魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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黒幕呼ばわりだけはマジ勘弁

 悠元と達也が話し合った翌日、悠元は軽運動部に割り当てられた道場にいた。

 制服ではなく剣道着を身に纏い、腰に差しているのは小太刀程度の長さの業物。そこから1メートル間隔で置かれた巻き藁が5つ。そして、悠元は小太刀の柄を握って抜き放った。

 

 すると、5つの巻き藁は綺麗な断面を残しつつ、斬られた上半分が床に落ちた。悠元は1歩も動いておらず、小太刀程度の長さでは1つ斬るのもやっとの太さ。だが、それ以上にその光景を見た人が驚くとすれば、彼の握っている小太刀には()()()()()

 悠元は刀身があるように柄を鞘に納めると、その断面をしっかり見ていた。すると、悠元は視線を感じた。敵意を感じなかったが、振り向いて姿を確認したところ、幹比古と美月の姿があった。

 

「どっかの連中が式を打ち込んできた、ねえ……幹比古が知りたいのは、その由来がどのあたりにあるかってことか?」

「そうだね。柴田さんを安心させたいっていうのもあるけど、僕も出所ぐらいは知りたいから」

 

 上泉家と神楽坂家はこの国由来の術だけでなく、世界に点在する魔法系統の技術にまで精通している。幹比古としては、せめてどこのものなのかは知りたいだろうという知的欲求というよりも、その対策をしっかり練っておきたいのだろう。

 

「魔法科高校の防衛術式を攻撃しているのは大陸系の式だな。なので、その出所を逆探するために対抗式を予め打ち込んだ」

「対抗式? 対抗魔法とは違うのですか?」

「式―――この場合は“式神”と言えばいいのかな。大陸だと“化成体”という言い方をするみたいだけど、対抗式の術式には様々な種類があって、今回は式と術者の“回線”を固定化して出所を探る方法だ」

 

 事象の変化を起こすだけが魔法ではない。事象の保存をする魔法も当然存在する。その魔法は神楽坂家にあった天神魔法の秘伝書を読み解いて会得したもの。それを組み合わせて出所を探ることに成功したわけだが、今のところは「調査中」ということにした。

 

「達也たちには内緒にしてくれ。幹比古は無論だが、美月も古式魔法使いの係累になるからこそ話したわけだし」

「……え? 悠元、それってどういうことだい? 柴田さんは何か聞いてる?」

「えっと、先日伊勢家の当主の方が来て、私を養子に迎えるということになりまして。私も驚いたのですが、両親はちゃんと納得していました」

 

 司甲の一例から考えて美月が“先祖返り”という可能性を考え、柴田家の家系図を一通り調べ上げた。その結果、約500年前に安倍氏の傍系から分岐したかなり遠い親戚、という結論が出た。

 ともあれ、美月の力を悪用されないための後ろ盾として伊勢家が美月を養女に迎えることとなる。この辺りは千姫から聞かされた話のため、次期当主である悠元もその考えに同意していた。

 

「つまり、姫梨と美月が義理の姉妹になり、俺が美月の義兄になるって形かな」

「そうなんだ……って、あれ? この刀、刀身がないよ? もしかして、千葉家のような秘剣でも使ったの?」

「詳しくは言えないが、“心刃(このは)”の練習の一環だ」

 

『優れた天神魔法の使い手は、己の魂を武装として具現化する』

 

 これは、神楽坂家の秘伝書、その最後のページに記されていた一節。天神魔法は魂の固有武装こと天刃霊装(てんじんれいそう)を顕現させ、それと組み合わせることで真価を発揮し、あらゆる邪を祓う刃となる。

 

 だが、この技術は神楽坂家単独でも、上泉家単独でも至ることが出来ないようになっている。その理由は書かれていなかったが、恐らく力を持つことによる周囲からの要らぬやっかみなどを減らす為ではないかと結論付けた。

 悠元自身、高校入学の時点でその領域に至るところまで踏み入れたが、そこから足踏みを強いられていた。理由は言わずもがな、前世での恋愛経験からくる柵がその最大の障害となっていたからだ。加えて、神楽坂家で読み解いた秘伝書によって、ようやく本格的な修行を行えるまでになった。

 

「美月は、『眼』の制御に関してどこまでいけた?」 

「まだ強い光を感じることはありますが、大分落ち着きました。勿論訓練は毎日続けていますよ」

「僕も柴田さんも軒並み展開速度が伸びたからね。正直な話、傲慢になっていた一年前の僕自身を殴りたくなったよ」

 

 あまり触れてほしくなかったので話題を切り替えると、美月と幹比古は揃って展開速度が伸びたことに喜んでいた。幹比古に関しては過去の自分に対しての皮肉も交じっていたが。ちなみにだが、二科生組の展開速度の短縮は平均で300msぐらいで、達也が940msから610msへの短縮と大幅に改善されたが、さらに凄かった人物が一人いた。

 

「レオはもっと凄かったね。単一工程の展開速度が450msまで短縮されていたから」

「その調子だと、一科生にクラス替えもありそうだな」

 

 レオの魔法展開速度は正直驚いたが、レオ自身も「上には上がいるし、まだまだ研鑽あるのみだぜ」と意欲が全く衰えていなかった。春の時に一科生から落ちこぼれ扱いを受けたことも起因しているのだろう。

 これを見て嫉妬を見せていたのがエリカである。なお、展開速度は700ms代中盤にまで短縮されたので、これだけでも十分というほかないが。

 

「さて、俺は少し残って片付けをしないといけないから、先に帰ってても構わないよ」

「分かった。達也たちにもそう伝えておくよ」

「それじゃ、また明日」

 

 幹比古と美月が道場を出て行って、誰の気配もないことを確認した上で、悠元は広げた左手を前方に構える。一息吐いたうえで、悠元は静かに呟いた。

 

―――蒼天に射差せ、『叢雲(ムラクモ)

 

 悠元の左手を基点として蒼白の雷が展開し、その雷は一振りの太刀の形を成す。その柄を握って光を振り払うように振り下ろすと、蒼銀の刃と拵えを持つ太刀がそこにあった。悠元が巻き藁に向かって薙ぐと、巻き藁は綺麗に消え去った。

 

 正直な話、この知識を知ったときは驚きもしたし、これでもまだ顕現した程度のものだと知った。前世で読んだ漫画や小説の話を思い出して、思わず頭を抱えたくなったのはここだけの話である。

 片付けを終えたところで、悠元は天刃霊装の展開を解除した。そして、制服に着替えようと道場を後にしたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元はそのまま九重寺に足を運んだ。元々警備のメンバーに選ばれているとはいえ、どちらかといえば克人の補佐役に近いポジションともいえる。なので、ある程度の自由がききやすいというのも事実だった。

 

 九重寺に足を踏み入れようとしたところで、殺気を感じることに一息吐き、隠し持っていた手裏剣を一つ、傍から見れば誰もいない場所に向かって抜き放った。

 すると、手裏剣がまるで宙に浮いたように止まったところで背景がグニャリと変化し、手裏剣を指の間で止めていた八雲が姿を見せた。

 

「いやー、流石だね。この場合は“神楽坂の次期当主殿”と褒め称えるべきかな?」

「忍術使いの癖とはいえ、あまりしつこいようなら斬りますよ?」

「大丈夫だよ。これでも達也君よりは抑えているからね」

 

 一体何が大丈夫なのか、という疑問はそのままに、八雲の私的な居住空間である庫裏に通された。普段は八雲以外客を通す場ではないが、悠元は主である神楽坂家の次期当主。そうなれば八雲としても身内に近い扱いをせねばならなくなる証左だろう。

 

「そういえば、妙な物を預かったようだね」

「今回の場合は達也が、ですね。CADの関係上、国防軍とのパイプというのは重要ですが……表向きの身内である達也と深雪には思わず同情してしまいますよ」

 

 勾玉のレリックのことは、小百合に対する襲撃があった時点で神楽坂家も既に掴んでいる。八雲の言葉はその証明なのだろう。その後情報統制は行われたため、オンライン上にその事実があったことは抹消されている。

 

「かの人物は達也君の功績に嫉妬しているからね。彼の父親もその類なんだろうけれど」

「陣営に引き込もうとしても、株主からストップが掛かりますからね……俺も、今の時点で達也が研究者に引っ張られるのは好ましくないと思っています」

 

 FLTの筆頭株主である深夜がいる以上、自分の息子である達也を龍郎や小百合の思い通りにさせるつもりはないだろう。かく言う悠元もその意見には賛同するつもりだ。

 独立魔装大隊のこともあるが、魔法師を“人”として認知させるために今進めている計画の邪魔はされたくない。最悪の場合、自分の手でケリをつける覚悟はすでに持っている。

 

「それで、先日お話しした件についてですが……何か進展はありましたか?」

「閣下は『彼の提案に異存なし』と仰られていた。悠元君としては、達也君が本気を出さざるを得ない状況に陥ると睨んでいるのかな?」

「なるかもしれないですね。正直、周りは敵だらけなので」

 

 スパイ防止法という法的拘束力はあるものの、非合法工作員(イリーガル)がこの国を訪れている。その中にはUSNAも含まれており、それの対処は『九頭龍』に一任している。

 元十師族とはいえ、悠元はあくまでも魔法科高校の学生であり、国防軍のことやFLTのことも巧妙な情報操作をしている。株主絡みでFLTに出入りしているのも事実だし、元実家の関係で国防軍に知己がいるのも事実。

 本当のことなので、態々嘘をつく理由にもならない。堂々としていれば、かえって分かりにくい。

 

「悠元君の懸念していた連中だが、当たりだったようだね。それで、君はどうするのかな?」

「最悪『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』を使うことも視野に入れます。まあ、移動手段はどうにでもなりますから」

 

 先日、達也と啓、花音が第一高校の制服を着ていた女子に付きまとわれていたが、その少女は逃走。その際にはロケットブースター付のスクーターという一般では出回ることのないものが使われた。

 達也のトラブルを呼び込む気質(謂わば主人公気質とも言うが)を考え、八雲に相談して「九頭龍」のメンバーに見張らせていた。そこから得た情報では、大亜連合の特殊部隊が一枚噛んでいて、彼らを仲介したのは周公瑾ということも既に掴んでいる。

 

 少女の正体も掴んでいるが、それを明るみにすれば春に続いての“不祥事”に繋がる可能性もあり、教員たちが二の足を踏む可能性が高い。とはいえ、トラブルを好き好んで突っ込みたがる奴もいるため、この辺はどうしたものか悩んでいた。

 達也だけに限って言えば、トラブルのほうから歩み寄ってくる可能性もあるわけなので、この辺の対策は打っておこうと思う。

 

 それだけだったらまだ良かったのだが、裏ではUSNAに加えて新ソ連、イギリスも動きを見せている。第一高校の生徒にも探りを入れているようだが、正直相手になるのかと思わざるを得ない。まかり間違って殺傷ごとにならないのを祈りたいと思う。

 

「そういえば、九重先生以外の『九頭龍』と面識はないのですが、どういった方々なのでしょう?」

「まあ、表立って名乗ることは当主関係者以外にないからね。悠元君が知らなくても無理はないよ」

 

 「九頭龍」はその名の通り、神楽坂に所縁のある九つの家が各方面の情報収集を担っている。

 組織の統括と関東方面を担う九重家を筆頭として、北海道方面の矢車家、東北方面の鳴瀬家、関東方面の吉田家、北陸方面の四十九院家、中部・東海方面の津久葉家、近畿方面の安宿家、中国・四国方面の高槻家、九州・沖縄方面の宮本家。

 聞いたことのある名字ばかりであり、その中には縁の深い矢車家も含まれていたことに驚きを隠せない。その辺の事情を聞いたところ、神楽坂家の傍系に当たる家柄とのことらしい(三矢家に使用人として仕えているのは矢車家の分家筋とのこと)。それを聞くと、侍郎の先天的能力もどことなく腑に落ちるような気がした。

 

 既存のものとは大きく異なる情報伝達特化の古式魔法を有しており、一般的に普及している電子ネットワークの影響を一切受けない強みを持っている。なお、津久葉家は四葉家先代当主との誼から「九頭龍」に名を連ねている。

 

「つまり、俺の情報は元からダダ漏れだったって訳ですか」

「君の場合だと、三矢家との約定もあったわけだからね。ただ、九校戦で君が披露した実力は僕ですら度肝を抜かれたよ」

 

 正直な話、政治要素も含みそうなことに頭ごと突っ込んでる気分だが、未来を変えるのも楽じゃないと思う。思い切って未来を変えるのなら周公瑾を排除するのが手っ取り早いが、そうなると顧傑が出張ってややこしい事態になりかねない。

 それを理解しているからこそ、正面切っての手ではなく搦め手を用いることに決めている。そのために、大亜連合にはある程度の損害を負ってもらわねばならない。だが、損害を負うのはその国だけで済ますつもりはない。

 すると、八雲が弟子から何かの紙を受け取り、それを読むと綺麗に燃やしていた。どうやら、諜報のほうで動きがあったらしく、八雲が口を開いた。

 

「『人喰い虎』がUSNAの非合法工作員を殺したらしい。しかも、その工作員は達也君たちを監視していたようだね」

「よく気付かれませんね。相手もその筋ではエキスパートと伺っていますが」

「この寺もとい、本山も陰陽道自体は心得があるからね。尤も、天神魔法のように陰陽道を十全に使えるわけではないし、式神の使役も幾分か劣ってしまうよ」

 

 その夜、司波家でその話題が出たとき、達也がRPGで言うところの魔王と例えられた一方で、悠元はどういう例え方をされたのかといえば、その結果を深雪が言い放った。

 

「満場一致で“世界を操る黒幕”ということになりました」

「よし、喧嘩売ってると解釈していいんだな? キッチンを借りるぞ」

 

 正直な話、“魔王の親友”ぐらいなら笑い話で済ませようと思った。だが、黒幕呼ばわりだけは絶対に納得がいかなかった。何故かと聞かれたら、まるで達也を操り人形にしているような気がしたからだ。俺に達也をコントロールできるような甲斐性なんてない、というのが正直な本音だ。

 

「待て、何を作る気なんだ?」

「秋ということでアップルパイでも作ろうかと。材料もあるし」

「やめてください! 私たちの心が折れますから!!」

「いや、俺は大丈夫なんだが……って、あの様子だと深雪に聞こえてないな。やれやれだ」

 

 結局、アップルパイがその会話に参加していた全員に振舞われ、深雪は「美味しいのは確かなんですが、納得いきません」と頬を少し膨らませながら言いつつも食べ続け、雫は「……世の中、不公平だと思う」と呟き、姫梨は「成程……納得いかないという理由が理解できました」と述べていた。

 達也からは「お前は女性限定で罪作りな奴だな」と言われた。解せぬ。

 

 言っておくが、ごく一般的な材料とレシピを用いているだけなので、出来栄えが他の人が作った場合と大きな変化が生じるわけではない。

 料理の師匠曰く「料理にとっての一番の調味料は笑顔なんだよ」と言っていたが、料理で笑顔を生み出している師匠とは違って、俺にはまだ遠い境地なのかもしれない……と、彼女らの反応を見てそう思ったのだった。

 




 前半部分は別作品からの設定流用が大きいです。なので、タグにクロスオーバーも追加しています。あれも超能力の類みたいなものなので。

 九頭龍の面子は出来るだけ既存の設定を生かしながら選出しました。この設定によって様々な部分で原作からの変更点も増えますが、その辺は追々注釈や説明を入れていきます。

 

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