魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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思惑を平気で超える規格外とその予備軍

 午前中は特に動きもなく、悠元はホール出入口周辺の警備をしていた。

 すると、明らかにこちらを見るような視線に気づいたため、本来の気配を偽る歩き方でその人物に近づき、気配を元に戻すとその女性は手に持っていた物を落としそうになったため、悠元が素早い動きと重力制御の術式で缶コーヒーの中身を一切零すことなくキャッチした。

 

「小野先生。コソコソしていたら、まるで悪いことでもしていると言わんばかりですよ。九重先生の言う通り、気配を偽る術を学ばないとダメです」

「あ、あはは……これでも自信あったんだけれどね。あっさり見破られるのが悔しいかな」

 

 悠元から缶コーヒーを受け取った遥は悔しさを滲ませていたが、それでも悠元が真剣な表情を崩さないことに遥は一瞬たじろいだ。それは殺気にも近いような鋭さを遥も感じていた。

 

「小野先生……公安(おしごと)故に仕方がないことは理解しますが、あまり藪に首を突っ込んでいると蛇どころか“それ以上のもの”に遭遇しかねませんよ。例えば……自分もその一人ですから」

「っ……」

 

 遥としても悠元の素性は把握している。だが、達也との関連性は未だに不明瞭のままだ。正確に言えば、悠元が達也と深雪の家に居候していることは知っていたが、それ以上の情報も出てこない上に十師族の一角である三矢家と達也の関係も不明。

 このことについては剛三から直々に釘を刺されていたことを思い返していた。

 

『―――遥よ。公安は司波達也君の正体を探ろうとしておるようだが、儂から言えるのは……大人しく手を引けば、誰もお前を咎めぬよう働きかけよう。触らぬ神に祟りなし、ということだ。これは儂の孫も同様と思え』

 

 彼の言葉が大袈裟とも言えなかったし、真剣な表情で語った言葉を嘘だと断じる理由など遥は持ち合わせていなかった。とはいえ、直接の上司からの板挟みを受ける形で消極的な対応をしていたわけだが、今度はその対象である悠元から釘を刺される羽目となった。

 

「神楽坂君……貴方、一体何者なの?」

「さあ? 正直、自分自身も測りかねていますよ……アドバイスするとすれば、この先はパンドラの箱を開ける勇気があれば、の話と思ってください」

 

 そう言って悠元が遠ざかっていくのを見届けた遥は、気が付けば缶コーヒーを握っている手が震えていたことに気付いた。その意味は、自分が神楽坂悠元という存在に対して“恐怖”という感情を本能で察していたということ。

 もし、あの場で敵対する意思を見せていたら、間違いなく次の瞬間にはこの世にいなかったかもしれないという予感が脳裏を過った。 

 

(何なの、あの子……上泉先生と同じような殺気を放ってた……それも“相手を殺す覚悟”を持ったものだった)

 

 上泉家での鍛錬の際、遥は訓練の一環で剛三から発せられた本気の殺気を浴びて気絶した経験があった。それよりも若干緩めではあったが、悠元の殺気もそれに限りなく近かったのだ。

 せめてもの救いは、それを感じつつも何とか意識を保てたことだと遥は内心で独り言ちたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

―――西暦2095年10月31日、午後3時。

 

 横浜市街はテロの厳戒態勢ということに加え、非魔法師の一般市民はこの場におらず、残っている非魔法師はといえば港湾警備の公務員ぐらいしかいない。そのため、本来賑やかなはずの横浜の市街地は完全にゴーストタウンのような雰囲気を漂わせていた。

 

 その市街地を走っていく数台のトレーラー……その光景を横浜ベイヒルズタワーから見つめている一人の少女。彼女が纏っているのは魔法使いのローブというよりも現代風にアレンジされた戦闘服―――濃い緑を基調としつつも、その個人を示す淡い緑のラインが入った羽織を身に着けている。

 その少女は左耳に着けている通信機のスイッチを入れると、静かに呟いた。

 

「―――“星見(ほしみ)”より通達。敵が行動を起こした模様……総長殿、指示を願います」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その時間は、奇しくも第一高校のプレゼンテーションが丁度始まった時間でもあった。

 既に魔法科高校の制服ではなく、黒を基調としつつも金色のラインが入った戦闘服と羽織を身に纏っている悠元は、通信機の着信音に気付いて手で触れることなく通信機のスイッチを入れる。すると、聞こえてきたのは聞き覚えのある一人の少女の声だった。

 

『“星見(ほしみ)”より通達。敵が行動を起こした模様……総長殿、指示を願います』

 

 どうやら、敵が予定通り動いたようだ。

 しかも、本来ならば移動の障害となる一般車両がほぼいない状態は彼らにとって僥倖ともいえた。更に、間の悪いことに呂剛虎を乗せた護送車が襲撃されたことは伝わっている。不幸中の幸いは、重傷者が出たものの死者が出なかったことぐらいかもしれない。そうなった理由は呂剛虎を追い払うために第四席“劫炎”を動かしたことだ。

 

「……“草薙(くさなぎ)”より“天影(てんえい)”、“星見”、“劫炎(ごうえん)”、“雷帝(らいてい)”に通達。予定通り作戦の第一段階を実施せよ」

 

 そう告げて通信機のスイッチを切ると、悠元は周囲に構うことなく屈んで床に手を置き、瞼を閉じる。

 会場のホールを避ける形で全方位に薄く広がる想子の波―――普通の魔法師では感じることのできないぐらい極めて短時間の発動だが、この魔法によって凡その位置を把握した悠元は魔法を発動させる。

 

「神霊喚起―――[鳳凰]」

 

 その言葉と共に、コンペ会場の遥か上空―――高度約5000メートルに顕現したのは、炎を纏った大型の鳥を象る独立情報体。それが優雅に空を滞空している。

 いくら天神魔法でも魔法の監視システムに引っ掛かってもおかしくはないが、それが引っ掛かることは一切ない。その理由は悠元の持っている固有魔法が原因だが、現時点で詳しい説明は割愛させてもらうこととする。

 

(予定通りなら無人の偵察機を飛ばすはずだが……来たな)

 

 横浜の市街地に飛翔してきた偵察機の数は全部で14機。せめてその30倍は持って来いと某英雄王ばりの台詞を吐きたくなったが、掛けてやる慈悲など無いと言わんばかりに悠元が意識を集中させて指示を送る。

 その指示を受けた[鳳凰]は、炎の矢を連想させる飛翔体を周囲に展開し、無人偵察機に向けて放つ。亜音速まで加速した飛翔体はまるで野鳥でも落とすかのごとく無人偵察機を貫き、超高熱まで熱せられて“蒸発”したのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 放った無人偵察機が瞬く間に“破壊”されたことは横浜港に停泊している輸送艦―――それに偽装した揚陸艦の艦橋で、オペレーターが動揺しつつも報告した。

 

「む、無人偵察機が全て破壊されました!」

「馬鹿な!? いくら横浜の市街地が厳戒態勢とはいえ、国防軍の主力や対空砲はないと報告を受けている!! 高高度すら飛べる無人偵察機を破壊した正体は掴めたのか!?」

「破壊する直前に入った解析データでは、更に上空から飛んできた超高温の飛翔体によって破壊されたという予測結果が出ましたが……」

 

 オペレーターの報告に驚愕していたのは艦長席に座る司令官だった。それほどの高高度から正確に狙撃できる魔法をこの国が得ていたという事実など、中華街はおろか“先遣隊”からは何も伝えられていなかった。この作戦が失敗に終わるのでは、という暗雲が漂い始めている中、司令官は強気な姿勢を口調に反映させて声を発した。

 

「仕方がない。予定は多少狂うが、機動部隊を上陸させろ!」

「しかし、あれは論文コンペ会場での段取りが完了しないことには……」

「既に作戦は決行しているのだ! この国の軍が動いていない今を置いて、好機など無い! 別部隊にも連絡を入れておけ!」

 

 艦長とて、オペレーターの言い分も理解している。だが、既に賽が投げられた以上失敗することは許されない。この作戦は国の威信を賭けた作戦なのだ。出だしから躓いているのは否定できないが、この好機を生かさずして目的は達成できない。

 最悪、コンペのほうを犠牲にしてでも本目標である魔法協会支部のメインデータバンクを狙うしかないと考えつつ、艦長は指示を飛ばした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

(……まあ、その会話も全部筒抜けだということは言わぬが花というべきか)

 

 先日の会話で[霊亀]を中華街のみに限定したと言っていたが、正確に言うと中華街に置いた[霊亀]を基点にして横浜全体に情報の網を敷いている。本来これほどの大掛かりな魔法陣は膨大な想子や精神消費を余儀なくされるが、そのブースターとして使用しているのは悠元の持つ[万華鏡(カレイドスコープ)]に他ならない。

 揚陸艦の艦橋には既に式神を忍ばせており、会話は悠元の通信機を通す形で全て『神将会』のメンバーに筒抜けの状態である。

 

 時刻は午後3時半を回った。

 侵攻開始の狼煙となる爆発が山下埠頭の出入港管制ビルで発生し、その対応として警察省が駆り出される。内閣総理大臣の権限により、国防軍の招集命令が発動。横浜にほど近い東京南部に避難指示が発令し、一般市民の避難が開始された。

 コンペ会場近くに1台のトレーラーが停まり、そこから対魔法師用装備を持った兵士がコンペ会場に突入してくる。エントランスホールは将輝がいるので問題はないと思われるが、こういった建物には必ず業者などが利用する裏口が存在している。

 

 悠元は『天神の眼』で兵士の数を確認。どうやら正面側に多くの人数を割き、その隙に少数部隊がホールへと侵入する手筈と予測できる。兵士の位置を確認した悠元は『オーディン』を抜き放つと、裏側から来る兵士()()を照準に捉えた上で引き金を引く。

 

「―――[オゾンバレット]発動」

 

 そう呟きつつ悠元が魔法を発動させると、その魔法を受けた兵士が突然苦しみだして手に持っていたハイパワーライフルを床に落とした。そして間髪入れずに悠元は一気に詰め寄り、いつの間にか持っていた太刀で兵士たちの首と胴体を別っていた。太刀に付いた血を掃って“消す”と、悠元は『オーディン』を兵士の死体に向け、魔法で消し去った。

 

 [オゾンバレット]は戦略級魔法[オゾンサークル]をよりピンポイントで発動させる対人戦闘用魔法の一つで、濃度の度合いで急性中毒や死に至らしめることまで可能なため、殺傷性ランクは事後評価型となる。今回は兵士の肺の中に直接魔法を打ち込んでオゾンを発生させ、兵士たちの足を止めた。

 兵士や血痕を分解魔法で消し去ったのは、こういった事態に慣れていない魔法科高校の生徒に要らぬ精神的ショックを与えないためでもあった。

 すると、エントランス側にいたはずの将輝がこちらに向かってきていた。将輝は悠元の服装に驚きを隠せずにいたが、そんなことは些事だと言わんばかりに悠元が将輝に話しかけた。

 

「一条、エントランス側はいいのか?」

「あ、ああ……そちらはプロの魔法師がいたから任せた。こっちは大丈夫なのか?」

「適当にあしらったが、まだ裏口から来るかもしれない……裏口側に大型バスが停まっている。一条はどうする?」

 

 そのバスが魔法科高校の生徒を脱出させる手段だということは将輝も薄々気付いていた。そちらには一応“保険”を掛けているが、安心はできないだろう。将輝は少し考えた後、悠元に対してこう告げた。

 

「なら、俺がそっちを受け持つ。神楽坂は……その、どうするんだ?」

「正面の敵が裏に回られるのも面倒だから、適当に片付けておく」

「……分かった」

 

 将輝がそのまま裏口方面に走っていくのを見届けると、それと入れ替わりになる形でホールに続く扉が開き、達也たちが出てきた。達也たちの反応はといえば、多かれ少なかれ悠元の服装に驚きを隠せずにいた。

 

「悠元さん。それは戦闘服ですか?」

「まあな。正面の敵を追っ払うから、手を貸してくれるか?」

「お前一人でも何とか出来そうな気はするが……分かった、協力しよう」

 

 エントランスホール側は文字通り混戦の模様を呈していた。対魔法師用のハイパワーライフルを防御できるだけの防御魔法を持っていない魔法師がプロというのは些か問題があると思われるが……そんなことはさておき、この状況を打破するなら深雪の力を借りるのが早いが、それを待たずに飛び出したのはレオだった。

 

「う、撃て!!」

「ハッ、温いぜっ! 相転移甲冑(ファーズ・パンツァー)!」

 

 レオが得意とする硬化魔法を改良した彼専用の防御魔法に加えて、彼のCADに新しくインストールされた移動型想子ウォールによってハイパワーライフルの弾を弾き飛ばすようにして突き進む。

 さながら重戦車レベルの防御力に加えて自己加速術式を用いることで、高速で動く重装甲パワーファイターとなったレオからすれば、ライフル弾など豆鉄砲に近いレベルとなっていた。

 それを指し示すかのごとく、レオの攻撃で派手にぶっ飛んでいく兵士の姿を見て、対抗心を燃やすかのごとく飛び出したのはエリカであった。

 

「ちょっと、あたしも混ぜなさいよね!」

 

 エリカに関しても、持ち前の自己加速術式の精度が遥かに上がっており、身体能力強化のレベルに踏み込みつつある。彼女は自己加速だけでなく無意識的に動体視力強化まで行っており、高速で飛んでくる銃弾の雨を難なく掻い潜っていく。

 エリカの動きを見て他の兵士が狙い撃とうとするが、それに割り込んで吹き飛ばしていくレオ。その彼を逆に狙おうとすれば、今度はフリーとなったエリカの容赦ない一撃が兵士を襲う。

 喧嘩するほど仲が良いというレベルの成長を見て、彼らが自然と連携していることに深雪や達也も思わず目を丸くするほどだった。

 

「……レオとエリカ、凄く成長してるね」

「兄さんに加えて爺さんも手を貸したんだろうな。幹比古、敵を派手に吹き飛ばせ。あの二人ならちゃんと回避するだろう」

「えっ!?」

「……悠元、君も何気に容赦ないね」

 

 そして、幹比古の放った[雷虎子(らいこじ)]―――[雷童子]を更に改良した魔法で、広範囲に当たり所が悪ければ即死クラスの雷撃を起こす。無論、この魔法の提供元は悠元であるが。

 

「レオ!」

「おうよ!」

 

 幹比古が容赦なく放った魔法をレオとエリカは想子の流れだけで察知し、綺麗に回避した。その一方、テロリストの兵士はエントランスにいた半数以上が気絶。それ以外はというと、レオとエリカによって息の根を絶たれていた。

 

「流石だぜ、幹比古」

「ナイスよ、ミキ」

「僕の名前は幹比古だ! ……ただ、これを成したのが()()()だと誰も信じてくれなさそうだね」

「それは確かにな」

「その筆頭であるお兄様がそれを仰いますか?」

 

 幹比古の言いたいことも理解できなくはない。とはいえ、その代表格とも言うべき達也が言ったところで何の説得力も生み出していないことに深雪が問いかけると、達也は内心で溜息を吐きたくなるような心境だったのは間違いないだろう。

 




 主人公の強さの一端を見せてみましたが、戦闘の描写って本当に苦手です。まだまだ精進あるのみだと感じました。
 とはいえ、まだ戦略級魔法すら見せていないのですがね(汗)
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