魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

131 / 551
無機物に仇の概念を抱くのは間違っている気がする

 論文コンペの準備は着々と進んでいた。

 その間に起きたことと言えば、1年の二科生である平河千秋が無線式のパスワードブレイカーで何かをしていたところ、紗耶香が真っ先に気づき、結果としてレオが取り押さえるという顛末が起きていた。傍から見れば危ない光景だったらしいが。

 その後、五十里と花音が千秋から事情を聞いた限りにおいて、九校戦で達也の功績を目の当たりにした姉の小春がコンペのメンバーを辞退したのは達也のせいだ、と発言したのだ。

 

「悠元君から見て、どう思うかな?」

「おかしな話ですね。何せ、コンペのメンバーのことは自分も聞いていますが、達也のメンバー選出は平河先輩も自身の代理として推薦していたはずです」

 

 達也にその辺の事情を聞いたところ、小春と並行して千秋にも「無理矢理代理になる気はない」と言ったようなニュアンスを含んだ言葉を述べていたらしい。それを聞いた千秋もちゃんと納得していたはずだと。

 姉の推薦があったとはいえ、妹もどこか思うところはあったのかもしれない。そこに誰かが誑し込んだとなれば、ある程度の辻褄は合う。

 その辺のことは隠しつつ、悠元は五十里からの質問に対してそう答えた。

 

「ひとまず、安宿先生の判断で大学付属の病院に移ることになった。花音や千葉さんは納得いかなそうな顔をしていたけれど」

「……あの2人は、ある意味似た者同士ですからね。正義感が強いのは結構ですが、実力を半端に伴っているのが更に性質が悪いでしょう」

 

 “半端”と評したことに五十里は自身の婚約者を貶されてムッとするのかと思えば、返ってきたのは苦笑交じりの表情だった。どうやら、五十里でも甘いと思うところはあるのだろうと推察できた。

 花音もエリカも実力はあるだろうが、その実力が実戦で発揮できるかどうかは別問題だ。

 

「正直なところ、達也を困らせる手段としては温いという他ないですね。平河に教えてやる義理はありませんが、それこそテロや他国の侵攻レベルでないと彼が揺らぐということはないでしょう」

「えっと……冗談だよね?」

「この表情で冗談を言っているとお思いですか?」

「……君も元十師族とはいえ、中々濃い経験をしているね」

 

 明確に言えば、それこそ深雪が大きく関わるレベルでないと達也が動揺することなど難しいだろう。この場に自分と五十里しかいないからこそ、彼に対してハッキリ言うのと同時に、口止めも込めている。

 あまり深入りしてほしくないため、悠元は話題を切り替えた。

 

「話題は変わりますが、依頼した2機の進捗はどうでしょうか?」

「問題なく進んでいるよ。僕はコンペの準備があるから関わっていないけれど。それにしても、千葉さんと西城君専用のデバイスとは……まあ、その対価も貰っているから、うちとしてはありがたいけれど」

 

 エリカは既に専用デバイスの「大蛇丸(おろちまる)」があるが、あれは破壊力こそ一級品だが、取り回しの面でエリカの長所である高速移動を生かし切れていない。なので、そのデバイスを譲ってもらう代わりにエリカ専用のCADを用意し、防御面はともかく攻撃面では決定打に欠けるレオにもCADを用意することにした。

 作製自体は五十里家に委託としたが、基本設計は悠元が今までの試作デバイスのデータを基に一から図面を引いた(表向きはFLTの魔工技師の伝手を頼ったことにした)。その対価として、刻印型術式の改良型を複数供与している。

 そこに加えて、論文コンペで使うデモ機の全設計にも関与している。以前、達也に対して「余裕がない」と言っていたのはこのことも大きく関わっていたからだ。

 

 この辺のことを詳しく言っても、理解できる人が少ないのと同時に自分の身の危険を増やすことになるので、達也には“知り合いからのアドバイス”という体でお願いすることにした。

 

「ところで、その2人は今どこで何をしているんだろうね」

 

 千秋がパスワードブレイカーを用いていた騒ぎの一件以降、レオとエリカは揃って学校を休んでいた。二科生のためにそこまで煩く言われないが、公休という形となるように取り計らっておいた。なお、その2人が休んだことにあらぬ想像をした幹比古と美月、そこに加えて深雪も加わっていた(そのフォローは達也が取り成していた)。

 

「まあ、今頃は2人揃って叩きのめされてると思いますよ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元がそう発言した頃、レオとエリカは揃って道場の床に横になっていた。汗が流れ出るような有様で、双方共に呼吸を荒くしていた。とはいっても、いかがわしいことをしているのではなく、鍛錬を受けていた。

 都心からみて郊外にある上泉家の別邸。そこには新陰流剣武術の東京支部も隣接しており、レオとエリカはその道場にいた。

 横たわっている剣道着の2人を見ているのは、右手に竹刀を持った甚平姿の男性。彼の名前は上泉元継―――新陰流師範にして上泉家現当主、悠元の兄にあたる人物が2人の稽古を受け持っていた。

 

「2人とも、10分休憩な」

「は、はい……」

「ま、マジきついぜ……」

 

 レオとエリカがここにいるのは、単に偶然だった。エリカは最初、レオを千葉家の道場に連れて行こうかと考えていた。すると、正門の前で私服姿の元継と遭遇したのだ。

 元継は第一高校に用事があり、都合がついたところで出向いたところ、偶然にも2人と鉢合わせした。すると、元継は2人を見た上でこう提案した。

 

「……唐突だが、強くなる気はないか?」

 

 武術面で規格外のセンスを有する元継は、遠距離に弱い半面で知覚能力を徹底的に磨き上げていた。加えて、悠元から魔法技術を教わったお蔭で、相手の考えていることの大半を仕草で感じ取れるようになった。

 丁度侍郎の訓練も一段落したため、手持無沙汰となっていた元継は2人に目を付けた形だ。それを聞いたレオとエリカは考え込んだが、新陰流剣武術自体そう簡単に習えるものではないことはエリカでも知っており、折角の提案を受けることにした。

 そして、新陰流の基礎鍛錬を終えた剣道着姿の2人が床に横たわっている今に至るというわけだ。

 

「その、悠元はこれを……?」

「ああ。アイツなら3セットはこなした上で爺さんや上段者との手合いをしていたからな」

「……人間辞めてるじゃないですか」

 

 入念な準備体操の後、9方向に対しての斬撃の素振り100回と片道220段にもなる石段の往復に体幹を鍛える筋力トレーニング。しかも、悠元はそれに加えて複数系統の魔法行使でそれを準備運動として3セットこなしている。

 ただ、悠元の素振りは一般的な木刀と同じ長さの鉛の棒(木刀と同じ形状になっている)を使用しているので、普通なら関節や骨、筋肉に過度な負荷が掛かる(悠元は身体強化魔法を併用している)。いくら新陰流でも、そんな鍛錬をするのは悠元と剛三しかいない。

 

「だが、それでもアイツは強くなることを止めない。根底にあるのはきっと、生への執着なんだろうな。難しいか?」

「……少しは理解できなくもない、ですかね」

 

 元継の言葉に対して、反応を示したのはレオだった。彼自身に流れている血が、まるで本能が囁くかのように呟いた。それを聞いた元継は、レオの心情をそれとなく察しつつも言葉を続けた。

 

「魔法師も順風満帆とは言えない。いくら十師族といえども、それは同じだった。かくいう俺も、数年前までは魔法をロクに使えない落ちこぼれに等しかったからな」

「えっと、冗談ですよね?」

「本当のことだ。それを救ってくれたのは、言うまでもなく悠元のお蔭だ」

 

 悠元を起点として、三矢家の兄弟姉妹は卓越した魔法力を手にした。彼の持つ魔法技術は、まさしく世界の頂点に立ち得るであろう……元継はそう確信している。そこまで述べた上で、元継はエリカに尋ねた。

 

「エリカ。西城君に教えたいのは『薄刃蜻蛉』の技か?」

「……あ、はい。というか、どうやって気付いたんですか?」

「彼の筋肉の付き方や想子の使い方を見るに、近接特化型・硬化魔法中心のインファイターのようだったからな。それなら、もう一段階引き上げて……新陰流剣武術の剣聖四大奥義が一つ、『霊亀(れいき)』を教えよう」

「っ!? 正気ですか!?」

 

 上泉家に伝わる新陰流剣武術。その剣術の根幹を成す四大奥義―――鳳凰、霊亀、麒麟、応竜の名を関する奥義は、本来であれば印可を与えられて初めてその奥義の概要を知ることになる。元継が出したその名は、薄刃蜻蛉の大元となった技。

 本来、一の太刀「抜刀」、二の太刀「招来」、三の太刀「顕正」、終の太刀「烈破」の全四段十六構成からなる四大奥義の習得には十数年を平気で要する。だが、元継はレオの持つ特性ならばそれを大幅に短縮できると踏んだ。それは悠元から想子制御の技術を教わっていることも起因している。

 

「無論、生半可な覚悟では身に着けられないことも予め言っておくが……どうするかな、西城君?」

「……お願いします。達也や悠元に頼らず、強くなりたいと思っているのは確かです」

「その意気は高く買ってやろう。エリカはどうする? 『麒麟』あたりならいけるかもしれないが」

「……はい。こちらこそ宜しくお願いします、元継さん」

 

 『麒麟』は千刃流における秘剣の大元となった奥義。だが、その修得には極めて精密な魔法制御が求められる。千刃流では、その制御を可能な限り簡素化することで実戦向きへと昇華させている。

 

 これらの奥義を新陰流の印可も与えていない人間に教えるのは、本来の筋で言えば宜しくないこと。

 だが、これは悠元からの相談を受けて元継が考えた結果、そこまで教えて問題ないと判断(剛三からも奥義の伝授自体は元継自身の判断に委ねている)し、元継はゆっくりと立ち上がって竹刀を構えた。

 

「最初に言っておく。強くなりたいと願うのなら、自分に対する妥協や甘えは捨て去れ。それが出来なければ―――死ぬだけだ。これは爺さんの受け売りだが……始めるぞ。死ぬ気で付いてこい!」

 

 武術に関しては一切妥協しない……新陰流に対する剛三の精神は元継にもしっかり受け継がれており、道場から悲鳴に近い声が響くのであった。

 余談だが、この後剛三が喜び勇んで姿を見せ、2人をさらにしごき上げたらしい……2人が学校に戻ってきてからは、視線に対して殊更敏感になっていた、と達也が呟くほどに。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 前世において高等学校は週休二日制だったが、魔法科高校においては土曜も普通に(実習込の)授業がある……にも拘らず、悠元は達也に連れられる形で九重寺を訪れていた。その目的は「遠当て」用の練武場を改良したので来ないか、という八雲の誘いから来るものだった。

 

「きゃっ! このっ!!」

 

 無論、練武場―――九重寺地下にある射撃練習場といっても実戦を可能な限り模した様な作りとなっており、壁四面のうち三面と天井に出現するターゲットを破壊していくというもの。ターゲット自体は1秒で隠れる仕様となっており、撃ち漏らした的の数に応じて模擬弾がペナルティとして降ってくる。

 現在その練習をしているのは深雪で、持ち前の負けん気を発揮しているが、汗が滴り落ちる程の様相から、その訓練がいかにハードだと分かる。

 

「……悠元。今の難度の制御式は誰が組んだんだ?」

「詳しいことは聞いてないが、多分真田大尉じゃないかな。人の意識の隙間を突くような意地悪なアルゴリズムなんて、相当腹黒い人間じゃないと無理だし」

 

 言っておくが、九重寺関連の設備設計やらターゲットの射撃プログラムに関しては完全にノータッチであるため、こちらに非はない。この辺のことは「九頭龍」の部分にも抵触しうるかもしれない、と考えたからだ。

 深雪が終わったのを見計らって、悠元はタオルを頭に被せるようにして掛けた。彼女はすっかり息が上がっており、床にへたり込んでいた。

 

「お疲れさん」

「ありがとうございます、悠元さん。あと、その……」

「……やれやれ、ご注文の多いお嬢様ですね」

 

 深雪の望みを察して手を差し出すと、深雪はその手を取って起き上がる勢いそのままに悠元へ抱き着いた。これには八雲が「ほほう」と言いながら面白そうな表情を見せていて、達也に関してはやれやれと言わんばかりの様相を見せていた。

 

「悠元さん、私の仇を取ってください」

「深雪、物相手に八つ当たりはみっとも無いと思うんだが……とりあえず、次は達也の番だから離れようか」

 

 負けん気は結構だが、無機物に対して「親の仇です」と言わんばかりの深雪の言い分に内心苦笑しつつ、達也はフロアの中央に立って、自身のCADである「トライデント」を前面に突き出すように構える。

 わずか1秒しか展開しないターゲットを達也は分解魔法で複数同時に破壊というよりも“粉砕”していく。次々と出現する的に見向きすることなく、達也はCADの引き金を引いていく。

 達也は一歩も動いたり視線を逸らしたりすることなく、ひたすら前を見続けていた。変化があったとすれば、CADのトリガーを引く頻度が増す程度のものだった。

 結果として、真田大尉が組んだ難度をあっさりとクリアしたのだ。こうでないと原作主人公なんて務まらないな、と悠元は内心で独り言ちた。

 

「深雪は同時に20、達也は36か」

「お兄様、流石です」

「今回の場合は敵が不規則に出てくるわけじゃなかったからな。そうでないと24が限界だよ」

「それじゃ、次は悠元君の番ってことになるかな」

 

 ここまでの流れというか、深雪のキラキラしている目線を思えば、ここでやらないという選択肢はない。諦めたように息を吐くと、「ワルキューレ」を左手に握った状態で構えた。

 この練習場にはご丁寧にシグナルやブザーなどあるわけがなく、唐突に練習メニューがスタートし、悠元は「ワルキューレ」を前面に構えた。

 達也の時よりも遥かに複雑なアルゴリズムでターゲットが出現するが、それらを寸分違うことなく分解魔法で破壊していく。

 

 常時10から14のターゲットが100分の1秒単位で出現周期を意図的にずらされている……この制御式も中々にあくどいと思いつつ、悠元はトリガーを連続で引き続ける。

 天井のターゲットを破壊することで発生する合成樹脂の砂に気を取られることなく、集中を途切れさせないようにしている。

 そして、最後に四面全てに出現した48のターゲットを同時に破壊したところで、練習メニューが終了したのを確認すると、「ワルキューレ」を降ろして静かに息を吐き、八雲に視線を向けた。

 

「九重先生、このアルゴリズムを組んだのも真田大尉ですか?」

「いや、違うよ。これはその制御式をもとに、知り合いに頼んで難度を上げてもらったものだよ」

「でしょうね……真田大尉よりも意地が悪いやつですよ」

 

 そう言いつつ「ワルキューレ」を天井に向けてトリガーを引くと、突然出現したターゲット12個を綺麗に破壊した。今回分解魔法を使ったのは、今編み出している最中の魔法にも大きく関与している。

 達也の分解魔法と悠元の分解魔法は、同じようで実は異なる。前者の場合は『質量爆散』といった分子レベルまで現状引き出せているが、後者の場合は情報などといった“概念”にまで踏み入っている。

 つまり、その気になれば的を破壊するというよりも消滅させるというレベルに近いが、今回はそこまでする必要もないと判断して粉砕レベルに止めた。

 

「恐らくですが……母上ですね?」

「正解だよ」

 

 間違いなく真田大尉よりも技量や思慮深さが上位に来る人間の仕業。だが、風間に借りを作るようなことを八雲が許容するとは思えない。師弟の関係にあっても、風間が国防軍にいる以上はある程度の損得勘定が存在している。

 そして、悠元ならこれぐらいは行けると踏んでの制御式の緻密さとなれば、神楽坂家の現当主である千姫の仕業だという推測に対し、八雲は笑みを浮かべてその推測を肯定した。

 

「流石だな、悠元。元十師族の名は伊達じゃないな」

「まあ、今回は攻撃範囲を限定してのものだったからな。無視していいなら、深雪のように範囲攻撃したほうが早いから……で、深雪さんは何故に脇腹を抓るのですか?」

「悠元さんはズルいです」

「いや、意味分からんから」

「大丈夫だ、悠元。俺にも理解できてないから」

 

 後で確認したところ、仇を取ってくれたことは嬉しいが、まるで自分が足手纏いのように思えて拗ねた結果らしい。

 一朝一夕で強くなれたら誰も苦労しない、と窘める羽目になったのは言うまでもない。

 




 レイドイベントが悪いんだ、俺は悪くねえ!(某親善大使風)
 原作小説の最新刊まで買って読みましたが……あのような展開になるとは。まあ、本作がどのような展開になるのかは、今現在の私には分かりません。
 だって、基本勢いと行き当たりばったりの部分が多いので(ぇ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。