私の名前は
お父さんは三矢家の現当主で、お母さんとは恋愛結婚だったと聞きました。その時の馴れ初めはお父さんから『詩奈にはまだ早い』と言われてしまいました。お母さん曰く『恥ずかしがりやなの』ということだそうです。
長男の
次男の
長女の
次女の
三女の
そして、二つ上で三男の
三矢家の使用人として働いている
『好きな人のタイプは?』という質問を聞かれたとき、私は『悠元兄様みたいなカッコいい人』と答えたら、兄や姉たちは揃って肩を落としました。どうしてでしょうか?
だって、悠元兄様は勉強や運動ができて魔法も上手で、おまけに料理や菓子作りも得意です。そして、容姿もカッコいいです。
それだけでなく、私の身に着けているイヤーマフ型CADは兄様からのプレゼントで、これをつけていても外からの魔法に対する感覚が鈍くなくなりました。
確かに血が繋がっているので結婚はできませんが、付き合うとしたら兄様みたいな人です。これだけは譲れません。
そのことをお父さんとお母さんに聞かれたときに言ったら、お父さんは頭を抱えてしまい、お母さんは『あらあら』と笑みを浮かべていました。何かおかしかったのでしょうか?
◇ ◇ ◇
―――西暦2095年2月14日。
一般世間ではバレンタインデーとしてリア充とそうでない者たちの差が出る日。だが、俺からすれば誕生日でもあったりする……誕生日のことは幼馴染と家族以外に言っていないので、誕生日プレゼントがチョコになる有様というか、無理に考える必要はないと言っている。
姉さん達と妹からはチョコレートだった。お返しは『お願いだから市販のもので』と姉達に言われた。材料費節約するなら手作りがいいのに……まあ、いいか。幸いにして、懐は温かいので問題はない。
妹の場合は『手作りのクッキーを下さい』と強請られたが、これはこれで可愛い妹の我儘だと思っている。シスコンだと言われても否定はしないが、彼女を娶ろうなどと言う気は毛頭ない。
誕生日プレゼントとしては、父からは武装一体型CAD、元治からは魔法理論の本、元継からは……木刀が送られた。こればかりは周囲から総ツッコミが入る始末だったと言っておく。別に物騒な武器を送られたわけでもないので、これぐらいは次兄のお茶目だと思っておく。
矢車家をはじめとした使用人達からはハンカチやネクタイなどパーティーでのアクセサリー系を贈られた。侍郎からはネクタイピンを贈られた。個人的に高ポイントをあげたくなる。なお、それでも詩奈からすれば弟のような存在らしい。頑張れ侍郎。
誕生日関連としては家族内からは割といい反応だろう。幼馴染関連も特に問題は生じなかった。こちらに関しては問題ないと言っていい。
その一方、バレンタイン関連では問題が山積みであった……その根拠として挙げられるのはその翌日のことで、自分の机の上に積み上がっていたチョコの山。
別に韻を踏んだ訳ではないというのは察してほしい。
「はぁ……」
誰からなのかって? それは……魔法師関係のチョコである。実家(厳密には本当の姓)を公表していない関係で大抵は上泉家に贈られるため、翌日にこうなることが発生している。だが、年々増えているのだ。
爺さんの絡みで顔を合わせることはあるが、それでも必要最低限の礼儀しかしていないはずなのにだ。しかも、年を経るごとに本命の割合が増えてきている気がする。
「えっと、
長野佑都として色んなパーティーに顔を出すのは結構な頻度となっている。なので、魔法使いの家柄としてはマイナーな部類のはずなのに、結構親しげに会話をしてくる人が多い。大抵の場合は隣に爺さんがいたので、その有名税なのだろうが……ここにあるチョコのいくつかはそれの影響だろう。
国防軍関連で
その半分近くは義理チョコだが、お返しは手作りのクッキーにしておこう。何故か女性陣には不評なんだよな……この前、五輪家の長女である
流石に市販のものを買って贈るのでも構わないのかもしれないが、相手が手作りをしている以上は手抜きなんて出来るはずもない。そう言ったら北山家長女の
本名の『三矢悠元』名義では
達也とは[トーラス・シルバー]絡みも含めて個人的に連絡はしているが、時折深雪絡みのことで苦労していることを滲ませるような文面が垣間見えていた。
別に深雪に対してアプローチを掛けた覚えなど微塵もないが、沖縄の一件からすると“そういう可能性”をどうしても疑ってしまう。尤も、それに対する答えを現状で持ち合わせていないわけだが。
「ここまではまぁ許容範囲だよな……だが、問題はこれらだ」
四葉家絡みと同じく本人名義という形で贈られたチョコが三つ。一つは義理だが、残る二つは手作りだ。そのチョコが市販だとか手作りだとかは問題ではない。一番の問題はこの三つのチョコが同じ家の姉妹―――『
別に個人的な面識がない訳ではない。すぐ下の妹である詩奈との付き合いもあるし、個人的にも何度か祖父の付き添いでパーティーに出席したことがある。尤も、当主への対応は祖父に丸投げしてそれ以上の関与を持つ気にはならなかった。
その三姉妹にも現状『長野佑都』として名乗っているし、詩奈も三矢の名をまだ名乗っていない。薄々勘付いているかもしれないが、昨年の時は態々三矢悠元の名で送ってきていなかった。たった1年でどういう変化があったのかなどあまり知ろうとは思わないが。
「……食わないで捨てるの勿体無いし、食べるけどさ……」
本来、本名は高校入学直前から明かすと決めていた。自分もその理由については納得していたし、父がそれを反故にしたとも思えない。だとするなら、七草家がお抱えの諜報組織を動かしたということになる。なので、このことを父に伝えると、どこかに連絡した上で「急ぎの用事が出来た」と言って家を後にした。
「つーか、あそこの長女は五輪家の長男と婚約してるんだろ? というか、現当主も止めろよ……」
手始めに口にした深雪のチョコは……少し、ほろ苦く感じた。
三矢家には一つのルールが存在する。それは『高校入学まで三矢家の人間だと名乗らない』である。そのために母方の実家に送られ、別の名字を名乗ることになっている。現当主夫人の実家が上泉家であり、今も忘れない恩義のために『長野』の名字を用いている。
これは三矢家が東アジア地域の情報収集の役割を担っているためで、人質などによってその役目を果たせなくなることを回避するためのものだ。
末っ子の詩奈が三矢本家にいるのは矢車家との関わりが大きいのと、詩奈が武術を習うのを躊躇ったからである。それでも身バレの危険はあるために『
高校入学時点という風に設定しているのは、魔法科高校で本格的な学習を受けるようになれば自衛の範疇なら可能という判断だと思われるし、それに魔法科高校は十師族のアピールの場でもある。“
だが、七草家がその慣習破りをしてしまった形となる。過程はどうあれ結果は三矢家の慣習への干渉行為と受け取られてしまう(この時点で三矢と名乗っていないのは悠元と詩奈で、詩奈への危険が増すことを危惧した)。
それだったら沖縄防衛戦はどうなるのかという話だが、元治が『スピードローダー』を四葉家の縁者の前で使ってしまった以上は悠元の存在も明るみに出る。そこまで考えた上で元は秘匿を条件に四葉との交渉を行った。
元とて世界最強と謳われる魔法師を敵にするぐらいなら落としどころを探るほうがまだマシ、と判断したわけだ。
後日、七草家に出向いて現当主からの謝罪を受ける。
その際に
理由を聞いたらこっちも心に傷を負いそうだったので、敢えて聞くことはしなかった。
◇ ◇ ◇
都内にある某高級ホテルの最上階。そこには数名の人間が集っていた。
関東地方の監視を担う七草家現当主の
監視する地域を持たないが、関東に拠点を置いて魔法技術を国防軍に提供する三矢家現当主の
所用で東京に来ていた北陸・山陰地方の監視を担う一条家現当主の
四国地方の監視を担う五輪家から当主代理として国家公認戦略級魔法師の
そして、東海地方の暫定的な監視を担う四葉家現当主の
だが、会場の雰囲気は重苦しいものだった。
その理由は、元が明らかに睨むような表情を、弘一に向けていたからだ。弘一はそれに対して表情は変えていないが、会場の空気は反七草の流れが形成されていた。
この状況で口を開けば言い訳という風にしか受け取れないだろう……それを解っていたからこそ、弘一は口を噤んだ。
「七草殿。三矢家の仕来りはご存じのはずだ。厳格なものではないゆえ、私とて口煩くは言わぬ。だが、我が三矢が担う役割に支障をきたす様な真似は看過できぬ」
三矢家の役割は他の二十七家も理解している話。既に三矢を名乗っている(一人は婿養子で名字は変わったが)五人の息子や娘もその慣例に従った上で各家に新年度の挨拶として書状を送っている。今回は元が問題提起人として呼びかけ、緊急的な十師族の会議という形となった。
「今だからこそ話すが、2年半前に起きた大亜連合の沖縄侵攻に私の息子二人も運悪く居合わせた。だが、二人とも十師族としてその名に恥じぬ働きを見せた……その教訓があったからこそ、私はより一層の情報網構築が不可欠と確信した。その三矢家の働きを妨害されるおつもりか?」
「三矢家が担うのは東アジア地域の情報収集。日本海沿岸防衛を担う一条家としても同時期に佐渡侵攻を受けた以上、情報収集の如何は死活問題になりかねない。七草殿、猛省されよ」
元の言葉に同調する形で剛毅も鋭い口調で弘一にぶつけるような言葉を放った。情報の有無は本気で生死を分ける重要なことだ。それのあるなしで被害も大きく変化する。周辺国家の情勢が緊迫している以上、その最前線防衛を担う一条家の負担は大きい。それに続く形で澪も言葉を発した。
「九州を監視する
「三矢家としては七草殿が今回のことを反省していただく姿勢を見せてくださればいい。なので、後日私とその息子で七草家に出向かせてもらう。十文字殿、その際は立会人としてご同行願えますか?」
「承りましょう。今回の一件は表を担う十文字家にも責任はあると考えていますので」
三矢家としては師族会議の現体制に不満はない。なので、今回のことは七草家に反省の意思を示してくれれば十分と考えている。十文字家の代表代行である克人に立会をお願いしたのはその証明をしてもらうためでもある。すると、ここで真夜が元に問いかけた。
「ですが、それで本当に反省したと立証できるのか、ということになりませんか? 十文字殿を疑うわけではございませんが、何かしら目に見える形での証明は必要かと思われます」
「四葉殿。私としては同じ第三研からの者同士、諍いは起こしたくないのですが……では、現状暫定となっている中部・東海地方の監視・守護を正式に四葉家が担当していただく、というのはどうでしょう? 無論、今すぐに決められる話でもありませんので、来月行われる臨時師族会議に改めて提案させていただきましょう」
「っ!?」
三矢家は求める者ではなく『与える者』の側面が強い。それは第三研の研究成果を他の十師族に提供していることからして明白である。
元はその意味で四葉家に『十師族としての立場』を与えることによって七草家の罰とすることを提案し、弘一の表情が驚きに包まれた。その一方、提案された側の真夜は笑みを浮かべていた。
「あら、三矢家が別に担っていただいても構わないと思っていましたが、よろしいのですか? 三矢殿」
「これはご冗談を。現状、暫定ながら当該地域を担っている四葉家ならば、お互いに要らぬ労力を使う必要もありますまい。先んじて
「九島閣下が納得されているのなら、反対する理由もありませんが……この話は臨時師族会議の時にいたしましょう」
後日、三矢家から他の十師族に対して通達を送った。
だが、それはあくまでも十師族現当主に対してのものであり、それ以外に対する箝口令でもある。彼が実際に十師族として動くことになるのは第一高校に入学してからだ。
なお、悠元のことを調べていた八雲も剛三からの要請で達也への情報提供をあまりしないようにしていたのはここだけの話である。