魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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リターンにはリスクが伴う

 九重寺の奥の間。そこにはいつもの服装である八雲ともう一人の人物がいた。

 高級スーツをピシッと着こなしている様はもとより、その人物の存在感が否応にも頭を下げさせてしまう力を持ち得ていた。その人物は東道青波―――四葉家のスポンサーの一人であり、この国を裏から支える存在。

 政財界の“黒幕”である偉丈夫の雰囲気を持ち得る老人は、八雲が点てた茶を一口飲むと、静かに茶碗を床に置いて話し始めた。

 

「神楽坂悠元……あれは、この国はもとよりこの世界そのものの“要”に成り得る。あの家のルーツである安倍晴明すらも超えうるかもしれぬ」

「抑止力ではなく要、ですか」

「彼は既に抑止力という領域を超えているであろう。九校戦はルールの範囲内で威力を加減したのだろうな。千姫殿が三矢家と密約を結んでいたとはいえ、彼女がある意味一番の利を得た形だ」

 

 青波は神楽坂家の力を最もよく知っている。その神楽坂家が十師族という枠組みを破壊しかねない人物を養子として引き取り、次期当主とした。この時点で、神楽坂悠元という人物がこの国の護りとしての立場に就いた、と青波はみている。

 

「そなたは彼の武術や魔法の訓練にも付き合っているそうだが、どうか? 彼と対峙して勝てるか?」

「そうですな……彼に殺し合いを挑んだ時点で、拙僧の負けは確定するでしょうな」

 

 八雲は少し考えた後、隠すことなく言い切る形で青波に答えた。新陰流剣武術の師範クラスに加え、彼の魔法は現代魔法や古式魔法にも通じるだけでなく、八雲の知らない系統の魔法まで会得している。達也ならばともかく、悠元相手では分が悪すぎて相手にしたくない。それでも彼への武術面での試しは続けている。

 

「生き残れば御の字、と言いたそうだな?」

「実は、神楽坂家のご依頼で彼の実力を試したのですが、拙僧の本気の隠形を見抜かれましてな。悠元君の機嫌を損ねれば、彼だけでなく達也君や深雪君まで敵に回しかねません」

「“四葉”深雪か……東山殿の曾孫を内密ながら婚約者にしたことといい、彼は一体何処に向かうのか……興味が尽きないな」

 

 彼は必要以上に魔法を使うことなどない。春の一件の時は、路地裏で遭遇した敵を撃退するのに武術しか使っていない。防衛大学校のデモンストレーションの際は魔法を使用していたが、それでも現代魔法のみだった。九校戦では古式魔法と現代魔法の複合術式を披露したが、それでも威力はルールの範疇に収まっていた。

 

「閣下はよろしいのですか? 四葉家が変わりつつあることに関して、この国の抑止力を危惧される立場として……」

「ただの兵器で終わるようなら、上泉と神楽坂が本格的に介入したであろう。それに、この国の切り札が4つに増えた以上、あとはその力を絶やすことなく継がせることこそ本懐。義父とはその点で妥協できた。茶の代わりを貰えるか?」

「畏まりました」

 

 青波からはいつも「茶の腕だけは上達せぬな」と嫌みを言われる始末。だが、別に八雲の点てる茶の味が不味いという訳ではなく、腹の内に秘めたるものを感じてなのか……皮肉めいた言葉であると八雲は察していたが、決して口に出さなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 所かわって四葉家の本屋敷。当主である真夜の私室で、彼女は通話をしていた。その相手というのは、十文字家当主こと十文字和樹であった。

 

「十文字殿、あれから調子はいかがでしょうか?」

『魔法力も全盛期のものと遜色なくなりました。治療師を紹介してくださった四葉殿には感謝しております』

「お気になさらず。当主代行である息子さんからも過分な礼を頂きました」

『克人は実直な性格ですので。それに上泉家のことも念頭にあったのでしょう』

 

 和樹は数年前から魔法力の低下に苦しんでいた。このまま改善が見込めなければ、息子である克人に継がせるべきなのだが、和樹は教えるべきことを全て教えないうちに譲るのは心苦しかった。そこで、和樹はダメ元で上泉家に話を持っていくことにした。

 すると、現当主である元継は「四葉家ならば、その辺のことに詳しいかもしれない」という風に話を持っていき、真夜は深雪経由で悠元に依頼をしたのだ。

 

 こんな回りくどい方法を取ったのは、七草家の諜報を逃れるためであった。加えて、治療自体は病院でなく群馬にある上泉家の本屋敷で執り行った。無論、和樹には厳重な守秘義務が課せられることとなった。この連絡自体も真夜から『精霊の鏡』で連絡を取っているため、他所からの通信傍受の可能性は極めて低い。

 

『彼に対しては、私の魔法師人生を救ってくれた恩義があります。先日の件の後、三矢殿と個人的に相談したのですが……隣接している中部・東海地方の守護をなさっている四葉殿にも協力を仰ぎたいと思っております』

「私どもも監視で手一杯ですので、どこまでの協力ができるかは保証できませんが」

『構いません。春のことで叱責を受けた以上、本来ならば我々の範疇ですが、必要な時はご相談したいというだけです。十師族の柵のため、流石に共闘や共謀は許されませんが』

 

 恐らく、和樹は四葉家の情報網を頼みにしたいという思惑があるのだろう。三矢家だけでもかなりの情報網を持ち得ているわけだが、それ以上に七草家への依存を弱めたいという部分も見え隠れしている。

 そのあと、少し雑談をし終えて真夜が一息吐くと、タイミングを見計らったかのように葉山が姿を見せた。既にハーブティーの準備をしているあたり、この執事の空気を読む力は脱帽ものだと真夜は笑みを零した。葉山はハーブティーを真夜の前に置きつつ声を掛けた。

 

「どうぞ奥様。それで、先程の十文字殿の件ですが」

「弘一さんも存外嫌われたものね。まあ、一番嫌っているのは悠君かもしれないけれど。自分の身元をばらされて、その上国防軍絡みの介入を見過ごす……これで好意を抱けるとしたら、余程の被虐体質でないと無理よ」

「仰る通りで」

 

 別に、悠元自身が七草家との婚約を解消してほしいと言ったわけではない、ということを真夜は知っている。その婚約自体、3月の臨時師族会議の後で聞かされたことと深雪経由で聞き及んでいる。

 それでも、彼に対する敵意に近い所業は誰だって許せないであろう。何せ、それを聞かされた深雪が笑顔で「七草家を凍結してしまいましょうか」と笑顔で言い放ち、悠元と達也が必死に宥めたのはここだけの話。

 深雪としては、恋敵になりそうな真由美諸共処理するつもりだったのかもしれない。その憶測を考えたところで真夜は珍しく深い溜息を吐いた。

 

「色々面倒事は尽きないわね。未来の利を得ているから、その代償と思えば安いものかしら」

「その悠元様ですが、どうやらFLTで核融合発電の研究資料を集めているようです」

「ワザと隠していないのは、気付かせる狙いもあるのでしょうね」

 

 ハーブティーを口にしつつ発せられた真夜の言葉に葉山も頷いた。

 魔法技術を用いた重力制御型熱核融合炉の開発はそこまでの規模ではないが進められてきた。そこに光明が差したのは、紛れもなく悠元の影響が強いと真夜は睨んでいる。現在、FLT・CAD開発第三課にて内密に熱核融合炉プロセスに必要となる魔法技術の実験も行われていると聞いている。

 

四葉家(うち)としては、次席株主である悠君の提案は受け入れざるを得ないわね。葉山さん、候補地の選定には恐らく神楽坂家も関わるでしょうから、いくつか候補地を見繕うようにと」

「場合によっては、プロジェクトの前倒しもあり得るとお考えなのですね?」

「ええ。千姫さんから手紙で忠告を受けた以上、あちらへの情報発信もより一層吟味しないといけないわね」

 

 フリズスキャルヴの危険性は葉山の指摘と三矢家からの手紙で周知しており、それを介しての検索は主に諸外国の経済的な動きに止めていた。政治と経済が密接にリンクしている以上、そこから軍事的な動きも見えてくる、というのが葉山からのアドバイスであった。ちなみに、アナログ的な伝達手段ではあるが、上泉家や神楽坂家が手紙を使っているのは情報漏洩を危惧してのことだ。

 情報を調べるということは相手からその動きをみられる……絶妙な舵取りを要求されることに、真夜は思わず笑みを浮かべた。その笑顔で当主の負けず嫌いな部分を垣間見た葉山は、やはり血は争えぬと内心で零したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 達也たちも無事合流し、フレミングシップに乗り込んだ。

 北山家の別荘がある聟島(むこじま)列島まで約6時間。最高時速100ノットで移動しているため(空気抵抗軽減のためのシールドのせいもあるのだが)、魚釣りに興じるということもできないため、悠元は端末のキーボードを叩いていた。

 合間に深雪や雫が飲み物や菓子類を持ってきてくれるので、そこまで不自由することはなかった。後で聞いたが、雫が北山家のハウスキーパーである黒沢女史から色々聞かされていたことも起因しているようだ。

 

 いくら感覚的に魔法式が組めるといっても、理論的な部分が成り立っていないと意味がない。とりわけESCAPES計画においては、その部分が最も重要であるのは間違いないからだ。

 

「悠元、新しい魔法でも組んでるのか?」

「組んでる、というよりも改良だな。市原先輩に頼まれた案件だよ」

 

 論文コンペの件に関わるのだが、実は悠元が魔法幾何学を取っている関係の話で、担当教員の廿楽計夫(つづらかずお)に論文コンペの論文を書いてほしいと頼まれ、以前詩鶴が書いていた“大量破壊兵器”に倣って核兵器に代わる戦略級魔法のあり方に関する論文を書いたら、選考から弾かれた。

 それは既定路線だし、危険だと思われて準備から遠ざかれるほうがいい……そう思っていたら、鈴音がその論文を見た上でクーロン力制御の魔法式を改良できないか頼まれ、その試作をしているというわけだ。

 

「ほのか、何か知ってる?」

「悠元さんってば、授業で5つの系統魔法を連結させる複合陣を作ってたから」

「出来ると思ったからやっただけだし、案外すんなり書けるものだと思うけれど?」

(現代魔法の異なる系統の連結魔法陣なんて、普通は出来ない代物なんだが……)

 

 なお、現状の魔法式でもクーロン力を従来の1億分の1に下げるという破格的な性能だが、ひとまずは100万分の1で妥協するのがいいと思い、組みなおしている最中だ。

 大体の目途は立ったので、移動の時間を利用して全員で魔力制御の訓練をしたり、深雪と雫に天神魔法の基礎を教えたりして時間を潰していた。朝6時出発ということで眠ったりする人もいる中、悠元は甲板で一人精神を落ち着かせて集中していた。

 すると、そこに幹比古が姿を見せて悠元の隣に腰掛けた。

 

「悠元、ちょっと聞いてほしい話があるんだ」

「……お前が別の家の養子になる話か?」

「なぜそれを……って、悠元に聞くのは野暮だったね」

 

 幹比古は悠元の情報収集能力を目の当たりにしており、彼が東道家のことを知らない道理はないと判断した。それに気づきつつ、悠元は口にした。

 

「その家のことを爺さんに問い詰めたら、爺さんの娘―――俺にとっては血縁上の伯母がその人の妻にあたるそうだ。子どもはいるそうだが、孫に恵まれないって言ってたな」

「……つくづく、悠元の親族って常軌を逸してるね」

「俺もそう思う」

 

 東道青波が義理の伯父だと聞いた瞬間、俺は彼が偶に訪れる意味合いを悟ってしまった。自分の妻の実家なのだから、その付き添いだとしても理解できなくはない。今この場(クルーザーの甲板)にいるのは悠元と幹比古だけであり、聞き耳を立てられないように遮音シールドを張っている。

 

「お前としては、美月のことが気になるのか?」

「え……えと、まだ悠元のような関係じゃないし、そもそも恋人でもないから」

「話の段階をすっ飛ばすな」

 

 今の幹比古の精霊魔法は、神祇魔法や喚起魔法だけでなく古式の精霊魔法で上級技術となる属性魔法の領域に差し掛っている。これはすなわち、吉田家で伝わっている精霊魔法の領域を超えつつあるということ。

 なので、幹比古に対して声が掛かったことは当然の流れだが、美月のこともあって中々答えが出せない。彼女の場合、両親ともに非魔法師の家系から生まれた突然変異型の魔法師なのだ。

 

「その美月なんだが、神楽坂家の筆頭主家にあたる伊勢家が養子縁組を申し出たそうだ」

「……それはまた、どうして?」

「彼女の眼の力だ。何も起こらないって保障はないからな」

 

 伊勢家は未来を見通す“星見”の一族。その特殊な術を身に着けるためには、それこそ“水晶眼”クラスの力がなければならないと姫梨は説明してくれた。上泉家で幹比古絡みの問題を片付ける一方で、魔法師の家柄としては弱い立場の美月を神楽坂家で保証する。

 そうした理由は、彼女の両親を政財界に強い神楽坂家で保護する狙いも含まれている、とみている。事実、彼らの仕事先を神楽坂家で買収したほどだ。

 

「言っておくが、俺は幹比古と美月のことに一言も触れた覚えなどない。そもそも、神楽坂の継承だって九校戦中に聞かされたわけだし」

「疑ってはないけれど……はは、神童だなんて浮かれていた自分が情けないよ」

「力を持てば増長してしまうのは無理ないさ。高校入ってあのままだったら、俺直々に叩き潰していたが」

「文字通り潰れそうだね、ソレ」

 

 悠元は幹比古と話しつつも、7属性の精霊を周囲に収束させて制御している。それを見た幹比古は一つの疑問を浮かべて問いかけた。

 

「気になったけど、悠元は新しい天神魔法でも編み出す気かい?」

「まあ、間違ってはない。というか、大まかな形は出来たから、後は制御面を煮詰めていくぐらいのものだけど……せっかくだから、幹比古に面白い技術を教えるよ」

 

 そう言って何も書いていない短冊を取り出し、懐から1本のペンを取り出す。そのペンに想子を流し込んで短冊にペン先を押し付けると、想子の光が短冊に刻まれて筆で書いた時と遜色ない仕上がりの代物が出来た。

 

「それ、CADかい?」

「知り合いに頼んで作ってもらった神祇魔法用の特殊なペン型CADだ。幹比古の想子特性データも入ってるから、このまま渡しても使える。試してみるか?」

「う、うん……凄い、こんなに手軽に。父さんや兄さんの前で使えないね」

 

 天神魔法で触媒を使うことがあっても、基本的にはCADで事足りる。このペン型CADは美月の護身用に精霊魔法を教える関係で作ったものだ。本人の思考を読み取って魔法式を即席で書けるという利点がある。おまけに、本人の想子があればいいので、壁だろうが床だろうが、しまいには空中にも書けてしまう。

 刻印型魔法陣の技術を応用した投影魔法式の構築。これは世界でも初めての技術となるため、迂闊に漏らせないと幹比古はすぐに判断した。使うとしても、余程の緊急事態が差し迫った時の護身用にすると幹比古は述べた。

 

「魔法幾何学の授業でこういう技術ができないかなと試行錯誤して、知り合いの魔工技師に頼んで出来上がったからな」

「でも、本当に貰っていいのかい?」

「どうせ俺と幹比古以外には使えない代物だし、下手に分解しようとしたら爆発するようになっている……半径10メートルは吹き飛ぶぐらいのな」

 

 爆発と言ったが、厳密にはごくごく小規模のプラズマ爆発を引き起こす程度の起動式が組まれている。甘いセキュリティで秘密は守れないため、使用者にも相応のリスクを負うことにある。力というものは、いかなるものであっても責任と義務が付きまとってしまうからだ。

 それを聞いた幹比古は、引き攣った笑みを浮かべつつも大事に使うと約束してくれた。ま、俺と幹比古以外の人間がそのペンを使おうとしたら、真っ先に解るようになっているので問題はない。

 




 青波の考えは一貫していますが、剛三の存在からか必要以上の干渉はしないような感じが……出せているのか不明です。

 十文字家現当主が大分快調になったことで、今後の展開にも変化が生じます。主に克人の動きの自由度は大幅に広がった形となります(無論デメリットも存在しますが)

 大きいリターンを得るためには、相応のリスクが必要なお話。
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