魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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灼熱と極光のハロウィン

 その頃、陳祥山は目的を果たすために魔法協会支部の前に来ていた。だが、ある異変に陳は嫌な予感を抱いていた。本来セキュリティーロックが掛かっているはずの扉が開いたままになっていたのだ。

 

(どういうことだ。自分の勘がこれ以上進んではいけないと言っている……)

 

 メインデータバンクは目と鼻の先だというのに、これ以上歩を進めれば待っているのは“破滅”でしかないと軍人としての勘がそう告げていた。作戦失敗も考慮した上で撤退するしかないと考え……その少しの躊躇が陳を窮地に追いやった。

 

「なっ!?」

 

 周辺の景色がまるでモノクロのように変化したことに陳は驚愕した。感覚からして結界魔法であり、強力な領域干渉によって魔法発動が出来なくなっている。

 廊下の左側から近付いてくる足音に陳が視線を向けると、それは戦闘服を纏ってはいるが、今回の最重要ターゲットの一人である少女であった。

 

「司波深雪……!?」

「成程。私を知っているということは、最近お兄様や悠元さんを付け回していたのは貴方の差し金でしたか」

 

 冷たい視線を浴びせられるが、陳は足が竦んでいることに気付いていなかった。更に反対側の廊下からもう一人の女性が近づいてくる。

 

「深雪、この人が陳祥山?」

「ええ、その通りよ雫」

「北山雫……一体どういうことだ?」

 

 二人から感じられる力は、陳の想像を遥かに超えていた。とてもではないが、自分が相手に出来るレベルでは無い……すると、そこにダメ押しという形で魔法協会の中から一人の少年が姿を見せた。

 

「初めまして、陳祥山。皇宮警察・特務隊『神将会』、神楽坂悠元だ。先日からコソコソ嗅ぎまわっていたことはとうに知っている。そうやって俺らの力を殺ごうとした罪は重い。いや……“陛下”の御心を酷く傷つけた。お前には死すら温い罰を与える……軍人としては、最も与えられたくない罰をな」

 

 悠元から「オーディン」を突きつけられるが、陳は冷や汗が流れるだけで動けない。いや、指一本すら動かなくなっていた。

 悠元が発動した魔法は、八卦結界『白牢陣(はくろうじん)』。この結界内では術者が認めた者以外の一切の行動の自由を奪い、許容範囲も術者によってコントロールできる。先程まで陳が喋れていたのは、悠元が意図的に喋ることだけ認めていたからだ。

 結界魔法という部類は古式魔法に存在するが、媒体や印契などなしに結界魔法を行使できるのは、それだけでも世界屈指のレベルとなる。神楽坂家に移ってから結界魔法を本格的に学び始めた悠元からすれば、その認識など皆無に等しかった。

 悠元が引き金を引くと、陳の意識は急激にブラックアウトし……結界を解除すると、陳はまるで糸が切れたかのごとくその場に沈んだ。

 

「……ふう。幹比古に美月、特に問題はなさそうか?」

 

 悠元が陳祥山の意識の喪失を確認すると、魔法協会の奥を向いて声をかけた。すると、物陰に隠れていた幹比古と美月、それとほのかが姿を見せた。陳が三人の姿を捉えられなかったのは、ほのかの光学系魔法で光を屈折させて姿を見えなくさせていたためだ。

 ここに連れてきたのは、陳祥山の『鬼門遁甲』を探ってもらうためのもの。悠元でも出来なくはないが、対古式魔法の経験値はあってしかるべきだという考えに基づくものだった。

 

「うん、今のところは敵意や害意は感じられない」

「はい。周囲にそういった兆候はありませんし、入り口前から感じたオーラも収まったようです」

「そうか。ほのかもお疲れ様」

「いえ、この程度でしたら大丈夫です」

 

 達也が頑張っているのだから、自分も負けられない……そんな想いがほのかの原動力となっていることに深雪が笑みを零していた。すると、通信機から“星見”こと姫梨の声が聞こえる。

 

『悠元……コホン、総長殿。ヘリがタワー前に到着しました』

「了解した。あと、今回試しにやってはみたが、やっぱり慣れんな……今後は混同しないように名前呼びで行こう。他の面子もそれでいいな?」

『了解だよ、悠元。あー、今回の私の功績なんて中華街の門を壊したぐらいだよ』

『愚痴るな、由夢。中華街から出撃した連中は一条が片付けていたようだが、周公瑾と名乗る青年が逃げ込んだ連中を引き渡したそうだ』

 

 元継が入り口前、修司と由夢が戦力の集中が予想される北側、姫梨が屋上から全体の戦況を把握し、それ以外の方面に関しては悠元の身内に任せた。

 すると、その身内である佳奈と美嘉が姿を見せた。二人とも私服ではなく、魔法協会にあったプロテクター姿ではあったが、見たところ外傷なども見受けられなかった。

 

「やっほー……って、悠元。その恰好はどうしたのよ? みゆっちにシズシズもっていたあっ!?」

「空気を読みなさい、というか父さんの話をちゃんと聞いていなかったからでしょう……ごめんね、悠元」

「いや、美嘉姉さんのそれは簡単に治らないって分かってたから別にいいけど」

「ひどいよっ!?」

 

 美嘉と佳奈のやり取りで一気に毒気が抜けてしまい、これには悠元だけでなく他の人たちも苦笑を滲ませていた。それはともかくとして、悠元は佳奈と美嘉に対して告げた。

 

「姉さんたち、タワーの入り口前にヘリが到着したからそれに乗って離脱してくれ。元継兄さん以下の面々についても同乗して離脱するように」

「悠元はどうするの?」

「……ここから先は一介の魔法師では介入できない領域となる。それが例え十師族であっても足りない相手だ」

 

 明確に告げるのは避けたが、戦略級魔法師が出てくるということを察するまでにそう時間はかからなかった。それを聞いて最初に口を開いたのは美嘉であった。

 

「……そっか。行こうか、佳奈姉」

「……ええ、そうね」

 

 二人を先頭に幹比古、美月、ほのかも続いていく。そして、その場に残った悠元、深雪、雫の三人。すると、雫が悠元の左手を両手で包み込むように握っていた。同じように深雪も悠元の右手を握っていた。

 

「悠元、気を付けて」

「気を付けてください、悠元さん」

「……ああ。二人も気を付けて帰ってくれ」

 

 二人の姿が見えなくなるまで、悠元は彼女らの後姿を見送った。その姿が完全に見えなくなったところで、悠元は真剣な表情を浮かべてタワーの屋上へと走っていくのであった。

 

 この先の領域は……単なる殺し合いという言葉では片付けられない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 タワーの屋上には、風間と藤林、真田に加えて特殊スーツ姿の人物が一人。とは言っても、悠元からすればそのスーツの人物とは知己だが、特殊な状況を鑑みた挨拶をする。

 

「皇宮警察・特務隊『神将会』、神楽坂悠元と申します。一応国防軍では“上条達三特務少将”でもあります。まあ、今後名乗ることは殆どありませんが」

「国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊特務士官、大黒竜也特尉です。プライバシーのためにこの姿での挨拶をお許しください」

 

 明らかに茶番ともいうべきお互いの自己紹介に、風間らは苦笑を零していた。すると、ここで思わず真田が口を開いた。

 

「やれやれ、君らは知己だというのに、そんな腹芸をされたら座布団が天から降ってきそうだよ」

「建前というか、場を弁える必要はあるということですよ。それで真田大尉、お願いしていた例のものは持ってきていますか?」

「ああ。君が『コレ』の最終解除権限を持っているからね」

 

 そう言って真田が指した先には、大きいアタッシュケースが置かれていた。その中に入っているのは、「サード・アイ・エクリプス」―――先日最終調整を終えたばかりの達也専用CADである。

 

「本案件は既存の戦力だけで対応できる案件ではありません。よって、独立魔装大隊より『神将会』に、大黒特尉の『マテリアル・バースト』発動許可を願います」

 

 達也のマテリアル・バーストには“3つ”の安全装置(セーフティー)が掛けられている。一つ目は達也の実家である四葉家当主の許可、二つ目は独立魔装大隊のCAD持ち出し許可、そして三つ目は『神将会』―――最終セーフティーの解除キーを持っている人間による許可。

 今回の場合、「サード・アイ・エクリプス」の解除キーを持っているのは悠元だけである。これは、第101旅団単独で達也の戦略級魔法の制御を行うのは危険だと上泉家・神楽坂家で判断した結果であった。

 悠元に預けられているのは、同じ戦略級魔法師としての判断に加え、神楽坂家当主代行としての権限でもある。そんな力の最終決定権を自分に委ねるのはどうなのか、と内心で愚痴る羽目になったのは言うまでもないが。

 

「本案件の重要性はこちらも既に認識しております。揚陸艦と“大亜連合”の対処は大黒特尉の『マテリアル・バースト』で、それ以外の不測の事態については、私のほうで対処いたします」

 

 風間の言葉に対して悠元がそう返した後、片膝をついて懐からカードキーを差し込み、ケースの上に左手を添える。

 

「―――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

『パスワード、認証完了しました』

 

 三重のロックを解除してゆっくりと開かれるケース。その中に入っていたのは、スナイパーライフルのような形状を持つCADである。悠元はそれを手に取ると、両手で達也に差し出した。達也はしっかりとした手つきで「サード・アイ・エクリプス」を受け取り、どこか不具合がないか確かめていた。そして、風間から達也に指令が下る。

 

「大黒特尉。『マテリアル・バースト』を以て敵揚陸艦を撃沈せよ」

「―――了解しました」

 

 達也が屋上の端に近い場所に立ち、「サード・アイ・エクリプス」を構える。衛星とのリンクによりスーツのモニターには揚陸艦の姿が映し出され、達也は『精霊の眼』で揚陸艦に存在する水滴を照準に捉えた。

 

「『マテリアル・バースト』、発動」

 

 その言葉と共に引き金が引かれると、揚陸艦は激しい光の球に包まれ……その光が消失した後には、揚陸艦の姿はおろか残骸すら綺麗に残っていなかった。「サード・アイ・エクリプス」は所定の性能を発揮した形となり、これには悠元も一息吐いた。

 これで終わるはずもなく、司令部より大亜連合が鎮海軍港に集結している情報が通達され、風間らは対馬要塞に向かうべく悠元に礼をした上でその場を後にした。屋上に悠元以外の存在がいないことを確認した上で、悠元は魔法を発動させる。

 

「……座標確認。『鏡の扉(ミラーゲート)』発動」

 

 悠元の目前に白銀の長方形が現れ、臆することなくその中に飛び込むと……悠元の姿が綺麗に消え去り、白銀の長方形も瞬く間に消え去った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 次に悠元が姿を見せたのは、佐渡島の森の中だった。

 座標連結魔法『ミラーゲート』―――固有魔法『万華鏡(カレイドスコープ)』の能力を応用したもので、特定の2ヶ所の座標を一時的に“同一座標”とすることで長距離移動すら可能とした魔法。

 とはいえ、悠元自身はこの魔法をあまり多用しない。理由は表沙汰に出来ないだけでなく、固有魔法ありきなので真似できる人間が皆無なためだ。

 悠元は予めこの地点に結界を張ってキャンプの準備までしていた。新ソ連の侵攻時間までまだ余裕があるため、腹ごしらえするためだ。腹が減っては戦はできぬ、と言うので。 

 日がすっかり落ち、流石に11月なので外は寒いため焚き火で暖を取っていたところ、通信機の着信音が鳴ったので悠元は意識をそちらに向けた。

 

「こちら神楽坂です」

『悠元君、私です。独立魔装大隊が対馬要塞に入りました。それと、6時間前にウラジオストクから艦隊が発進したそうです。現在中間線の手前まで来ていると報告を受けました』

 

 聞こえてきたのは千姫の声だった。

 どうやら、大亜連合の囮となる形で新ソ連が動いた形になっているようだ。そして、ウラジオストクには“イグナイター”イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフがいる……悠元は改めて気を引き締めた。

 

「向こうには自分の権限で『マテリアル・バースト』の発動許可を出しました。まあ、やりすぎない程度であることを祈ります」

『分かりました……心配はしていませんが、気を付けてください』

 

 千姫からの通信が切れると、悠元は丁寧に火の始末をした上で「オーディン」を取り出し、飛行魔法で高く飛び上がった。『天神の眼』で艦隊位置とベゾブラゾフの位置を確認した上で、艦隊の指揮を担っていると思しき艦に通信を繋げた上で、ロシア語で通告する。

 

「ウラジオストクより出航し、中間線に接近している所属不明の艦隊に告げる。直ちに所属を明らかにし、反転後退せよ。さすれば、追撃はしないと約束しよう」

 

 大規模な海軍兵力の移動については、それが非戦闘目的であれば、領海内での移動であっても周辺国への通告、あるいは国際的に公表するのが慣例となっている。だが、今回のような通告なしで経済水域侵入を行えば、それはこの国に対しての戦闘目的という解釈を余儀なくされる。

 このまま進めば、数分もしないうちに中間線を越えて経済水域内に侵入する。これでも穏便な警告をしたつもりだが、返ってきた言葉は明らかな挑発を含んだようなものであった。

 

『舐めるな! 我々には我々の矜持がある! ここまで来て大人しく引き下がれば、我々に待つのは死のみだ! よって、退却など有り得ぬ!』

 

 恐らく、新ソ連でも対外強硬派の連中が指揮していると思われるが……その言葉で、まるで旧ソ連の政治体制が再生したかのような印象を覚えてしまった。彼らにとって、この国に捕まることこそ恥だと考えているのかもしれない……なら、いいだろう。

 お前らが持っている希望的観測など叶えてやる義理はない、と「オーディン」の機能を解放する。

 

「デバイスリミッター、全解除。構築式範囲―――佐渡を中心に半径300キロに設定」

 

 悠元が「オーディン」を構えると、その前方に白銀の光の球が形成される。それと同時に、周囲の星空が収束して巨大化していく光と“夜”に塗りつぶされていく。その光は艦隊からでも十二分に確認できるほどの代物だった。

 

「な、何だあれは!? あのような魔法が存在するのか!? ……“イグナイター”にすぐさま連絡を入れろ!!」

 

 その連絡を入れるまでもなく、すでに発動準備を整えていたベゾブラゾフも悠元の魔法を感知していた。だが、『トゥマーン・ボンバ』の起動式を読み込んで発動させようとした瞬間、注ぎ込んでいる魔法力が急激に吸われているような感覚に囚われていた。

 

(何だこれは……まさか、これが『殲滅の奇術師(ティターニア)』の魔法だというのか……っ!?)

 

 すると、魔法行使の急激なシャットダウンを食らう形となり、ベゾブラゾフは思わずヘッドギアを投げ捨てて、椅子から飛び退いた。ベゾブラゾフの意識は辛うじて保たれており、魔法中断によるフィードバックの被害は最たるものではなかったが、彼は自身の眼に映っていた光景に驚きを露わにした。

 ベゾブラゾフの魔法を補助する新ソ連が誇るスーパーコンピューター。それが跡形もなく“溶けていた”。床の一部は、金属が液状化し抜け落ちていた。

 

「……一体、何が起きたというのだ……」

 

 溶けた金属の塊と、床の焦げた臭いを感じるベゾブラゾフのその問いかけに答えるように、悠元の魔法は既に発動準備を整えていた。

 

 『万華鏡(カレイドスコープ)』による完全規格外の演算領域をフルに利用し、周辺の想子と光子を爆発的なスピードで収束。圧縮想子に第四態の性質を付与することで、通常のプラズマ粒子砲よりも遥かに緩い物理法則の束縛を実現。

 『流星群(ミーティア・ライン)』の光波収束術式を組み込むことで、効率的な収束エネルギーの攻撃方法を獲得し、『流星雪景色(ミーティア・スノーライト)』から得たデータにより広範囲を対象とした光波収束を可能とした。

 密かに剛三の『雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)』の事象改変術式も含まれている(魔法自体は、剛三が元継の目を盗んで悠元に教えていた)ため、ベゾブラゾフの『トゥマーン・ボンバ』の発動をそのまま“喰らった”だけでなく、彼と接続していたコンピューターまで溶解したのはこの術式のせいである。

 

 超光速で射出される高圧縮光子により面単位で光を100パーセント透過するラインを生み出すだけでなく、射出された想子を他の想子に接触させることで、想子を急速圧縮・衝突させて爆発させるという凶悪な性質まで持ち合わせている。

 魔法の発動速度は究極の分解魔法である『マテリアル・バースト』と同等クラスであり、まさしく対を成すであろう悠元だけの戦略級魔法。

 

―――超光速素粒子収束魔法『星天極光鳳(スターライトブレイカー)

 

 本来魔法のチャージングだけで言うなら時間などいらないが、今回は牽制や警告だけでなく、対馬要塞にいる達也との魔法―――『質量爆散(マテリアル・バースト)』との“同時発動”が目的。悠元の通信機は『八咫鏡』を経由して対馬要塞の司令室とリンクしている。

 通信機から聞こえてきた声を聴き、悠元は神経を集中させる。

 

「『スターライトブレイカー』、発動」

『「マテリアル・バースト」、発動』

 

―――異なる場所にいる二人の引き金は、同時に引かれた。

 

 達也の『マテリアル・バースト』は鎮海軍港に集結していた大亜連合艦隊を軍港諸共“消滅”、悠元の『スターライトブレイカー』は所属不明―――新ソ連の艦隊を瞬く間に呑み込み、その余波はウラジオストク軍港まで“破壊”せしめた。

 

 この日のことを、後世の歴史家はこう語った―――『灼熱と極光のハロウィン』と。

 




 これにて横浜事変編終了です。
 駆け足気味な展開速度だったのは否定しませんが、ズルズル引っ張るよりはいいかなと思ったので、ハイ。
 主人公の戦略級魔法はかなり性質が悪いことになりました。まあ、名前の元ネタとなった魔法も『防御の上から押し潰す』だけのエネルギーを有してますし、多少は(本家SLB直撃)

 次回「ポンコツって言うな!」(多分嘘予告)

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