素振りを見せた上で話し始めた。

 

「こちらは先程、魔法協会より送られた書状です。内容については、上泉家および神楽坂家の次期当主についてでした」

 

 上泉家という言葉に克人も少し表情が強張り、真由美と摩利も表情を険しくさせる。春の一件がある以上、そういった反応は仕方ないと燈也は思う。その一方、その辺の事情を詳しく知らない亜実が首を傾げていたことに、少し癒された。

 

「上泉家の次期当主は上泉元継。三矢家現当主の次男が婿養子に行き、つい先日当主を襲名したそうです。そして、神楽坂家の次期当主ですが……三矢家三男の三矢悠元君です」

「……悠元が、神楽坂家の次期当主にですか?」

「ええ。書状の中には、上泉家前当主―――剛三殿の夫人が神楽坂家現当主の実姉、と記されています。上泉家にもその旨が触れられていますので、まず間違いないでしょう」

 

 温子は、神楽坂家との関わりはないが上泉家との関わりを有している。魔法協会を通しての通達ではあるが、手紙そのものは筆書きによる直筆の手紙。それを二家揃えてとなると、大分前からその辺の話を詰めていた可能性があると睨んでいた。

 

「三矢……いや、この場合は神楽坂と言うべきか。七草はどう思う?」

「本音を言えば、悠君の実力は十師族でもパワーバランスを崩しかねないと思います。十師族の枠組みから外れたことは、つまり彼を師族会議でコントロールさせないと言っているに等しいでしょう」

「七草さんの言うとおりかもしれません。彼の力が明るみに出た以上、何かしらで囲い込みを狙いたい家は少なからずあります。それを阻止したのは『護人』―――十師族の更に上の存在で、主以外の何者にも干渉を受けない。国の守り手である神楽坂家と上泉家の2つだけです」

 

 温子が護人の存在を明かすと、真由美と摩利、亜実は驚いていた。克人と燈也はそれぞれ話を聞いていたため、特に驚くようなそぶりは見せなかった。だが、更に驚くのはここからだった。

 

「とりわけ、神楽坂家は政財界に強い影響力を有しています。先日の九校戦で彼が見せた魔法は、恐らくその力を内外に示すためのものだったのでしょう」

「……悠元の魔法は文字通り『万能』に近いと思います。僕がスピード・シューティングで使った魔法も彼からの提供でしたから。姉上、そうなると三矢家に変な圧力がかかるのでは?」

 

 上泉家と神楽坂家に養子を送り込んだ三矢家を他の師族が座視しているとは思えない。ましてや、男子はともかく未婚の女子が三人もいる状況だ。加えて三人とも魔法師として高い資質を示しているため、婚姻を結びたいと考えている家は少なくない。

 温子も、三矢家現当主の元が師族会議の発言力を強めたい、と考えてそうしたわけではないと踏んでいる。そもそも、七草家のように発言力を強める理由がない。

 

「実を言いますと、さっき実家からの暗号メールで次期当主の件が送られてきました。婚約者云々のくだりは思いっきり無視しましたが」

「真由美……それで、六塚殿はどうされるおつもりですか?」

 

 ここで尋ねたのは摩利だ。原作とは異なり、渡辺家は三矢家長男の嫁を養女とした実家の立場。百家でも発言力は上のほうになっているため、他人事では済まされない立場だ。温子もそれを分かっているからこそ、摩利の同席を認めた。

 

「変なことはしないつもりです。幸い、三矢家と四葉家にも良い印象を持ってもらえたのですから、損を被るのは得策ではありません」

 

 何故ここで四葉の名を出したのか、と訝しむだろう。そこで燈也は新発田家のことを含めた上での発言だと推察した。

 温子の部屋から燈也が宛がわれた部屋に移動することとなり、真由美は猫かぶりを止めるように言い放った。

 

「あー、美嘉さんが言っていた意味ってこういうことだったのね。上泉家のほうは千里さんでしょうけれど、悠君は正直読めないわね……何よ、摩利?」

「いや、婚約者の話となると、お前なら諸手を上げて喜びそうなものだと思ったからな」

「正直に喜べないわよ! あんのタヌキオヤジの思惑に乗りたくないし、第一泉美ちゃんと本気の話し合いをしなきゃならないのよ!」

「そこまでのことなの!?」

 

 今の台詞を聞いている限りだと、真由美が悠元に好意を持っているのは事実。だが、その最大のハードルが自身の妹という問題を抱えている。これには亜実も驚きつつ声を上げた。

 

「六塚はどう考える?」

「そうですね……悠元は深雪や雫と仲が良いです。深雪は分かりませんが、雫は立場的に問題ないでしょう。場合によっては複数の家と縁談を結ぶことも考えられますので、二人ともという可能性はありえなくもないかと」

 

 優れた力を後世に残すというのなら、現行の法体制を多少なりとも無視する方向になるというのが燈也の出した結論。神楽坂家は政財界に強い影響を持っているので、その辺の融通など問題なく行えると判断した。

 




可能な範囲内での書き方となるとこれが限界でした。何がって? 言わせんなよ恥ずかしいでしょう……

この時点で達也と深雪の素性を知っている原作メンバーは雫だけです。雫自身その辺の機敏ができると思ったからです。口が堅いというメリットもありますので。

次回は主人公以外の視点のお話の予定。

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