魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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夢の続きを描く

 FLT・CAD開発第三課。そこに籍を置いている「上条洸人」もとい悠元はプライベート用の研究室を宛がわれている。これは、FLTの株主提案をした深夜の発案によるもので、第三課がある研究室から直接行けるようになっている。

 

 今の時期となると喫緊の案件はFLTの新商品発表も兼ねた展示会。

 既にトーラス・シルバーの飛行魔法絡みで世界各地からトーラス・シルバーに話を聞きたいという問い合わせが来ているが、これについてはFLTの公式サイトで「トーラス・シルバーに対する案件の問い合わせはプライバシーにかかわる部分が多いために回答はしない」と発表している。

 「沈黙は金、雄弁は銀」という諺があるが、それが通じるのは一昔前の時代の話だ。必要な情報は積極的に発信していかないと、後手に回った時に面倒なことになる。

 

 ここら辺の案件をある意味明文化するため、神楽坂家を通して政府に未成年を含めたこの国の人民に関する個人情報保護の法律の立法化をお願いした。常日頃から魔法師の人権などとのたまっている野党議員への牽制も含んでいたりする。

 人道的な措置を望むといいながら、その実は非魔法師の影響を強く受けてしまっているのが実情。そういった連中が望むのは、無力化されてしまった核エネルギーという利権なのだろう。魔法師がいなくなって一番の恩恵を受けるのは、間違いなく核のボタンを握れる政治家や非魔法師の軍人、それにテロリスト。

 反対できれば何でもいい……報道の真実よりも自社の利益を追い求めているマスメディアにも同じことがいえる。なので、国営放送を作って政府情報の発信強化を促すことにした。スパイ絡みで政府の膿をかなり排除したからこそできることだが。

 

 悠元は、宛がわれた部屋でオフラインの端末のキーボードを黙々と叩いていた。オンライン化しないのはエシェロンⅢやフリズスキャルヴを念頭に入れた対策で、自分以外の人間が端末を起動できないようにするため、「ワルキューレ」と「オーディン」をプロテクトキーに使用している。この事実は自分以外の誰にも言っていない。

 

「……」

 

 転生特典によって古代文明の文字も解読できたことで、アンティナイトの精製方法も判明したが、こんな事実は外に漏らすわけにいかない。

 アンティナイトという物質が生まれた経緯は、想子を妨害して魔法発動を阻害する……つまり、想子を自動吸収して魔法を自動行使できるオーパーツ―――いわゆる“魔導具”の存在があったのでは、とも考えた。

 

 それと、アンティナイトはいわば意図的に魔法の行使妨害を起こす触媒。ならば、意図的に想子を収束したりする触媒の存在もあるはずだ。

 単純に想子波を放出するだけなら簡単だが、それを意図的に乱れさせるのは、実は高度な技術と言ってもいい。達也が考え付いた特定の魔法のジャミングや『キャスト・サイレント』はかなり難易度の高い魔法に位置する。それよりも難易度が落ちるであろう触媒はあって然るべきだと結論付けた。

 

 結論から言えば、それらの存在も証明できてしまった。悠元はポケットから白銀に輝く結晶を取り出し、目の前に翳した。その結晶は、悠元が魔法訓練の過程でできてしまった産物の一つで、いうなれば“魔石”のようなものだ。

 

(想子の原理自体はファンタジーの魔力と似通っているから、もしかしたらという思いもあった……これこそ、一番明かしちゃ拙い秘密だな)

 

 一定の割合で混ぜた特定の金属の塊を結晶の核とし、想子を超高密度かつ高圧・高温の環境下に置くことで精製できた代物。これに想子を注ぎ込むことで通常の数倍から数百倍の威力を持つ魔法を行使できる触媒。「ワルキューレ」と「オーディン」は感応石ではなくこの結晶―――「オリハルコニウム」と呼称したものを使用している。

 この金属にはアンティナイトも含まれているため、普通なら手に入ることはないだろう。では、どうやってアンティナイトを手に入れたのかといえば、3年前に関わった事件で敵兵が持っていたあの石を国防軍で接収し、兵器開発部に回した上でデータの解析をFLTに依頼した。その際に得たデータから複製したのだ。

 まあ、上条達三特尉(じぶん)上条洸人(じぶん)に依頼するというシュールなものだが、この案件自体は第三課でもごく一部の人間しか知らない。それこそトーラス・シルバーである悠元と達也、牛山主任だけしか知りえないことだ。

 

 なお、原材料の殆どは足がつかないように『複製』を使っている。何せ、金や銀だけでなく、白金やチタンなどといったレアメタルまで使用するのだ。しかも、高純度の金属となればかなり値が張るため、簡略化するための手段をとった。

 まともに精製なんてしたら、結晶1個作るだけでも戦闘機数機分に匹敵するだろう。それだけのコストを払ってもおつりがくるぐらいにヤバい代物なので、この結晶のことは自分と達也しか知らない。

 その時に言われた言葉は、「お前は世界の破壊者にでもなる気か?」だった。衛星を使えば『マテリアル・バースト』を全世界に向けることができるお前が言うな。いや、『サード・アイ』のサテライトリンクシステムの発案者は自分だが、それを使いこなす人に言われたくないと思う。

 すると、気配を感じたので結晶を懐にしまうと、姿を見せたのは達也だった。

 

「悠元、そろそろお昼の時間だが、どうする?」

「もうそんな時間か。食堂にでも行くか」

「ところで……それは、熱核融合炉の資料か?」

 

 達也の目に留まったのは、悠元の机の上にある資料。

 重力制御型熱核融合炉は現状加重系魔法の二大難問とされている。前世でも実験段階だった代物で、魔法という存在が増えても……いや、増えたことでより一層難問へと発展したというのが正しいだろう。

 そこに加えて、群発戦争による科学技術面での衰退も大きく影響している。

 

 前世の俺は、1人で生きていくために理系の道に進むことを決めていた。名字の関係で兄や妹の関係者だと気づかれる可能性はあっただろうが。それはともかく、その一環というか興味本位で核融合の論文やらに目を通すことが多かった。

 原作だとやたら長い名前の略称として「ESCAPES」となっていたが、もっと分かりやすい形にした。

 

―――Especially

―――Stellar-drive

―――CirculAtion

―――Pan pacific

―――Energy-line

―――System

 

 直訳すれば「特型恒星炉太平洋循環エネルギー送電システム」。核融合発電システムもとい恒星炉をこの国の新たなエネルギーとして定着させ、その副産物として海中の汚染物質を除去するという形だ。

 そのためには、核融合の根幹を担う重力制御だけでなく、プラズマ状態への第四態相転移(フォースフェイズシフト)、中性子などの放射性物質を防ぐためのフィルターやバリア、クーロン力を制御する複数の処理を安定的に行えるシステムが必要となる。

 

 現状、この実験だけでも複数人必要なものだが、実はその一端をひとつの魔法として完成させている。気付いた人もいるだろうが、多数の物理制御を必要とする『エアリアル・バースト』は恒星炉のシステムの根幹となる魔法なのだ。

 それを三矢家の秘術としたのは、どの道実家にも家業的な意味合いで手伝ってもらう形となるのが分かっているからだ。魔法技術による発電というのは、魔法的なプロセスだけでなく、科学的なプロセスも含んでいる。現代魔法自体が科学的なアプローチによる代物なのは言うまでもないが。

 

「お前が海外から核融合に関する色んな資料を取り寄せていたのは知っていたが、重力制御型熱核融合炉にでも挑戦するのか?」

「んー、流石に俺一人じゃ無理だろうと思ってる。それは達也にも言えたことじゃないのか?」

「否定はしないな」

 

 達也にはトーラス・シルバーのプロジェクトチームを立ち上げる時点で話していることだが、原作ではそれぞれ独立していたトーラス・シルバーとESCAPES計画……これのせいで色々問題も生じていた。

 そこで、ESCAPES計画の胆となる魔法技術やCAD技術のプロジェクトチームの代わりとして「トーラス・シルバー・プロジェクト」を立ち上げた。いわばESCAPES計画自体トーラス・シルバーが目指している目標という形として、FLTもとい四葉家を強引にでも引き込む形にした。兵器としての性質が強い四葉家が「人間」を目指すという皮肉も混じっている。

 その代償として、達也が四葉家を離れる選択肢はなくなる。そもそも、身内に甘い現当主が達也を手放すという選択肢など取るはずもない。分家の当主は難色を示すだろうが、場合によっては“スポンサー”という立場から諌めるのも必要だろう。

 

 更には、既に東道青波をはじめとしたこの国の重鎮に話を付けている。元との連絡や深雪との会話の後、客間にて現在の内閣総理大臣とも対面している。次期当主とはいえ、神楽坂を名乗るという意味を国家元首の深々としたお辞儀で知る羽目になった。

 

「だが、これは俺にとっての“意地”でもあり、“夢”だからな」

 

 カリスマや実績に溢れた前世の兄でも成しえていなかった核融合発電システムの確立。これは前世における最終目標であった。色々あって転生したおかげで、ハードルは極めて低くなったといっていい。

 

 常駐型重力制御魔法式継続熱核融合炉。現代魔法における難問。

 だが、この世界における神楽坂悠元(イレギュラー)という存在は、その難問を現実の元へと手繰り寄せつつあった。

 

「……まさか、目指しているものが同じだったとはな」

「夢を大っぴらに語るような人間じゃないからな、俺は」

「それもそうだな」

「それで納得されるのも困るんだがなあ…」

 

 実際のところ、前世の夢は“原作”の本を読んで強く影響を受けていた。このことは、たぶんこの先も話すことなどないだろう。というか、恥ずかしいので言う気も起きないが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 東京にある吉田家の屋敷。

 幹比古は一人、広間で座禅を組んで精神を集中させていた。これは悠元から教わった想子制御の訓練法に基づくもので、各々集中しやすいやり方がいいと教わった。なので、幹比古は日頃からの精霊魔法の鍛錬で染み付いた集中の方法で取り組んでいた。

 すると、想子を集中させていたお蔭で背後からの気配に気付き、幹比古は閉じていた瞼を開いて、体をその気配の方向に向けた。

 

「幹比古。すまないが、少しいいか?」

「あ、うん。どうかしたの、父さん?」

 

 姿を見せたのは、吉田家当主であり幹比古の父親に当たる吉田(よしだ)幸比古(さちひこ)であった。吉田家は長男で幹比古の7歳年上にあたる男子が次期当主候補であり、幹比古は昨年の『星降ろしの儀』の失敗とそれに伴うスランプもあって、吉田家の家督争いからは一線を退くような形だった。

 幸比古自身、ダメ元で九校戦への観戦を促した。すると、幹比古は代理とはいえ九校戦に出場し、モノリス・コードの優勝メンバーとなった。更には彼と親交のある少年が古式魔法の大家と繋がりがあり、その家から招待を受けたので幸比古は即座に招きを受けた。

 

「先日は済まなかったな。お前にも思うところはあったかもしれないが」

「……気にしなくていいよ。父さんが発破をかけてくれたおかげで、僕も自分自身を見つめなおすことができた。それは確かなことだから」

 

 神楽坂家の次期当主指名の儀式は本来身内向けだが、幹比古は同じ古式魔法の家にして幼馴染という間柄から参列を許された。無論、これだけではないことも幸比古は理解している。何せ、目の前にいる息子は今もなお魔法力を伸ばし続けている。

 既に“吉田家の神童”などと呼ばれた実力を上回りつつある、といううれしさの反面、吉田家の御家騒動を生みかねない状態にある。

 

「幹比古。お前の実力はこれからも伸びていくだろう。時期が来れば、私はお前を家から出さねばなるまい。ああ、別に神祇魔法を使うな、とは言わない」

「……(これって、僕も悠元のような状況に置かれるってことなんだろうね)」

 

 悠元の力を目の当たりにしているからこそ、その教えの一端を受けた幹比古も自分の力が着実に上がりつつあるのは確かだった。現代魔法だけでなく、神祇魔法にもその影響が出始めているのは確かに感じており、幸比古の言いたいことも自ずと理解できた。

 

「そのことについて三矢殿に相談したところ、上泉剛三殿がとある家を紹介してくれるそうだ。幹比古には、その家に養子として行ってもらうことになる」

「異存はないけれど……その家って、一体何処の家になるの?」

東道(とうどう)家。古式魔法の家を統べる『導師』の一族。お前も一度青波(せいは)入道閣下にお会いしたことがあるのは覚えているな?」

 

 現代魔法の統括の象徴が十師族ならば、古式魔法を統べるのは『導師』と呼ばれる存在。この国において政財界の“黒幕”や、あるいは“妖怪”とも呼ばれている。その2つを更に超えるのが『護人』と呼ばれる面々にあたる。

 幹比古は6年前に幸比古の述べた人物と対面している。纏う空気からは文字通りの“閣下”と遜色ない存在感であり、怖いもの知らずだった当時の幹比古も、彼を前にした瞬間に襟を正してきれいな土下座をした記憶が残っている。

 

「急な話ゆえ、この話は別に断っても構わない、と剛三殿は仰っていたそうだ。別に回答を急ぐわけではないので先ずは話だけでもと思い、お前に話した」

「……今すぐは流石に決められないけど、父さんがこの家のことや兄さんのことを慮っているのは理解できた。できるだけ早く答えを決めるよ」

「そうか……すまないな、幹比古」

 

 現状の吉田家は、十師族の三矢家や百家の千葉家と繋がりを持ち、そこから『護人』とも繋がりを得る形となった。神楽坂の次期当主絡みに次男の幹比古が参列を許されたのは、今回の話自体が上泉家だけでなく神楽坂家の同意もあるとみている。

 仮に幹比古がこの話を受けなくても、どちらかの家が分家あたりに幹比古を養子として受け入れる可能性もある。

 

(彼の息子―――悠元君は不思議な存在だ。幹比古、お前はお前の道を歩むといい)

 

 幸比古自身、ほかの兄弟や従兄弟との争いで当主の座を勝ち取った。だからといって、自分の息子たちにそれを強いるのはまた別の話だ。

 彼の力を取り込みたいのなら吉田家に残すのが得策だが、それはそれで要らぬ争いを生むだろう、と幸比古はそう感じていた。現に、幹比古の実力を感じて長男の元比古(もとひこ)もより一層鍛錬に励んでいる。

 悠元が生み出した影響は、師族だけでなく古式魔法の家にも波及していくのであった。

 




 魔法技術関連は大丈夫なのかなと思いながら決めました。
 最悪は結晶の素材を感応石と同一にすればいいかなという軽い気持ちもあったり(ぇ
 キャスト・ジャミングも含め、魔法妨害技術は実用レベルとはいいがたいですからね。キャスト・ジャマーですら使用ハードルが高いというネックがありますし。

 そして、悠元の与えた影響は古式魔法にも影響を及ぼしつつあるという顛末。そもそも、古式魔法の扱いが現代魔法に比べて触れられていないところが多いうえに、彼らが十師族の影響下にあるとはなっていない点です。
 東道青波もとい東道家は、十師族を裏から支える古式魔法の家系ではないか、とは思われますが詳細はこの先原作でも出てくるとは限らないでしょう。
 なので、本作では古式魔法のコミュニティを統括する立場という立ち位置に収めました。護人、導師、師族という序列順だと思ってくれれば幸いです。

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