魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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楽に考えたくなるのは仕方なし~論文コンペ当日~

 全国高校生魔法学論文コンペティション当日。

 発表メンバーである達也とその付き添いである深雪たち、それにレオやエリカ、幹比古と美月はデモ機の護衛のほうを担当している。その際にも花音と一悶着あった……というのは、後日聞かされるわけだが。

 悠元は共同警備隊のメンバーに含まれているため、朝一番に会場入りしている。前日は会場に近いという理由で三矢家の屋敷に帰った。

 なお、朝起きたら自分に抱き付いている妹の姿を見て盛大な溜息が漏れた。

 

 そんな些事はおいておき、遊撃の役割―――謂わば独自の判断で持ち場を柔軟に決めれる立場の悠元は共同警備隊本部が設置されている部屋にいた。目の前には椅子に座る克人の姿がある。

 朝一番ということで悠元と克人以外のメンバーはまだ到着していなかった。これを好機と考え、克人は悠元に問いかけた。

 

「神楽坂、周りに人がいない今だからこそ正直に聞きたい。コンペ関連を狙った一件がこれで終わるかどうかを……」

「渡辺先輩や七草先輩から聞いているでしょうが、今回の一件には“大陸”の連中が関わっています。それも、“国家”クラスの話です」

「今日改めて関本を訊問すると七草から聞いているが……父が今回の警備に加わっていた理由は、それが原因というわけか」

 

 達也から話せば彼の身の内を調べられかねないが、悠元は諸外国の軍事事情に詳しい三矢の人間だった。加えて現在は護人・神楽坂家の次期当主である以上、独自の情報網を持っていても不思議ではないと克人は結論付けたような雰囲気を見せた。

 

「その連中の目的は、論文コンペだけを狙ったものでもないだろう。もしや、春の一件に類似したもの―――魔法協会支部のメインデータバンクもその標的なのか?」

「メインがそちらで、コンペはそのついででしょうね……十師族として、十文字先輩はどう動かれるつもりでしょうか?」

 

 今回のプランにおいて、ある程度の動きを把握せねばならないのは克人と将輝の2人。真由美も無論のことだが、摩利も動くことになるであろう。国を守るというよりは魔法協会に所属する者としての責務に近いが。

 

「無論、十文字家代表代行としての務めを果たすまでだ。神楽坂は……聞くまでもないだろうな」

「ええ。ただ、相手が形振り構わぬ場合は容赦なく殺します。エゴの凝り固まった連中相手に情けなんて掛けている暇はありませんので」

 

 克人は、春のブランシュ日本支部壊滅作戦の時にも感じていたことだが、目の前にいる人物が明らかに“人殺し”の経験をしている雰囲気を感じ取っていた。それも、1人や2人などという両指で数え切れるような人数ではないということも。

 2月に三矢家現当主の呼びかけで開かれた会合にて、元は3年前の沖縄防衛戦に彼と彼の兄である三矢元治が巻き込まれた、と明言していた。その際に彼が人殺しを経験しているというのなら、ある程度の辻褄は合う。

 もし、彼がその防衛戦で「クリムゾン・プリンス」をも超えるような功績を上げているのだとすれば、七草家や九島家が必死になる理由も腑に落ちるのでは……克人はその推察を思考の片隅に置きつつ、口を開いた。

 

「分かった。神楽坂には、コンペ発表会場への経路となる場所を重点的に見てほしいと思っているが、可能か?」

「ここの広さなら問題なくいけるかと思います」

「予め言っておくが、会場のエントランスホールには一条を配置するつもりだ。何かあればこちらから指示を出すので、頼むぞ」

「了解しました」

 

 悠元が振り返って出ていこうとしたところで、克人が何かに気付いて呼び止めた。

 

「神楽坂。お前が先ほど言った連中が仕掛けてくるとすれば、論文コンペの最中になるのか?」

「混乱を狙うとすれば、自ずとそうなるでしょう。参加者の大半は対魔法師装備を持っている連中との戦闘経験がありませんから」

「……そうか。神楽坂も含めて警備隊員には防弾チョッキを着用させる。連中がどう動くか分からない以上、午前の警備からだ」

「分かりました」

 

 防弾チョッキ自体も正直気休め程度でしかないが、それでもないよりはマシと結論付けた上で悠元に告げた。それを聞いた悠元も頷いてその場を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元は特に持ち場を有していないため、他の警備隊メンバーが来るまで喫茶室でのんびり過ごしていた。会場に張った式神の結界で次々と会場入りしている生徒や関係者の姿を確認していると、そこに近づいてきた女性が声を掛けてきた。

 

「悠元君、朝早いわね」

「藤林さん。よろしいのですか?」

「達也君たちはまだ到着していなかったからどうしようかなと思ったの。そしたら、悠元君を見かけたというわけ。こういう時は、いろんな肩書きがあると便利よね」

 

 その女性こと響子は悠元と向かい合う形で座り、コーヒーを口にした。

 独立魔装大隊自体特殊な実験部隊という側面を持っているため、他の部隊に比べて魔法師の数や技術士官の割合が大きい。響子も表向きは防衛省技術本部兵器開発部所属の技術士官という形でここに来ている。

 

「昨日、うちの上司から事情は聞いたけど……達也君以上に扱いが難しいなんて難儀ね」

「成程、聞いたんですか……まあ、本当のことです。とはいえ、“狗”なんて真っ平御免です。こちらを害するつもりなら最悪の手段も厭わないつもりですから」

「敵対しないと明言したけれど……私も真っ先に白旗を揚げる自信しかないわ」

 

 昨日、風間から聞かされた事実を尋ねるように呟くと、それが事実だと述べたところで響子から苦笑が漏れた。これには悠元も苦笑を浮かべていた。彼を権力で下手に縛れば、間違いなく上泉家、神楽坂家、三矢家、そして四葉家まで動きかねない。

 

「予め藤林さんに話しておきますが、今回は“皇宮警察”も動きます」

「……どういうこと?」

「皇宮警察特務隊『神将会』―――俺が今代の長ですから」

「っ!?」

 

 正式名称は皇宮警察本部対魔法師特務課・特務隊『神将会』。構成メンバーである7人の魔法師は厳しい情報統制で秘匿されており、国家機密保護法において最上級となる“国家重要機密”に位置付けられている。そして、彼らに対する直接の命令権は国家の象徴たる今上天皇にのみ許されている。

 天皇直属の超法規的な特殊部隊のため、実質的な指揮権は長である悠元に委ねられており、そのバックアップを担うのは護人の二家が行う。世界屈指の魔法技術の粋を集めた装備を持つため、表向きの戦力として数えられていない。

 そのメンバーの長に悠元がいること―――それを明かした意味を響子は察してしまった。即ち、独立魔装大隊にも神将会の機密に対する責務を負わせるということだ。

 

「……上司にそのことは?」

「伝えていませんよ。下手に国防軍に伝わって軍事クーデターなんて起こされたら目も当てられませんから」

「確かにね……分かったわ。私から上司に伝えたほうがいい?」

「どのみち顔合わせがあるでしょうから、その時に明かします」

 

 音の振動を改変する結界により、周囲には非常に小さな声で話しているように聞こえることはともかく、悠元がそう提案したのは深雪のことがあるからだ。独立魔装大隊の幹部メンバーは達也の素性を知っているため、神将会に深雪が所属している意味を自ずと理解することになるだろう。

 どうして小声で話しているのかといえば、その理由は遥というか公安関係にあった。

 

「そういえば、公安が頻りに探りを入れていました。俺経由でも探ろうとしたみたいですが、その辺は爺さんに任せました。一応俺からも釘は刺しておきますが」

「達也君絡みもそうだけど、悠元君も含んでいるのでしょうね……国防軍でも無理なものを政治家や制服組が制御できるとは思えないんだけれど」

「……酷い言われ様には納得いたしかねますが」

 

 春の一件後、上泉家からの圧力があったにも拘らず、公安の一部が遥を通して達也や悠元に対して探りを入れていた。その意図があまりにも見え見えだったため、悠元はどこ吹く風で適当に流していた。

 そう言っても無駄なことは重々承知しているが、ある意味ダメ元のように呟く悠元を見て、響子は思わず笑みを見せた。いくら規格外の戦略級魔法師といえども、中身は15歳の少年だと思わずにはいられなかった。

 まあ、実際には転生で三十路越えなので、精神年齢だけは同年代の倍以上という悲しい現実があるのは……口にしないほうがいいと思った悠元だった。

 

「そしたら、そろそろ達也たちも来ているでしょうし、案内しますよ」

「あら? 悠元君も共同警備隊メンバーなのに、持ち場がないの?」

「エントランスホールは一条が受け持つことになるので、俺は主に遊撃警備を任されまして。十文字先輩からの注文で会場ホール周辺の警備です。その程度なら式神の『視覚同調』で事足りますから」

 

 簡単に言ってのけているが、五感同調をしながら自身の五感を維持しつつ自在に動く技術は高等技術の類である。古式魔法の人間である響子からすれば、戦略級魔法がなくとも抜きん出た存在ということに複雑な笑みを浮かべたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元が響子の案内をする形で第一高校の控室を尋ねると、丁度達也と深雪がいた。悠元とともに姿を見せた響子に対して、達也と深雪の反応は友人に会うかのようなものだった。

 

「おはよう、達也に深雪。2人にお客さんを連れてきたんだが、丁度良かったな」

「おはよう、悠元。藤林さんはお久しぶりですね」

「ええ、直に会うのは久しぶりね達也君。深雪さんは半年ぶりぐらいになるかしら。九校戦の試合は実際に拝見させてもらったけれど、凄かったわ」

「ありがとうございます、藤林さん」

 

 響子1人でも問題はないであろうが、悠元が案内役を買って出たのは元々の実家が国防軍とのパイプを持ち、今の身分では古式魔法の家の次期当主。なので、同じ古式魔法の家である藤林家の令嬢と顔見知りであっても問題はないというカバーストーリーを作っていた。

 すると、深雪は悠元に対してムスッとした表情を見せていた。これには悠元だけでなく、達也も苦笑を滲ませていた。

 

「深雪、藤林さんとはそういう訳じゃないからな……とりあえず、話せるうちに話すか」

 

 そう言いつつ遮音の結界を張る悠元の手際に感心しつつ、響子が話し始めた。

 

「ムーバルスーツは予定通り完成して、達也君専用のものも持ってきているわ。真田大尉が君の注文に全力で応えてくれたから、運用の感想は忘れずにお願いね」

「成程……“避けられない”ということですか」

「悲しいことにね。この国の力を殺ごうとする輩は少なくないのよ」

 

 達也は、独立魔装大隊が今日のテロ警戒態勢で“非常事態時の戦力”として横浜入りしていることは悠元経由で知っていた。もしもの場合は自身も参加して戦うことになることも想定はしていたが、今日は忙しい一日になるであろう、と内心で溜息を吐きたくなるような心境だった。

 それを見た深雪も響子の述べた意味をよく理解している。とはいえ、今の段階で“枷”を外すわけにはいかないということも承知している。

 

「詳しいことはこの中に入っているわ。尤も、悠元君からすれば補足程度のようなものだけれど」

「いえ、感謝します」

 

 データカードを渡した後、響子が部屋の外に出たことを確認した上で達也が素早く端末でデータを読み出すと、そこには大亜連合による侵攻作戦の通信データを文章化したものが表示された。

 それに素早く目を通すと、達也は悠元に視線を向けた。

 

「……悠元。予想開始時刻は?」

「すべての段取りが揃う目途としては午後3時以降とみている。丁度第一高校の発表プレゼンと重なるか第三高校のプレゼンに被る形になるだろう。ホールの入り口付近は俺が固めるから、達也はレオたちに協力を仰いで万が一の時の対応を頼む」

 

 もはや物騒なことが起きる前提だが、会場内にいる面々の中でまともに対応できるとしたら達也たちぐらいだろう。なお、他の神将会メンバーである元継と修司、由夢や姫梨については既に行動を開始している。

 相手は恐らく対魔法師用の装備を持ち出してくるであろうが、悠元ならば問題はないと達也は結論付けた上で頷いた。

 

「悠元さん、私や雫は何も聞かされていないのですが……」

「今回、二人に与える役割は魔法科高校の生徒を無事に脱出させる役割を担ってもらう。無論、俺もフォローに入るが決して無茶はしないこと。いいな?」

「……はい、分かりました」

 

 天神魔法の習熟度からして、まだ前線に出せるラインではないと判断した上で的確な役割を与えた。それに加えて危険な目に遭わせたくないという達也の心情も込められている。少し不満げだったが、自らの実力を鑑みた上で深雪は渋々頷いた。

 

「装備についてはこちらに届けられる手筈となっている。葉山さん―――とはいっても忠成さんのほうだが、彼が届けてくれる。通信機に連絡が入るので、聞き漏らしの無いようにしてくれ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「しかし、会場にいてもいいとは思うんだがな」

「そういう訳にはいかないだろうし、余計な諍いは御免だよ……っと、深雪に客人のようだ」

 

 客席に向かう達也と深雪の護衛を悠元がしている、という形に見える中、その途中で深雪に声を掛ける者がいた。言うまでもないだろうが、一条将輝である。

 

「司波さん! お久しぶりです。後夜祭のダンスパーティー以来ですね」

「……ええ、こちらこそご無沙汰しています」

 

 達也や悠元からしても2ヶ月ぶりとなるが、当人が声を掛けている対象は深雪だけであった。将輝に対して丁重な対応をしている深雪を見つつ、悠元は達也に小声で話しかけた。

 

「……あれは、明らかに狙ってると解釈していいのかな」

「かもしれないな……」

 

 すると、深雪は将輝を持ち上げるような発言をしていた。「一条さんがいるのならば安心できます」というのは彼女なりの誤魔化しも兼ねたリップサービスなのだろうが、それが益々将輝の勘違いを加速させつつある。

 とはいえ、この空気を壊して面倒なことになるのは御免だというのが悠元と達也の共通認識であった。

 

(かわず)の子も蛙、とはよく出来た言葉だと思うよ」

「否定は出来ないな」

 

 兄の立場からしても、妹の綺麗さは一層磨かれている途上にある。その原因は自分の隣にいて頭を抱えたくなっている人物の影響なのだろう。

 深雪としては、達也や悠元とは新人戦モノリス・コードで戦った相手という認識が強いのだろうと思う。その認識を悟らせないために丁寧なお辞儀と言葉を選んだ企みは成功したといってもいい。

 それ以上に、将輝の狼狽え様は最早失笑ものに近かったが……深雪との挨拶を終えて将輝が去っていくのを見届けた上で達也が口を開いた。

 

「しかし、女性に対して免疫がなさすぎると思うが……」

「免疫がありすぎても困るだけだがな。まあ、あの恋愛下手野郎は実の妹にすら手を焼いている始末だからな。乙女心というものが理解できないんだろう……俺にも全部は理解できないが」

「その意見には同意したくなるな」

「お2人とも……私はお母様のように男性を手玉になんて出来ませんから」

 

 そんなことを言った覚えなど皆無なのだが、周りの異性から視線を引き付ける深雪がその言葉を口にしたところで説得力が全くないという現実に、悠元は思わず笑みを零した。

 




 響子に話したのは、『神将会』に関してある程度の情報開示をすることで後々への対応を楽にする意味合いが大きいです。
 彼女自身情報のエキスパートなので、機密の意味を誰よりも理解しているからというのもありますが、悠元が宛がわれた部屋を仕事部屋として借りている部分がここに生きている形です。

 そもそも、春の一件でアンティナイトに大亜連合が絡んでいたようなことを思えば、本国の特殊部隊が出張ってきた時点での対応がお粗末なものは如何かと思いたくなりましたが……(USNAとかが日本政府に圧力を掛けていた可能性は捨てきれませんが)
 内憂外患って本当によく出来た言葉だと思います。

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