魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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片手間に大炎上

 南方面へと走行する一台の大型車両―――言うまでもなく、克人が運転するトレーラーである。そして、その上に悠元が立っている。接地面を硬化魔法で固定するというよりも、相対位置自体を動ける範囲内とすることで荷台の上で動けなくなることを回避している。

 そして、トレーラーを覆うようにほのかの光学系魔法が展開し、周囲の景色と同化している。すると、コンテナの中に乗っている幹比古から悠元に通信が入る。

 

『悠元、前方にかなりの数の反応がある。どうするんだい?』

 

 恐らくは大亜連合の強襲部隊の総戦力に近いレベルと思われることは悠元も感じ取っていた。そのまま克人のいる運転席の無線に繋げて指示を出す。

 

「先輩、そのまま臆せず突っ切って下さい」

『魔法行使はするべきか?』

「大丈夫だとは思いますが、念のために前方展開だけ」

『了解した』

 

 通信が切れると、克人が前方に『ファランクス』を展開した。それを見た悠元は遥か上空に待機させていた『鳳凰』を制御して急激に降下させる。そして、その勢いのままに強襲部隊へと襲い掛からせ、敵の情報強化や事象干渉を嘲笑うがごとく溶かし尽くしていく。

 

 この星に備わった自然という強大なエネルギーの一端を支配下に置いて使役する―――天神喚起の力を『眼』で捉えた美月は思わず瞼を瞑り、隣にいた幹比古に抱き付いていた。

 

「きゃっ!?……って、あ、あの、ごめんなさい吉田君!」

「あ、う、ううん、気にしないでくれ……」

 

 悠元の行為が図らずも吊り橋効果的なものを生み出し、レオたちの緊張を解すのに一役買った形となった。まあ、それを見たエリカが二人をからかったのは言うまでもないことだが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 現地時間午後4時。横浜ベイヒルズタワー前の通りでは、既に正体を隠すのを諦めたかのように機動兵器のみならず、化成体の古式魔法による攻撃が加わっている。だが、彼らは押すどころか逆に押されていた。

 その要因の一つが、彼らの前に立っている一人の少年だった。彼の装備は赤黒い色を基調とし、鮮やかな赤のラインが入った戦闘服を身に纏っていて、その両手には真紅の装飾を施された太刀が握られている。

 

「どうした、大陸の―――大亜連合の腰抜けども。俺を超えないとベイヒルズタワーには行けねえぞ?」

 

 相手はたった一人に対して化成体や機動兵器など見た目上の戦力差は歴然だった。だが、少年の両手に持つ二本の太刀は、その悉くを斬り伏せていた。銃撃による制圧を試みたところで、今度は少年の周囲を纏っている炎がそれらを“蒸発”させてしまう。

 そちらがその気なら、と少年はゆっくりと歩を進める。

 

『舐めた真似を!』

 

 その威圧に耐え切れず、一台の機動兵器が少年に近づき、腕に装備された斬撃用のチェーンソーを振り下ろす。だが、それを意に介することもなく少年―――宮本修司は左手に持った太刀から炎を発すると、そのチェーンソー目掛けて振り上げる。

 その一合の直後、たった一振りのはずなのに幾重にも斬られたチェーンソーの姿を操縦手が見守るまでもなく、いつの間にか操縦席目掛けて突き出された炎の太刀で絶命した。

 

 崩れ落ちる機動兵器。それを見て動揺が走る敵兵たち。修司はそれを見て、二本の太刀を重ねるように束ねると、まるで一本の光となって修司の手に握られていた。

 

「唸れ、『村正』。六道五輪(りくどうごりん)都牟刈(つむかり)……大天象(だいてんしょう)

 

 その光の太刀を振るうと、敵兵は瞬く間に飲み込まれていき……光が消えると、そこに残っていたのは修司が振るった技による斬撃の後だけであった。修司が息を吐くと、光の太刀は元の二本の太刀に戻っていた。

 

「まったく、解放に至ったのは悠元のお蔭だが……此奴はとんだじゃじゃ馬だな」

 

 新学期に入ってからは悠元と頻繁に連絡を取りつつ、実家の宮本家で更なる研鑽を積んでいた。神将会の中では悠元の次に天刃霊装の修得へと至った修司だが、彼の武装である『村正』は火属性に特化した代物で、単純な物理攻撃力ではトップクラスに位置する。

 先程の技―――『六道五輪・都牟刈大天象』はその火力を一極集中させることで相手の事象干渉力や情報強化すら“焼き尽くす”技。とても人前では使えない切り札に、修司は自分が強くなったことを嬉しく思いつつも己をより一層律しようと思っていた。

 その要因は長である人間がこの技を用いても勝てるかどうか分からない……いや、負けるかもしれないと思ってしまうほど、あの時の想子制御は“桁外れ”であった。

 すると、通信機から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『“劫炎”、聞こえるか?』

「この声は総長殿。如何されましたか?」

『そっちに向かってトレーラーが通過するけど、攻撃しないでくれ』

「え? それってどういう……」

 

 その意味を尋ねる間もなく、近づいてきたトレーラーを見て修司は察してしまった。運転席に座っている人物も驚いたが、そのトレーラーの上に乗っかっている人物が自分の長だったからだ。

 

「……北部方向に侵攻軍の影なし、ということですか」

『そっちは「鳳凰」で片付けた。中華街のほうはどうなってる?』

「予定通り、揚陸艦から飛んできたミサイルを“雷帝”が方向転換した結果、中華街東門に直撃しました」

 

 どうせ揚陸艦からミサイル攻撃はあると睨んでいたため、予め市街地に極力被害を出さないようにと言ったところ、タワーへの被害を避ける形で逸らした結果、中華街の四つの門の一つである青龍門を破壊したとのこと。

 そもそも、陳祥山と周公瑾のやり取りは口約束なので、こうなったとしても特に問題はない。周公瑾からすれば敵を引き渡す要因となったかもしれない、と考えるだろうが……中華街に暮らしている人間が周公瑾のような人間とは必ずしも限らない。

 この辺はその当事者たちの問題なので、余計な諍いは避けるに限る。

 

『……分かった。敵兵は想定よりも早く退き始めているが、残存兵がゲリラ行為に走らないとも限らない。周辺の警戒をしつつ、予定ポイントに合流せよ』

「了解しました、長殿」

 

 通信が切れた直後、修司は手に持っていた太刀をそれぞれ物陰に向けて放った。その太刀は物理的な壁を介することなく物陰から機を窺っていた兵士に突き刺さり、兵士は瞬く間に炎に包まれたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 悠元たち(というか悠元だけ)が北部侵攻軍を倒してしまったことで、国際会議場から北に避難している面々にとっては朗報だった。その反面、敵の殲滅を命じられた独立魔装大隊からすれば拍子抜けというほかなかったが。

 達也もムーバル・スーツに着替え、悠元から渡された「バハムート」を持って敵を消し去っていた。敵影がいなくなったところで、柳が話しかけてきた。

 

「特尉、問題はないか?」

「はっ、問題ありません。情報ではもう少し多くの兵がいたようですが……彼が殲滅したようですね」

 

 達也の『精霊の眼』で強大な力を持つ独立情報体の存在を感じていた。だがそれは悠元の魔法によって姿を見せず、瞬く間に敵兵を地獄の業火という名の攻撃で殲滅していく。

 同い年でここまで達観していることもそうだが、あれだけ大規模の魔法行使を呼吸でもするかのようにしていく芸当は、流石の達也でも無理だと判断するほどだった。

 駐車場に将輝の姿は見えなかったが、避難民の誘導をしているのか、あるいは……とはいえ、今の達也にはあまり影響を与えない事項だと判断してそれ以上の思考を止めた。

 

「『神将会』か。少佐から聞いてはいたが、その一人に彼がいるとなれば……敵対しないのが賢明だな」

「それが妥当な判断かと。して、この後は?」

「避難民を十師族の管轄に任せた後、上陸部隊の後続を排除する。揚陸艦については、今すぐ破壊しないほうがいいという藤林の情報があった。敵の揚陸艦はヒドラジン燃料を積んでいるようだ」

 

 戦争に環境への配慮というのはおかしな話だが、それでも反論材料を残さないための判断となれば、今の達也に反論する余地はなかった。

 

「その対処は特尉に一任されることになるだろうが、まずは避難民の安全確保の完遂だ。頼むぞ」

「ハッ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 魔法科高校の生徒や研究者たちを乗せたバスは無事に多摩川を通過し、東京に入った。バスの守りは十文字家を主導とした警察に委ねられることとなり、任務を終えた形となった深雪と雫は通信を悠元につないだ。

 

「……こちらは無事に完了しました。あとは十文字家の方々に引き継がれます」

『了解した。“氷絶(ひょうぜつ)”、“天震(てんしん)”の両名はそのまま合流ポイントまで来てくれ』

「分かりました……雫、いけそう?」

「問題ない。散々練習してきたから」

 

 通信を切ると、深雪と雫は予め渡されていた腕輪型のCADを操作し、上空へと飛び上がって南方向へと飛び去っていく。その光景を見送るように見つめていた真由美は、一種の歯痒さの様な感情を抱いていた。

 

「……真由美」

「分かってるわ……二人のことについてもだし、悠君のことについても」

 

 十師族は魔法師のコミュニティを統括する立場で、超法規的な特権を持っている。だが、それすらも超える立場にいるのが悠元であり、彼の部下的な立ち位置として深雪と雫がいる。真由美や摩利はその服装や『神将会』について問い質したが、それを遮ったのは深雪の一言だった。

 

 ―――申し訳ありませんが、神将会に関する事項は“国家重要機密”に類するものであり、私や雫にそれをお話しできる権限はございません。

 

 以前、真由美は達也や深雪を『数字落ち(エクストラ)』の家系ではないかと疑っていた。

 だが、今回のことで二人に対しての予測を「表向きには知られていない古式魔法の家系」ではないかと推察した。三矢家の使用人である矢車家のことも思考の中に含まれていたのだろう。

 真由美の予想は強ち的外れでないとも言えるが、今回の出来事によって十師族ではないという彼らに対する裏付けの一つとなり、真由美はそれ以上の詮索をしなかった。

 

「適材適所と言われたら間違ってはいないけれど。それ以上に、私たちは“民間人”の域をどうしても超えられないジレンマもある……何のための十師族なのよ、って思いたくなっちゃうわ」

「それは……」

 

 別に真由美も摩利も戦いを好き好んでいるわけではない。魔法師としての実力だけでなく、自ら生き残る術として魔法技術を磨いている。魔法師の家系として生まれてしまったが故に、非魔法系の可能性を全て捨てられた上で……今更その生まれを嘆きたいわけでもない。

 今の真由美の気持ちを述べるとするならば、それは“羨望”という感情に等しかった。

 

「……ふふ、この点に関してはタヌキオヤジのことを笑えないなんて、私もまだまだね……何よ、摩利」

「いや、あれだけ先輩たちに噛み付いていたのに、今更自覚するのは遅いと思うんだが?」

「ふみゅう!?」

 

 佳奈や美嘉を相手にしているときの真由美は負けず嫌いを前面に押し出していた。それを理解していると思いきや、まさかの無自覚でやっていたという事実に摩利の口から溜息が漏れた。

 その指摘を聞いて、驚きの表情とともに気の抜けるような叫びを上げた真由美であった。

 すると、そこに追撃というか死体蹴りばりの言葉が鈴音から発せられた。

 

「仕方がありませんよ、摩利さん。真由美(このひと)の本性は天然の無自覚な小悪魔ですから。以前私が指摘しても『そんなことないわよ~』などと言ってはぐらかしていましたので」

「え!? 私そんなこと言ってたの!?」

「お望みでしたら、その時の録音したデータがありますから」

(いや……何でそんなものを持っているんだ?)

 

 鈴音としては別に脅す目的などなく、そのデータ自体も別の用途で録音していた時に偶然残っていただけである。そんな事実とは裏腹に、現3年の中で最も敵に回してはいけない人物ではないか、と摩利は鈴音を内心で評価していた。

 

 そこから少し離れたところでは、克人と別行動をとる形となった桐原が飛翔していく深雪と雫を見つめていた。春の一件で只者ではないと感じていたことが的中し、修羅場の経験からすれば自分など赤子同然なのだろう……そんな風に考えていると、後ろから啓と花音の声が聞こえてきた。

 

「花音、落ち着きなよ」

「どうしてよ! 向こうには達也君たちが残ったままなのよ! そりゃあ、多少のトラブルなら乗り切れるでしょうけれど、彼はトラブルを引き寄せかねないのよ!」

 

 花音の言い分は分からなくもない。会場方面に残っている面々に関しては、深雪が「彼らなら無事に避難しておりますので、ご心配なく」という言葉だけであった。尤も、ここにいる誰もが悠元も含めた面々がテロリストを排除しているなど夢にも思わないであろう。

 だからと言って、達也に対する彼女の悪評を口に出すことはないであろう……桐原がそう思った直後、花音の言葉に口を挟んだのは紗耶香であった。

 

「委員長。いくらなんでも司波君に対しての悪口を言っていいとは思えません。それは、一科生と二科生の軋轢を無くそうとした前委員長に対しての侮辱ではありませんか?」

「っ……けれど!」

「……壬生の言うとおりだ、千代田。連中の実力は俺がよく知っている。今の俺たちにできるのは、あいつらが無事に帰ってきてくれることを祈るぐらいだ……そうじゃねえのか?」

 

 紗耶香に対して花音が反論しようとしたところで、桐原も紗耶香をフォローしつつ矛を収めるような意図を込めて告げた。これには啓も申し訳ないと言いたげな表情をしつつ、花音を窘めた。

 

「花音、今回ばかりは落ち着いたほうがいい。川を超えたとはいえ、ここも安全とは言えない……分かってるよね?」

「……ごめん。向こうで戦っているのを思うと、百家の人間として黙っていられなくなってしまう。でも、今は風紀委員長としての責務を果たさないといけないのも……分かってる」

 

 自分自身の身勝手で周囲の人間を危険に晒すのは拙い。しかも、今の自分は風紀委員長であり、周りの暴走を抑える役割を担っている。紗耶香も桐原、そして啓の言葉を受けて、花音は悔しさを滲ませながらも自身に与えられた役割を全うするため、横浜の市街地に背を向けて歩き始めたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 横浜ベイヒルズタワーの前はまるで人がいないかのごとく静まり返っていた。作戦が予想を超えて既に頓挫しつつある状況から、最悪目的が達せられないことも覚悟の上で呂剛虎をはじめとした特殊部隊のメンバーを出迎えたのは、漆黒と紫の戦闘服と羽織を身に着けた男性―――上泉家現当主にして『神将会』副長、上泉元継であった。

 

「初めましてかな、呂剛虎。先日は俺の妹や後輩が世話になったようだが……俺を『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』のように評しているのなら、怪我で済まなくなることは忠告しておこう」

 

 そう言って元継は野太刀に匹敵する長さの刀を片手で構えた。

 武器の常識で言えば長さが増せば増すほど重さも比例する武器だが、それに反比例する事例は確かに存在する。尤も、そんなご丁寧な解説を敵にしてやる義理もなく、元継は太刀を構える。

 元継から発せられる威圧に特殊部隊の兵士らが動揺するのを見た呂は、身に着けている「白虎甲(パイフウジア)」―――古式魔法の呪法具を身に着けており、その防御力で元継に迫る。無論、元継もそれを察した上で、刀を握っていない左手を前に突き出す。

 その結果、呂の突撃は元継の左手一本で止められていた。

 

「突撃は中々だが……『鉄壁』にやや劣るな。吹き飛べ」

 

 そう呟いた後、元継は蹴りを繰り出す。この動きは呂も察していたようで、素早く飛び退いて元継の蹴りを躱していた。得意げな表情を見せる呂だが、躱された側の元継は冷静そのものであった。

 

「ふむ、1割にも満たない速さを躱すか……レオとエリカ、二人であの虎を倒せ。今のお前らなら行けるはずだ」

「マジか……って、議論している暇もねえか」

「ま、力試しにはいいんじゃない? ヘマしたら“連帯責任”なんだからね」

「わーってるよ」

 

 元継の言葉を聞いて、姿を見せたのはレオとエリカだった。二人の手にはそれぞれ武装型デバイスが握られており、二人のデバイスは一見すると漆黒に塗られた木刀のようなものだが、想子を流し込むことによって刀身が白銀色に染まる。

 単なる見かけ倒しではないと呂は構えを取り、二人に向かって突撃する。ほかの兵士らが銃を構えて三人を狙い打とうとするが、それが叶うことなどなかった。

 

「―――この程度の隠形すら見抜けぬか、戯け」

 

 まるで先代当主の口癖が移ったかのごとく、今まで二人の後ろにいたはずの元継が兵士らの背後から野太刀―――『龍爪(りゅうそう)』を振るい、瞬く間に地に伏せた。周囲の気配に目を配りつつ、元継は三人の戦いを見つめていた。

 

「ガアッ!」

「ぐ……マジモンの虎みてえなもんじゃねえかよ!!」

 

 レオは呂の攻撃をガントレット型CADで受け止め、太刀型デバイスを振り下ろすが、呂はそれをギリギリの速度で回避する。間髪入れずに飛んできた蹴りを想子ウォールで防ぐが、その勢いで少し後ずさりしてしまった。

 そこにエリカがデバイスを振り下ろすが、呂は大きくバックステップして距離を取った。レオとエリカは背中合わせになる形で呂がいる方向を見つめていた。

 

「……どうする?」

「元継さんが言っていたことが正しければ、あたしらの方向すら狂わせられるわね……レオ、最低でも1秒はアイツを足止めして」

「……成程。分かった」

 

 二人は事前に『鬼門遁甲』の情報を知らされていた。その対策法も不完全ではあるが練習してきた。完全なぶっつけ本番になるが、やらなければ死ぬだけだ……そう考えた二人は互いに頷き、レオが自己加速術式で呂に突撃する。

 無論、呂はその動きを読んだ上で『鬼門遁甲』を発動させ、レオを側面から蹴り飛ばそうとした。だが、呂が蹴りを入れた直後に妙な感覚に囚われた。

 

「っ!?」

 

 『鬼門遁甲』を使いながら『鋼気功』を使うのは高等技術の部類に入る。それこそ、全ての神経を集中させなければならないほど。だが、この時の呂は相手が十代の高校生だということに侮っていた……先日、十代の女に負けたことは、単に運が悪かっただけなのだと。

 それはまるで、鋼鉄の塊でも蹴り飛ばしているかのような感覚に、呂は感じた痛覚で『鬼門遁甲』はおろか『鋼気功』まで解除してしまった。

 レオが使ったのは『相転移炸裂弾(フェイズバースト)』―――術者に蓄積した衝撃を圧縮させて接触した相手に返すカウンター技。レオは相手が不意を突いて攻撃してくることを前提に自己加速術式を使い、その直後に『フェイズバースト』を発動状態にした。

 九校戦前までのレオなら難しかったが、今のレオの魔法発動速度ならば問題なくこなせる。とはいえ、カウンター技なので博打要素も多いのだが、防御面に長けているレオにしか出来ない芸当……というのが、その魔法を教えた当人の述べた感想であった。

 

「新陰流が三の太刀―――麒麟顕正」

 

 その隙を、エリカが見逃すはずなどない。限界まで加速させたエリカは手に持っていたデバイスのスイッチを押すと、刀身にエリカの想子色である橙色の想子が収束する。すれ違いざまに一閃したその一撃は呂の両手両足の『白虎甲』を破壊し、彼の肉体にまで到達していた。

 

 新陰流剣武術表奥義四ノ型(おもておうぎよんのかた)“麒麟”―――自身の身体能力を魔法で強化させ、その速力を以て敵が瞬く暇もなく斬り伏せる技。エリカはそこに千刃流の秘剣である『切陰』を合わせて使用することで、『白虎甲』を破壊して見せた。

 十代半ばで千刃流の印可を得ている彼女は、短期間の集中鍛錬によって三の太刀“顕正”までをものにしていた。この才能だけでも彼女が千葉家の血を引いた“天才”とも言えなくはない……本人は確実に否定すること請け合いだが。

 

 エリカが会得している剣術のみならず、千刃流はあくまでも魔法に沿って剣士が技を振るう―――魔法に術者が使()()()()()()ようなものに過ぎない。

 新陰流剣武術の創始者である信綱の子孫は、『剣は己の続きに在るものであり、剣に込めるものは己の魂と意志のみ。心なき剣は単なる暴虐の証なり』の言葉とともに、奥義を編み出した。即ち、新陰流剣武術の四大奥義は魔法を剣と同一のものと定義している。

 そのため、魔法に使われるという認識を壊すために元継や剛三が関わったが、この辺の詳しい話は割愛させていただくこととする。

 呂が立て直そうと踏ん張る暇もなく、いつの間にかデバイスを振りかざすレオの姿がいた。

 

「一の太刀、霊亀抜刀」

 

 新陰流剣武術表奥義三ノ型(おもておうぎさんのかた)“霊亀”―――太刀に込めた想子を極めて狭い“線”で収束させることにより、『薄羽蜻蛉』と同水準以上の切れ味を可能とした技。

 その言葉と共にレオが振り下ろした一撃で『白虎甲』の胸当てを破壊し、彼の肉体まで到達。呂剛虎が意識を手放す前に見たものは、砕け散っていく『白虎甲』の残骸と、自分を負かした二人の高校生の姿であった。

 




 今日は珍しくの連投。
 原作からの変更点で、達也の『再成』(『分解』もですが)が知られることになりません(そもそも魔法の詮索はマナー違反なのに……)。それに加えて啓と桐原の負傷も無くなったため、達也の負担は大幅に減っています。
 あと、レオとエリカの強化となりましたが……薄々勘付いているかもしれませんが、来訪者編の展開も変化します。

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