慌ただしい夏休みだった……一言で言うならそれに尽きる。
九校戦まではずっと魔法の練習漬け。九校戦では天神魔法を披露し、新人戦2種目で「クリムゾン・プリンス」を破っての優勝。神楽坂家で次期当主の指名(プラス婚約者の紹介)を受けた。
雫たちと海に行った後の残りは、東京にある神楽坂の別邸で姫梨や雫、深雪と魔法制御の訓練をしたり、司波家でも魔法漬けの毎日。加えて、三矢家に赴いて詩奈と侍郎の家庭教師をしていた。
達也とは異なり、独立魔装大隊での演習参加をしなくてもよい部分は助かったと思う。そこまでやられるとトップアイドル並みの分刻みスケジュールに成りかねなかったからだ。
なお、達也がFLTやら独立魔装大隊絡みで家を空けるときは自ずと深雪と2人きりになり、婚前交渉というか既成事実の影響で甘えてくることが多くなった。流石に家事などをきちんとこなして、勉強もしっかりした上でのことなので自制できているわけだが。
このことに対して、達也も深雪の様子から気づいているような節が見られたが、追及どころか逆に謝罪された。曰く「妹を甘やかしている責任は俺にもあるからな」とのこと。変にストレスを溜めてほしくなかったのでコーヒーを淹れてやると、達也から感謝されてしまった。
まあ、これを見た深雪がムスッとした表情を浮かべたのは言うまでもないが……双方のマッチポンプになってないか、と思わなくもなかった。
夏休みが明けると同時に、もう一つの厄介事を片付けるために悠元は校長室にいた。悠元と向かい合うのは第一高校の校長である
悠元自身と彼らに含むところはないが、百山は悠元の姉である美嘉を退学させようとした張本人。別にそうなっても逞しい生き方をするであろう美嘉のことは心配していなかったが、佳奈に加えて上泉家の不興を買った形だ。
そんな彼らが冷や汗をかいているのは、悠元の隣にいる着物を着こなした女性―――神楽坂千姫のせいだと、悠元は内心で溜息を吐いた。
「先日送った書状の通り、ここにいる彼は神楽坂家の人間となりました。私としても過去のことは一切掘り起こすことは致しませんが、もしものときは……分かりますね、百山の坊ちゃん?」
「……分かっております」
千姫は84歳、百山は70歳という年の差があるだけでなく、「護人」という存在は他の魔法使いの家系と一線を画している。傍から見れば、小娘に頭を下げる偉い人という図にしか見えないが……話を終えて校長室を出たところで、千姫は真面目な表情を崩した。
「もう、美嘉ちゃんのことがなければ真面目な話をしなくて済みましたのに……あの小童は、未来ある若者を“補欠扱い”にしないことに尽力すべきです」
「……いくら結界を張っているからと言って、校長室の前で言うべき台詞ではないかと」
戸籍変更に伴う手続きは全て完了している。悠元の手元には、「神楽坂悠元」という名前の学生証がある。それを懐に仕舞いつつ悠元は千姫に頭を下げると、そのまま1年A組の教室に入った。
悠元の名字が変わったことはすぐに広まった。何せ、「数字付き」ではなくなったことのだから、それを甘く見るような連中は少なからずいた。更に付け加えるなら、姫梨が1年A組に転入してきたことも大きい。
元々、魔法科高校は現代魔法の系統を学ぶための要素が大きい。古式魔法の場合は、普通の高校に通いつつ実家で魔法の訓練を積む傾向にある。幹比古の実家のように古式魔法と現代魔法を併用しているパターンは珍しい部類である。
そうでなくとも、古式魔法の家というのは秘密主義が現代魔法のそれよりも厳しい部分があったりする。自分自身がそういう立場になったことで理解できてしまう。
案の定というか、結構絡んでくる連中は多かったが殺気を放って黙らせた。その中に森崎がいなかったことが不思議だったが……どうやら、モノリス・コードでの恩義があって手を出すことを控えたようだ。
その後、担任教官から神楽坂家の説明があり、絡んでいた一部の連中は顔面を蒼白に染めていた。自業自得と言う他ないので、それ以上の関わりは避けたが。
「面倒事を増やしてほしくないんだがな……まったく、ガキかあいつらは」
「悠元は無駄に精神年齢食ってるよね」
「雫、分かってるけどそれは言わないでくれ」
ただでさえ転生で通算年齢換算が30歳を超えているのに、剛三の付き添いで色々経験したため、無駄に精神年齢だけ食ったような感じだった。流石に食堂を使えば面倒事にしかならないため、しばらく天気のいい日は屋上で食べるようになっていた。
とはいえ、暦は既に9月。そろそろ寒くなり始める時期なので、今後は食堂の利用になるだろう。
午後の魔法実習の授業。A組では基本的に5人1組なのだが、悠元のグループは彼以外全員女子―――深雪、雫、ほのか、姫梨となっていた。燈也は森崎のグループに入って上手くやっているようだが……男子の視線が突き刺さって鬱陶しかった為、ちょっと本気を出してCADに手を当てて15工程の魔法を瞬時に展開した。
「ひゃ、105msって何ですか……」
「うーん、ちょっと遅かったな」
「十分早いと思いますけれど……」
「やっぱ非常識の塊だね」
段々辛辣になってくる雫の言葉に授業の後で落ち込み、その罰(?)として雫に膝枕をしてもらった。あくまでも罰だからな……してほしかったというのは否定しないが。
なお、同じ工程数の魔法展開を深雪は221ms、雫は292ms、ほのかは306ms、姫梨は228msでこなしていたことを追記しておく。
◇ ◇ ◇
放課後の時間となった。集まった生徒会役員で生徒総会の準備に取り掛かる。とはいっても、データ整理自体は終わっているので問題ない。本来なら難色を示していたあずさの次期会長立候補も予定通りとなった。
だが、来年はそうならないだろうと悠元は見ている。深雪はそれを聞きつつも、端末のキーボードを叩くことを止めずに尋ねた。
「どうしてですか?」
「今までの流れを踏襲するなら俺が会長に立候補することになるんだろうが、会頭は次の次あたりに俺を据えたそうな様子だったからな」
実は兄の元継も主席入学だったが、部活連の状況を鑑みて会頭になった経緯がある。別に男が生徒会長になってはいけない決まりなどないが、男子よりも女子のほうが受けがいいという俗物的な要素もあったりする。事実、生徒会長職は長女の詩鶴から佳奈、美嘉、そして真由美という流れになっている。
加えて、克人は悠元を部活連に入れたがっている節がみられる。元十師族とはなったが、それでも九校戦で「クリムゾン・プリンス」を破った結果は本物だ。服部も優秀ではあるが、克人のようなことができるかと言われれば不安が残るのかもしれない。
そもそも、見た目からして威厳のある克人とそうでない服部では同じようにできなくて当たり前だろう。
「とはいえ、風紀委員会が達也を手放すとは思えんが……こりゃ、美嘉姉さんが抜き打ちで来て説教かもしれんな。被害に遭うのは主に新旧の委員長だろうが」
「悠元君、どうにか回避できないのか?」
「いたんですか、委員長……言っておきますけど、今更ですよ」
美嘉としては、卒業生ゆえにあまり首を突っ込みたくないのは本心だろう。だが、きちんと引き継ぎ事項まで残しただけでなく、次の着任者を見越して風紀委員にも声を掛けていた。そこまでやって改善されないのは困る、ということでもある。
事実、達也と悠元が来るまで片付けられていなかった委員会室がその証拠だろう。
「俺は戸籍から抜けましたが、血縁上は義理の親戚です。まあ、俺からは頑張ってくださいとしか言えませんが」
「辛辣だな。ところで……」
「今まで通りの呼び方で構いませんよ」
「そうか。悠元君、北山や司波と大分仲良くなったようだが……もしかして付き合っているのか?」
ある意味想定していた質問であり、この辺のことは深雪とも話し合っているので動揺することはない。寧ろ、表情には出していなかったがご機嫌ということが伝わってくるほどだ。それを横目で見つつ、摩利からの質問に答えることにした。
「どうでしょうかね。何分、女性とお付き合いした経験はないもので。知識として聞くのと実体験は違うというのは、委員長がよくご存知かと」
「まあ、一理あるな……うまくはぐらかされた気分だが」
「気のせいかと思いますよ」
なお、この場に真由美、服部、鈴音、あずさの4人はいない。生徒総会の議案もとい真由美の発案である“生徒会役員の選出制限の撤廃”の件で克人に相談しているとのこと。だが、それだけで部活連が関わることはない筈だ。
「にしても、生徒総会に何かしらの暴動が起きるのなら、風紀委員会が適任でしょう。委員長はここにいてよろしいので?」
「真由美に話は通したからな。部活連に声を掛けたのは、彼らにとっても決してマイナスにはならない話だよ」
「どういうことです?」
それは、現状生徒会と風紀委員会のみに許されているCADの携行許可を部活連の幹部に限定したうえで認めるという提案。それに至った理由というのは、風紀委員会のハードワークが原因でもあった。
「部活動の新入生勧誘期間の忙しさは悠元君が経験済みだが、CAD所持制限が一時的に緩むとはいえ、当事者側になる部活連が生徒会と風紀委員会頼みというのは拙い……それに加え、新会頭となる服部の補佐に二科生の子が入るからな」
「まさかですが、壬生先輩ですか?」
「ああ」
クラス替え、それも一科生と二科生の入れ替えは特殊な事情がないと行われない。2学年が入学したばかりの頃、服部とあずさ、それに啓の3人がトップで僅差だった。
だが、夏休み前の1学期末考査……その魔法実技で大波乱が起きた。
1位 服部刑部
2位 中条あずさ
3位 桐原武明
4位 壬生さやか
悠元自身も魔法力が伸びたと公言した2人の成績が飛躍的に伸びていたのだ。とりわけ、二科生という劣等感を貼られたさやかにしてみれば、この成績は喜ばしいものと言えるかもしれない。ただ、二科生ということでさやかの九校戦参加は見送られる形となった(達也のエンジニア選出はこの後の出来事だった)。
こうなった原因を考えたところ、一番考えられるとしたら軽運動部での絡みが要因だろう。
桐原は得意分野が振動加速・収束系になり、軽い想子の過活性を起こしていたので想子の柔軟を勧めた。柔軟とはいっても、苦手と思っている分野の魔法でわざと想子消費を重くする程度のものだ。
さやかの場合はというと、憧れた対象―――摩利とは異なる系統魔法を得意としていたにも拘らず、摩利と同じように魔法行使を試みた結果、想子の根詰まりを起こしていたため、それを取り除いてやったぐらいだ。
そもそも、現代魔法が「超能力よりも幅広い汎用性を持つ」の謳い文句通りに機能するならば、苦手とする系統魔法は
この理由は実に単純明快。本人たちの潜在資質に対して魔法を教える環境自体が整っていないことに起因する。ハッキリ言えば、しっかりとした教育を受ければ魔法力が格段に伸びるであろう二科生はかなり多いだろう。十師族や師補十八家、百家の人間の強みは高い魔法力だけでなく、それを維持できるだけの教育環境を自前で維持・管理しているのも大きい。
魔法師の育成に力を入れるというのなら、その前段階の時点で躓いているのは問題だと思う。この辺は道徳的な問題も絡んでくるので難しい話だが。
魔法科高校のハードルは単一工程の魔法展開速度に掛かるタイムが1000msを一定ラインとしているため、トップとの差は1秒弱。まだ伸びしろのある高校生なら突き詰められるレベルの範疇だ。
二科生であるレオ、エリカ、美月がどこまで化けるか……幹比古はすでに化けたようなものなので割愛した。
閑話休題。
「春の一件があったからこそ、壬生を入れる意味は大きいと十文字は語っていた。桐原は複雑な面持ちだったそうだがな」
「悠元さん、お兄様はどうなるのでしょう?」
「服部先輩が達也と同じ場にいるのは嫌がるだろうから、流石に部活連はないだろうな」
変な話だが、1学年内でも既に派閥グループが形成されている。
これは学内掲示板やSNSを漁って見つけたものだが、そのグループの最大派閥はなんと自身がリーダーのグループらしい。成績優秀者である一部の一科生に加え、二科生の半数近くがその派閥の中に入っているらしいが、そんな派閥を組んだ覚えなど皆無であった。
主だったところでは、A組の悠元と深雪、雫にほのかや燈也。E組では達也とレオ、幹比古にエリカと美月……ここに姫梨も加わる形なのだろうが、そんな噂を立てられるほうが迷惑である。とはいえ、不利益を被っていない現状では変に絡まれなくて済むメリットもあるだろうと考え、しばらくは様子見ということで放置することにした。
「とはいえ、実働部隊なのに事務仕事のできる達也を千代田先輩が素直に手放すとは思えん。中条先輩相手なら多少強気に出て泣きつくだろうな」
「生徒会のデータベースを大幅に弄って使いやすくした悠元さんがそれを言いますか?」
「アレンジの範疇だからノーカウントにしてくれ」
その達也なのだが、カウンセラー(公安の秘密捜査官)である遥が自身のカウンセリング担当である3年の
何でも、本戦ミラージ・バットにおける達也の活躍を見て、魔法大学に進学しても自分がうまくやっていけるか不安になっていた。加えて元々論文コンペのサブメンバーに抜擢されていたのだが、それを辞退したらしい。
達也が小春と関わることで、その妹にあたる
そもそもの話、千秋が彼らの駒の対象になりうるかは未知数の範疇と思っていいだろう。
「それにしても、深雪が何も言わなかったことに少し驚いたけどな」
「お兄様はご自分の評価を蔑ろにしがちですから」
「その意見には同意するが……多分、真由美の君に対してのスキンシップは増えるだろう」
「ファンクラブの連中が鬱陶しくなるので止めてほしいんですが」
◇ ◇ ◇
生徒総会当日。
真由美が提案した二つの案―――“生徒会役員の選出制限の撤廃”“部活連の一部に限りCADの携行許可を認める”は可決された。達也が小春の説得に赴いた影響で、悠元が真由美と一緒に帰ることになったことがあり、襲ってきたファンクラブの連中を魔法抜きで気絶させた。
二科生の達也なら槍玉にあげていただろうが、悠元は先代・先々代の生徒会長と姉弟関係にある。下手に藪を突いて蛇どころか狼以上の代物なんて御免なんだろう。
問題が起きたのはその後。立候補者というか信任投票とも言える状況の中、あずさは壇上で演説を開始した。すると、二科生に対する反感を持つ者―――この場合は反対派と呼称すべきだろう。
あずさは当然スルーしたが、それに対して噛み付いたのはあずさのファンというか親衛隊というべきなのか、演説そっちのけで言い争いを始めたのだ。
真由美だけでなく、服部や鈴音といった生徒会役員の制止も聞かず、風紀委員だけでなく最悪部活連も動くであろう中で、こんな下らない争いを座視しないであろう人物が暴走しないよう、悠元は一息吐いた。
そして、悠元の予想通り……深雪のその言葉は講堂に響き渡った。
「静まりなさい!」
それと同時に吹き荒れる深雪の想子。だが、同じ生徒会役員ということで一番近くにいた悠元が深雪の両肩を掴み、吹き荒れる想子を霧散させていく。
「ハイ、ストップ。講堂が天然の冷凍庫になりかねんぞ……愚痴は後で聞くから、ひとまず落ち着け」
「あ……すみません、悠元さん」
ただでさえ強力なのに、天神魔法や想子制御を学び始めた影響でその効果も強力になっていた。メリットというものは得てしてデメリットもあったりするが、悠元にとってはそれも承知の上でのことだ。
深雪は悠元を見た瞬間、自身の怒りがスッと熱が引くように冷めていった。それは冷ややかな感情ではなく、今の悠元の感情が明らかな怒りを持っていることに対し、思わず怖くなってしまった。
そして、悠元は深雪の近くにあったマイクを手に取ると、喋り始めた。
「―――言いたくありませんでしたが、この際なので言わせていただきます。先輩の方々、あなた方は本気で私達1年の手本になる気があるんですか? 今の言い争いに加担していた人も、それを煽った側も……本気で魔法師を目指そうだなんて公言できるんですか?」
こんな連中を抱えてよくもまあ会長職なんてやってられたな、と内心で生徒会長を歴任した3人の姉を思い浮かべていた。
魔法科高校は一般の普通科高校と違い、国立の教育機関である以上は生徒もエリートの自負ぐらいあるのだろう。けれども、精神レベルが実力に追いついていないのは明白。自分だってまだまだ未熟だと思っているのに、この程度で満足して優越感やら劣等感を抱くのは、自分自身に対する努力を舐めているとしか聞こえなくなってくる。
「一科生がそのまま優等生になるだなんて誰が決めました?
二科生が一科生の補欠―――劣等生でしかないと決めつける意味は何ですか?
ライセンス試験項目の一部でしか評価していない魔法力に何の意味がありますか?
先代会長は卒業式の折、こう言っていました。『他人よりも先に自分の力を見極めろ。それが出来ないのなら、ただ時間を浪費にするだけになる』と。
まさか、先輩方は半年も経ってそれをすっぱり忘れたとか仰いませんよね?」
一科生は入学時点で200人のうち優秀な上位100人で、二科生は下位100人。そこから教官の有無で明らかに差がついていく。
二科生は自ずと自力での学習を強いられてしまうため、達也や幹比古のように独学で根気よく学び続けなければならないが、彼らは魔法使いの家系ということが大きく影響しており、そうでない人々に対して魔法を教える機会が極めて少ないのは事実であった。
いくら教官が足りないからと言って、二科生へのフォローとして後進を育てる方向性(例えば、二科生から魔法大学に進学した人を教官に据えるなど)に持っていかなかったのは政府と学校の責任。そこに関して首を突っ込むのは敢えて避けた。どうせ、魔法科高校のカリキュラムが変わるのは確定事項とも言えるのだから。
学校内の不満を外に漏らさないためのシステムといえば理に適っているが、それがかえって学校内の軋轢を生んでいる。それが分かっていないのなら、教育機関に勤める資格はないと思いたくなるほどだ。
悠元の言い放った言葉に誰も反論できない。いや、彼の放っている威圧で強制的に黙らせられているというのが正しいだろう。悠元としては軽い感覚なのだが、講堂全部を覆う領域干渉には流石の真由美も冷汗が止まらなかった。
「文句があるのでしたらいつでも構いません。模擬戦がしたいというのであれば、受けて立ちますよ。……言いたいことは以上です。それでは中条さん、演説の続きをお願いします」
「ひゃ、ひゃい!!」
これを見た達也からの感想はというと、「お前は王にでもなるのか?」と言われた。流石に最高最善の王なんて柄ではないし、大勢の人を率いるだなんて無理だと返しておいた。どっかのロボットアニメの脇役が言っていたことだが、そういうのはできる奴がやってくれと言わざるを得ない。
神楽坂家の次期当主になる話を受けた側が言えたことではないが、あちこちで手広くやるつもりなんてない。
◇ ◇ ◇
「それで、この投票結果とはなぁ……」
そう摩利が呟いたのは、生徒会長の信任投票の結果を見ての感想だった。総投票数554票に対し、あずさの得票数は184票。規定による有効得票数を満たしているため、あずさが生徒会長となることは決まったわけだが。
「うう……」
納得がいかないような声をあげているのは深雪だった。それを見た達也も溜息を吐きたそうな表情を浮かべている。その両者を見て、悠元も疲れたような表情を見せていた。
総投票数554票で、あずさの得票数184票から差し引けば、残りは370票という大半がどこに消えたのかといえば、その結果を真由美が呟く。
「悠君が200票、深雪さんが170票ね……」
「……待ってください。私に勘違いして投票した人がいたのは百歩譲って認めるとしても、どうしてこういった書き方がカウントされているんですか!」
単純に名前で書かれているならまだしも、深雪の場合は“女王様”だの“スノークイーン”という名称まで付与されてのものだ。とはいえ、ちゃんと深雪の名前が書かれていて、同じ名前の生徒はいないのだから、自ずと深雪の得票としてカウントされるのは無理からぬことだ。
「悠元君の場合は“覇王悠元様”とか“悠元皇帝陛下”とかもあったようだがな」
「王とか皇帝って、皇族に対して不敬にもほどがあるでしょうに」
「いや、ツッコミ入れる方向が間違っていると思うんだが?」
冗談だとは思うが、深雪が女王様に対して悠元を王に例えたのだろう。何せ、悠元にカウントされた中には“女王様と結婚しろバカップル”という文言が一つ見られた。筆跡からして当該人物に心当たりがあったので、密かに仕返ししておこうと思う。
すると、瞳を潤ませた深雪が悠元にしがみついていた。どうやらそう書いた人を特定してほしいらしい……何をするかは大体の予測がつくので、深雪を宥めることにした。
「落ち着け深雪。それに仕返ししたとしても何のメリットも生まない。それにさ……周りが女王様と思っても、俺にとっては可愛らしいお姫様だよ」
「悠元さん……」
妹をあやすように頭を撫でると、深雪は心地よさそうな表情でしっかりと抱きしめていた。これで終わればよかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
誰がといえば、真由美が悠元の背中に抱き付いたのだ。
「むぅ……悠君、デレデレしないの! 君にはお姉ちゃんがいるじゃない」
「七草先輩、何をしているのですか?」
「全く、お前というやつは……」
前後から女性に抱き付かれ、悠元は一周回ってかなり冷静な心境だった。正直、自分の分身が反応しなかったことを褒め称えたいと思ったほどだ。結局、摩利の拳骨が真由美に炸裂して引き剥がされ、深雪は笑顔を浮かべたまま真由美を見つめていた。
(……はあ)
(悠元、お疲れだな)
(労わってくれて感謝するよ、達也)
その日の夜、風呂に入っていた悠元にバスタオル装備の深雪が突撃し、色々大変だった。その際の出来事は口に出したくないが、今後の生活に支障をきたすようなことは一切無かったと断言できる。
彼女と別れてから一人ぼっちだった前世のことを、「悪くなかった」と今更ながらに実感したのだった。
今の人生もそれなりに悪くはないけど、もう少し心の平穏が欲しいです、安○先生……え、無理? そんな殺生な……
原作の括りは夏休み編なので、こちらに含めました。
部活連の一部(幹部クラス)にCAD携行許可を持たせるのは、風紀委員(+生徒会)だけで全校生徒を取り締まるのは難しいという側面があります。
本来なら魔法科高校の教員が生徒指導の役割も担うべきなのですが、教員不足の関係でそうなってない部分(生徒の自主性に委ねている部分)が多いための次善策みたいなものです。この辺は追々補完します。
次から横浜事変編です。