魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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気遣いと気苦労で実質プラスマイナスゼロ

 陳祥山は、手負いとなった虎もとい呂剛虎の様子を見て驚いていた。

 彼自身、呂の実力を一番よく理解している。念のために誰にやられたのかを確認したところ、あの病院に偶々千葉修次と三矢佳奈がいたと報告を受けた。

 

(三矢佳奈……一番会いたくない十師族と遭遇する羽目になるとは)

 

 陳は達也と深雪の身辺もといレリックの出所を探っていたが、痕跡が綺麗に消え去っていた。その過程であの家にはもう一人の居住者がいること自体確認されている。

 だが、その姿も痕跡も全く明るみに出てこない。辛うじて出てきたのは彼のパーソナルデータだけであった。

 神楽坂悠元。旧姓三矢―――それは、先日料亭で周と会談した際、彼からの忠告の中にあった人物の名前だった。

 

「閣下に親切心ながら忠告しておきます。三矢悠元……いえ、今は神楽坂悠元と名乗っている少年がいます。彼の逆鱗に触れてはなりません」

「それは、どういう意味なのですかな? (チョウ)先生」

「言葉通りの意味です。私も直接の面識はありませんでしたが、間接的に見張っていた私をあっさりと捕捉したのです……これ以上のことは、私も申し上げられませんが」

 

 最近不審な動きを見せている周がここまで断言した人物の関係者に手傷を負わされた。そうなると、平河千秋の暗殺のハードルは極めて高くなったといえよう。それよりも、喫緊に片付けなければならない事案が発生してしまった。

 

「状況が変わった。()()の協力者である関本勲が任務に失敗し、当局の手に落ちた。収監先は八王子特殊鑑別所だ」

 

 周が関与した千秋とは異なり、関本は陳らが直接関与している。そこから情報が漏れると拙いと判断したのだろう。陳は呂に命令を下した。

 

「平河千秋は後回しだ。関本勲を処分せよ」

(シー)

 

 ◇ ◇ ◇

 

「―――以上が、これまでの経緯になる」

『感謝する、悠元。この場合は神楽坂殿と言うべきかな?』

「やめてくれ、父さん。公的な場でもないのに序列を持ち出されたら、俺のストレスがマッハで溜まるから」

 

 悠元は司波家の自室で元と連絡している。念のために遮音の結界は張っているため、外に会話の内容が漏れることはない。

 寿和との会談の後、その内容は直に元へと届けられた。密入国の頻度の増加からして、既に数百人規模に膨れ上がっていると元は予測しているとのことだ。

 悠元は魔法科高校での騒ぎ(千秋と関本のことも含めて)に大亜連合本国が大きく関与していること。それに加えて、元にレリックの話も伝えたところ、彼の表情は曇っているような雰囲気を見せていた。

 

「レリックの情報漏洩の原因は、国防軍の経理データからの流出だった。しかも、内部から人為的に洩らされたとみている……多分だけど、例の人物が関与している可能性が高い」

『ここまでの絵空事を実現出来る人物……周公瑾か』

「十中八九。陳祥山らの手引きも中華街ぐるみだったと調査結果が出た……とはいえ、今すぐは潰せない。潰すと厄介ごとが重なりかねない」

 

 『カレイドスコープ』による航空俯瞰偵察で、大亜連合の軍隊が動いている情報を掴んでいる。今ここで周公瑾を抹殺するよりは、彼の手札や手足となる組織を丁寧に潰していくのがいいと考えた。その方針に対して、元も確と頷いたうえで悠元に問いかけた。

 

『国防軍に対して、この情報は?』

「周公瑾が国防軍にパイプを持っているから、情報漏洩を危惧して伝えていない。ごく一部の人たちには伝えたが……信用できるかは微妙かな」

 

 悠元が独立魔装大隊に所属している以上、そういった発言は軍人らしからぬと窘めなければならないが、彼は特務士官であることに加えて国防軍が悠元に対して「軍事行動への参加」を強制することはできない。加えて、入学式における強制的な動員は悠元に対する優遇措置を蔑ろにするものであり、このことに関して剛三の怒りを買っていたことなど知らなかった。

 千姫が悠元を神楽坂家次期当主に加えて当主代行に指名したことで、悠元は当主に次ぐ権限を有することになり、彼の身柄を国防軍で縛ることが事実上不可能となった。 

 なお、元がそれを知ったのは魔法科高校の夏休み明けだったので、出てきた反応は苦笑しかなかったとのこと。

 

『お前が神楽坂家に出向いていたころ、義父さんが1人で独立魔装大隊に乗り込んだらしくてな……風間少佐も含めて、隊員たちが死屍累々たる有様だったらしい』

「死人は出てないよな?」

『それは無かったそうだが、隊員の中ではトラウマになるものもいたようだな』

 

 スポーツチャンバラで使うようなスポンジ製のチャンバラソード6本持ちで行ったらしいが、本気で振り下ろしたら地面を斬り裂いていたらしい……あれ、スポンジ製じゃなかったか? と真田から話を聞いたときは流石に首を傾げた。

 あの祖父に常識を求めたら帰ってくる答えは全部虚数になる、と諦めつつあるが。

 

「……そういえば、父さんに聞きたいんだが。風間少佐はともかくとして、佐伯少将は十師族に対して対抗心を持っているのか?」

『とりわけ九島閣下に対しては強い感情を持っているらしいな。その辺は悠元が詳しいのではないのか?』

「父さんも知っていると思うが、俺が国防軍に入った理由は三矢家に対して十山家の余計な横槍を入れさせないためだ。兵器開発の部分だって、周辺国の軍事バランスにかなり配慮してるからな……尤も、現時点でも快く思わん奴がいるのも事実だが」

 

 自身の持っている知識でも限界はあるので、楽観した推測も入っているかもしれない。

 正直な話、十師族に頼りきりの防衛能力に関して佐伯少将が警鐘を鳴らしておいて、その上で将来的には四葉家と組んで九島家もとい烈を最前線から追いやったことからして、達也の主導権を握るライバルを蹴落とした形と言っても不思議ではない。

 

 悠元は結果として十師族でなくなったが、佐伯が悠元の戦略級魔法を欲しない理由にはならないだろう。とはいえ、烈ですら手に入れられなかったものを手にしたいという欲求をいち軍人が叶えたところで、その引き金を引くことなど不可能だ。

 それをやってしまえば、それは即ち国に対しての“反逆”と見做されかねない。魔法は核兵器のように自由自在の制御が可能となる代物ではないのだから。それを操る魔法師を軍の力で縛るというのであれば、その魔法師の力を失わせることにもなりうる。

 

『悠元は、少将閣下を危険と見ているのか?』

「入学式の案件を情報部だけでひとつの旅団を動かすのは、集団行動を前提とする軍としてのルールを破ることになる。本来なら風間少佐が謝罪するのもおかしい話なんだよ……だとしたら、誰が俺に関しての動員許可を出したのか、ってことになる。無論、爺さんは論外だろうな」

 

 かなり特殊な扱いを受けている悠元からすれば、入学式の一件は完全に想定外だった。何せ、兵器開発面において軍人としての拘束権限は存在しているが、これが軍事作戦となれば彼に従軍義務は発生せず、あくまでも“協力要請”の範疇に留まる。

 防衛大学校のデモンストレーションはその兵器開発面での拘束権限が用いられる形となった。そして、それを発動できる人間は2人しかいない。

 風間の可能性も捨てきれないが、彼の言動からして上官から命令されての体裁となっていたのだろうと推察。残る可能性は、風間ではないもう一人の拘束権限を持ちうる人間の仕業ではないか……という結論に至った。

 先日の昇進も、悠元の心証を良くしておこうという目論見なのかもしれない。

 

『……閣下は悠元の戦略級魔法を狙った、というわけか』

「それしかないと思った。その前例を作れば達也を引き込むのも容易いと思ったのだろうが、もう遅い。神将会の長として、神楽坂家次期当主となった以上は達也の力を悪用させるわけにはいかない」

 

 だが、今は必要以上の対立をしておかない。ある程度の距離を置いた上で共通の利害関係が生じれば協力するぐらいが丁度よい。

 その隠れ蓑として剛三の存在を最大限活用させてもらう形となるが、剛三曰く「楽隠居して塞ぎ込んでいた時に比べれば、敵味方の判別が楽になって済む」とあっけらかんと言い放っていた。これには、元継と悠元も揃って苦笑を滲ませた。

 

「今は目くじら立てる案件じゃないから置いておくが……横浜の“計画運行停止”の案件は上手く行きそう?」

『ああ。各運行会社は夜以降すべてストップし、丸二日は止まっても対処できるようにした。電力に関しては最小限の供給としたが……最初聞いたときは驚いたぞ』

 

 論文コンペ当日の警備体制をテロリスト対策と同等レベルに引き上げ、横浜にある企業は臨時休業。横浜ベイヒルズタワーも臨時休業となる。

 侵攻が想定される横浜市街地に在住の非魔法師のほとんどは、論文コンペを挟む形で各地方にある神楽坂家がスポンサーをしているリゾートに招待という形とした。表向きは“計画的な大型メンテナンス及び計画運航停止に伴うお詫び”という体をとった。

 あと、魔法科高校のコンペ参加メンバーの帰りは全て大型バスでの移動とした。東京方面への退路が確保できれば、あとはどうにでもなると踏んでいる。流石に西日本側のメンバーに長時間のバスはきついため、ほとぼりが冷め次第、東京近隣の空港から国内線で帰ってもらう形となるが。

 

 論文コンペで毎年トラブルが起きているのなら国で動いてほしいと思うのが本音だが、政治というのは決断力に欠けるというか、世論の代表と僭称しているに近いメディアが煩わしいせいで迅速に動けていないのだ。

 

「今年はトラブルで済むとは思えないからな。佳奈姉さんから呂剛虎の話を聞いた以上、本国が動くのは間違いないレベルだろう」

『……悠元は、どうするんだ?』

「警備メンバーで参加する以上、最低限の仕事は果たす。そして……母上から戦略級魔法の使用許可が下りた。つまりはそういうことだろうと覚悟はしてる」

 

 こちらの国に対して刃を向けるのなら、向けられる覚悟があると断定して対処する。その相手が誰であろうとも容赦はしない。それが仮に“同盟国”であったとしても。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「それは災難だったな。ま、それを1杯飲んだら風呂でも入って自室で大人しく休んどけ」

「感謝する」

 

 達也は真由美と摩利、そして摩利の護衛をしている美嘉の付き添いという形で関本のいる八王子特殊鑑別所を訪れ、摩利による関本の事情聴取をしている最中、呂剛虎に襲撃されたらしい。とはいえ、呂剛虎が手傷を負っていたこと(摩利が以前遭遇した病院で修次に受けた傷が開いた)に加え、魔法を無効化してしまう達也と真由美の巧みな射撃能力、美嘉の制圧能力と摩利の『ドウジ斬り』で呂剛虎を捕えることに成功した。

 そして、国防軍と警察の共同作戦によって陳祥山は捕まらなかったが、実働部隊のほとんどを捕縛することに成功したと響子からの連絡があり、連絡を終えたところで悠元がホットミルクを差し入れた。

 

「……悠元。これで終わりと思うか?」

「本国の特殊部隊まで出てきて何も起きないなんて楽観視はできない。関係者の始末ができなかった以上、形振り構わず出てくるだろう。それこそ、横浜を火の海にしてしまうぐらいのことは考えないと」

 

 達也としては、深雪のことを考えると留守番してほしいと願っている。だが、枷を填められている状態で深雪を果たして守り切れるのかどうかと思案している達也はふと気付くと、悠元がジト目で睨んでいた。

 

「お前なぁ、3年前のあの時と同じ目をしてたぞ。『俺一人の力で深雪を守り切れるのかどうか』って思ってただろう?」

「……お前は不思議な奴だな。アイドルのファンでもやっているような洞察力だ」

「同性に対しての性的欲求なんてねえわ。そんな冗談はともかく、俺も警備や別件のことがある以上は自在に動けなくなる。だから、必要だと思ったときは深雪に頼んででも枷を外せ。後のことは俺も手伝ってやるから」

 

 それはつまり、達也の持っている力をある程度解放しないと拙い状況になりうるかもしれないということを示す。その上で、悠元はモニターに向けて言葉を放つ。

 

「キャビネットオープン。シークレットコード『イクシオン』」

 

 その言葉と同時に、モニターにはいくつかの情報が表示される。それを見た達也は、その画面に映っているのが論文コンペ当日に予測されている敵の侵攻ルートだとすぐに理解できた。彼が国防陸軍第101旅団の特務参謀になったことは風間から聞いていたが、この情報を開示してもいいのかと思ったところで悠元が口を開いた。

 

「この予測は現在得られている情報から推測した可能性の高いルート。なので、現状は機密情報というよりも“有識者の判断材料”でしかないってわけだ」

「物は言いようだな。この可能性は?」

「このルート通りに進む確率が95パーセント。でも、論文コンペを中止には出来ないだろうがな」

「どうしてだ?」

「こういうときほど、威信に対して意地になる国の悪癖が出るのさ」

 

 国の利益が掛かっている部分があるため、国策機関である魔法科高校の重要な行事である論文コンペを中止にするのは難しい。だからこそ、非魔法師を横浜からほぼ全員遠ざける形となり、残っているのは港湾施設や警備施設などの監視人員ぐらいだ。

 

「風間少佐には予め伝えていて、新装備の稼働テストという形で独立魔装大隊が横浜市街地の警護を担当するように仕向けた。十文字家や千葉家にも打診して、警察でテロ対策という名目の厳戒態勢を敷いてもらう」

 

 神将会自体少数精鋭なため、大々的な封鎖はやろうと思えばできるが、今回は侵攻してくる敵を殲滅することに主眼を置く形とした。

 ただ、陸軍だけでも限界はあるため、海軍にも動いてもらわねばならない。同じ国防軍なのに専門分野が違えば仲も悪く、剛三の存在が説得に大きな力となったことは事実だ。

 

「達也。神将会のことは深雪から聞いているか?」

「少しばかりはな。深雪もその一員になったと聞いているが」

「彼女も動いてもらうことになるが、あくまでも避難する面々の補助に徹させる。深雪と雫はまだ神将会としての実戦に耐えうると判断できないからな……とりわけ、深雪は優しいから」

 

 春の一件の時、ブランシュのメンバーを凍らせた深雪はその後1週間ぐらい落ち込んでいた。その間のフォローを達也から押し付けられたときは流石に恨みの一つでも言いたくなったが、深雪の喜んでいる表情を見ていると断れる雰囲気ではなかった。

 悠元がそう言うからには、相手を殺す実戦になりうることも想定していると達也はすぐに理解した。その深雪は丁度風呂に入っているので、その隙を見計らったようだ。悠元はモニターの電源を落とした上で、静かに呟いた。

 

「少なくとも、論文コンペというよりもその先に起きる騒乱で世界情勢が動くことになるだろう。全く、人種差別なんてしたくないんだが、欧州や合衆国の連中はどうしてこうも戦争をしたがる奴が多いんだか……」

 

 世界の戦争は数多くあれど、世界戦争レベルの原因を作ったのは大西洋方面の国が引き金となっている。昔バルカン半島が“火薬庫”なんて表現をされていたが、ヨーロッパやアメリカそのものが火薬と導火線をワンセットにしたようなもの、と言っても過言ではないような気がする。

 そもそも、戦争なんてエゴという名の爆弾の投げ合いの末に着火して勃発するものだが、それを差し引いても欧米の裏で利益追求のための組織が戦いを煽って、自らの利を得ているというのなら分かりやすい。

 その役割を担っていたのが「ブランシュ」やら「無頭龍」などといったアンダーグラウンドに根城を持つ組織だが、その両方は既に壊滅している。かなり念入りに潰されたようで、それだけでも東西EU諸国やUSNAの持っていた恨みは大きいのだろうと推察できる。

 

「世界の主導権を握りたいという最大の欲求があるからじゃないのか?」

「俺には分からんな。そんなものを手にしたところで、絶対に歪みが生まれるだけだ」

「……確かにな」

 

 悠元ならばその力を得ることは可能かもしれない、と達也は思っている。だが、当の本人はそんなことをしたところで単に恨みや妬みの類が増えるだけだ、と言って一蹴している。

 先に述べた2つの組織の壊滅後、各国の政府が裏の利益を取り込もうと躍起になっているらしいが、尽きぬ欲を傍から見ている分には“滑稽”という他ない、と悠元は独り言ちた。

 

「ん……すまないな、疲れているのに引き留めて。先に風呂に入ってきていいぞ」

「そうさせてもらうよ……感謝する、悠元」

 

 微かな物音で深雪が風呂から上がったことを察して声をかけると、達也は感謝の言葉を述べつつソファーから立ち上がってリビングを後にした。

 

「深雪。いくらなんでも、それは拙いから止めなさい」

「そんな……駄目でしょうか、お兄様?」

 

 なお、深雪がバスタオル1枚でリビングに向かおうとしていたところに遭遇し、それを慌てて止める羽目となった達也であった。

 妹に対する気苦労が別の意味で大変だ、とは口に出すことはなかったが。

 




 一部の行動の変化が加わりますので、原作では駅のシェルターに向かっていた行動が一切合財無くなります。

 なので、横浜事変編の戦闘シーンは大部分がオリジナル展開となります(ある意味自分を追い込んでいくスタイル)
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