魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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他人事であれば楽なこと

 西暦2096年の正月。

 神楽坂家に養子として入って初めての正月だが、基本的には上泉家と変わらない感じのスタートだった。なので、悠元にしてみればいつもの正月を過ごす感覚なのはありがたい話だった。

 

「とはいえ、明日は慶賀会か……また何か増えないといいんだが」

 

 こういう時ほど当たりやすい自分の勘を今ばかりは恨めしく思ったりする。妙に運がいい時もあれば、それに付随する厄介ごとも増えたりする。一石二鳥というより一石四鳥になった挙句、虎がおまけで付いてくる感じだろう。

 私服の悠元がそんなことを思いながら呟くと、襖の外から声が響いてきた。

 

『悠元様、御当主様がお呼びでございます』

「分かりました。すぐに出向きます」

 

 翌日に慶賀会という新年の挨拶があることは予め聞かされている。響いてきた声に答えを返しつつ、襖一枚隔てた先にある寝床の方向を見やり、静かに息を吐いた。

 何があったのかは……正直口に出したら負けだと思っているので、決して言わない。

 

 呼び出された先は大広間ではなく、千姫の私室であった。その当人は炬燵に入って蜜柑を食しているというお気楽ぶり。傍から見れば、これが神楽坂家当主だと信じてもらえるほうが少ないだろう。

 

「あけましておめでとうございます、母上」

「あけおめー。ま、遠慮せずに入って」

 

 緩い感じの口調だが、この人物にそれを窘めても意味がないことは分かっているため、目くじらを立てることはない。言われるがままに炬燵に入ると、千姫から蜜柑を差し出されたので受け取る。皮を剥いて食べつつ、呼び出しの内容について尋ねた。

 

「それで、今日は新年の挨拶ってだけではないんですよね?」

「明日の慶賀会では神楽坂の全ての家にお披露目もあるんだけれど、婚約者がもう二人増えるよ」

「……」

 

 予想してなかったわけではないが、婚約者に深雪、雫、姫梨の三人が決まってまだ4ヶ月足らず。このタイミングで増えるのはどうなのかという思いがある。

 あまり触れていなかったが、夏休み明けからは平日を司波家で、休日は神楽坂家の別邸で過ごすという生活サイクルに変化している。不公平が生じないようにデート(表にできないので、他の知人を誘ったりしているが)などでフォローも入れていた。

 

「表沙汰には出来ないんだけれど、婚約申込みの案件は結構来ているからね。千葉家からも来ていたし」

「エリカとは恋愛感情なんて持てないですし、その姉だったら俺でも嫌ですよ。後々の蟠りなんて御免ですから」

「そこはちゃんと断ったよ。話を戻すけど、二人は『九頭龍』の家の出なので先んじて配慮が必要と判断したの。津久葉家と四十九院家……といえば、心当たりがあるかな?」

 

 千葉家の方は予想していたが、その通りになったことは正直溜息を吐きたくなった。エリカ自身に女性としての魅力が無いと言えば嘘になるが、それが恋愛感情に発展するかどうかは当事者同士の問題だ。

 今までの付き合いのせいで、彼女に関しては“腐れ縁”の領域から逸脱することはないだろうし、それが今後も覆ることはない。このことに関してはエリカも同意見である。

 

 心当たりは無論あるが、そこまで好意的に接した覚えがない。津久葉家の方は姉の親友だが、強いて言うならバレンタインのチョコを贈られたのでお返しした程度。四十九院家の方はといえば、数年前に剛三の付き添いで知り合った子がいたというぐらいだ。

 

「無論ありますが、津久葉家といえば四葉の分家にあたります。その、大丈夫なのですか?」

「かの家には、達也君のことに関して中立でいてほしいとお願いしてあるよ。その交換条件が婚約者というわけだから」

 

 千姫から話が出た時点で、この婚約自体“決定事項”なのだろう。この件に関しては、断る術を持っていないに等しい自分に拒否権なんてあるはずがない。諦めたように蜜柑を食べる悠元を見て、千姫はクスッと笑みを漏らした。

 

「にしても……七草家の当主に会って、対パラサイトの拘束術式を渡すだなんてね」

「鞭ばかりだと変に反発される恐れがありましたので……駄目でしたか?」

「現代魔法の範疇を超えていないので大丈夫でしょう。尤も、長年の恋心を割り切れたら苦労なんてしないけれどね……現当主夫人も可哀想よ」

 

 春の一件で下手にやらかしている以上、これ以上の失態は毒でしかないと理解してくれるのならばありがたい。だが、そうならない可能性もあることを含みつつ、千姫は七草家当主夫人の身を案じた。

 

「ご存じなのですか?」

「私の息子―――今の伊勢家当主と友人なのよ。悠君のバレンタインの一件についても、息子経由でお詫びの手紙が届いたわ」

 

 悠元と泉美の婚約が成立出来たのは、そういう絡繰りがあったからと納得した。とはいえ、結局婚約が解消されてしまったことは現当主の失点としか言いようがないわけだが。

 

「悠君は、正直どうなの?」

「人となりとしては問題ないかと思いますよ。ただまあ、当人たちにその意思がなくとも、当主や前妻の子である長兄が妙なことを企むかもしれませんが」

 

 真由美と泉美は、多少なりとも難はあるが嫌いでない。だが、現当主や次期当主の長兄が神楽坂家との繋がりを使って増長されても困る……それが正直な本音である。

 ただでさえ、神楽坂家は四葉家のスポンサーを担っている以上、四葉の力を殺ごうとする動きは許容できない。今でも力を持ちすぎているなどと主張している烈に関しては、当人自身が強化措置に成功した側だからこその意見なのだろうが……潜在的な競合国であるUSNAがいる以上、そんな“悠長”など聞いている暇はない。

 

「はぁ……話を変えるけど、修司と由夢、それに雫を向こうに送るのはパラサイトだけの対処が目的?」

「それもありますが、『神将会』としての覚悟を身に着けてもらうための指令を一つ送ります」

「成程ね。手厳しい総長さんだこと」

 

 国家の守護という目的を達成するためには、その手段に妥協や甘えは許されない。それが常人なら忌避されることもやらねばならない。悠元自身、この世界に来てからその現実を痛いほどに実感したからこそ、前世のような甘い平和観を持つことが危険だと理解している。

 三人には反魔法主義の中核に近いメンバーの抹殺を指令として送ることを決めている。「無頭龍」の一件では修司と由夢が経験している人殺し……その咎を雫にも負ってもらう。

 

「自称最強を名乗っているスターズが尻込みするぐらいなら、こちらで対応した方が良いでしょう。最終的にはこちらの戦略級魔法に関しての()()調()()を永久的に止めさせられれば御の字です」

「それでも止まらない場合は?」

「経済的に破綻させることも考えましたが、世界恐慌の再来は御免なのでやりません……まあ、アメリカ発祥の現代魔法が“欠陥魔法”だと公表したら、世界クラスで大騒ぎになるかもしれませんが」

 

 教えを乞う姿勢を見せずに魔法技術を奪おうとする輩など、百害あって一利ないに等しい。まあ、『スターライトブレイカー』に使われている技術がFAE(Free After Execution(フリー・アフター・エグゼキューション))理論だと知ったら向こうは度肝を抜くだろうが、元々は日米共同研究だったものなので咎められる謂れなど無い。

 

「悠君は次々と現代の魔法技術水準を超えていくわね。こないだ使ったものは、多分FAE理論から来るものかな?」

「ご明察です」

 

 魔法で改変された結果として生じる事象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に、改変直後は物理法則の束縛が緩い。それ故に正常な物理法則が作用するまでの短いタイムラグにおいては、通常の事象改変に必要な干渉力がずっと小さな力で次の魔法を実行する事が出来る―――というのがFAE理論の基本概念だ。

 

 この理論に関しては、沖縄での戦闘経験を重く受け止めた3年前から取り組んでいた。

 原作においては「ブリオネイク」が該当するわけだが、1ms以下という人間では認識できない時間内に改変作業を完了させるとなれば、極めて限定された空間内で魔法に指向性を持たせるのが限界のラインだ。その意味で「ブリオネイク」を考え付いた人間は天才だろう。

 ならば、その物理法則の束縛を緩くするための時間を延ばすにはどうすればよいか……悠元が考え付いた案は、球状に収束させた想子の膜で遮断し、内側の改変事象を外側に漏らさないことでFAE理論のタイムラグを延長する方法だった。その過程で生まれたのが『エアライド・バースト』である。

 尤も、それよりも簡単な方法が想子制御によって可能となったため、その方策は一部の魔法に残るだけとなった。『スターライトブレイカー』はその方法によってFAE理論を証明することに成功した戦略級魔法というわけだ。

 

「とはいえ、喧嘩腰の相手に教える気なんて皆無なわけですが……向こうの大統領閣下は一体何をやっているのかと愚痴りたくもなります。文民統制の問題に敏感なのはこの国も同じですが」

「やっぱり、前世でもメディアとか野党議員とか煩かったの?」

「それはまあ、そうですね」

 

 あまり政治的なことを語る気になんてなれないが、向き合わないと面倒なことになる。なので、神楽坂家次期当主としての正式なお披露目である明日は大事な日となるだろう。

 元々三矢家の人間として生まれたはずなのに、どこか違うこの世界のせいでこの国の護りを担うことになってしまった。今更そのことに不満や不平を唱える気はないが、周辺国の人間はもう少し自制するという気概を見せてほしい……と思う悠元であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時を同じくして、四葉本家の私室。真夜は便箋に目を通していたが、それを葉山に手渡して窓の外を眺めていた。葉山が手早く手紙を燃やしつつ、真夜に問いかけた。

 

「いかがされますか?」

「そうね……まあ、よろしいんじゃないかしら。私でもスポンサーの方々の意向を無視はできないもの」

「とりわけ、今の神楽坂家には彼がおりますからな」

 

 手紙の内容に関しては、真夜からすれば一時的な損とも言えるが、今までとこれからの恩恵を考えれば安い代償に近い。それに、四葉の次期当主の件で揉めることが必至である以上、その足並みを崩してくれるだけでもありがたいことである……というのが真夜の出した結論だった。

 

「それに、神楽坂の次期当主の件も安泰とは言えないらしいわ。明日の慶賀会は、彼にとって大変な一日になるんじゃないかしら」

「正直なところ、達也殿と対等に渡り合える可能性を持つ彼が負けるとは思えませんが」

 

 神楽坂本家の当主や葉山の息子である忠成、当主の愛弟子たちも彼の次期当主就任を受け入れている。だが、分家の次期当主たちは未だ納得していない部分がある……という千姫の愚痴を真夜は聞いていた、というよりも聞かされていた。

 実の息子からその辺の事情を聞いている身として、葉山は率直な意見を述べる。すると、真夜も同意見だと言いたげながらも言葉をつづける。

 

「同感ね。それよりも、USNAの件については神楽坂家の指示を仰ぎつつ事を進めます。『パラサイト』に対して有効な攻撃手段や防御手段の情報管理に関しては、葉山さんにお任せいたします」

「畏まりました。して、達也殿にはお伝えしますか?」

「いえ、その辺は彼に対しての“試し”ということにいたしましょうか。姉さんからせっつかれたら、その時に対処することにします」

 

 真夜が脳裏に描いている絵。その絵を葉山は察しつつも、四葉に仕える者としてそれ以上の追及をすることはなく奥へと下がっていった。

 




今回は割と短めになりました。
次回との繋ぎがどうしても中途半端になるという結果です。

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