高校生らしい夏休みとは何だろう。
どうせなら、友人とどこかに出かけて人並みの幸せを享受したい……その辺が妥当なラインだと思う。必要以上に幸せを追い求めるのは己の身の破滅しかない。この世界だと魔法使いというだけで色んな制限を受けるわけだが、その辺は爺さんのおかげで退屈しなかった……二度と経験したくない記憶も数多く刻まれてしまったが。
ブラジルに行ったときは、戦略級魔法師であるミゲル・ディアスと対面した。彼は爺さんに対してまるで弟子のように接していたが、爺さんが昔海外に行ったときに武術の手ほどきをしたらしい。
滞在中に地方政府のゲリラ連中が襲ってきたときは、全員新陰流の体術で叩き潰した。そしたら、爺さんがキレて地方政府にカチコミに行った。自分は面倒事になると判断して、慌てるブラジル政府高官の話し相手に終始する羽目になった。
何せ、かの大漢の大軍をたった一人で叩き潰した全盛期以上に今の剛三は極まっており、更に鍛錬を重ねている始末。南米大陸の一部が地図から消滅しなければ御の字だろう。その代わりにアマゾン流域の一部が陥没する事態になるかもしれなかったが……こればかりは自分の範疇にないと諦めた。
後日には各地の地方政府がこぞってブラジルに降伏。どうやら、地方政府が雇った野良の魔法師連中だったらしい(その裏で糸を引いていたのはUSNAだということも判明済み)。
なので、2年前から南米大陸はブラジルという国ではなくSSA(South-land States of America:南アメリカ連邦共和国)という形になった。その際、ミゲルだけでなく初代連邦大統領からも感謝されて、連邦共和国制に移行して初めての第一勲に相当する勲章を贈られた。もはや意味不明である。
なお、この功績は全部爺さんに被せて情報工作したので、たとえ『エシェロンⅢ』でも剛三の功績でしか出てこないようになっている(実働部分は剛三が動いていたこと自体本当の事なので嘘は言っていない)。いくらUSNAの大統領でも、爺さんを敵に回すような行動は慎むだろう……アメリカという国はおろか、大陸諸共消えるというリスクなんて誰も負いたくない。俺だって負いたくない。
そんな昔の話はさておくとする。
夏休みの宿題に関しては、九校戦の関係で免除されているので必要がない。というか、悠元自身優秀な成績を挙げたので、評価点がさらにプラスされることになる。二科生の面子に関しては、九校戦での観戦の合間に無理矢理終わらせた。
その時に美月のスパルタさを垣間見ることとなったが。どうやら、エリカに振り回されることで精神面で強くなったのだろう。なお、幹比古に対しては気になるようなそぶりを見せつつある。
今は置いておく話だが。
「失礼します、風間少佐」
「よく来たな、悠元。まあ、適当に掛けてくれ」
霞ヶ浦基地にある独立魔装大隊の本部ビル。そのビルには悠元が「上条達三特務少佐」としての個室も宛がわれているが、基本的には誰も立ち入らないために必要最低限の設備しかない。それでも寛いだり仮眠できる分にはかなり優遇されている。
なので、ビルに出入りすることの多い響子に合鍵を渡しているが、あくまでも彼女の業務上に必要な秘匿性を確保するための配慮。彼女の立場上、情報管理が最も重要なことだからだ。そこに打算的なものは一切含んでいない。
悠元がビルを訪れたのは、主に神楽坂家に関する情報の共有。既に十師族を抜けた形なので、戸籍などの大まかな部分は神楽坂家に一任されているが、自身の魔工技師や魔法師としてのプライベートな部分の手続きは本人確認の部分があったりする。
ただ、身元が割れないように口座自体は「上条洸人」の名義を使用している。銀行自体もビジネスを主体としたプライベートの口座もこの世界にあったりする。でないと、ビジネスネームを使って取引している財界に大きな影響が出るからだ。
風間の執務室に入った悠元の服装は私服姿だが、それを咎めることはしない。今の悠元の立場は風間よりも同等以上となってしまったからというのもあるのだが、非常勤扱いの悠元に対して軍人云々と説法をするのは違う、と風間はそう考えていた。
「事の次第は神楽坂家からの書状で伺っている。上泉家の係累までなら予想はできたが、よもや神楽坂家の次期当主とはな……正直驚いたよ」
「それで、今後の自分の扱いはどうなるのでしょうか?」
「その件を話すために今回は態々来てもらった。流石に連絡一本で済ませられる事案ではなかったからな」
そう言って、風間は懐から白い封筒を取り出してテーブルの上に置く。それを受け取った悠元は中身の便箋に目を通すと、一つ息を吐いた。その便箋に書かれていたのは、上条達三特尉もとい特務少佐の扱いについてであった。
「第101旅団専属特務参謀……これは、今後の情報提供を主眼に置いた形でしょうか?」
「そう受け取ってもらっても構わない。併せて悠元の階級も“特務少将”へと飛び級の昇進となる。恐らくは先日―――十山家と入学式の迷惑料代わりだろう」
「別に国防軍で出世することが望みではないのですが、了解しました」
旅団長は弱い魔法資質を有しているが、魔法師ではない。国防軍としては、悠元への謝罪と共に、元十師族の人間を組み込むことで十師族への依存に対する批判に繋げたいのだろうと思われる。
だが、悠元は護人の立場として十師族をはじめとした現代魔法師だけでなく、古式魔法師のコミュニティもコントロールしなければならない立場に置かれる。このことに加えて十師族から婚約者を迎える立場だ。
「現状は秘密裏の婚約ですが、十師族にも一定の配慮はします、とだけ言っておきます。今後、作戦行動の歩調を合わせることがあっても、そちらの指揮下に入ることはないと思ってください」
「それで構わない。佐伯少将も同意見だったからな……
護人の神将会の長、そして神楽坂家当主代行。この二つの肩書だけでも、古式魔法の使い手である風間からすれば頭が上がらない相手となってしまった。加えて、彼の国防軍の地位が旅団長と同等となり、非公認の戦略級魔法師でもある。だが、接し方自体をとやかく言うつもりは双方共にない。
話は今後の動向―――とりわけ大亜連合絡みに関することへと移った。
「ふむ、呂剛虎に陳祥山か……これだけの人物が出てくるとなれば、手引きをしている人物は国内にいると?」
「周公瑾という人物です。三国志の周瑜公瑾と思いがちですが、まぎれもなく彼の本名です。そして、ブランシュ絡みの春の一件で俺を排除しようとした存在です」
予め情報開示はするが、彼とその背後にいる人物には当分動けなくなってもらう必要があった。「無頭龍」のアジトの情報を
加えて、メディア関連にも強力な一手を打ち込んでおいた。神楽坂系列のコンサルタント企業を使い、テレビ局や出版社といったメディア系列の株式を大々的に取得したのだ。いくらメディアでも大株主のスポンサーの意向を無視すればどうなるかなど理解できなくはないはずだ。分からなかったらただのバカと断じていいかもしれない。
その資金源は「無頭龍」を潰したとき、賭けに参加していた連中に取引を持ち掛けて得た金額だ。大体50億ステイツドル(約5500億円)ぐらいにはなったらしい。その顛末は剛三から聞いたが、彼曰く「こういった策略はあのバカ息子を思い出すが……あいつの思惑には乗らせんよ」と呟いていた。
それが東道青波のことだと知るのは少し先の話となる。
「魔法否定派の動きを封じるために結構リソースを割きましたが、狙いは概ね成功しました。どの道最低でも一年は動けなくなったようです」
「……分かってはいたが、我々が束になっても悠元には勝てないだろうな」
USNAも結構慌てているのは情報として知っているが、反魔法主義者を匿う連中は政府高官にも結構いたりする。何せ、スターズの重要なポジションにいる魔法師の親族も例外ではない。それについては必要以上に咎めたりする気もないが。
「大亜連合だけならまだいいのですが、秘密裏に新ソ連、オーストラリアもといイギリス、それとUSNAまで動いているようです……大亜連合以外の国が同調して我が国に向けて艦隊を動かした場合、こちらで処理します」
「……大亜連合に専念しろということか。そうだな、それが一番現実的な案だな」
七草家と九島家を罰しなかったのは、横浜における対応と大阪方面の外国人工作員の対応を任せるためだ。残り2ヶ月半弱では人員的な欠損を埋めるのは難しい。それと、周公瑾の逃げ道として残すという選択肢の部分も含んでいる。
関われば破滅になりかねないと警告はした。もし関わった際の逃げ道は既に準備している。四葉家は既に未来の大きな利を得ている以上、現当主の真夜も必要以上に攻め立てる必要がなくなった……と、元との連絡を終えて深雪と一緒にいたときに掛かってきた連絡で知った。無駄に洗練された、無駄のない情報収集能力の賜物といえよう。
「別に、正面切って喧嘩を売る気なんてないのですが……この間、臨時師族会議で俺の処遇について七草家と九島家が問い詰めたそうで。父は『四葉と潰し合いさせたいのか?』と発言するほどでした」
「それだけ悠元という存在が大きいということだ。戦略級魔法抜きでも、世界屈指の魔法制御技術の持ち主だからな」
余談だが、以前USNAの大統領と顔見知りになったという話をしたが、その大統領は生粋のナショナリストで前世にいた某不動産王の大統領の親族にあたる。最初会ったときは余りに似ていたため、思わず名前を言ってしまうほどだった。
その話は置いといて、風間に十師族絡みのことを話したのは、その会議の提案者が烈だったことからくるストレス発散の意味も兼ねていたのかもしれない。それを聞いた側の反応は、完全に苦笑を浮かべていた。
「まあ、現状秘密とはいえ達也の妹と婚約関係ですからね。人の知らないところで話を進められたようなものですし、文句を言いたくなる気持ちも分からなくはないですが……かと言って、これ以上婚約者が増えるのは、正直胃が痛くなりそうです」
「悩みなんてないものだと思っていたのだが、悠元は意外に繊細だな」
「九島家の場合、藤林少尉を婚約者として押し込んでくる可能性だってありましたので」
流石の烈でもそれはしないだろうが、九島家現当主ならやりかねないと風間も溜息を吐いた。悠元の特異性を知っているとはいえ、3年前に婚約者を失ってからの政略結婚は、彼女の心に大きな影を落とすことになるかもしれないからだ。
「話を変えるが、真田から『ムーバル・スーツ』が完成したと連絡を受けた。達也から得たデータと、悠元が防衛大学校のデモンストレーションでやった動きを最大限フィードバックしたそうだ」
「……データ収集に協力した自分が言うのもなんですが、あのデータのままだと大半の人間が廃人になりかねませんよ?」
「その辺は真田も弁えている。君や達也以外が着る分はアシスト系のフル装備になってしまうが」
そこに達也から提供される飛行魔法用のデバイスも加わる。動きやすい戦闘用スーツとはいえ、悪役としか思えない仮面の時点で着る気が失せてしまう。なので、本当に差し迫った時に袖を通すことになるだろう。
原作でも思ったことだが、デザインした人の悪意が籠っているとしか思えない。相手に恐怖などを植え付けるには効果的だが、なにも悪魔的なデザインにする必要が皆無である。
◇ ◇ ◇
小笠原諸島の一帯は、神楽坂家が基本的な管理を行っている。
いくら十師族とはいえ、守護できる範囲には限界が生じるし、国防軍との兼ね合いもある。それに加えて、無人島化した元有人島に資産家が別荘を建てるということがブームとなっており、結果として不動産という意味での管理は神楽坂家が担っている。
どうしてそんなことを知っているのかという疑問だが、指名された際に当主の仕事を覚える意味でいくつかの島の所有権を渡された。無論未成年なので、管理自体は元の所有者である千姫が行っている。
それらの島には別荘やショッピングモール、軍関係施設などが既に存在しており、その賃貸料だけでも十分に食べていけるレベルだ。陰陽道自体が風水も兼ねていて、運の流れを気にしたりする者は少なくないという証左ともいえよう。
「……悠元が養子に入った家って、うちよりもお金持ちだったりする?」
「かもしれん」
「いや、何で詳しく知らないのよ?」
「神楽坂に養子入りして一か月も経ってないのに全て理解なんてできないよ。上泉家ですら、関東各地に道場があって、東京に別宅、北海道に大規模の演武場があるぐらいだからな。本職は大工・土木職って言ってたが……エリカの家だってそれなりに大きいし、クルーザーだってあるだろ?」
「いや、あれは訓練用だから楽しむためのものじゃないし、乗り心地は最悪の一言よ」
神楽坂家の次期当主となったわけだが、別にそれで全てを理解したわけではない。ある程度の情報を与えられたとしても、その本質を理解するにも時間はかかるし、他にもやらなければいけないことは沢山ある。
悠元が上泉家にいたのは武術や魔法を学ぶためであり、別に上泉家の内情を知りたくて入ったわけではない。上泉家は世界群発戦争で燃えてしまった家屋などの建築ラッシュで一気に財を稼いだらしい。
新陰流だけで食べれるわけではないため、本職に精を出していることは知っていて、その手伝いにも駆り出されたことがある。流石に鉄骨を機械なしで運んだことには驚かれたが。
「そもそもの話、親の実家とはいえ俺が上泉の家にいたのは新陰流を学ぶためだ。別に取り入って婿養子になろうとか思ってもいなかったし……危うく新陰流の総師範にさせられるところだったが、元継兄さんが止めてくれた」
「あー……面倒な気持ちは分かるわ。うちもそんな感じだし」
「大変だね」
今日は友人たちと海に行くことになった。今回は北山家の別荘に招くということで雫が主催みたいな形だ。当事者に近いということで一番乗りしたところ、その直後に来たエリカと三人で話していた。
ここにいないほのかには、達也たちの道案内を頼んでいた。
それを最初提案したとき、雫からは「大丈夫かな、ほのかで。達也さんのことで舞い上がって迷子にならないといいけど」という発言が飛び出し、ほのかが慌てるということがあった。
「『護人』という立場なんて、当事者にならないと分からないことが多いのさ。こないだ現職の総理大臣が訪ねてきて、頭を下げられたときはどう反応したものか困ったわ。仕方ないから笑顔で誤魔化したが……次期当主になったとはいえ、俺みたいな若造にそこまでの権威なんてねえのよ」
「総理大臣は会ったことないかな。財務大臣なら会ったことはあるけど」
「あたしですら直接会ったことがない大物じゃないの。その人に会える時点で凄いってことじゃない……てか、何気に雫も凄いわね」
かくいう雫も父親の関係で財界の重鎮とそれなりに誼を持ち、エリカに関しては剣術の関係で警察や公安の幹部クラスと面識がある。魔法使いの家系に普通の人はいないようだ。
すると、いかにも船長のような恰好をしている人物が近づいてきた。流石に元ほどではないにしろ、それなりの恰幅な感じを滲ませている。その人物は雫の父親で、将来的には自分の義父になりうる人物―――北山潮その人だった。
「悠元君、久しぶりだね。今年初めの新年会以来となるかな?」
「お久しぶりです、潮さん。この短い間に名前が二度も変わりましたが、今後も良い付き合いをしていきたいと思っています」
今年の四月に「長野佑都」から三矢悠元に変わり、そしてつい先日には神楽坂の姓を名乗ることになった。加えて、雫が水面下で神楽坂家次期当主第二夫人の指名を受けた形だ。
資産家である北山家も政財界に強い影響を有する神楽坂家の名前は知っており、妻の実家である鳴瀬家からの書状を見た時は驚いたという。
深雪や雫の婚約に関しては、当事者間だけでなく道連れという意味合いで達也たちにも知らされることとなった。流石に四葉家のことは明るみに出せないため、そこだけはぼかした形となっている。
「魔法師としては格上の相手に縁談まで組まれた以上、本来ならば私が頭を下げねばならないのだがね。いや、この場合は御相子というわけか。そういえば、妻も君に会いたがっていたよ」
「本当はお母さんも付いてきたかったらしいけど、私が全力で止めた」
「……悠元、アンタはマダムキラーの素質でもあるの?」
「エリカ、身内がいる前でそういう発言はするんじゃない。つーか、俺にそんな趣味はない」
鳴瀬家自体、神楽坂家の分家だと知ったのはつい最近のことだ。それは置いといて、雫の母親とは上泉家やパーティーで面識を持っているが、その際に言われたことは「うちの息子になってくれたら嬉しいのに」という文言だった。
どうやら、上泉家で剛三の投げた木刀を掴んだことが大きく影響しているようだ。
嬉しくないわけじゃないのだが、せめてその発言を娘や息子がいないところで言ってほしいと思った。それを聞いたほのかは苦笑しか出てこなかった有様だったし、雫に至っては頬を赤らめつつ「お母さん、余計なことを言わないで」と消え入りそうな声量で呟いていた。
彼女の息子からは「僕のお兄さんになってほしいです」という言葉もあった……まあ、雫と婚姻を結んだら、結果的にはそうなるのだろう。
「にしても、あの達也君がすんなり認めるだなんて……明日は槍でも降ってくるのかしら」
「本人の前で絶対に言うなよ? てか、ばらしたら爺さんに頼んで
「悠元が一番人間を辞めてると思う」
「ははは……大丈夫かね?」
「ええ、まあ。これも運命だと思って割り切ります」
エリカからは「深雪と一緒じゃないの?」と聞かれたが、今回は用件の関係で神楽坂家に1泊してからここに来ている。どうしてもプライベート的な手続きの中で保護者の承諾を得なければならない部分もあるからだ。
東京に神楽坂家の別宅はあるが、今後も司波家の居候は継続となるようだ。千姫曰く「第一夫人候補として、当主の世話ぐらいは出来るようになってもらいます」とのこと。
早速業者が入って、司波家の防音工事を済ませたらしい……そういう目的のためとかじゃないよな? あくまでもプライベートを大事にしてほしいという親心だと思いたい。費用は実家持ちなので気にする必要もないのだろうが。
何気にフラグを叩き潰しています。
戦略級魔法という存在の扱いだけでなく、南アメリカで統一国家の樹立ということは、USNAにとっても一種の危機感になりえるというわけです。とはいえ、何か事を起こしたら剛三の一撃必殺がホワイトハウスに落ちます(雷的な意味で)
隣の芝は青いってこういうことを指すものだと思う。