―――西暦2095年10月30日。
藤林響子は、独立魔装大隊のビル―――悠元が普段使うことのない部屋を借りて職務にあたっていた。そろそろ休憩に入ろうかと思ったところで、上司である風間から呼び出しを受け、大隊長の執務室に姿を見せた。
「すまないな、藤林。丁度休憩に入ろうとしたところを呼び出して」
「いえ。それよりも、用件は何でしょうか?」
「少し長話になる。席を移動しよう」
風間としても、部下を立たせたままにして自分が座っているだけというのは彼の本意ではない。彼自身大隊長としての責務は理解しているが、それ以上に現場主義の思想が強い風間の心象を感じ取ったのか、響子は思わず笑みを零した。
執務室のソファーに座り、別の部下に命じて差し出されたコーヒーで喉を潤すと、風間が話を切り出した。
「“特務参謀”から情報提供があった。明日の論文コンペを狙う形での横浜侵攻……魔法協会支部襲撃も織り込んだ上での予想ルートも提示された」
「拝見します……少佐は、敵がここまでの大きな動きに出ない、と思われていたのですか?」
「たかが高校生の行事相手、と思ってはいたがな。だが、彼の指摘は至極真っ当なものだった。冷や水を浴びせられたような気分だ」
いくら高校生とはいっても、国策機関であり魔法関連の高等教育を担う国立魔法大学附属の学校。その九校が一堂に会して魔法技術の発表を行うのだ。これを座視するなどとは、魔法において後進国となる大亜連合として無視できる要素ではない―――その言葉を聞いた風間は、自分の考えの甘さを痛感させられた。
散発的なゲリラ行為は予想していたが、提供された情報は間違いなくテロ行為や軍事行動に類するものであると察しつつ、風間はその情報を素直に受け取った。
「そういえば、明日呂剛虎が横須賀の外国人刑務所に移送されると聞いていますが……もしや、それも算段に入っているのでは?」
「……彼が国防軍に身を置きながらも信用していないのは、それを予測していたからかもしれないな。今回の情報提供に関しては、今のところ私と君しか知らない。真田と柳にはこちらから伝えるが、隊員たちにはテロ警戒―――最悪は敵の排除を想定しろ、としか言えないだろう」
大亜連合に太いパイプを持つ人間が国防軍にもコネクションを持っている……そうなると、可能性が最も高くなるのは“中華街”である。予想ルートでは意図的に中華街への被害が及ばないように配慮されており、この国にも“敵”が存在しているという証左である。
「……少佐。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「それは構わないが、何が聞きたいんだ?」
「その彼のことです。神楽坂の人間となった以上、彼の力を国防軍で管理することはできないでしょう。ですが、その彼に対して特務少将という地位は明らかな目的を持っていないとできないことです……幕僚たちは、一体何を考えているのですか?」
響子の問い掛けは一種の“警告”も含んでいた。
特殊な事情を持つ達也と異なり、悠元が現護人の人間となった以上、彼の拘束権限を持つのは神楽坂家現当主と上泉家先代当主。
その彼を特務少将という佐伯と同等の地位に与える意味……国防軍の上層部―――制服組としては、彼の戦略級魔法を後ろ盾にしたいという欲が見え隠れしていることに響子が真っ先に気付いた。
その問いかけに対し、風間は静かに口を開いた。
「それについては私も測りかねているが……どうやら、閣下も含めて彼という切り札を手元に置きたい節はあるようだ」
風間が“閣下”と呼んだ相手が烈なのか、あるいは佐伯なのか……いや、この場合は“両方”なのではないのかと思案する藤林を見つつ、風間は言葉を続ける。
「彼の魔法は戦略級……いや、軍事衛星なしに全ての対象を照準に捉えられる意味で戦略や戦術など意味を成さないだろう。私個人としては、彼という存在を敵に回したくないというのが精一杯出来る譲歩だ」
その力の一端を3年前の沖縄防衛戦で見せつけられたからこそ、風間は悠元に対して敵対行動をしないと強く心に決めた。
だが、そんな風間の思いとは裏腹に国防軍の内外で悠元を取り込もうと動いている有象無象の連中が後を絶たなかったことは事実だ。その一端には無論十師族をはじめとした現代魔法師側の動きも含まれている。
「“全てを消し去り、何もなかったことにする”戦略級魔法……悠元君から聞いたときは御伽話の類を疑いましたが、本当なのですね?」
「彼の固有魔法の産物らしい。そして、更に驚くべきことは……彼は現時点でこの世界に存在している全ての戦略級魔法の起動式を把握している」
「えっ……そ、それは本当なのですか!?」
響子の驚きもおかしくはない、と風間は理解している。だが、残念なことにこれは事実である。
風間がその事実を知っているのは、沖縄防衛戦の後に上泉家を訪れて悠元の独立魔装大隊への転属を願った際、悠元の口から発せられた言葉。その後、外に魔法反応が漏れない演習場で彼は達也が使った[マテリアル・バースト]―――周囲への影響を考えてごく最小規模ではあるが、戦略級魔法を見事に再現してみせたのだ。
加えて、USNAではアンジー・シリウスしか使用できないとされる[ヘビィ・メタル・バースト]、旧EUの[オゾンサークル]、南米―――現南米連合の[シンクロライナー・フュージョン]まで再現してみせた。
これだけの戦略級魔法を使える魔法師を独立魔装大隊に転属させる意味―――悠元の本当の実力を秘匿させるための隠れ蓑になれ、と剛三から言われたような気分になったと風間は正直に吐露した。
「本来、魔法師一人に戦略級魔法は一つ……その常識を彼は破壊したのだ。尤も、[マテリアル・バースト]は達也の十八番だから使うつもりはないと断言していたが。それだけでも驚きなのに、彼のオリジナルとなる[
「彼の存在は、秘密が一つ漏れるだけで世界が動きかねない、ということですか……達也君以上の取り扱いが要求されるなんて、前代未聞ですよ」
「それは私も同じだよ、少尉」
戦略級魔法の起動式はその秘匿性を鑑みて、戦略核レベルのセキュリティーを敷いている。だが、そんなセキュリティーすら嘲笑うかのような悠元の特異性に、風間はおろか響子も頭を抱える羽目となっていた。そんな彼を国防軍で管理できるかと上司に問われた際、風間の出した答えは一つであった。
「以前佐伯閣下に悠元のことを問われた際、率直に『国防軍で扱える範疇を超えるので無理です』と答えた。それだけならまだしも、彼の絡みで大黒特尉まで巻き込むことになりかねない」
「……間違いなく、動くことになりますね」
それはつまり、悠元を敵にしようものなら芋蔓式で達也まで敵に回すということを意味する。しかも、単なる戦略級魔法師二人を相手にするよりもかなり性質が悪い。なので、風間の出した結論は至極真っ当な範疇のものであると響子は理解して頷いた。
「その彼とは九校戦の後で直接話をした。大亜連合に関しては国防軍で対処してほしい、とのことだ」
「他にも動いている勢力があると……もしや、新ソ連ですか?」
「“イグナイター”がウラジオストク入りしたという未確認情報もある。そうなれば、彼にその対処を任せるしかないだろう。ただでさえ、達也の戦略級魔法の許可を取って貰ってしまったようだからな」
この前日、風間は唐突に四葉家当主からの連絡を受けた。その内容は達也の能力を一時的に解除して戦略級魔法[マテリアル・バースト]の発動許可を風間に一任するというものだった。
そこまでの事態になるとは思っていなかったため、もしもの時の切り札として有難く受け取ったが、その後に悠元からの情報提供で事態が思った以上のことになるという予感を覚えた。
四葉家と懇意の関係にある人間、そして現当主相手となるとその対象は限られてくる。その中で達也に近い人間の仕業となった場合、その候補の一人は間違いなく悠元だろうと推察した。
「そして、『サード・アイ・エクリプス』の実戦投入を行ってほしいと通達があった」
「あれを使うのですか? 確かに最終調整は既に終わっていますが……」
『サード・アイ・エクリプス』―――達也専用CADである『サード・アイ』をベースとし、達也が普段使っている『トライデント』の運用データを基に彼の[分解]と[再成]を最大限に発揮できるハードウェアを搭載している。
ハードウェアの殆どがブラックボックス化しており、その中身を知っているのは設計・作製担当である悠元ただ一人だけだ。下手に分解しようとすると特殊なセキュリティーが働いてCADを起点に半径100メートルが消滅する仕組みだと聞かされた時、盛大な冷や汗が流れたのは言うまでもない。
真田は残念がっていたが、自らの命を引き替えにするほど自己犠牲の精神は持ち合わせていないといって引き下がった。国防軍であっても最高機密扱いになってしまうという意味を理解できない訳ではないが、その技術が外部―――諸外国に漏洩するのを恐れた結果として無理矢理納得していた。
「今回の作戦内容を鑑みれば、津波を発生させる可能性が極めて高い。3年前のように彼がいるわけでもないし、それに『サード・アイ・エクリプス』は周囲への影響をごく最小限に抑えることが発動実験でも確認できている」
「確かに、彼の[マテリアル・バースト]は唯でさえ強力ですからね」
「そういうことだ。真田には私から話しておく。藤林は隊員たちに明日の“行動想定”を伝達してくれ」
「了解しました、少佐」
◇ ◇ ◇
その頃。司波家の地下室では悠元が端末と向き合っていた。モニターにはCADらしきものの設計図と起動式データが表示されている。集中していた悠元が視線を背後に向けると、そこにはトレーニングを終えて汗を流した後の達也がいた。
「どうしたんだ、達也? 『バハムート』はまだ手に余る感じだったか?」
「いや、むしろ自分の体の一部のように馴染んでるぐらいだ。それよりも、悠元が作業しているそれは魔法治療用のCADか?」
達也はCADの設計自体出来なくはないが、ハードウェア部分ではどうしても悠元の発想力に数段劣ると自覚している。その達也でも悠元が今作業を進めているのは魔法治療のためのCAD設計図だとすぐに理解できた。
「正解。まあ、これも重力制御型核融合炉のための下積みの一環だけどな。想子粒子を使ったサイオンレーザー治療―――臨床実験自体は既に終わってるし、その人員も確保している」
想子の性質を知ったことで思いつき、試案自体は6年前の段階で元に提案した。
従来のレーザー治療では症状に応じて種類を変える必要があるが、高密度に圧縮したサイオンレーザーに魔法で“改変”することで汎用性を持たせることを主眼に置いた。これにより、細胞単位でピンポイントの魔法治療が行えるようになった。
CADを操作する人員の部分に関してはどうしたのかといえば……これを解決した方法は至って単純なものだった。そう、魔法科高校の入試を受験した経験がある医学生にターゲットを絞ったのだ。
魔法科高校の卒業生を対象にしなかったのは、下手な情報漏えいを避けるためと想子保有量や想子制御の臨床実験も兼ねていたためだ。その実験を極秘裏に進めるため、元や剛三経由で第三研を利用させてもらった。
結果としては、魔法師ライセンスでいえばBランク以上は堅いであろう。とはいえ、スパイなども考慮して当面は魔法大学付属病院のみで受けられるようにし、重篤な患者を対象とする。その為に政府にまで根回しをして法案整備まで漕ぎ着け、その治療を担当する医師は機密遵守も兼ねて高い報酬が支払われる。
「想子をスパイラル加速させて一定の速度まで持っていき、それを患部に連続高速投射する起動式か……『ループ・キャスト・システム』を使っているのは理解できるが、曲線運動の魔法式なんて初耳だぞ」
「現代魔法自体が2次元運動の範疇でしかないからな。3次元的な動きが出来ないと難問が生まれて当然だと思うけれど?」
「その考えはなかったな……俺もまだまだだったようだ」
従来のレーザー治療と比較して、復元力が高いサイオンレーザーは周囲への影響力を極力まで削ぎ落とすことができる。その復元力を逆に利用して安全な魔法治療への道を確立する―――FLTの功績となり、[トーラス・シルバー]の功績としてこれらの事項を“11月1日”に発表する。
尤も、魔法治療だけで戦略級魔法を隠しきれるわけではないため、もう一つの大きな花火を打ち上げるつもりだ。
「まあ、これもトーラス・シルバーの名で公表はするが、諸外国に漏らす気はない。というか、使えないようになってるからな。そのセキュリティーを突破できる頭脳が奴らにあればの話だが……あ、あともう一つ。FLTと家電メーカーで連携して業務用だが“魔導家電”なんてものを発表する」
「……いまいち要領を得ないんだが」
「まあ、普通はそういう反応になるよな」
ファンタジー世界で言うところの“魔道具”を家電に持ち込むというもの。この辺は雫の父親経由でいくつかの家電メーカーにサンプルを持ち込み、生産に前向きな回答を得られた。こちらの発表は同日だが、発表自体は家電メーカー側で取り持つこと(主に企業向けの説明会のために報道はシャットアウトする形となり、メディアに対しては公式文書のみでの発表に止める)が決定している。
「魔法要素とはいっても、家庭用の電気から想子に変換し、保存された魔法式を行使。電子回路や触媒で魔法式から出力されたエネルギーをコントロールするぐらいのシステム。これでも魔法師の手を一切借りないんだけれどな」
「……もしかして、あのレリックを解析したのは」
「ああ、俺だよ。とはいっても、あんな技術を軍事的に使ったら魔法師が“弾”にしかならなくなると分かってしまったから、国防軍に解析データは一切残していない」
CADの基本サイクルからすれば、電気そのものを利用して魔法を発動させることはできなくもないと思う。だが、それができないのは感応石自体が電気信号レベルの電圧でないと耐えられないからだ。
そのため、感応石自体も特殊な製法で作られた高圧耐電用のもので、コア部分の技術は完全なブラックボックスとしてFLTのごく一部の技術者しか知らない事実となっている。
刻印型魔法式をより発展させた“投影型魔法式”の保存機能は、あのレリックから得られた保存機能の一部を流用している。とはいえ、これを一般家庭で流通させるのはまだ拙いと判断し、ひとまずは業務用という形で神楽坂家系列の企業や上泉家系列の企業で導入してもらう。これのセキュリティーも世界トップクラスとなっていることは言うまでもないが。
「窓口自体は第三課で受け持つことになるけどな」
「あの人たちは荒れそうだな……逆に牛山さんは嬉々として取り組みそうだが」
「自業自得だよ。そもそも、達也をどうこうしようものなら深雪が笑顔で冷凍室を作りかねない」
魔法をより身近な存在とすることで反魔法主義の声を抑えていこうという狙いもあるが、世界的に有名な[トーラス・シルバー]が人の役に立つものを作るという姿勢を見せることで、この国にとって利益となる存在だということを人々の心に植え付ける。
「……ちなみにだが、その保存機能のデータは持っていたりするか?」
「一応な。他言しないと約束できるなら……ま、頑固な部分がよく似てる深雪のお兄様だから信頼はしてるけど」
「……」
そこまで似ているわけではないと反論したかったが、達也の脳裏には悠元に対しての負けず嫌いな面が度々出ていることを思い出し、これでは深雪のことを強く言えないな……と思いながら、悠元が差し出したメモリを受け取ったのだった。
「データを入れたら綺麗に分解しといてくれ」
「まるでスパイ映画だな」
「おや、達也でも映画ぐらいは見るのか?」
「深雪に付き合わされて、という形だが。『お兄様は芸能に疎いのですから、こういうものぐらい触れていないとダメです』と力説されてしまってな」
尤も、達也がそのお蔭で恥を掻かずに済んだのは……もう少し先のお話である。
正直、情報系統が脆弱というか対立構図を国の利益という天秤に載せているような状況を許容しているのは、勢力というパワーバランスがあってこそなのかもしれませんが……国策機関である以上、たかが高校生という認識は拙いと思ってしまいます。
風間自身古式魔法使いなので、十師族嫌いの影響が現代魔法を使う魔法師を育成する魔法科高校に対してそのような目で見てしまうのは致し方ないかもしれませんが。
後半部分は大丈夫な範囲だろうと判断した上で書いています。トーラス・シルバーを通して、非魔法師にも利益を齎す方向性と言えばいいかもしれません。それでも面白くないと感じる人は出てくるでしょうが。
最後のほうは後々になって生きてきます。少なくとも来訪者編で発揮されることはないかと(ぇ