京都にある日本魔法協会の本部。それが入っているビルの最上階に位置する会長の執務室では、一人の女性が座っていた。見るからに30歳代のようにみえるが、これでも二児の母でもある女性―――
「はぁ……九島閣下からの要請となると断れませんが、正直胃が痛くなりそうです」
そう独り言ちた理由は単純明快。昨日、急遽九島家から面会の申し出を受け、亜澄が出迎えた人物は九島家先代当主の烈。当主の座を退いたとはいえ、元国防軍将校や十師族としての実績と信望は健在だった。
その烈から「急遽師族会議を招集してほしい」と申し出を受けた。流石に九島家単独でとなれば難しいが、出向いたのが彼である以上は断ることもできない。
理由は亜澄も察していた。というか、上泉家と神楽坂家の両家から師族二十八家と百家の一部に通達された内容の後に会議の申し入れを受けたため、議題も自ずと理解できていた。
その要因となったのは、三矢悠元―――いや、既に戸籍上の手続きは済んでいるため“神楽坂悠元”と言うべきだろう。彼の実力は、先日行われた九校戦でハッキリと示された。何せ、出場した2種目で一条家の御曹司を破っての優勝は誰の目も誤魔化せない内容だ。
明日はその臨時師族会議が開催される。今回は急な話のため、半分以上の当主がオンライン回線での参加。一条家、二木家と九島家が本部である京都に出向く手筈となっている。
魔法協会としても事実確認はしておきたいが、変な諍いになって十師族の足並みが乱れるのは御免である。なので、亜澄は自分の娘が十師族の六塚家と婚約関係にあることを思い出し、六塚家にコンタクトを試みることとした。
「申し訳ありません、六塚殿。そちらもお忙しいのに急な連絡をしてしまって」
『構いませんよ、五十嵐殿。私も娘さんとは仲良くさせて頂いておりますから。それで、如何いたしましたか?』
「はい、実は―――」
亜澄自身、誰かに相談して自分のストレスを減らしたいという思惑もあった。それを女の勘みたいなもので察したのか、連絡を受けた温子は亜澄の相談内容に口を挟むことなく聞き手に徹した。
それを聞き終えた後、温子はこう提案した。
『―――幸い、燈也が悠元君の連絡先を知っているようですので、コンタクトを取ってみます。先ほどの話は彼に伝えてもよろしいですか?』
「ええ。当事者となればいずれ耳に入ってしまうことですから」
この時、六塚家には克人、真由美、摩利、それに亜実もいることは亜澄も知っていた。十師族に名を連ねるという意味を早く知ってほしい、という親心も含まれていたりするが。
◇ ◇ ◇
指名式の翌日、私服姿の悠元は電話(前世風に言うならテレビ電話)で元と通話していた。いくら神楽坂の養子になったとはいえ、元の息子であるという血縁関係までは捨てきれない。
とはいえ、公的な場では流石に別の家の人間として扱わなければならず、しかも護人の当主と同等である以上は、元のことを「三矢殿」と呼ばなければならない。年上の人間に下の立場にかける言葉遣いというのは難しい。特に自分の両親に対しては。
まあ、私的な連絡の場合は、いつも通り親子の会話ではあるのだが。
「―――とまあ、現状はこんなところ。父さんのほうは大丈夫?」
『美嘉を宥めるのが大変だった。お前が責められることよりもお前が多妻を持つことに対してだが』
「黙ってれば普通に美人の部類だと思うんだけど」
『……否定はしない』
臨時師族会議についてだが、千姫もこれには頭を抱えていた。あのまま元継と悠元を三矢家に置いたら、将来的に四葉家と同じように突出していた可能性が高い。あわよくば両家を潰し合いで消耗させたいと目論んでいた可能性もある……というのが、千姫の出した結論だった。
だが、現実的にそれが不可能と言ってもいい。
まず、四葉家自体が大分落ち着いたというか、他より抜きん出た情報入手手段を持ち得ている以上、無理をする必要性が皆無。加えて、深雪が悠元の婚約者となったことで、三矢と四葉、上泉と神楽坂の連携も可能となった。
ただでさえ、真夜と深夜が魔法師として極めて高い実力を持っていることに加え、達也もそこに加われば自ずと目立つのは仕方がないことだ。
なお、達也の四葉家次期当主の可能性について深雪に聞いたところ、「叔母様とお母様ならやりかねないでしょうし、仮にお兄様が次期当主候補に立候補されるなら、私どころか同世代の次期当主候補は揃って辞退なさるでしょう」という答えが返ってきた。
父母世代とは異なり、達也を必要以上の色眼鏡で見ていないことが浮き彫りといえよう。
四葉家次期当主のことはさておき、悠元が元と連絡を取ったのは、お互いに何を考えているかという腹の探り合い……というより腹を割って話すというのが妥当だろう。
「提案者が九島閣下って時点で、九島家の現当主と先代当主に対する好感度がストップ安を更新しそうなんだが」
『そういえば、ふと思っていたことだが……閣下の孫に関しては治療しなかったのか?』
「爺さんが止めたし、俺もそうすべきじゃないと思ったから」
仮に彼を治した場合、九島家の現当主が悠元を引き込もうと婚姻を推し進める可能性が高かった。年相応の女性は九島家にいないが、藤林家にいる響子を婚姻の相手として押し込もうとする可能性が否定できなかったからだ。
沖縄防衛戦で当時婚約していた相手を失ったばかりの響子だ。傷心している彼女に対しての婚約は、流石に酷というレベルでは済まない。これは剛三も同意見だったので、特に対処はしなかった。その時点だと、自分自身のこともあって婚約に前向きじゃなかったことも影響しているが。
想子情報体や霊子情報体、魔法演算領域への干渉魔法は現代魔法において有機物干渉となるため、禁忌とされる部分も多い。『
「響子さんが人格者なのは確かだけど、婚姻となると話は別だよ。大体、独立魔装大隊への所属も暫定的なものだから。どうせ九島閣下はその辺の事情も知っているのだろうと思ったけど」
『何かあったのか?』
「九校戦の九日目の夜に風間少佐と直接会話した。その際に達也のことを『惜しい』と閣下は仰っていたそうだ。加えて俺のこととなると……少なからず知っているというか、風間少佐がそれを匂わせる発言をしたのもあるけど」
別に風間のことを咎めるわけではない、という意味合いを含めつつ悠元はそう述べた。
明確な抑止力はあってしかるべきだが、国防軍には第二次大戦前のような軍拡主義を主張しかねない輩も少なからずいる。戦略級魔法という存在、それを扱うことのできる魔法師を軍の命令に従って引き金を引く“兵器”となるのは真っ平御免である。
そうやって増長した結果、どうなったかは歴史が証明している以上、先人の経験を基に行動するのが普通だが、どんなものであれ「力」というものは人を惑わす魔力を備えている。魔法が使えるか否かに関わらず、大事なのは己を律する“心”だろうと悠元は思っている。
それを無くせば、命じられたままに引き金を引く
「俺としては、父さんが怒って議場のテーブルを叩き割らないか心配してるんだけれど」
『……実を言うとな、魔法協会を経由せずに七草家と九島家からお前のことについての質問状が来ていた。それに目を通した後、思わずお気に入りのグラスを握力だけで砕いていた。仕郎さんに慌てて治療してもらうまで気付かなかったほどだ』
「おう……(ある意味遅かったか……)」
元が言うには、三矢家内のこととはいえ、十師族でも最強格に位置するであろう悠元を勝手に十師族の外に出すことは、十師族の強さそのものに疑いを残すことになるという意図を含んだ質問状だった。
元々がっしりとした体格だったため、掌が軽い切り傷程度で済んだのは良かったと思い、悠元は父親が割ってしまったグラスを見繕うことも考えつつ、静かに語り始めた。
「正直な感想を言うけど、身内のことすらしっかりできない連中に言われる筋合いはない……これが、今言える感想かな。強さを追い求めたいと言っておきながら、四葉家に対する姿勢のダブルスタンダードの時点で信用なんてできないけど」
『そうか……私としても、この体制を崩すつもりはない故に現状の立場を堅持するつもりだと宣言する。正直に言えば、お前と話してなければテーブルを叩き割っていただろう』
「……母上に許可は貰って直筆の書状は認めた。一応内容は確認してほしい」
『お前自身が書いた書状なら問題はないだろうが、わかった。一応目は通しておく』
その書状には、今後起こりうる出来事の可能性も含めたことが書かれている。ちなみに、その持たせた相手は八雲であり、彼ならば相手を手玉に取ることぐらい茶飯事と言わんばかりに可能だろう。
元との通話で三矢家の屋敷へ行く日程を話し合い、通話を終えたところで深雪が姿を見せた。結界のおかげで過ごしやすいとはいえ、深雪のワンピース姿は映えるものがあった。ただ、これには一つ問題がある……と悠元は眉間に指先を置いていた。
「深雪、オシャレをしたい気持ちはわかるが……流石に生地が薄くないか?」
「大丈夫ですよ。それに、悠元さん相手なら恥ずかしくありませんから」
(達也、よく耐えてたな……)
魔法科高校の制服も体のラインがハッキリと出るようなものだが、深雪が着ている白のワンピースは生地が薄いようで、水気を含むと下着などがハッキリと見えかねない。恐らく、このコーディネイトを仕立てたのは千姫だろうと思う。
これだけ魅力的な深雪に対して、欲情を抑えていた達也に内心で賞賛を送っていると、深雪は悠元の隣に座って悠元に凭れ掛かった。別に拒否する事情はないため、深雪の好きなようにさせていた。
「悠元さんは、どうして神楽坂家の当主に選ばれることを受け入れたのですか? 悠元さんのお父様や千姫さんとの絡みもあるかもしれませんが」
「あのまま十師族にいると、実家でお家騒動が起きかねなかった。元治兄さんに家督を継いでほしいというのもあるけど、穂波さんには幸せになってほしいという思いもあったから」
穂波のことは深雪も深夜から聞き及んでいた。なので、穂波が将来の十師族当主夫人という立場になってしまうが、それでも人並みの幸せを掴んでほしいという悠元の言葉を聞き、深雪はクスッと笑みを漏らした。
「それに、十師族という枠自体が面倒だったのさ」
「面倒、ですか?」
「四葉の係累である深雪に言うのはどうかと思うが、強さを追い求めておきながら出る杭を平気で打ち込む柵なんて俺の望むところじゃなかった」
同じ組織であっても何らかの歪みは生まれてしまう。こういったところを無視した結果、大事になったのが原作におけるスターズの一件とみている。
そんな連中がいるとわかっている以上、強くなって損はない。既に元継は天神魔法の更なる習得に励んでおり、姫梨や由夢、修司も天神魔法の研鑽に努めている。雫については千姫直々に天神魔法を教え込んでいる。
深雪に対しても今後は古式魔法対策の一環で天神魔法を教えていく形になる。本来の修得法から道を外れるが、千姫の許可が出ている以上は反対する理由もない。
「正直なところ、この国に敵は多い。周辺国家すべての戦略級魔法師を相手にしなきゃいけないなんて御免だが、その最悪の可能性を捨てるようなことはしたくない。皮肉なことだが、この国を守るための抑止力は確かに必要なんだ」
九重寺での魔法練習では、そういった連中の戦略級魔法を完全再現することも念頭に入れていた。一度出来てしまえば応用も考えつく……天神魔法を併用することで、『トゥマーン・ボンバ』を特定の天候条件なしに発動可能という有様だ。
既存の戦略級魔法を超えた「超戦略級魔法」も一応完成しているが、計算上ではアラスカ地方を丸々消し飛ばすことも可能という計算結果が出たため、封印案件となった。
「そのためには、十師族という枠内にいることが足枷になりかねないと判断し、爺さんと千姫さんの提案を呑んだ。その意味だと、深雪も他人事じゃないんだが?」
「……そうですね。でも、私もお兄様もまだまだ強くなれる……雫と戦ったことは、私にとって良かったのかもしれません。でも、雫に贔屓し過ぎるのはダメです」
「あれは偶発的な事故案件に近いからノーカンで」
しかし、主人公の妹を嫁に貰うということは、
気が付くと、深雪は後ろから体を密着させて来る。フローラルな香りだけでなく、とても高校1年生とは思えないほどの色気と柔らかさを感じるほどだ。
「あの、深雪さん? 当たってますよ?」
「当ててますから。家では何度も夜這いをしようか迷ったんですよ?」
「理性が灰燼に帰すレベルで吹き飛ぶわ」
気が付けば、深雪の顔が目の前にあった。そして、触れる程度ではあるが口付けを交わした。深雪の頬は薄らと赤みを帯びて、妖しく微笑む姿はまるで母親譲りだと感じた。なんでそんなことを知っているのかといえば、3年前の一件である……まだばれていないのが幸いだろう。
いや、深雪自身気付いていて積極的な対応になっている可能性があるのは否定できないが。
「つくづく、俺の周りは積極的な女性が多いことで」
「否定はしません。あ、それで悠元さんに言っておかないといけないのですが……」
深雪から『
「という訳で早速……悠元さん……」
「仕方がないお姫様だね、深雪は」
なお、この後の展開については……翌日の深雪の機嫌が良かったということから察していただきたい。
唐突にオリキャラ突っ込みました。
十三束家の着任時期を考慮すると前任者の時期なので、ここは無理に変えないほうがいいと判断しました。細かい設定はノータッチに等しいですが。
情報収集で貢献している以上、必要以上に威張り散らす必要はないと元は理解していますし、息子たちが沖縄での戦闘に巻き込まれたことを知っているので、足並みを乱さずに行くスタンスに変わりありません。
なお、自分の身内が狙われたらこの限りでは済まない可能性もあったりなかったり。
薄着ってある意味戦略兵器だと思う今日この頃。