魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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内ゲバなんてやってる場合じゃないんだが

 九校戦の後も、慌ただしい夏休みが続いている。その原因が自分にあるのはため息の一つでも吐きたい、と悠元は思わなくもなかった。

 臨時師族会議については、下手に決裂することなく比較的穏便に終わった。提唱者の烈をはじめとして、九島家当主と七草家当主から質問の嵐だったようだが、元はそれを上手くいなしてハッキリと答えた上で問い返した。

 

「―――九島殿と七草殿にお聞きしたい。貴方達は三矢家にお家騒動を起こさせたいと望んでおられるのか? それとも、同等以上の影響力を持つ四葉家と潰し合ってもらうのがお望みか?」

 

 今十師族という枠組みを崩壊させるべきではない、というのは悠元が元宛に送った手紙の内容でも察していたし、三矢家の情報網でも大亜連合内外の物流の動きが活発になりつつある、と判明していた。

 その状況下で国の力を分断するようなことがあれば、それは格好に餌食になりかねない。とりわけ諸外国の軍事事情を把握している三矢家としては、その事態を避ける必要性が急務といえた。

 家族はおろか、人前でも滅多に怒りを露わにしない元のストレートな言動に対し、真夜は苦笑にも近いような笑みを零しつつも元を窘めた。

 

「私ども四葉家にそのような気概はないですのに。ですが、そう疑われても無理からぬでしょうね……三矢殿。今後も私達に対して、情報提供はしていただけるのでしょうか?」

「四葉殿、それについてはお約束しましょう。私とて降りかかる火の粉を黙って見逃せない性質の人間ですので。ただ、広大な範囲を守る力はないため、国防軍や皆様の力に頼ることになりますが」

 

 元は前もって剛三を通す形で、九島家と七草家以外の十師族に臨時師族会議で必要以上の追及はしないでほしいという“要請”を送った。その対価は、大亜連合内での軍の動きなどの軍事的な情報だ。

 別に共謀ではなく、あくまでも要請であって強制権は発生しないし、剛三もとい上泉家もそれに反しての行動を咎めはしないと公言している。それ以上に国外の動きを聞けば、下手な争いをするのはマイナスしか生まないと察しがつく。とりわけ大陸に近い八代家や、戦略級魔法師を抱える五輪家、日本海側の広大な範囲を守る一条家にとっては死活問題になりかねない。

 

「息子たちのお力を借りるつもりはない、と?」

「ええ、五輪殿。血が繋がっているとはいえ、次男と三男は既に別の家の人間です。彼らに相談や頼むことはあろうとも、命令や強制はできますまい。それが、父親である私なりのけじめです」

 

 出来ることならこのまま三矢家の人間として育てたかった……それは元と詩歩の切実な願いだった。

 だが、彼らは元の想定を超えて強くなった。とりわけ悠元に関しては、現代魔法と古式魔法の複合術式という類を見ない魔法師としての地位を確立した。このまま三矢の家にいれば、兄弟で争いを起こしかねないと判断したからこそ、元は約定通り悠元の神楽坂家の養子入りを呑んだ。

 すると、元の後ろに一人の女性―――神楽坂家当主である千姫が姿を見せた。

 

「―――やはり、下らぬ茶番をしておったか。唐突に邪魔して済まないの。妾は『護人』神楽坂家当主、神楽坂千姫じゃ。此度は三矢殿にお願いをして話を聞かせてもらっておった」

「千姫……なぜこの場に出てきた?」

「国防軍に身を置いていた輩が気付かぬのか、戯け。それとも腑抜けたか、烈」

 

 いつもであれば軽い口調で話すことの多い千姫が殺気を滲ませつつ、怒りを見せるような剣幕に、烈はそれに対抗するかのごとく表情を険しくさせた。

 本来ならば、外国人工作員などの跋扈を抑える役割を担う九島家が大亜連合絡みの動きを知らないことに怒りを垣間見せている。烈に関しては、九島家当主の座を退いているために致し方ないとしても、国防軍の中には烈を慕っている軍人も少なからずいるので、情報を手に入れられない道理はない。かつて『トリック・スター』と呼ばれた人間の面影もない、と千姫はそう感じた。

 間近にいる元はおろか、他の会議の参加者ですら千姫が“怒っている”と感じられるほどの雰囲気が漂う中、千姫はハッキリと言い放った。

 

「三矢家三男、三矢悠元。彼のことは前々から神楽坂家で引き取ることを取り決めていた。今の彼は妾の養子にして、神楽坂家次期当主。十師族の中に置けば要らぬ争いになりかねなかった懸案を取り除いたことに感謝される謂れはあっても、そのことを追及される理由はないと知れ、下郎共」

「神楽坂殿……先ほど言われた意味は、一体どういうことなのでしょう?」

「弘一よ、其方の目も曇っておるとはな……いや、その意味で過去を払拭できておらん小僧であったか。知りたければ、ご自慢の情報網で調べるといい」

 

 見た目こそ20歳代だが、この会議の面々の中では烈の次に年齢が高い。加えて『護人』という存在によって千姫が最も格上の存在となっている。先程元が情報提供の継続を公言している以上、必要以上の情報を与える気はないと言わんばかりの千姫の発言に、問いかけた弘一もこれ以上の追及は避けた。

 

「神楽坂殿。ならば何故、我々に対してそういった事実を事前に開示していただけなかったのですか?」

「単純明快よ。変に出し抜く輩が出ないとも限らんじゃろう? それに、前もって剛三殿から情報は貰っておったが、あれだけの魔法技術を持つ魔法師を危険だと断じて暗殺しようと試みる輩を可能な限り排除するためよ、九島の小童」

 

 この答えは、ある意味達也に対しての対応も含んでいる、と真夜はそう感じた。ごく一部しか知らない事実だが、四葉分家の当主たちが達也を殺そうと目論んだ。だが、それを先代当主である四葉英作が強く禁じた。

 悠元も同じような目に遭わせないため、千姫は大半の十師族には事前通知なしで悠元の神楽坂家入りを推し進めた。三矢家も彼の存在による混乱を避けたいという願いを叶える形だが、三矢家への出入り自体は自由にさせることにした。

 

「烈よ、もしお主が間違った方向に突き進むというのなら、妾が直々に引導を渡そう。秋には西から虎が来て、戦争になるかもしれぬのだぞ……妾と剛三を失望させないでくれ」

 

 千姫が去り際に言い放った言葉。それは、今年の秋に大亜連合が国家単位―――軍を動員してまでの戦闘行為が起こりうるという可能性に言及したもの。

 特大級の爆弾が投下され、臨時師族会議は重苦しい雰囲気が続いたまま閉幕することとなった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 神楽坂家での5泊6日を終え、雫の発案による海に行くこともスケジュール合わせができたため、各々家に帰る……自分の場合は三矢家の本屋敷に寄ってから司波家に戻ることになった。

 深雪とは婚約関係になったとはいえ、公表していない以上は今まで通りとなるわけだが、ここで深雪が元と詩歩に挨拶をしておきたいとお願いをしてきた。

 達也はこの後FLTに寄る用事があるため、自ずと悠元が深雪のエスコート役を引き受けることになるので、その提案を呑む形となった。念のため、認識阻害の結界を展開して余計な連中の目を欺く。この程度なら魔法監視システムの記録にも残らない。

 

「ただいま、というべきなのかよく分からないけど……帰りました、父さんに母さん」

「ああ。で、そちらの御嬢さんは……」

「はじめまして、司波深雪といいます。まだ公表されていませんが、悠元さんの婚約者と相成りました」

「よろしくね、深雪ちゃん」

 

 屋敷の客室にて、元と詩歩の2人と対面する。先日の通話はプライベートの側面も含んでいたために親子の会話だが、今の悠元は神楽坂家の人間。当然話し方も変えなければならないのだが、いささかぎこちなくなったことに元が思わず苦笑した。

 詩歩と深雪が女性同士の会話ということでその場を離れると、悠元は一息吐いた。

 

「父さんもお疲れ様。臨時の師族会議では質問攻めにあったと聞いたけど」

「あの程度は予測の範疇だった。九島殿がしきりに悠元を引き入れたがっていたようだが、そこは閣下が一喝なされた。そもそも、俺はおろか剛三殿と千姫殿が認めぬとは思うが」

 

 その様子を聞く限り、烈と九島家現当主こと九島真言(まこと)では主張に隔たりがある。元々原作で力の劣等感を真言は抱いていたからこそ、烈の孫にあたる光宣(みのる)がその最たるものだ。

 そもそも、烈の能力自体が成功率の低い強化措置に成功したからこそのものである、という事実を受け入れないのはどうかと思わざるを得ないが。

 

「罪滅ぼしのつもりかは分からないけど、閣下も寄る年波には勝てない、ということなのかな……流石に本人の前で言うつもりはないけど。こっちのスタンスで言わせてもらうなら、必要最低限の協力はするが、九島家に肩入れするつもりはない」

「それで構わない。お前が寄越してくれた手紙を読んだが、大亜連合だけでなく新ソ連、USNAも絡んでいるとなれば、3年前の再来も有り得るだろう」

 

 仮にそうなった場合、澪や剛三だけでなく達也にも協力を仰ぐ。『深淵(アビス)』、『雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)』、『質量爆散(マテリアル・バースト)』……そして、『天鏡雲散(ミラー・ディスパージョン)』を更に改良した新型戦略級魔法『星天極光鳳(スターライト・ブレイカー)』で対処する。

 なお、ネーミングに関しては完全に前世の影響である、というのは誰にも言えない秘密。

 

「結局、千姫殿の一喝でお前の神楽坂家入りは認められた。四葉殿が必要以上の追及をしなかったことに、七草殿が訝しむ様な表情を見せていたが」

「この立場になってわかるけど、十師族って面倒な柵だと思う。父さんの前で言えた台詞じゃないけど」

「気にするな。元治に継がせることで三矢家の力を必要以上に突出させないという気遣いがなければ、アイツに家業を継がせてお前を三矢の次期当主にしていたかもしれないからな」

 

 この国だけで4つ()()の戦略級魔法を有することはパワーバランスの面から警戒されるが、この国は国防軍の規模という点で他国に対して圧倒的に劣る。ならば、切り札の質を高めるしか生き残る術がない。

 これを咎めるというのであれば、その時は戦うという選択肢を取れなくするだけだ。いくら物資があっても、国は人民という基盤で成り立っている。それは根本となる主義主張が違っても、彼らの協力なしに軍は動かせない。最悪の場合は戦略級魔法師そのものを消し飛ばすのも選択肢として残している。

 

「ともあれ、佐伯閣下には内密に話しておこう。今日ではないが、面談の約束があるからな」

「そうしてくれると助かる。どの道、風間少佐にはこちらから話さなきゃいけないけど」

 

 家が変わったとはいえ、一度築いた縁を捨てる選択肢はない。三矢家はかなりの数の魔法師を雇い入れているが、他の十師族のように守護している地域を持っていないからこそ、独立魔装大隊とその大本である第101旅団とは協力関係を結んでいる。

 ただ、悠元自身は神将会の長として動くことが多くなるため、国防軍の軍人として動く機会はかなり減ることになる。それこそ独立魔装大隊や達也の武装面の面倒を見るぐらいだろう。そのことも含めた話し合いは後日しなければならないことも分かりきっている。

 

 元との面談を終えると、悠元は自分の部屋……自分が三矢の人間として過ごしていた部屋に足を踏み入れた。そもそも、この部屋をまともに使ったのは中学3年のときぐらいで、それ以外は上泉家の別宅や司波家にいることが多かった。

 で、真新しいシーツや布団カバーに交換してあるベッドには、妹である詩奈がグッスリ眠っていた。これには思わず一息吐くと、それを耳にしたのかゆっくりと起き上り、寝ぼけた表情をこちらに向けていた。

 

「ふぇ……お兄様、でしゅか?」

「自分の部屋があるんだからそこで寝なさい……ま、俺が言えたことじゃないけどな」

「詩奈、またこの部屋で……って、悠元さん!? お、お久しぶりです!」

「久しぶり、侍郎。約束の日じゃなかったけど、ちょっと用事があって立ち寄ったのさ」

 

 侍郎の話を聞くに、詩奈が悠元の部屋のベッドで寝ていることはしょっちゅうらしい。まあ、今となっては年数回使うかどうかだろう。一応里帰り自体は千姫も認めているが、経路的には三矢家が道中の立ち寄りぐらいのレベルになってしまうだろう。

 あまり出入りして変な噂をされるのも御免というわけだ。

 

「悠元お兄様。お父さんや元治兄さん、お姉ちゃん達がお兄様のことを話していたのを聞いたのですが……お父さんの子どもじゃなくなったのは本当のことですか?」

「(そこは聞こえてしまったのか……)戸籍的にはそうなるが、血縁関係自体は変化しない。だから、俺にとって詩奈は妹のままだ。俺が話したってことは内緒にしてくれよ?」

「はい。侍郎君に相談したら本当かと疑われましたけど」

「それに関しては俺が悪かったから、もう許してくれ」

 

 詩奈の『聴覚強化』は、前もって教えた想子制御によって大分安定してきている。このまま順調にいけば、年内にもイヤーマフなしで普通の生活を送れるようになるだろう。その意味で詩奈は優れた資質を示している。

 侍郎のほうはというと、先天的な魔法の研鑽と想子制御を文字通り体で覚えさせたので、矢車家でも優れた魔法師として詩奈の護衛を務められるレベルに達している。新陰流については、元継の直弟子でもあるために成長スピードは群を抜くほどだと剛三が評していた。

 

「元継さん―――師範から中伝の目録を頂きました。そしてなんですが……」

「お兄様、私も新陰流剣武術を習うことにしました」

 

 聞くところによると、九校戦の一件で侍郎がますます鍛錬に励むようになっただけでなく、あれほど習うのを嫌がっていた詩奈が自ら新陰流剣武術の修得を志願した。下手なトラブルに巻き込まれないためと、もしもの時の護身の術を学びたいということだった。今は武術の基本ということで、詩鶴が地下訓練場を使って教え込んでいるらしい。

 このまま第三研へ出かける回数が少なくなればいいが、そうも言っていられないだろう。なので、侍郎には可能な限り詩奈に付き添うよう言い含めている。あとは、もし国防軍絡みの案件が来た場合、相手の如何に関わらず全て連絡するように約束している。

 最悪の場合は『八咫鏡』で情報全部引っこ抜いて、二度と反抗する気すら起こさせないぐらいに騙した連中の心を圧し折る。殺すのはあくまでも最終手段だ。

 

「そうか。詩奈が決めたことなら反対はしないが、やるからには気を抜かずにしっかり励めよ。爺さんや元継兄さん、詩鶴姉さんは手抜きしてくれないからな」

「はい、お兄様!」

 

 この後、深雪が部屋に来て侍郎や詩奈と対面したのだが、侍郎が思わず見惚れたことに悠元が侍郎の頭を軽く叩き、詩奈が侍郎の頬を抓る形となった。

 俺の場合は婚約者に色目を使うなというヤキモチで、詩奈の場合は「侍郎君が他の女の子にデレデレしてると、何だかモヤッとするんです」ということらしい。俺の妹はどうやらヤンデレ気質にも若干目覚めつつあるのかもしれない。

 刃傷沙汰になるようなことは絶対にするな、と侍郎にしっかり力説したところ、それを聞いた深雪から「悠元さんは呼吸するようにジゴロしますからね。加えて骨抜きにしてしまいますから、殺傷事なんて起きないでしょう」と言われた。

 

 深雪さんや、ジゴロを動詞のように扱うんじゃありません。涼しい顔で甘い言葉を吐けるのは後にも先にも達也だけです。ただ、アイツの場合は噂をされてもクシャミなんて出そうにないけれど。

 俺の場合はって? 公的な場でもない限り、冷静に振る舞うのなんてしたくない。変に肩の力が入って疲れるからだ。

 




直球的なタイトルしか思い浮かばなかった件。
補足説明は後で書いておきます。

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