三矢家と四葉家の非公式会談から1ヶ月後、四葉家から三矢家に届けられた手紙(表向きはFLTからの手紙)で悠元は元の呼び出しを受けることになった。恐らくはFLTに関わる件での準備が整ったとかそういう類の話だろうと推測していたのだが、元が最初に言い放った言葉は理解の範疇を超えていた。
「―――FLTの次席株主ですか?」
「そうだ」
「夢じゃ、ありませんよね?」
「夢であったと語れるなら、私も与太話の類として語りたいぐらいだ」
最初、何を言っているのか全く理解できなかった。それは悠元だけでなく、正面の机に座っている元ですらも頭を抱えたそうなそぶりを見せていた。普通ならば魔工技師としての入社手続きの準備が済んだぐらいにしか思っていなかったし、別に高望みなんてする気などないし、FLTの株式が欲しいとは一言も言っていない。
「それが自分にですか?」
「ああ。お前のことは高校入学まで秘匿しなければならないので、法的な所有者は私となってしまっているが」
「それは仕方がないことかと」
譲渡されるFLTの株式は全体の約33パーセント―――総株式の約3分の1を譲渡するとか正気を疑うレベルの取引になっている。元々三矢家が裏家業の関係でFLTとの売買契約を結んでいるため、FLTの株主になるという事実は「さほど混乱が見られなかった」と元は述べた。
「他の株主にどんな説得をしたら、こんな破格的な取引が成立するのでしょうか?」
「それは私が四葉殿に直接聞きたいぐらいだ。元々三矢を継がないからこそ、お前を四葉に引き込みたいのやもしれぬな」
「んな無茶苦茶な……」
四葉の本気度合いがヤバいように見えるが、実際のところは筆頭株主である深夜が悠元を引き込むための一手だということは……深夜本人以外知らない。
その根拠として挙げられるのは深夜と穂波の治療に関してなのだろうが、その秘密については深夜も秘密にすると約束している。流石に少し若返ったことで疑われるのは仕方がないと思う。
「それは置いておくが……お前が所属する予定のCAD開発第三課だが、達也君もどうやら一枚噛んでいるようだ。立場的には開発本部長の御曹司と言う体ではあるが」
元はそう言いながらFLT・CAD開発第三課の調査結果を述べていく。三矢家の裏家業のお陰からか第三課の陣容を知ることとなったわけだが、元の目から見ても優秀な人材が冷遇されているという有様だ。
ここ最近だと、
一流のCADメーカーならば能力を重視するのがいいわけだが、技術者や職人という存在はどこか一癖や二癖もある性格の人間が少なくない。そういった部分での軋轢で部署の島流しという憂き目に遭ったという事例は多く存在する。
「それで、自分はどういう立ち位置に置かれるとかは分かりますか?」
「おっと、言い忘れていたな。悠元は表向き開発第三課の魔工技師として配属される。早速だが、明日FLTに出向いて欲しい。先達には既に連絡しているそうだ」
FLTの株主という立ち位置はあくまでもおまけ(という扱いにしては大きすぎるが)で、メインはFLTの魔工技師として。流石に頻繁に出入りするのは要らぬ噂を立てることになる為、
それに関して異論はなかったが、期日を指定されることによる懸念もあった。
「それはいいのですが……風間少佐の方針で達也たちと直接接触しない様に言われてるんですよね。まあ、何とかしてみます」
接触しない理由は恐らく沖縄侵攻によるものが大きいが、これによって深雪と九校戦を見に行く約束が頓挫してしまった。これに関しての詫びの手紙を送ることも考えつつ、第三課へ手ぶらで行くには失礼だと思い、何らかの手土産を持参することにした悠元であった。
最悪の場合は風間に責任を負わせることも吝かではない。別に恨みなどないが、彼の一言がなければ九校戦の観戦も可能だった話だけに。
◇ ◇ ◇
上泉の総本山からでは遠いし、今は三矢の姓を名乗っていないのでFLTへの訪問は東京の上泉別邸を使うことになった。これでも表向きは「株主となった親族の代理訪問」という体になっている。FLTの株式は大部分が深夜と悠元で保持しているが、残りの僅かな部分にも株主は存在しているので通用する形だ。
FLTに入って受付に用件を伝えると、まず通されたのは社長室であった。元々四葉の息が掛かった会社なので、社長の彼も当然四葉家の意向を受けての人選となっている。
「はじめまして、長野佑都と申します。本名は別にありますが、家の仕来りによって公表出来ないことをお許しください」
「お話は既に伺っています。君の手腕のほども少しばかり聞いています。さて、開発第三課に所属するということですが……こちらが契約の書類になります」
社長は明言こそ避けたが、間違いなく四葉本家から事情を既に聞いていたのだろう。手腕に関する部分は恐らく達也に渡した銃状特化型CADのことが要因とみられる。彼からは自分が国防軍に関係する職務に就いていることを鑑みてのものなのか、魔工技師『
「ありがとうございます。それで、今日はこのまま開発第三課のほうに出向きますか?」
「元からそのつもりで来ましたので」
「分かりました。主任には私のほうから話を付けておきましょう」
社長からは開発第三課に関する話も聞いたのだが、その中には達也に関する話も含まれていた。開発本部長の息子にあたるのだから、出てこない方がおかしいだろう。原作だとトーラス・シルバーの功績を羨んで名誉を達也から奪ったわけだが、この世界でも同様のことが起きるだろう……彼の愛人の自己顕示欲を考えれば、起こらないと思える思考回路の方が正気を疑う。
そんな司波家の家庭事情はさておき、いきなり初対面の相手に信用を得るのは厳しいと分かっていたため、自分の持っている別の肩書きを出すことも考えつつCAD開発第三課に踏み入れると、悠元を待っていたのは目的の人物―――第三課主任になったばかりの牛山であった。
「お、坊主が今日のお客さんか」
「はじめまして、長野佑都と申します……正式には三矢悠元ではありますが、これはオフレコでお願いします」
アッサリとばらすのはどうかと思うだろうが、相手は職人気質な人間なので嘘をつくのは宜しくないと思ったからだ。牛山もその名前を聞いて驚きはしたが、すぐに気持ちを切り替えて悠元に話しかけてきた。
「いやー、思わず面食らってしまったよ。御曹司といい、近頃の若者は油断ならねえな」
「誉め言葉だと受け取っておきます。それで、ぶしつけなお願いになってしまうのですが……」
そう言って、悠元は鞄から紙の束を取り出して差し出した。それを受け取った牛山が読み進めていくと、紙束を持っていた手が震えていた。それは恐怖というよりもCAD技師としての興奮に近かった。
それは、悠元がこの先のことも考えて設計した悠元専用の銃状デバイス。ネームはさしずめ『ワルキューレ』と『オーディン』―――北欧神話から名を借りる形とした。
「もしかして……悠元君がこれを設計したのかい?」
「信じられませんか?」
「いや、同じ魔工技師として君の目から本気さが伝わってくる。こいつは将来自分なんかよりも大物になるという技師の勘みたいなものだが……こりゃ、大したもので片付けられるレベルなんかじゃねえ。今までのCADの技術が数十年分ぐらい詰まっているようなものだ」
内蔵する予定の内部機構は全て悠元の頭の中にしかないため、設計図に書かれているのはそれらを除いた基本的構造でしかない。だが、その洗練さだけでも現在“御曹司”から依頼されたカートリッジ型ストレージ採用型の銃状デバイス―――その雛型としても十二分に完成している、と牛山は判断した。
「実は、御曹司から似たタイプのデバイスを頼まれていましてね。ループ・キャスト・システムを採用したデバイス設計をお願いされていまして……この設計図面を使わせてもらえませんか?」
「構いませんよ。こちらも牛山さんにデバイス作製をお願いする立場ですし、第三課に籍を置くので吝かではありません」
牛山には今後在宅勤務のFLT所属魔工技師『
◇ ◇ ◇
沖縄での戦いの後、伊豆の別荘で夏休みの残りを過ごしていた達也は、自らの立場を使って何かできないかと考えた。真っ先に思い浮かんだのは、自分の父親がFLTの要職に就いているということだった。
そこから、沖縄から戻って来た深夜から母親呼びをするようにと言われた折、達也は深雪のガーディアンとして守り切る為のCADが必要だと直談判した。
それに対して深夜は「分かりました。達也、しっかりやりなさい」と短めだったが、今までにない柔らかな表情で言われたことに流石の達也も一体何があったのかを邪推せずにはいられなかった。
伝手は出来たが、達也の考えているプランで必要な技術は多く、難航を極めた。だが、そこで達也は沖縄防衛戦で見た佑都の魔法技術を思い出していた。
その時、達也は自身の『眼』で佑都の起動式を見ており、その中に起動式の最終段階に同じ起動式を魔法演算領域内に複写する処理を付け加えることで、二度目以降の起動式の展開工程を省略し、反復発動を高速化する技術が使われていることに気付いた。
その記述の完全な再現こそ出来なかったが、同一の魔法を魔法師本人の演算キャパシティが許す限り何度でも連続して魔法を発動できるように、ソフトウェア技術として完成させた。
達也はこの技術に『ループ・キャスト・システム』という名を付けた。
(……牛山さんから連絡があった時は、流石に驚いたな)
ループ・キャスト・システムを見据えたCAD『トライデント』の作製。その為に牛山を第三課へ引き抜き、彼に作製を依頼してから3日後、『試作品が出来ました』という牛山の連絡を受けて、達也はFLTへと出向いた。
流石に早すぎるのではという思いもあったが、職人気質の牛山が嘘をつくとは思えない。何はともあれ、まずは実際に見てから判断するのが先決と考え、深雪にそのことを伝えると一人でFLTに出向いた。
「お待ちしていましたよ、御曹司」
「いえ。それで牛山さん、頼んでいたものの試作品が出来たということですが……」
「ええ、こちらにあります」
牛山が案内したのは魔法の実験室。銃形状の無骨なデザイン―――試作品なので仕方はないが、それに加えて数種類のカートリッジ型ストレージも準備されていた。正直なところ、たった3日で達也の注文に応えたところは流石だと感じていた。
「御曹司が望んでいた機能は搭載していますが、CAD自体の調整は御曹司がいないとできませんので」
「分かりました」
達也は手早く調整を済ませて早速魔法発動の手応えを感じていたのだが、かなりハードのレスポンスが良く、今まで使ったことのあるCADの中で一番手に馴染んで使いやすい代物だった。
ループ・キャスト・システムについても問題なく作動していて、試作品とはいえ完成度は極めて高いと言えよう。これには達也も納得のいく出来だと言葉に発した。
だが、それを聞いた牛山の表情はと言うと、まるで自分の功績ではないと言いたげにバツが悪そうな表情を垣間見せていた。
「凄いですね。流石は牛山さんです」
「……実を言っちまいますと、それの設計がちょっと行き詰まっていたところに天啓と言うべきか、凄い天才技師が
牛山はその上条洸人なる人物がハードウェア部分の雛型を設計し、それをベースとして『トライデント』の試作品が出来たと話した。そして、その雛型となる銃形状デバイスはプログラム待ちとなった状態であることを明かした。
「初耳ですね」
「まあ、御曹司にCAD作成を依頼された翌日のことですから、知らなくても無理はねえでしょう」
達也もFLTの社内データは粗方見ていたはずだが、その人物の存在は達也でも与り知らなかった。となれば、ここ最近になってFLTに就職した魔工技師ということになる。
「御曹司には、ループ・キャスト・システムでの手腕を生かして、そのデバイスのプログラムをお願いしたいのですが」
「……まずは、その設計図を見せてもらえますか?」
牛山がその人物から預かった設計データを事細かく見ていく……そこで、達也はこのハード設計をした人物に一人だけ心当たりがあった。『トライデント』の試作品を使った時の感触が、真田から以前貰った特化型CADや先日の沖縄侵攻で使った「サード・アイ・ゼロ」と非常によく似ていたのだ。もしかしたら勘違いという可能性もあるだろうが、達也の中には確信に近いものを感じていた。
そして、牛山に依頼された二機の銃状デバイスの要求プログラムを見て、達也は確信に至った。以前、沖縄の基地で真田にカートリッジ型ストレージを使用する銃状デバイスを見せてもらった際、それらの設計の大半を“彼”がやっていると聞き及んだからだ。明らかに国家機密レベルのブラックボックスを抱えているハイエンドモデルのデバイス……達也は牛山から教えてもらった上条洸人のデスクに座り、メールを作成して送信した。
『お前、佑都だろ?』
直球すぎるメールかもしれないが、すぐに帰ってきたメールでは『流石
『久しぶりだな、達也』
「ああ……にしても、良く分かったな。もしかしたら別の人間かもしれないのに」
『そこにある端末は
よく見ると、モニターに内蔵のカメラが埋め込まれていたので「成程」と納得した。それはともかく、と佑都のほうから話を切り出した。
『それで、牛山さんに少しだけ聞いたんだが、第三課に出入りしてるんだろ? 可能な範囲で構わないから協力してほしい』
「それは構わないが、あれだけのハイエンドなデバイスでないとダメなのか? 見るからにブラックボックスも多いようだが……」
『あそこからスペックを下げると逆に足枷になりかねなかったし、真田大尉から承諾を貰ってる代物だから。その代わりと言ってはなんだが、達也のCADである「トライデント」のハード設計を全面的に請け負ってやる』
彼が国防陸軍の技術顧問をしている上、真田や風間とも繋がりを持っていることは達也も知っている。真田から『トライデント』関連のことを聞き及んでいてもおかしくはない。それに、ここまでのハードウェア設計能力は間違いなく世界トップクラスである……と考察して、達也は一息吐いた。
「分かった。プログラムに関しては俺が全面的に面倒を見よう」
『助かるわ。流石にアレから更に複雑となると誰かの協力が欲しかったからな……そうだ、どうせならチームでも組むか? 名前はそうだな……「トーラス・シルバー」なんてどうだ?』
「佑都の名前が一切入っていないが?」
『いやー、流石に自分の名前を入れるとややこしいことになるからな』
これには色んな事情が含まれているわけだが、それはまた別の機会に話そうと思う。
この後、二人が未成年ということで牛山がそのまま監督責任者という形で加わり、三人一組による「トーラス・シルバー・プロジェクト」が発足した。その皮切りとして発表されたのがシルバー・シリーズの第一弾―――銃状デバイスの「シルバー・ホーン」とハイエンドモデル「フォース・シルバー」。それと併せてループ・キャスト・システムも発表され、FLTは世界に名立たる魔工メーカーとしての第一歩を踏み出したのだった。
追憶編の加筆で1話あたりの容量が増えてきたため、已む無くエピソードを独立させました。